ゴールデンソルジャー

木村テニス

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 翌朝。ハーミアはゴブリン討伐の編成隊が待つ北門入り口に向かう。
 カルディナ遺跡に赴いた時同様に動きやすいパンツスタイル、両親とのハグは出かける前の定番である。

 グラディナ養成機関があるこの地はレギオンス大帝国が治める領土の中でも、広大な面積を誇り。
 高い壁が周囲を囲い獣やモンスターの襲撃を防ぐ使用になっており、東西南北には大きな門が設えられ、そこから商人や旅人などは出入りをしている。
 その姿は大都市といってよい。

 往来は朝も早くから行商人の掛け声や、客の値切る声。
 労働者の怒号などが飛び交い随分と活気付いている。
 
 ハーミアは北門に到着すると、ゴブリン討伐に向かう何名かが集まっていた。
 その中にロン教員も既におり挨拶を交わす。他にも軽装の鎧に身を包むアーミーとグレックもいた。

「おはようございます!」

 一際高いダミ声が飛ぶ。
 昨日アーミーと揉めたソルジャーの男である。
 挨拶をした相手は、アンシュタイナーの三名。
 クリスは高級そうな青い鎧を、長女のモニカは昨日と同じ胸元が開いた赤いドレス、妹のレーナも同じく白い司祭服に身を包んでいる。

 戦闘に関しては素人のハーミアでも、あの三人にはなんだが凄みのようなものを感じていた。
 キョロキョロと辺りを見渡し黒い剣士の姿を探していると、蛙族のリーマ教員と昨日のギルド職員が現れ点呼を取り始めた。

 
 非戦闘員はハーミアとロンだけではなく、前回のカルディナ遺跡で一緒であった者も何名かおり、久々の再開にハーミアの心は随分と明るくなった。

 朝一で移動を開始、茜空が広がる頃には被害のあった村に立ち寄り、支援物資を届け、復興作業をして仮眠。
 状況に合わせ夜間、もしくは早朝の奇襲かを決定し討伐を開始する。という説明がなされた。

 ギルド職員は同行せずに、後の評価をアンシュタイナーの三名に託し旅立ちを見送る。
 グラディナの生徒十二名と、ロンの他にも教員が二名。
 ソルジャー十二名と、審査官の三名。
 遺跡の損害確認班が五名の計三十五名が北門から出発した。
 ハーミアは結局、黒い少年を見つける事が出来なかった。


 道中はさして大きな障害もなく進んだ。
 途中で遭遇した獣やモンスターは、ソルジャー、もしくは生徒らが適時対応したおかげで順調に対応。唯一トラブルがあったとすれば、昨日と同じようにソルジャーと生徒同士の揉め事位である。

 一悶着はあったが一行は被害のあった村までたどり着く。
 それは丁度茜色が空を覆う時間帯。

 ゴブリンの被害にあった村は、モンスター除けの柵が壊され、家々も破壊され、畑が荒らされ、村としての機能を停止していた。
 おそらくこの村の再起は難しいだろう。

 若い男女の姿が無い。
 見かけるのは高齢者と子供ばかりである。

 ゴブリンの襲撃に対応した若い男は殺され、女は巣である北方の遺跡に連れて行かれたのだろう。

 ハーミアはゴブリンの嫌悪感と同時に、被害にあった女性を早く救出してあげたい。それと恐怖で怯える高齢者と子供安心させたい。という色々な気持ちでかき乱されていた。

「ハーミア君。君の気持ちも分かるが、今は仕事に徹しよう。暖かいスープを村の方々に振舞おう」

「はい! ロン先生」

 ロンの話では今回被害にあった村は、既に王都での受け入れ態勢は万全である為、討伐を終えた後は彼らを王都に連れて行く手筈となっている。

 ハーミアにはそれが唯一の救いに感じた。

 「では、物資を届けましょう! 各員それぞれ協力して作業に当たってください。ソルジャーの方達もお願い致します」

 リーマ教員の言葉を受け、各員が対応を開始する。
 ハーミアは炊き出し担当であるため食事の準備に取り掛かる。

 食事にありつく者達は皆、疲弊している。
 子供は母がいない事に泣き、老人は息子を失った事に悲しみを覚える。
 恋人や配偶者を攫われた男達は嘆き、食事が喉を通らない状況になっている。

 生徒は憤り、ソルジャー子供達に母親を連れ戻すと約束し心付ける。
 ハーミアは自身の悔しさに唇を噛む。

 ——どうして自分は何もできないのか、あの日と同じだ。
 あの悲惨な崩落で経験した、ダンジョンの記憶がハーミアの心を侵食していると、くぃ、と袖口を引かれた。
 見ると村の子供がハーミアの袖口を引っ張っていたのだ。

「どうしたの? おかわりかな? いっぱいあるから食べてね」

「これ、お姉ちゃんに、渡せって——」

 椀におかわりを貰った子供は紙きれを渡し去っていく。
 首を傾げた後に紙きれを確認しようとした時に、唐突に大きな声が村に響いた。

「村人の皆さん! 私はレギオンス大帝国、十二英雄が一人。リドラ・マドラ様直属の第十部隊の部隊長タルケルである! 此度のゴブリンの被害誠に痛み入る。リドラ様も深く心を痛めておる。ひいてはゴブリン退治を我が第十部隊に委ねられた。村人の皆さん。ゴブリンは我々が早々に駆逐してまいるのでご安心なされよ!」

 実に野太い男の声である。
 総勢百名程の鎧を纏った一団であった。

 整列された動きで隊列を組んだ後に、代表者であろうタルケルという男が一歩前に出て先の言葉を告げた。
 十二英雄リドラ・マドラの直属の第十部隊は軍事の力関係でいえば相応の位置に値する。
 選ばれた者だけが入隊が叶う。十二英雄直属の騎士。
 世間では注目の的になり、周囲からは持て囃され、戦果を上げれば大金が手に入るエリート騎士である。
 そんな精鋭揃いが、ゴブリンを狩るというのだから、ありがたい事この上ない——が、ソルジャーやグラディナの生徒達に至っては、ただただ困惑するだけである。

「すみません。騎士団の皆様。私はグラディナ特殊養成期間で教員を務めているリーマと申します。北方の遺跡に巣食うゴブリン退治ですが、我々とソルジャーの連合で正規の仕事として帝国より受けております」

 リーマは慇懃無礼な態度で騎士団の代表者らしき、タルケルに話しかける。
 そこからリーマは何かの間違いじゃないのかという確認をとるが、教員と十二英雄直属の騎士団では話にならず——たかだが学生と鉛級のソルジャーの進級試験とリドラ様の厳命どちらが正しいかなど検討する余地もない。

 何を言ってもこの言葉が返ってくる。
 このままゴブリン退治をしてくるのでお前らはそのまま待っていろ。それがタルケルの言葉であった。

「ちょっと待ってください! ここまで段取りを組んで解散はできません。ギルドにも報告する義務があります。帝国からの正規の手続きで来ております。ゴブリンは我々で討伐致しますので何卒ご了承ください——」

「いい加減うるさいぞ! 蛙族めっ! このっ——っ!」

 リーマの声にそうだそうだと賛同するソルジャーや生徒達。
 村人達はゴブリンを退治して、攫われた者達を連れ戻してくれるならば、どちらでも構わないとの発言があり、状況が不利だと判断したタルケルは、怒号と共にリーマを威圧し拳を握るが——それが振るわれる事はなかった。

「十英雄直属の騎士団のお方が手を上げるとは何事ですが!」

「リーナの言う通りだ。ちょっと話がみえないな、これは帝国を通さず、リドラさんの独断という認識で良いのかな?」

「——ッ! 紅蓮の貴公子」

「これはリドラさんの個人的な行動だね。あの人は悪い人じゃないんだけど、どうにもな」

 クリスの独り言が地に落ちる。
 タルケルは喉をならした。
 振り上げた拳がクリスによって阻まれただけではなく、
 掴まれている腕が微動だに動かなくなっていたからだ。

 それから話し合いの末に騎士団の一行が先にゴブリンの巣に向かう事となり、ソルジャー。生徒らは復興作業が終わり次第に向かう事となった。

 先に騎士団が向かう事に反論が出たが、結局はギルド側の審査員の一人、クリスの言葉で皆は渋々納得した。

「十二英雄リドラ・マドラさんは基本的に人の話を聞かない人だ。自分がこうだと思った事しかしないんだよ。今回のゴブリン討伐もどこかから噂を聞きつけたんだろうね。正義の人ではあるけど、どうにも協調性がね——その部下である騎士団達がどういう思考かは分かるだろう? あの連中は何があってもリドラさんが与えた任務を遂行するよ、ここは復興作業を早々に終わらせて、早くに合流してゴブリンを狩るのが最善手だろうね」

 復興作業は夜まで続く事が想定されている為、今回の進級試験は目的を果たせそうになく、延長の話し合いが行われていた。

 ハーミアは騎士団が村をた後ふと思い出し、子供に渡された紙きれを視認する。

 そこには——村の後方の森の中で待つ——という文字が記載されていた。

 誰が自分に送ったのか直ぐに当たりがつき、早急に向かいたいが、炊き出の仕事を途中で終わらせる事もできず、根が真面目なハーミアは黙々と作業をこなす。

 結局仕事が終わったのは夜となり、急いで村後方の森に向かった。
 胸中は少しだけ浮ついていた。
 だが心の奥底にある微かな陰りは感じ取る事ができなかった。
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