ゴールデンソルジャー

木村テニス

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「ハミィちゃん! お久し! ちょっと見ない間に綺麗になりやがって!」

「ヨシオさん! お久しぶりです!」

 ハーミアはヨシオとの感動を分かち合う。
 互いに元気だったとの会話がなされた後に一呼吸置いてから、すみれ色の大きな瞳が全身黒色の少年を捉える。

「お久しぶりです。アインさん」

「あぁ。元気そうでなによりだ」

「はい!」

 村後方の森は闇を吸い込んだように暗いが、入り口付近は月明かりが灯り十分な明るさがある。
 月明かりに照らされているのは黒の剣士。
 久しぶりの再会となったアインとハーミア。
 二人は現実という名の魔手から逃げ去るために、互いの手を取り合い——黙っていろサトウヨシオ。

 ヨシオの無駄ナレーションを止め、あの時のように背に担ぐか片手剣を軽く小突くアイン。

 二人の変わらないやりとりを見てハーミアは微笑を送る。
 二人は互いの近況を報告し合う。
 ハーミアはダンジョンから帰還した後、自分なりに帝国やダンジョン、アインが育った施設を調べ、帝国の闇を少しでも知ろうと務めていたが、特に優良な情報を得られていない事を報告した。

 アインは身を置く施設からの命令によりソルジャーに転身。
 依頼をこなす日々を送っていたとの事。

「この聖剣エクスカリバーで雑草を刈るとかさ、とんだ罰当たりな奴だと思わないかいハミィちゃん? あの時の屈辱たるや。俺はアインを許さない! 絶対にだ!」

「依頼は俺が受けているわけではない。文句なら組織の奴らに言ってくれ」

「ぐうの音も出ない正論は聞きたくない!」

「じゃあ今回も組織から、ゴブリン討伐に参加してこい。みたいな形なんですか?」

「まぁ、そんな所だ。それよりもそっちも大変だな。ゴブリンの巣となった遺跡の損害調査か、俺には到底できないな」

「半分趣味ですので問題ないですよ。それよりも昨日どうして声を掛けてくれなかったんですか? 解散した後探しに行ったのにアインさんいないですし」

「ん? まぁ。その、アレだ。ソルジャーの仕事があってだな」

「かぁ~! このバカチンが! ハミィちゃん、アインはよぉ「俺のような人間があの場で話しかけたらハミィに迷惑が掛かる」とかどこぞのイケメンが言いそうな、ゲボみたいな臭い台詞吐いてやがったんだよ。あぁ気持ち悪い」

「そうなんですか? 迷惑かどうかは私が決めるので話しかけて欲しかったです!」

 ハーミアに詰め寄られ、ヨシオには嘲笑されたアインは言葉を詰まらせ視線を明後日に向けるが、直ぐに剣呑な眼差しに変わり、大きなすみれ色の瞳を見据える。

「ゴブリン討伐には参加しない方がいい。どうにもキナ臭い」

「キナ臭い、ですか? あの帝国騎士団の皆さんが来たからですか?」

「それもあるが、この進級審査自体がどうにも、腑に落ちない」

 アインの語尾は自分に向いていた。
 ハーミアは思案する黒の剣士を見る。
 その顔は一流の狩人を彷彿とさせる。

「何か危険な事があったら、前みたいに守ってくださいね」

「——報酬次第だな」

 アインから発せられる不吉な圧力が強くなった為、ハーミアは敢えて冗談を飛ばす。
 一瞬間にその雰囲気は崩れ、少年の微笑みが送られた。
 ハーミアはどうにもアインが危機とした雰囲気を纏うと、鼓動が忙しなくなってしまう。

「今回は無料にしとくぜハミィちゃん! 何てぇたってこの前実入りの良い仕事にありつけたからよ。我々の懐事情はホクホクよ」

「じゃあ、お願いしますね。でもあの時と違って今回は人数が多いから安心ですね」

 ——そうだな。と答えるアインの表情はまた思案していた。
 だが先ほどまでの胸が抑えられるような息苦しさは感じない。

「混戦が予想される、不測の自体は考えておくのが妥当だろう。もし何か危機的な状況に陥って俺が近くにいない時は、あの狼族の大男を頼るといい。あれが一番強い」

「え? そうなんですか?」

「あぁ。おそらくな」

 ハーミアの首が傾けられる。
 この討伐編成において、最も名と実力が知られているのは竜討伐を果たしたアンシュタイナー一家である。
 ハーミアはかの三名が今回の討伐部隊の中では一番強いのではとアインに聞き返す。

「アンシュタイナー? 誰だそいつらは? 俺が知らないのだから大した事はないだろう」

「えっと、アインさんってソルジャーですよね? 流石に階級が上で有名な人たちは知っておいた方が良いんじゃないですか? ほら? 竜を三人で倒したって言われている人達ですよ。凄くないですか? たった三人で竜退治ですよ」

