ゴールデンソルジャー

木村テニス

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 一人だけ、アインとクリスの戦いを見ていない者がいた。
 蛙族の男は、震えていた。何かに耐えるように震え。やがて——。

「あはっ! あははははははっ!」

 大きな声で笑い始めた。
 何が面白いのかゲラゲラと笑っている。
 ハーミアは、意識をリーマに向け思案する。

 おそらくリーマはこの不明瞭な状態と正しく認識している者の一人である。
 もう一人のアインは、現在クリスの攻防故に、説明を問いただすことは出来ない。

 おそらく、裏で繋がっているのは、大帝国レギオンスと最果てのダンジョン。
 そしてリーマの言葉——宗派の自由化という言葉とクリスから出たダンジョンマスターという言葉である。

 真実をリーマに問うても、明確な回答は得られないだろう。
 今は誰が敵でどうなっているかを正しく理解することが優先である。
 故に考える。

 ハーミアは視線を動かし。
 ここまで案内してくれた人物。サマラだった者を見る。

 彼は死んでいた。爆発の余波に巻き込まれて。
 否、そうではない。初めから死んでいたのでいか?

 何故かそう感じてしまった。
 ハーミアはサマラが現れた時を思い出す。
 たった一人で村の中を彷徨い、すんでの所でがガロクに命を助けられた。
 その後は行動を共にする。

 ゴブリンの大群が襲来していた中で、恐怖に負け、たった一人で逃げ出した——。

 何か、オカシイ。
 敵の大群が攻めてきている時に、たった一人で逃げ出せる者なのか?

 普通は一人でいるより、集団で固まった方が安全である。
 もちろん、元々一人だった場合もある。だが、一人で逃げ出す前にまずは仲間なり、知り合いの元に行くのではなかろうか?

 というよりも、そもそも逃げ出そうとしていたのだろうか?
 偶然襲われているように仕向け、ここへ誘導する事が目的だったのではないのか?

 何の為に? もしおびき寄せる事が目的ならば、何の理由があったのか? 
 どちらにせよ本人はもう死んでいる為、問いただす事はできない。

 死。という言葉がどうにも引っかかる。ハーミアはもう一度、サマラを見る。

 もしや、あの時、既に死んでいたのではなかろうか?
 あの時。というのはサマラがゴブリンに襲われかけていた時だ。

 死んでいた。死人となりここにおびき寄せた。
 やはり、この場におびき寄せる理由が不明である。
 どうにもそこが引っかかる。

 ハーミアの思考は迷宮に入りかける。
 視線を転じるとガロクが見えた。

 その時に、フッと降りてきた。
 サマラは一瞬でゴブリンを退治できる者を見つけ出す為に使われたのではないか?
 そして、呼び出された場所でクリス・アンシュタイナーが出てくる。
 
 ではクリスを現れたのは——再び、大帝国レギオンスと最果てのダンジョン——宗派の自由化——ダンジョンマスターの言葉が頭を過る。

「リーマ先生。いえ、違う——お前が」

 ハーミアの言葉に熱があった。
 ポツリと呟いた言葉は驚くほどによく隅々までよき聞こえた。

「お前が、ダンジョンマスターか」

 リーマは笑いを止め、酷くつまらなそうにハーミアを見た数秒後に、にっこりと微笑んだ。






―――――


「お前がダンジョンマスターか」

「つまらないな」

 リーマは天を仰ぎそう呟く。
 次に緩慢な動作で周囲を見渡した後に大きなため息をつく。

「ガロクさん! ブティカ!」

 ハーミアは叫びに二人は瞬時に答える。
 ガロクが刀を構え突進する。ブティカは火の玉を生成しリーマへと向ける。

 リーマは無機質な蛙の目でそれを捉え、指を向ける。
 ガロクとブティカの姿は消えてしまう。
 咄嗟の事であった。
 二人は唐突に消えた。

 ハーミアが目を見開く。

「あ、ア——」

 リーマは、否、リーマの皮を被ったダンジョンマスターはつまらなそうにハーミアを見る。
 そして、ガロクやブティカを消した時同様に、ハーミアへと指先を向けられる。
 ハーミアは叫んだ。

