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7 叔父と姪
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「ミチルちゃーん! あっさだよーーーう!」
「うぎゃっ!」
大きな声とともに、いきなりタオルケットをはぎ取られた。
ユメがカーテンを引いて窓を開放する。
さんさんと降り注ぐ陽光。吹き込んでくる生ぬるい風。眩しくて暑くて死にそう。頭がうまく働かない。
「いま、何時……って、早っ」
目覚まし時計に手を伸ばしたら、デジタル画面には6:20の文字が光る。
昨日の七時半起きでもつらかったのに、まさかの七時前。
一昨日までは九時くらいにならないと起きなかった。
「ラジオ体操行こ!」
「やだよ。小学生じゃあるまいし」
「やー! ミチルちゃんも行くの! 運動するのに年齢は関係ないでしょ!」
叩き起こされて階段を降りると、父に驚かれた。
「ミチルがこの時間に起きているなんて、どういう風の吹き回しだ」
「…………ユメに言ってよ」
まさかこの歳でラジオ体操に参加させられるなんて、思いもしなかった。
サンダルをつっかけて、引っ張られるまま近所の公園に向かった。
小学生が十五人。
そのまわりにはおじいちゃんおばあちゃんだけでなく、ミチルと同世代や、三十代そこそこの人もいる。
町内会の男性がラジオのスイッチを入れて、馴染みのあるラジオ体操が流れ出す。
小学生以来なのに意外と体が覚えているもので、ラジオ体操第一が終わる頃には頭がスッキリしていた。
子ども達が係の男性のもとにスタンプをもらいに行く。
「いいな、いいな。あたしもスタンプほしい」
「また子どもみたいなことを……」
「あ、これにしよ。おじちゃーん。あたしにもスタンプちょうだい!」
ユメがポケットに入れていた猫柄のスケジュール帳を持って列に並ぶ。
「あ! お姉ちゃんもスタンプもらうの? その手帳かわいいね」
「そうでしょー? ネコちゃんは最強だよ。君たちのスタンプカードもイカしてるよ!」
「うん。かわいいでしょ!」
子どもたちと楽しそうに話をしている。
強メンタルすぎて、ミチルはめまいを覚えた。
「……ユメってどこに行っても生きていけそうだよね」
「えへへへ。そうかな」
ラジオ体操が終わったら、家に戻って朝食を食べる。
梅とシラスの冷やし茶漬け。みそ汁もついてくる。前夜に父が飲み会だったからか、胃に優しいメニューだ。
「おいしー! 伯母ちゃん料理上手!」
「あら、ありがとうユメちゃん。そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」
「おかわりある?」
「はいはい。すぐに作るわね」
もりもり食べるユメに、母も嬉しそうだ。
父が出勤してから、ミチルとユメはテキストを広げる。
マーカーで、各教科の苦手と得意分野に印をつけて書き出していく。
「国語は該当箇所を抜き出す問題は得意なようだから、弱点である漢字の読み書きができるようになると上位に入れるかも」
「えー。漢字苦手。漢字嫌い」
そもそもじっとしていること、問題集が嫌いなようだから、楽しく遊べる感覚でないと覚えないのかもしれない。
ユメの興味のある方向に持ち込むことにする。
「書き方を知らないだけで言葉自体は知っているっていう字は結構あると思うんだ」
「たとえば?」
ミチルは新聞に挟まっていた折り込みチラシを一枚抜き取る。回転すしのフェアお知らせだ。
「ユメは、回転寿司って好き?」
「大好き! 蒸しエビと、あとフルーツ盛り合わせ」
「エビって漢字どう書く?」
「えー? んーー? えび、えび、どうだったっけ。寿司屋で見るけどすぐ思い出せって言われても」
ミチルはノートに海老と書き込む。
「エビの背中ってご老人のように反っているでしょう? だから、海に、老で海老って覚えるとわかりやすいね」
「ふんふん。そっかぁ。海のおじいちゃんね」
「大好きなフルーツ盛り合わせに入っている果物の漢字はいくつ書ける? イチゴ、モモ、スイカ、ナシ」
