ゴールデンソルジャー

木村テニス

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「今のって?」

「モンスターの咆哮だな。方向は村のほうからだ」

「アイン、めっちゃ韻踏むじゃん」

「黙っていろ」

 腹底にまで響いたモンスターの叫びがハーミアを不安に染める。
 頭の中をよぎったのは、ダンジョンで遭遇した死の恐怖。
 体が強張りその場で立ち竦んでしまう。
 ヨシオが状況を問いただす。

「これはあれか? 村がモンスターに襲われてるってやつか?」

「あぁ、おそらくな」

「そんな! あそこにはまだ村人達がいるのに——」

「待て、ハミィ!」

 アインが珍しく大声を出す。
 ハーミアは己を固める恐怖の鎖を無理やりに破壊し、村の方角へと走り出した。
 自分が行っても出来ることは何も無いのは分かっている。

 ——それでも、体が動いたのだから、本能が犠牲を止めたいと願った結果だろう。

 心臓の鼓動が煩わしい。
 不安、緊張、恐怖、それら負の感情がハーミアを取り巻き、息をするのも苦しくなる。

 それでも、私が行くことで、誰かを助けられるならとの思いで、ひたすらに走る。
 やがて夜空が赤々と染まる。

 おそらく大規模な火が回っていると想像がつく。
 ハーミアの胸は余計に焦れ、足が前に前へと進んでいく。
 辿りついた村の光景に出かけた声をのむ。

「——ッ!」

 蹂躙が始まっていた。
 大量の——大軍のゴブリンが村を囲むように陣取り、石、矢、松明を投げ村を破壊してく。

 冒険者は? ソルジャー? 村人は無事なのか? 
 混乱するハーミアは周囲を見渡すが、火の海と化したのみで人の気配は感じとれない。

 このゴブリンどもはどこから来たのか?
 これから討伐しにいく北方の遺跡に巣食うゴブリン達なのか? そうなのだろう。

 ゴブリン達が旗のように掲げる木の棒の先端には人間の顔が串刺しになっていた。
 生首となっているのは、騎士団の面々である事が視認できた。

 多くの生首の中に数時間前に、村人達に朗々と語っていた騎士団タルケルも生首となっていた。
 口内から外に向かって飛び出す先端は杭のように尖っており、そこは赤々とした血で染められていた。

 どの生首も苦悶の表情となっている為に、おそらく生きながら、そのまま貫かれたのであろう。

「ギィギィギィ」

 ハーミアがあまりの衝撃で呆然としていた時に、卑屈で矮小で、聞くものを不快にさせる声が届く。

「ゴ、ゴブリン——」

 ハーミアはそれだけを呟き、尻餅をついたまま後ずさる。
 ゴブリンは獲物を値踏みするような、嬲るような目でハーミアを見た後、舌なめずりをし、徐々に近づいていく。

「い、いや! 来ないで!」

 そう叫んでもゴブリンには勿論通じない。
 自分専用の苗床を見つけた喜びで徐々に顔が歪み、とうとうハーミアに襲いかかる


「だから待てと言っただろう」

 一瞬であった。
 ハーミアには瞬き程度の時間だったろう。
 気がつくとゴブリンの首は地面に転がり、遅れて体も地面に倒れる。
 殺されたゴブリンは自分が死んだ事すら気がつかずに生首の状態で騒いでいたが、アインの靴底が黙らせた。

「ハミィちゃん! 無事か? 全く一人で駆け出すなんて、ヤムチャし過ぎだぜ」

「す、すみません。ヨシオさん」

「まぁ、無事で何よりだ」

 ハーミアは逡巡した後で気が付く。

「あれ? アインさん、ヨシオさんを使っていますけど?」

「実入りが良い仕事が入ったからな。今は使っても問題はない」

 使えば使うほどアインの所持金が減る呪剣——サトウヨシオ——が本来の姿を晒している。
 あいも変わらず派手な見た目の剣は、剣先にゴブリンの血を滴らせる。

「アインさん。村に火がそれにゴブリンが——」

「あぁ。酷い状況だな」

 見たままの状況を口にするハーミアにアインは同調する。
 先ほどまで一時的な平和を築いていた村は火に包まれている。
 赤々と燃える村の建物は火の勢いを強め、息を吸うたびに肺がチリと痛む。

 ゴブリンはどんどんと増殖し数の力で全てを圧倒しようとしている。

「何がどうなっているんだか? ってか囲まれてるぞ、アイン」

 ヨシオが周囲の状況を告げる。
 ——ギィギィと。いう耳障りの声が四方から聞こえた。
 ハーミアが気付いた時には多数のゴブリンが持ち前の醜悪に歪んだ顔をさらに歪ませ、じりじりと詰め寄ってきている。

「数が多いな」

「あ、あの人っ——」

 優に数百匹のゴブリンに囲まれる二人。
 前列のゴブリンが掲げる槍の穂先には、カルディナの会議場でアーミーと揉めた、鉛級ソルジャーの生首が掲げられていた。

 ——酷い。と漏らすハーミアはゴブリンを睨むが、緑色のモンスターは顔を歪ませ誰が一番にハーミアを犯すかで盛り上がっている。

「変わらないな。この状況で他人の為に怒れるお前に俺は救われた」

「アインさん?」

 地面に座り込んでいたハーミアはアインを見上げる。
 黒髪と黒い瞳に赤が差し込む姿は逞しく見えた。

「スキルを使う」

「お! 確かにこの状況じゃあそれが一番だ! 何を使う・・・・?」

「蛇だ」

「ガッテン!」

 アインとヨシオは慣れた様子で会話をした。
 ハーミアが戸惑っている間——ほんの一瞬間に多数のゴブリンの首が胴体から離れていた。

「やっぱり雑魚敵には“蛇”が一番だぜ!」

 ヨシオの声にアインは答えず剣を振るう。
 否、それは今、剣と呼べない状態といえる。

 剣先は伸び、しなり、アインが腕を振るう度に縦横無尽に動く。
 それは剣の軌道でなく、鞭の動きであった。
 それもその筈、実際にヨシオのブレイドは蛇腹となっていた。
 
 アインはその場から動かずに、舞を踊るかの如くヨシオを振るうと蛇の動きとなった刃は敵の首を次々と飛ばし、ものの数秒で数百のゴブリンが死体へと変わった。

「アインさん、ヨシオさん」

「ふ。惚れちまったかハミィちゃん。我が十二のスキルが一つ、蛇はなかなかのもんだろう?」

「は、はい。ヨシオさんカッコいいです!」

「ハミィちゃんには我がスキルの残り十一手を見せたいところだが、雑魚モンスターには勿体ないってな」

 アインとハーミアの周囲を踊るように、蛇腹に変化したヨシオの刃が舞う。
 その舞にはゴブリン程度では近づく事すらできずに全滅していき、周囲はゴブリンの血と生首、脳漿、内臓などがぶちまけられ、酷い匂いが充満していく。

「もういい。戻れ」

「あいよ!」

 アインの声に応えたヨシオは、するすると形状が戻り、いつもの片手剣に戻る。
 どういう理屈で片手剣の剣先が伸び、蛇腹のように変化し、鞭の如くしなったのかは、全くもって謎である。

 おそらく当人のヨシオ、又は使用者のアインに問いただして明確な回答は得られないだろうと一人納得するハーミア。
 ヨシオという剣はそういうものだと理解するのが無難な考え方である。

「アインさん! 他の皆さんを助けに行きましょう!」

「——嫌だ」

「へ?」

 村の中心部はゴブリンの大群が迫っているのが確認できた。
 その場に駆けようとしたハーミアはアインの返答に首を傾げた。
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