 恐怖——ではなく——起死回生の一手を

「アインさん!」

 ハーミアの叫びはダンジョンマスターの後ろ側に向けられていた。

「あぁ!」

「貴様がダンジョンマスターか!」

 蛙の首が動く。
 咄嗟に振り向いた先にはアインとクリスが剣を掲げ振り下ろす瞬間であった。




――――――



「つまりお二人は元々お知り合いだったのですか?」

「そうだ」

「おい、アイン。どうしてお前はそう素っ気ない返事しかできないんだ。えっと。ハーミアさん。僕とアインは同じ施設で育った仲間です」

 白金色の瞳とすみれ色の瞳が交差する。

 すみれ色の瞳が黒の剣士を見据える。

「なんだ。その目は。敵を欺くにはまず味方からだと、ヨシオが口すっぱく言うから従ったまでだ」

「あ! ずっけ! アインずっけ! ハミィちゃん。アインは今嘘をついてるぜ。こいつは最初から知っててハミィちゃんに話してなかったんだぜ! というか俺にも大した説明もしてないんだよ! おかしくね? 命を任せる相棒に隠し事っておかしくね?」

「お前は口が軽いから信用できない」

「うわぁ~。ガチトーンで傷つく事言われたよ、もうこいつとはやっていけない。クリス! 今度のバディは君に決めた!」

「ヨシオを使えるのはアインだけだから無理だよ」

 躁気味の剣に、クリス・アンシュタイナーは淡々と答える。
 場所は王都に戻る馬車の中である。
 
「ふむ。一度ヨシオ殿を使って見たかったが残念だ」

「でぃふ。ブティカは、聖剣ハーミア様を使ってみたいです」

「えっと。ガロク、さん、いや、ガロク様、相変わらず近いです。離れてください。それと聖剣ハーミア様ってなんだよ? この三つ編み眼鏡とはとことん話しが合わないな!」

 ヨシオのツッコミは今日も冴えている。
 馬車の中では、ハーミア、アイン、クリス、ガロク、ブティカ、の面々がいた。

「話を戻すが、ダンジョンマスターを見つけたのに取り逃したのは、大きな損失だ」

「あぁ。だが印はつけた。今度は逃さんさ」

 クリスの言葉にアインが答える。

 ハーミアは未だ混乱する頭を整理する為に状況整理をする。

 「今回のゴブリン討伐はダンジョンマスターをおびき寄せる作戦です」

 クリスのこの発言から真相は語られた。
 北方の遺跡にゴブリンが住み着き、近隣の村を襲いだす。その事実を帝国が察知しギルドへ依頼した事が始まりである。

 ゴブリンの討伐。という依頼故にギルドはソルジャーを派遣するが、討伐に向かったソルジャーは帰ってこないとい事が何度もあった。
 
 あまり戦闘経験のないソルジャーならまだしも、手練れの者も帰還しない事から、北方のゴブリンはどうにも様子がおかしいという情報をギルドが帝国に流す。

 帝国は騎士団を一小隊をはけんするがこれも帰ってはこなかった。
 出が下賤なソルジャーが結果報告しない、というのはよくあるが、大帝国に仕える騎士団の小隊が討伐報告に現れないとなると、おそらく、全滅しったと考えるのが妥当だろう。

 この話は大帝国の上層部、その中の一握りの議員の耳に入る。
 そう、最果てのダンジョンの存在をしる者達だ。

 彼らは一つの結論を導き出す。
 ゴブリンがダンジョンモンスターに繋がっているのではないか。という予想である。

 故にここは泳がせておくが一番だろう。
 長らく放置された北方の遺跡に住むゴブリンの数はどんどんと増殖し、大きな被害を与えるが、それよりも上層部はダンジョンマスターの情報を掴み、皇帝陛下に伝える事を優先とした。

 ギルドと連携し昇級試験と銘打って、ゴブリンが脅威に感じない程度の戦力を北方の遺跡に向かわせる。
 その中に、本物の強者を加え、その者にダンジョンマスターの討伐を厳命する。

「それが俺です。ギルドからの秘密裏に内情を伝えられて動いていたわけです」

「なるほどです。でもクリスさんは本当は——」

「えぇ。アインと同じ、機関に暮らす皆の方が優先ですので、この情報を組織に密告した形になります」

 クリスは、アインもいたあの施設の出であり、反乱を起こした十二人の内の一人である。
 つまりはアインとクリスの戦闘はダンジョンマスターを油断させる芝居であったのだ。
 因みに、アンシュタイナーの姉、妹は本当の兄弟姉妹ではなく、ただの仕事仲間だそうだ。その方がキャラが立つとの理由で、そう設定しているらしい。