 その言葉にアインは嘲笑で返す。
 その態度は、俺の方が凄いと語っているようなものである。

「じゃあ、あの狼族の方はアインさんよりも強かったりするんですか?」

「あ~、えっと。ハミィちゃん。何ていうか——」


 単純に感じた疑問をぶつけてみると、ヨシオが少し困った口調で会話に入る。
 察するにアインに強さの話題は、あまり触れない方が良いようだ。
 ヨシオがしどろもどろに唸っていると「——俺の方が強い」えらく子供染みた返答が返ってきた。

 

「話は戻りますが、進級審査が腑に落ちないというのは、どういう事なんですか?」

「いや、それがよ。どうして鉛級の試験がゴブリン討伐なのかも気になってよ」

「あぁ~。確かにそうですね、そこは私も気になっていました」

 強さの評価以降。どうにもアインがふてくされているように感じた為、ハーミアは機転を利かせ強引に話題を転換する。
 答えたのはヨシオだった。

 本来ならば鉛級のソルジャーの進級試験は、階級が上のソルジャーとの手合わせである。
 世間一般的にそう知られており、ソルジャーに対して知識がないハーミアでも知っている事から、それが常識といえる。
 
 勿論例外もあるのだが、ゴブリンの討伐での進級審査というのは稀である。
 しかも、グラディナ特殊養成機関の生徒と合同というのも、初の事例といえる。

「今回参加されたソルジャーの皆さんも不思議がっていましたよね。もちろんグラディナの生徒も同じです。ギルドと帝国が連携した初の試みというのが謳い文句らしいですね」

「さっすがハミィちゃん! よく調べてる~そこに痺れる憧れるってやつだな! 俺らもさ、彼奴いただろ、口臭男。野郎に参加しろとだけしか言われてねぇからさ。どうしたもんかって感じてんだよ」

「あぁ、あの人——」

 ハーミアの朧げな記憶が蘇る。
 年齢不詳の黒い服に身を包んだ、生っ白い男、どういう顔かは思い出せない。遮光眼鏡を掛けていたのは覚えている。
 正しく思い出そうとすると、どうしてか鼻腔を汚物に似た悪臭が掠める為、ハーミアは軽くえづいてしまう。

「今回は帝国が噛んでいるのは間違いない」

「そうですね。十二英雄の騎士団の方々も登場しちゃうし、先にゴブリンの討伐を始めたとの事ですから、今回の試験は中止ですかね」

「いや、中止にはならない筈だ」

「ほうっ。我が弟子アインよ、その心はなんぞ?」

 アインの言葉にハーミアは首を傾げ、ヨシオが返答する。

 現状を見れば、進級審査は中止という考えが一番妥当である。
 騎士団がゴブリン討伐に向かってから、もうかなり時間が経ち今は夜になっている。
 十二英雄の一人、リドラ・マドラ専属のエリート騎士団が相手ではゴブリンの巣など時間を労せずに片付く事は安易に想像がつく。

「何度も言うがお前の弟子になった覚えはない」

「んな事はどうでもいいからよ! どうして中止にならないと思うんだよ」

「ただの勘だ。おそらくあの騎士団どもは裏で噛んでる帝国の意思とは関係なく動いているのだろう。真実を知っているのは、昨日俺に絡んできた髪が白金色の小僧だ」

 お前も小僧だろう。——というつっこみをヨシオとハーミアはぐっと堪える。
 ここでつっこんでしまえばアインがまた拗ねる未来が想像できるからだ。

「彼奴からは何か隠し事をしている雰囲気がある。何か知っている筈だ。よし、今から聞きに行ってこよう」

「ちょっと待った!」

 思い立ったが直ぐに行動に移す男をハーミアが身をていして止める。

「アインさん。聞くって、一体どう聞くんですか?」

「普通に聞くに決まっているだろう」

「いや、だからどう聞くんですか?」

「どうって、普通に聞くさ。お前の隠している事を話せと問いただす」

「——隠しごとなので話してくれないかもですよ。話さない時はどうするんですか?」

「話たくなるように仕向けるだけだ」

「ど、どうやって?」

「力尽くにきまっている。行くぞ。善は急げだ」

「って待て待て待って下さい! 相手は白銀級のソルジャーですよ! めちゃめちゃ強い相手に力尽くでいっても返り討ちにあったらどうするんですか」

「大丈夫だ。俺の方が強い」

「いや、全然大丈夫じゃないから! 何で強さの話になるとちょっとイキリだすんですか⁉」

 押し押されするハーミアとアイン。
 そんな二人を見て、なにドリフやってんだ。とヨシオがつっこむと同時に。

「—————————」

  村から咆哮が聞こえた。
 それは腹底に響くほどの大音量で待機を震わせる。
 アインの漆黒の瞳が狩人に変貌する。
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