「モモだけ書けるよ。ほら」
木へんの右側が非になっていて、びみょうに間違えている。
「桃はこうだよ」
桃。横に正しい字を書いて教える。
「じゃあイチゴは?」
「草かんむりに、母って書いて苺」
「お母さんに草かんむり、苺、覚えた!」
好きなものだからかやる気スイッチが入ってくれたようで、食べ物関連の漢字はサクサク覚えてくれる。
「なんか案外楽しいねぇ。ミチルちゃん教えるのうまいよ。塾の先生とか向いてるんじゃない」
「ユメ相手だからなんとかなっているだよ」
気心しれたユメ相手だから大丈夫なだけで、不特定多数の子どもと関わるなんて絶対に無理だ。
洗い物をしていた母が小銭入れと買い物メモを手に顔を出す。
「ミチル、ユメちゃん。勉強が一段落したらお買い物頼める? スーパーで商品の札を見て回ったら、身近な漢字を見て覚えられるでしょう?」
「ハイ! ハイ! お駄賃としておやつ買っていいなら行くー!」
ユメはおつかいの提案に即反応した。
「そうねぇ。アイス一つでどう? おつりで好きなのを買っていいから」
「交渉成立~。ミチルちゃん、行こう!」
「一人で行けばいいじゃない」
「一人じゃやだぁー。一緒に行こうよーーーー!」
肩を掴まれて左右にゆさゆさ。一緒に行くと言うまで揺さぶられそうで諦めた。
母もユメも、昨日からなにか理由をつけてミチルを外に出そうとしている気がしてならない。
引きこもりなのを心配をされていると、うっすら感じる。
「……わかったよ、行くよ」
「わーい! ミチルちゃんありがとう大好き!」
ミチルはユメに引っ張られながら家を出た。
近所のスーパーに行くのかと思いきや、ユメはなぜか駅に向かって一直線。
「ちょ、ユメ。スーパーはそっちじゃないよ。道が正反対」
「店の指定まではされなかったもーん」
「まさかおつかいにかこつけて、また観光するつもりじゃ」
「違うよ。さ、切符買って行こ!」
意図がわからないけれど、ついていくしかない。
鎌倉駅で降りて、ユメはスマホを見ながらズンズン進む。
「あ、あそこだ! 入るよミチルちゃん」
「え、ちょ」
エスニックな雑貨がショーウインドウに並ぶ雑貨店の前に立つ。
あの雑誌に載っていた写真そのままだ。
「こ、ここって、ワンダーウォーカーじゃない。なんで……」
ミチルは昨日、行くべきじゃないって言ったのに。
「あのね、ミチルちゃん怒るかもしれないけど、あたし昨日お店のSNSにメッセージしたの。歩さんに今のミチルちゃんのこと伝えて、そしたら昨日の夜、返事が来た。昔のこと、ミチルちゃんと話ししてもいいよって。今日は定休日だからゆっくり話せるって。きっとなにかつかめるよ」
「いつの間にそんなことを……」
好きなように生きて、夢を掴んだ叔父。
会って話したいような、会うのが怖いような。
自分のことを馬鹿にしていた兄の娘になんて、会いたくないかもしれないのに。
でも、話すことでこのもやもやした気持ちが少しは晴れるなら。
CLOSEの札が下がる扉の前に立つと、向こうから扉が開いた。
鮮やかなライトブルーの髪をした、美しい男性が出てきた。黒のアオザイが怖いくらいよく似合っている。
ドアノブを掴む指先はグラデーションしたブルーのネイルで彩られている。
この人が、蛇場見歩。
父が、駄目人間だと言い続けてきた人。
顔立ちはどことなく父に似ているのに、まとう雰囲気は正反対。
カラーコンタクトを入れているらしく、ミチルを見る双眸はブルーだ。
父のような厳格さは欠片もなくて、笑顔は柔らかい。
「あら。もしかしてアンタがミチル?」
ユメとミチルが並んでいるのに、歩はひと目見て、すぐにミチルがわかったらしい。
「歩、叔父さん。な、なんで、わかったんですか。私がミチルだって。名乗っていないのに」
「兄貴と顔が似てるし、兄貴とおんなじでものすごく石頭っぽそうな雰囲気だから。隣にいるのが、昨日メッセージしてきたユメでしょう?」
「うん、そう。あたしがユメ。歩さん、話聞かせて」
「そうね。長くなりそうだから、中で話しましょう。お茶くらいはごちそうしてあげる」
仕草も言葉遣いも、どこか女性的な人だ。
歩は嫌な顔一つせず、笑ってミチルとユメを店内に招き入れてくれた。
「うぎゃっ!」
大きな声とともに、いきなりタオルケットをはぎ取られた。
ユメがカーテンを引いて窓を開放する。
さんさんと降り注ぐ陽光。吹き込んでくる生ぬるい風。眩しくて暑くて死にそう。頭がうまく働かない。
「いま、何時……って、早っ」
目覚まし時計に手を伸ばしたら、デジタル画面には6:20の文字が光る。
昨日の七時半起きでもつらかったのに、まさかの七時前。
一昨日までは九時くらいにならないと起きなかった。
「ラジオ体操行こ!」
「やだよ。小学生じゃあるまいし」
「やー! ミチルちゃんも行くの! 運動するのに年齢は関係ないでしょ!」
叩き起こされて階段を降りると、父に驚かれた。
「ミチルがこの時間に起きているなんて、どういう風の吹き回しだ」
「…………ユメに言ってよ」
まさかこの歳でラジオ体操に参加させられるなんて、思いもしなかった。
サンダルをつっかけて、引っ張られるまま近所の公園に向かった。
小学生が十五人。
そのまわりにはおじいちゃんおばあちゃんだけでなく、ミチルと同世代や、三十代そこそこの人もいる。
町内会の男性がラジオのスイッチを入れて、馴染みのあるラジオ体操が流れ出す。
小学生以来なのに意外と体が覚えているもので、ラジオ体操第一が終わる頃には頭がスッキリしていた。
子ども達が係の男性のもとにスタンプをもらいに行く。
「いいな、いいな。あたしもスタンプほしい」
「また子どもみたいなことを……」
「あ、これにしよ。おじちゃーん。あたしにもスタンプちょうだい!」
ユメがポケットに入れていた猫柄のスケジュール帳を持って列に並ぶ。
「あ! お姉ちゃんもスタンプもらうの? その手帳かわいいね」
「そうでしょー? ネコちゃんは最強だよ。君たちのスタンプカードもイカしてるよ!」
「うん。かわいいでしょ!」
子どもたちと楽しそうに話をしている。
強メンタルすぎて、ミチルはめまいを覚えた。
「……ユメってどこに行っても生きていけそうだよね」
「えへへへ。そうかな」
ラジオ体操が終わったら、家に戻って朝食を食べる。
梅とシラスの冷やし茶漬け。みそ汁もついてくる。前夜に父が飲み会だったからか、胃に優しいメニューだ。
「おいしー! 伯母ちゃん料理上手!」
「あら、ありがとうユメちゃん。そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」
「おかわりある?」
「はいはい。すぐに作るわね」
もりもり食べるユメに、母も嬉しそうだ。
父が出勤してから、ミチルとユメはテキストを広げる。
マーカーで、各教科の苦手と得意分野に印をつけて書き出していく。
「国語は該当箇所を抜き出す問題は得意なようだから、弱点である漢字の読み書きができるようになると上位に入れるかも」
「えー。漢字苦手。漢字嫌い」
そもそもじっとしていること、問題集が嫌いなようだから、楽しく遊べる感覚でないと覚えないのかもしれない。
ユメの興味のある方向に持ち込むことにする。
「書き方を知らないだけで言葉自体は知っているっていう字は結構あると思うんだ」
「たとえば?」
ミチルは新聞に挟まっていた折り込みチラシを一枚抜き取る。回転すしのフェアお知らせだ。
「ユメは、回転寿司って好き?」
「大好き! 蒸しエビと、あとフルーツ盛り合わせ」
「エビって漢字どう書く?」
「えー? んーー? えび、えび、どうだったっけ。寿司屋で見るけどすぐ思い出せって言われても」
ミチルはノートに海老と書き込む。
「エビの背中ってご老人のように反っているでしょう? だから、海に、老で海老って覚えるとわかりやすいね」
「ふんふん。そっかぁ。海のおじいちゃんね」
「大好きなフルーツ盛り合わせに入っている果物の漢字はいくつ書ける? イチゴ、モモ、スイカ、ナシ」
「モモだけ書けるよ。ほら」
木へんの右側が非になっていて、びみょうに間違えている。
「桃はこうだよ」
桃。横に正しい字を書いて教える。
「じゃあイチゴは?」
「草かんむりに、母って書いて苺」
「お母さんに草かんむり、苺、覚えた!」
好きなものだからかやる気スイッチが入ってくれたようで、食べ物関連の漢字はサクサク覚えてくれる。
「なんか案外楽しいねぇ。ミチルちゃん教えるのうまいよ。塾の先生とか向いてるんじゃない」
「ユメ相手だからなんとかなっているだよ」
気心しれたユメ相手だから大丈夫なだけで、不特定多数の子どもと関わるなんて絶対に無理だ。
洗い物をしていた母が小銭入れと買い物メモを手に顔を出す。
「ミチル、ユメちゃん。勉強が一段落したらお買い物頼める? スーパーで商品の札を見て回ったら、身近な漢字を見て覚えられるでしょう?」
「ハイ! ハイ! お駄賃としておやつ買っていいなら行くー!」
ユメはおつかいの提案に即反応した。
「そうねぇ。アイス一つでどう? おつりで好きなのを買っていいから」
「交渉成立~。ミチルちゃん、行こう!」
「一人で行けばいいじゃない」
「一人じゃやだぁー。一緒に行こうよーーーー!」
肩を掴まれて左右にゆさゆさ。一緒に行くと言うまで揺さぶられそうで諦めた。
母もユメも、昨日からなにか理由をつけてミチルを外に出そうとしている気がしてならない。
引きこもりなのを心配をされていると、うっすら感じる。
「……わかったよ、行くよ」
「わーい! ミチルちゃんありがとう大好き!」
ミチルはユメに引っ張られながら家を出た。
近所のスーパーに行くのかと思いきや、ユメはなぜか駅に向かって一直線。
「ちょ、ユメ。スーパーはそっちじゃないよ。道が正反対」
「店の指定まではされなかったもーん」
「まさかおつかいにかこつけて、また観光するつもりじゃ」
「違うよ。さ、切符買って行こ!」
意図がわからないけれど、ついていくしかない。
鎌倉駅で降りて、ユメはスマホを見ながらズンズン進む。
「あ、あそこだ! 入るよミチルちゃん」
「え、ちょ」
エスニックな雑貨がショーウインドウに並ぶ雑貨店の前に立つ。
あの雑誌に載っていた写真そのままだ。
「こ、ここって、ワンダーウォーカーじゃない。なんで……」
ミチルは昨日、行くべきじゃないって言ったのに。
「あのね、ミチルちゃん怒るかもしれないけど、あたし昨日お店のSNSにメッセージしたの。歩さんに今のミチルちゃんのこと伝えて、そしたら昨日の夜、返事が来た。昔のこと、ミチルちゃんと話ししてもいいよって。今日は定休日だからゆっくり話せるって。きっとなにかつかめるよ」
「いつの間にそんなことを……」
好きなように生きて、夢を掴んだ叔父。
会って話したいような、会うのが怖いような。
自分のことを馬鹿にしていた兄の娘になんて、会いたくないかもしれないのに。
でも、話すことでこのもやもやした気持ちが少しは晴れるなら。
CLOSEの札が下がる扉の前に立つと、向こうから扉が開いた。
鮮やかなライトブルーの髪をした、美しい男性が出てきた。黒のアオザイが怖いくらいよく似合っている。
ドアノブを掴む指先はグラデーションしたブルーのネイルで彩られている。
この人が、蛇場見歩。
父が、駄目人間だと言い続けてきた人。
顔立ちはどことなく父に似ているのに、まとう雰囲気は正反対。
カラーコンタクトを入れているらしく、ミチルを見る双眸はブルーだ。
父のような厳格さは欠片もなくて、笑顔は柔らかい。
「あら。もしかしてアンタがミチル?」
ユメとミチルが並んでいるのに、歩はひと目見て、すぐにミチルがわかったらしい。
「歩、叔父さん。な、なんで、わかったんですか。私がミチルだって。名乗っていないのに」
「兄貴と顔が似てるし、兄貴とおんなじでものすごく石頭っぽそうな雰囲気だから。隣にいるのが、昨日メッセージしてきたユメでしょう?」
「うん、そう。あたしがユメ。歩さん、話聞かせて」
「そうね。長くなりそうだから、中で話しましょう。お茶くらいはごちそうしてあげる」
仕草も言葉遣いも、どこか女性的な人だ。
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