 あのサマラの体が捻れ、クリスが出現したのは、ハーミアの予想通りあの場におびき寄せる為である。
 サマラ自身は、人形であり、それを姉役のモニカが術で操っていたという事である。

「あの場所にダンジョンマスターがいる。と言う事を知っていたから私たちを誘導していたのです」

「えぇ。議員たちは余程ダンジョンマスターを捕まえたかったのでしょうね。僕に別の隠密隊から逐一情報が入っていましたので」

「そうして、ダンジョンマスターに出くわしたという事ですね」

「その通りですハーミアさん」

「ふむ、一つよいか、どうしてもあの時お主らは芝居をしていのだ? 皆で協力してさっさとダンジョンマスターとやらを倒せばよかったのではないか?」

「最もな意見ですが、それは不可能です——」

「ふむ。なぜだ?」

「それは、あの空間そのものがダンジョンマスターが作り上げたボス部屋だからだ。あの蛙が、厳密にいえば蛙の格好をしたダンジョンマスターがその気になれば、俺らは瞬き一つの内にあの空間から弾かれて、二度とダンジョンマスターと接触できなかっただろう」

 ガロクの質問にアインが答える。
 なるほど、とハーミアは返す。油断させる為に——ですか。
 そうだ。とアインの短い返答でこの疑問は終わる。

 ガロクとブティカが良い例である。
 指を向けられた二人は唐突に姿を消したが、ボス部屋の空間と化した壁の外側にいた。
 ダンジョンマスターは指先一つで、己の空間外に追いやる事が可能といえる。

「どんな願いでも叶う最果てのダンジョンとそれを作るダンジョンマスターか。なんとも捉えどころのない話だ」

「ブティカは途中からよく分からなくなっているので、ずっとハーミア御大を拝んでいました」

 ガロクとブティカもそれぞれの反応をしている。
 ハーミアはあの瞬間、ダンジョンマスターに一撃を入れた時を思い出す。
 アインとクリスの一手は蛙の体に傷を入れた。飛び散る血は赤く人間の色と変わらない。
 その傷が、アインの言う印といものだろうか。とハーミアは思案するが聞けずじまいに終わってしまう。

 自身が傷を負った事に、驚いた顔、もしくは冷笑を浮かべてダンジョンマスターは消えた。
 というよりも、リーマに戻ったのである。

「な、なんだ君たちは!」

 目付きが、雰囲気が変わり、直ぐにこの目の前の人物はダンジョンマスターではなくリーマ教員に戻った事が理解できた。
 リーマにしてみればよい混乱の極みである。
 意識が戻った瞬間に、剣を掲げたアインとクリスが自分に襲いかかっていたのだから。

「リーマ先生や、皆、村の人達が無事で何よりです。犠牲は多かったですが」

 ダンジョンマスターが去った瞬間に、ゴブリン達は統率を失い見事に連携を崩した。
 そこからは対処は早かった。
 グラディナの生徒とソルジャーは連携し、次々にゴブリンを狩っていく。
 元々が脅威の度合いが低いモンスターである。
 統率者がいなければ用途をなさないのは当然といえる。

 ハーミア一行が村に戻る頃には、ゴブリンは大半が駆逐された状態であり。脅威は過ぎ去った状態といえた。
 アーミー、グレック生徒側は大半が無事なようで安堵したが、ソルジャー側には命を落とした者もいて、少なからず犠牲者が出たこの状況を妬ましく思った。

 ボス部屋内で、捕らえられていた者たちも無事家族と合流する事ができたが、心の傷は深い。ダンジョンマスターが何の目的でゴブリンたちを指揮し、このような事態を作り上げたかは謎だが、ハーミアに絶対に許さないという不屈の炎が燃える。

 生徒、ソルジャー、村人の一行は王都を目指す。
 今回の被害はあまりにも大きい。
 各々の立て直しには時間が掛かるだろう。
 犠牲を考えると誰しもが下を向くが、一人だけほくそ笑む者がいた。

「くくっ。やっと会えたな。ダンジョンマスター」

 その声はアイン。

 ヨシオを握り、笑みを張り付かせるが目は笑っていない。
 どこまでも闇が覗く。
 それはハーミアの知ってるアインではない。その事に薄ら寒い感覚を覚えた。

 アインの闇はどこまでも深く。暗く。虚無である事を証明しているかのようであった。

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