ゴールデンソルジャー

木村テニス

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 一人の少年が走っている。

 汚れた石畳の地面。
 砂岩で固められた壁と天井には薄緑色の光がぼんやりと箇所箇所に光っている。
 縦横に余裕がある故か薄緑の光だけでは先は見通せず、前方は暗い。

 少年は真っ直ぐ駆ける。次には右に曲がり、次には左に曲がる。もう一度右に曲がった後、再度直進する。

 朽ちた箇所が目立つこの場の構造はなかなかに複雑であり、行けども行けども同じ薄緑と砂岩の繰り返しの為か少年はうんざりした表情をする。

 少年の雰囲気は鋭く。剣呑な目力は顔立ちが甘いだけではないと判断がつけられる。

 黒髪に黒目。着込む黒革の鎧は動きやすさを重視しているようで野暮な印象は受けない。黒い服装と反するように少年の肌は嫌に白が目立つ。

 背に小型のザックと片手剣を背負う姿は、幼さよりも剣士の印象を強くする。単語ルビ単語ルビ単語ルビ
 少年は眉根を寄せると舌打ちをした。

「おい、道はこっちで合ってるのか?」

 少年は一人のはずだが、ぶっきらぼうな口調で何かに問いかけた。

「あん? 多分合ってるよ。おそらく。きっと。メイビー?」

 応えたのは少年とは別の声。無機質だが騒々しく抑揚がある。

 ふん。と鼻息を出すと少年は後方を確認した後に加速する。

「気を付けろよ。狼型のモンスターは鼻が利くからな、何処までも追ってくるぞ。これラノベだと定番だから」

「意味不明な単語を使うな」

 少年はため息を吐くと、背に担ぐ片手剣を軽く小突いた。

「おいおいおい! 大事に扱えよ! 俺はかの聖剣エクスカリバーかもしれないんだぜ? 本来ならお前じゃなくてアーサー王が持つべき代物なんだぞ。
因みに王と言っても女の子だから、たまにスーツとか着るから、たまにバイクとか乗っちゃうから」

「お前はただの呪いの剣だろうが。それと前の世界だかの知識をべらべら喋るな鬱陶しい」

「かっ~! これだから会話のキャッチボールが苦手な奴は嫌なんだよ~。
もっと知識を深く持てよ。そうすりゃこんな穴蔵苦労せず進めるんだっての。
前も言ったろ? 穴を進むにはまずドリル! そして熱い滾り! そして熱い中島先生! これらを纏めてグレンラガ――」

「黙れ」

 少年は先ほどよりも強く剣を小突くと、へいへい。との返事が返ってくる。

 少年は背に担ぐ剣と会話している。
 形状こそシンプルだが、全身黒の少年と違い、金、青、赤、と妙に派手さが目立つ。ブレイド部分は黒い鞘に収まっている為、本来の姿を見ることはできない。

 さらに加速した少年はもう一度後方を振り返る。

「おいおい追い付かれちまうぞ? やっぱり足が速いのな? 俺も狼に転生したかったなぁ~もしくは人狼だな。うん。んで副官とかやろうと思う」

「うるさい」

 ふぅと息を吐き出すと少年は足を止め振り替える。すると俊敏を感じさせる足音が石畳越しに伝わる。

「何体だ?」

「ニ、いや——三だな。どうすんだ? 俺を使うか?」

 少年の問いに応えた剣が問いを投げる。少年は柄を握るとそれに応えた。

「困窮したくは無い——使わないさ」

 言い終えた少年は呼吸を整え、無駄の無い動きで剣を構える。だが構えた片手剣は本来の役目である肌を見せていない、剣鞘に収まったままだ。

 構えた一拍後に獣の咆哮が上がる。

 獲物を逃がさないと叫ぶ口は大きく裂け、隙間無く並ぶ牙は肉食類共通の鋭さがある。標的を睨む四つの目が鋭くつり上がっている。

 丸太のような胴体に四足歩行に秀でたしなやかな四肢。牙同様の鋭い爪が石畳に当たるとカチカチと不規則なリズムが刻まれる。青みがかった灰色の体毛は獲物に喜ぶように奮えだす。

 剣が言ったように獣が三体。少年と距離をあけ対峙している。


「ありゃ。強そうだな。いけるか?」

「問題無い」

 言うが早いか少年は右足を強く蹴りつける。脚力の勢いは石畳を少し沈ませるほどだ。

 三体の獣も加速する。それは少年の速さの上をいっている。四足歩行を生業にしている獣が二足歩行の人型に勝つのは自明の理。

 が、直後には獣の数が一体減る結果となった。

 あくまで、速さなら少年より獣の方が早いだろう。だが今は速さを比べる場では無い。殺しあいをする場だ。

 踏み込んだ少年の目の前に、獣が大口を開け牙を剥き出しにする。

 柄を握る右手に青筋が浮き立つ、右肩から甲まで膨れる筋肉は少年の容姿とは対称的な様になる。

 獣の視界を左手でふさぐと計算された動きで刃収まる片手剣を叩き付ける――それは単純な鈍器となる――と硬い果実を砕く鈍い音が四方に散る。

 頭部を潰された獣は、血、髄、肉片を撒き散ちらし小刻みに痙攣しながら地面に倒れる。

 少年は目線を左右に動かし二体の狼を確認したあと構え直す。

 二体は同じ様に大口を開け少年を襲う。
距離はすぐそこ。数秒後には少年の喉元は左右の牙に引き裂かれるだろう。

 だが少年は慌てていない。ペロリと口端に付着した獣の返り血を舐めとると必要な箇所の筋肉に力を入れ、不必要な筋肉を緩める。

 鞭のようなしなやかさで一方の獣に鈍器を叩き付ける。

 勢いは削がれずそのまま半回転しもう一方の獣を巻き込みながら片手剣を豪快に振るう。

 弱々しい獣の鳴き声が洞窟内に響く。勢いのまま壁へと叩き付けられた獣の声だ。それは巻き込まれた側の獣。最初の一撃を受けた獣は圧死している。

 仲間の死よりも自身の危険を察した獣は逃げようとするが既に運命は決まっていたようだ。ニ度目の咆哮は叫べず、血に染まる鈍器が下ろされ絶命した。

 死を確認した後、少年はリュックから布をとり出し肌に付着した血を乱暴に拭う。

「うむ。見事だ。我が弟子アインよ。剣技、一の太刀をさずけた甲斐があるというものよ」

「弟子でも無いし、お前からは何も教わってないだろ」

 アインと呼ばれた少年は乱暴に剣鞘を拭いた後、布を地面に捨てる。

「でもマジな話。この狼は結構強い部類だと思うぞ。それを一発かよ、可愛くないなお前は、だから。うん、もう少し綺麗に拭いて。鞘越しとはいえ獣の血って臭いから嫌なんだよ」

 剣の言葉を無視し背に担ぐと、すんすんと己の匂いを嗅ぎ始める。

「やなりどうにかして避けるべきだったな。血の匂いがする」

「そのうち追い付かれて戦闘になってたさ。しょうがねぇよ。それより血の匂いで敵さん方が集まると厄介だな。ずらかるか?」

「ああ、索敵はちゃんとやれよ」

「任せろ! 敵がきたら直ぐ教えるぜ!」

「背後から襲われるのは二度とごめんだぞ」

「けふけふ。さっきはミノフスキー粒子が濃かったからな。仕方がないと言える」

「また意味不明なことを——」

 アインは剣を軽く小突いた後、再び走り始めた。
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