ゴールデンソルジャー

木村テニス

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「アインさん! 他の皆さんを助けに行きましょう!」

「——嫌だ」

「へ?」

 村の中心部はゴブリンの大群が迫っているのが確認できた。
 その場に駆けようとしたハーミアはアインの返答に首を傾げた。

「い、嫌だ?」

「あの中心地には、ソルジャーがいる筈だ。ゴブリンの敵が集まる所にはそいつらの敵、つまりソルジャーがいると考えるのが妥当だろう。村人を守ってくれているはずだ。ここは増殖する外側のゴブリンを殲滅して、これ以上中心に寄せない方が先決だ」

 アインの理にかなった説明を聞きハーミアは納得する。
 が——。わらわらと群がるゴブリンを見るとどうにも不安な気持ちに掻き立てられていく。

 ついと視線を移動させると、グラディナの生徒の一人がどこからか現れ、逃げるように走り去っていたが、周囲を取り囲むゴブリンに捕まってしまう。

 彼は今まさにゴブリンの襲われる場面となっていた。

 見知らぬ男子生徒であり、遠い距離にも関わらず目が合ったように感じた。
 実際の距離をみれば、到底目が合う事を認識するのは無理な距離である。
 それでもハーミアにはそう感じ。その生徒が——助けて——と言っているように感じた。

 数匹のゴブリンが生徒に群がり、先端が血に染められた武器を掲げる。
 その血は、どこの、誰のものなのか? ゴブリンが掲げる武器が振り下ろされれば新たな血が付着し、見知らぬ生徒は命を落とすだろう。

「やめてぇぇぇぇ!」

 そんな事は耐えられない。
 他人であろうとも、死の恐怖はどうしてか自身を制御できない。

 ハーミアは叫ぶと同時に駆け出した。
 先ほどと同じようにアインが静止を叫ぶが、その声はもう聞こえていない。
 
 走り出したはいいが、距離がある。
 アインが全力で移動したとしても届かない距離。
 ハーミアの叫びも虚しく、ゴブリンは生徒の命を刈り取る為、武器を振り下ろす——。

 その前に大きな巨躯が上空より現れ、生徒の命を救う。

「だ、大丈夫ですか?」

 声を出したのは大きな巨躯の肩にのる三つ編み眼鏡の少女。

「ブティカよ、今喋ると舌を噛むぞ。ゴブリンを蹴散らす」

 狼族の青年はその大きな体を揺らしながら、握る刀を踊らせる。
 東方の武器である刀——二刀の動きは舞のように美しくもあり、獣神のような力強さがあり、群がるゴブリンが絶命していく。それは、瞬き一つの出来事であった。

「ガロクさん、お見事です!」

「ふむ。ゴブリン程度は敵にもならんな」

 狼族の青年の肩にのる、グラディナの女生徒ブティカは賞賛を送る。 
 ガロクという名の狼族の青年が血振りをする姿は実に鮮やかである。

「あっ! ハーミア様! ご無事だったのですね。良かったです~! リーマ教員と、クリス審査官の指示で村入口に集まり迎撃する運びとなっております。今から皆で向かいましょう!」

 ブティカの安堵はどこか場違いなようにも思うが、無事という言葉で括れば間違っていない。
 話によると、ソルジャーと生徒達は村の中心地でゴブリンの奇襲に対処していたが、散り散りなっている村人、ソルジャー、生徒と合流する為に、囲いを突破し入口まで移動し迎撃を開始するとの事。

 ガロクとブティカは、村の周囲を移動し逃げ遅れた者達に伝令を伝え回っており、最後の確認ポイントの場所に移動した際に、アインとハーミア、そして先ほどの逃げ遅れた男子生徒の発見に至った。

 ハーミア様? 呼ばれた本人は、ん? みたいな顔をする。

「良かったです! 我がグラディナの女神たるハーミア様がご無事で! ブティカは心配で、心配で胸が張り裂けそうでした。あっ! 張り裂けるほど私の胸は大きくないですけどね、くふふふふ~。あっ! すいません。私、兵士・騎士課の一年、ブティカ・ベニーと申します」

 独特な笑いと共にハーミアに詰め寄るブティカはぺこりとお辞儀をする。
 昨日の会議場で「ふぇぇぇぇ~」と奇声を上げた娘であった。

 ハーミアは助けてくれてありがとう! とブティカの手を握ると、ほえ! ほえ! と叫び「私今日死ねる!」と叫び周囲をドン引かせている。

 ブティカの奇行に苦笑で答えたハーミアは、狼族のガロクを見上げる。

「助けていただきありがとうございます!」

「問題無い」

 ガロクは周囲を警戒しつつハーミアに言葉を向ける。
 殺されかけた男子生徒はまだ震えている。
 ハーミア様! と騒ぐブティカと震える男子生徒を左右の肩に乗せ、移動の準備を始めるガロクは強面な見た目に反して優しい人なのかもしれない。

「む? どうした黒き剣士よ、移動せぬのか?」
 
「ア、 アインさん?」

 アインが近づき、狩人の目でガロクを値踏みしていた。
 ハーミアが名を呼ぶが無視である。
 この討伐隊の中で一番強いと称した男の、僅かに見せた戦闘スタイル。
 
 ハーミアには何となくだがアインの思考が読めている。
 単純に興味という言葉がアインの両目に張り付いている事に。
 それを裏付けるかのように、アインはひどく緩慢にヨシオの柄を握る。

「ア、アインさん!」
 
 アインがヨシオを鞘から引き抜き、ガロクに向けて上方から下方に一閃したのはハーミアの叫びとほぼ同時であった。
 こいつ、やりやがった! ハーミアはそう思った。
 自分の強さを確かめたいが故に、やりやがったよアイーンと心の中で叫ぶ。

「つまらん奴だ」

「それはお主もだ、黒の剣士」

 それはアインとガロクの言葉。
 よく見るとガロクも刀を抜いていた。

 向かい合う両者以外、何が起こったのか理解できないでいたが、遅れて聞こえたゴブリンの断末魔により全てが理解できた。

 アインとガロクの背後にゴブリンが迫っており、二人は互いにそれらを斬り伏せたのだ。
 実力者同士は一振りで互いの実力を察知したように見えた。
 どちらが上かはハーミアには当然理解ができない。

「なんだその顔は、お前今絶対に失礼な事を考えていたろ」

「いえ、そんな、それより早く村の入り口に移動しましょう」

 とっさの出来事に呆然としていたハーミアはアインを見据え安堵する。
 内心のヤバい奴認定を取り下げ、駆け出した。

「おい! ヤバい奴とか思っていた顔だぞ! おい! 待て」

 走り出すハーミアを追うアイン。
 ハーミア様! とガロクの肩から降りて走り出すブティカ。
 ガロクはため息をしつつ後を追う。

 どうにも偏った小隊が出来上がったといえる。
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