12 / 14
その12 出産の立ち会いがあれば、死にも直面する
しおりを挟む
農高出身でない一般人だろうと、ときには牛の治療の手伝いもする。
餌槽掃除のとき、いやに食べ残しが多い牛がいた。現場リーダーであるイチローさんに伝えると、イチローさんは食べ残した量、牛の様子を確認して、「薬を飲ませる」と言った。
細長いプラスチックボトルに黄土色の液体を入れて、数本用意した。正露丸みたいな漢方臭。ハッキリ言って臭い。
「俺がたてごつけて括るからその間にちはやはこれを飲ませろ」
牛は身体の構造上、普通は下を向いている。
上を向いてくれないと液体を嚥下《えんげ》させられない。こういうときは、たてごという牛の口周りから後頭部を括るロープを使う。
牛の頭にたてごを結びつけ、頭が高くなるよう梁にロープを通して固定する。
もちろん無理やり首を上げるからすごく嫌がる。しかもめちゃくちゃ苦そうな臭いの薬だ。
「今だ飲ませろ」
「はい」
言われるまま牛の口にボトルを押し込んだ。飲み下すまで口から離さない。頭を振って抵抗されて、薬がいくらか私にかかる。用意された本数分飲み込ませたらお役目終了だ。
イチローさんがたてごを外すと、キレた牛に頭突きされた。
薬がきいたのか、次の日から少しずつ餌を食べるようになっていった。
この牛は回復してくれたが、薬で治らず獣医を呼んで開腹手術する牛もいる。
そして牛の病や怪我は、ときには死に至るほど危険なものもある。
ある日の出産補助時、母牛の子宮が外に出た。
お尻から内臓がぶら下がっている、子宮脱という状態だ。
イチローさんがかかりつけの獣医を呼んだ。先生は一時間足らずで駆けつけてくれて、手際よく子宮を戻して投薬する。
治療翌日から、その牛は起き上がらなくなった。
また先生を呼んだけれど、芳しくない。
牛乳を搾ろうにも起き上がってくれないから、必然的に乳房炎になった。でも起きてくれないから搾れない。
餌もろくに食べず、日に日に弱り、子宮脱から二週間持たずに命が尽きた。
牛も、出産には命の危険が伴う。
牛が死んでしまったときは届け出をする。オーナーがどこかに電話をかけた。
「首の鎖外して牛の足にロープかけといてくれ。あとでトラクター持ってきて外に出すから」
誰も泣いたりはしない。いちいち同情して悲しむほうが異端なのだ。もう給餌機が動く設定時間で、集乳車がくる時間が押していた。
みんなに従って、搾乳の仕事をこなした。
搾乳が終わったあと、牛の骸をロープでくくり、トラクターで引きずって運び出す。病気で痩せたとはいえ、600kgの巨体は人力で動かせない。
ブルーシートをかけて、イチローさん夫妻のお子さんが摘んできた名も知らない野の花を添えた。しばらくして処理業者のトラックが来て、躯を持っていった。
牛の骸は日本の法律上、産業廃棄物にあたる。専門業者を呼んで処理する。
墓を作って弔うなんてことはない。
死んだら産業廃棄物。
それが現実だ。日本の法律ってどこかおかしい気がする。
せめて生き物に関しては、呼び方を考えたほうがいい。
━━━━━━━━━━━━━━━
次回7月6日で完結です。
餌槽掃除のとき、いやに食べ残しが多い牛がいた。現場リーダーであるイチローさんに伝えると、イチローさんは食べ残した量、牛の様子を確認して、「薬を飲ませる」と言った。
細長いプラスチックボトルに黄土色の液体を入れて、数本用意した。正露丸みたいな漢方臭。ハッキリ言って臭い。
「俺がたてごつけて括るからその間にちはやはこれを飲ませろ」
牛は身体の構造上、普通は下を向いている。
上を向いてくれないと液体を嚥下《えんげ》させられない。こういうときは、たてごという牛の口周りから後頭部を括るロープを使う。
牛の頭にたてごを結びつけ、頭が高くなるよう梁にロープを通して固定する。
もちろん無理やり首を上げるからすごく嫌がる。しかもめちゃくちゃ苦そうな臭いの薬だ。
「今だ飲ませろ」
「はい」
言われるまま牛の口にボトルを押し込んだ。飲み下すまで口から離さない。頭を振って抵抗されて、薬がいくらか私にかかる。用意された本数分飲み込ませたらお役目終了だ。
イチローさんがたてごを外すと、キレた牛に頭突きされた。
薬がきいたのか、次の日から少しずつ餌を食べるようになっていった。
この牛は回復してくれたが、薬で治らず獣医を呼んで開腹手術する牛もいる。
そして牛の病や怪我は、ときには死に至るほど危険なものもある。
ある日の出産補助時、母牛の子宮が外に出た。
お尻から内臓がぶら下がっている、子宮脱という状態だ。
イチローさんがかかりつけの獣医を呼んだ。先生は一時間足らずで駆けつけてくれて、手際よく子宮を戻して投薬する。
治療翌日から、その牛は起き上がらなくなった。
また先生を呼んだけれど、芳しくない。
牛乳を搾ろうにも起き上がってくれないから、必然的に乳房炎になった。でも起きてくれないから搾れない。
餌もろくに食べず、日に日に弱り、子宮脱から二週間持たずに命が尽きた。
牛も、出産には命の危険が伴う。
牛が死んでしまったときは届け出をする。オーナーがどこかに電話をかけた。
「首の鎖外して牛の足にロープかけといてくれ。あとでトラクター持ってきて外に出すから」
誰も泣いたりはしない。いちいち同情して悲しむほうが異端なのだ。もう給餌機が動く設定時間で、集乳車がくる時間が押していた。
みんなに従って、搾乳の仕事をこなした。
搾乳が終わったあと、牛の骸をロープでくくり、トラクターで引きずって運び出す。病気で痩せたとはいえ、600kgの巨体は人力で動かせない。
ブルーシートをかけて、イチローさん夫妻のお子さんが摘んできた名も知らない野の花を添えた。しばらくして処理業者のトラックが来て、躯を持っていった。
牛の骸は日本の法律上、産業廃棄物にあたる。専門業者を呼んで処理する。
墓を作って弔うなんてことはない。
死んだら産業廃棄物。
それが現実だ。日本の法律ってどこかおかしい気がする。
せめて生き物に関しては、呼び方を考えたほうがいい。
━━━━━━━━━━━━━━━
次回7月6日で完結です。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる