完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

文字の大きさ
11 / 72
革命戦争編(親世代)

十一話 誰がスラムを燃やしたか

しおりを挟む
 ファジュルが決起した日の夕刻。
 城内は宴の準備のため、どこも慌ただしい。
 召使いたちが毒味の終わった料理を、宴の会場である広間に運び込んでいく。

 兵士の詰め所では大将のウスマーンが、人員配備の表を手に唸っていた。
 ウスマーンはもうすぐ五十になる。武力の衰えはないが、最近は右目の視力が落ちていて、モノクルのお世話になっていた。
 眉をひそめ、こめかみを指先で小刻みに叩く。
 ガラスごしに睨みつけているのは、本日の場内勤務担当の名前だ。

「ああもう。アムルはまだ来ていないのか。今日は城門の張番だというのに、けしからん」

 あいにくと今週いっぱいは姫の生誕祭。
 城内警備や町中の巡回など、この城下町にいる兵総出で仕事を回しているため、穴埋めをできる人はいなかった。
 誰が何時何分にどこを警備するか、分刻みでスケジュールを組んでいるのに、アムルがいない。
 苛立つのも仕方のないことだった。

 複数人の足音が兵士の詰め所に入ってくる。

「只今戻りました、大将殿」

 祭の警備に当たらせていた兵たちだ。
 渋い顔をしているウスマーンを見て、挙動不審になる。

「ま、まさか、だれかから密告がありましたか。ワタクシたちはきちんと巡回警備をしていたのであります!」
「わたしもです! けっして、市民に混じって踊ってなどいません」
「右に同じく!」

 三人ともあからさまな嘘を吐き、ウスマーンの眉間のシワが増えた。

「お前が頭に飾っている薔薇の花びらは、毎年踊りの広場で撒いている物だな。お前たちの巡回のルートは市場のはずだが」
「あっ……!!」

 指摘された兵は慌てて髪を手で払うけれどあとのまつり。

「え、えへへ。つい。楽しそうなもんだから」
「今日の給金はなしで構わないようだな」
「す、す、すみませんでしたーー!! だから無給だけは!」
「保身のための謝罪は謝罪とは言わん」
「はいいぃ!」

 ウスマーンは王と違って癇癪を起こし怒鳴り散らす人ではないが、ウスマーンの静かな怒りも恐ろしいものがある。
 何一つ間違ったことを言っていないため、一つ一つの説教が急所に刺さるのだ。

「……まあいい。巡回の報告を」

 ウスマーンに促され、三人の中でまとめ役の青年が敬礼する。

「は! 市場は異常なしです。昨日の火災はスラムの中だけで鎮火したもよう。町には物理的、人的被害ともにありません」
「そうか。他には」
「……そうですね、ひとつ、気になる噂を聞きました。『スラムに火を放ったのはシャヒドだ。そのまま自分がつけた火にまかれ死んだ』と、火傷を負った貧民の若者たちが話していたので」
「シャヒド……アムルのことか? 噂話にしてはやけに具体的だな」

 ただの日常会話やくだらない噂話程度なら、兵たちは報告したりしない。
 実際に火事の現場にいて放火犯を捕まえた人間でもないと、犯人の名前なんて言えないだろう。
 その噂が真実だという証拠はない。
 嘘だという証拠もまた、ない。
 アムルは今日出仕していないから、確認しようがなかった。

 若い兵は背中を丸め、不安そうに聞いてくる。

「…………わたしはアムルさんと話したことがないので、真偽の程はわかりません。善人の皮をかぶっていただけで、血は争えないというものなのでしょうか」
「憶測のみで決めるな!」
「し、失礼しました。警備の任に向かいます」

 ウスマーンにしては珍しく語気を荒らげたため、兵たちは急ぎ退室していった。

「うふふ。らしくないわねぇ、ウスマーン」

 兵たちと入れ替わるようにして、細身の男が入ってくる。長い黒髪を項で一本に束ねている男は、兵のような軽鎧を身に着けてはいない。

「何の用だ、ディヤ。召使いの仕事は休む間もないはずだろう」
「ワタシは城中の召使いの采配を振るのが役目で、肉体労働は召使いの仕事だもの」

 ディヤは部屋の主の断りもなしに、空いている長椅子に腰を落ち着け足を組む。あまりにも堂々としていて、どちらが大将かわからない。
 兵と召使い……管轄する群《むれ》は違えど二人とも一群の長。会話は部下たちに対するものに比べて砕け、とても気安い。

「外に買い出しに出ていた召使いも同じ話を聞いたらしくて、ワタシに確認してきたわ。『犯人と同じ名前の人が、兵にいましたよね。親が親なら息子も罪を犯すんですか?』って。いつからアンタは放火魔の上司になったの」 
「放火の命令なんぞするか。そもそも、ラシード殿にかけられた嫌疑からすでにおかしいんだ。私の知るラシード殿は、温厚で思慮深く、王からの信頼も厚かった。アシュラフ陛下を裏切るわけがない。それに、アムルも火を放つなん……」

 まくし立てるウスマーンの鼻先に、丁寧に爪を研いだ細い指先が当てられる。
 
「あら~。証拠もないのに憶測で判断するなって、自分でついさっき部下に言ったばかりじゃない。ラシードって人が無実なのはアナタの憶測にすぎないでしょ。アシュラフ陛下の背中にラシードの剣が刺さっていたのは事実よ」

 痛いところを突かれ、ウスマーンは口をつぐんだ。
 ディヤが城で働くようになったのは七年ほど前のこと。ラシードと面識がないから、真偽の判断材料は人となりではなく、現場に残された剣と、みんなの語る噂だけ。
 ディヤだけでなく国民の大半がそうだ。
 噂を信じている部下に怒りをぶつけたのは、八つ当たりにすぎない。

 ラシードが犯人ではないと思う根拠は、ウスマーンがラシードと言葉を交していた日々の記憶だけ。なんの証拠もない。
 それに、果実汁りんごジュースが振る舞われたあの日、ウスマーンも警備にあたる兵の一人だった。
 皆がジュースを受け取り口をつける中、ラシードだけは手を付けなかった。

「殿下誕生の祝いなのに飲まないのですか?」
「祝いの盃を飲めないこと、陛下には申し訳ないと思うが、昔からりんごだけはどうしても体に合わないんだ」

 困ったように答えるラシードは、少しかかってしまったと、赤くかぶれた手をかいた。
 あのジュースに強い睡眠薬が盛られていたとわかったのは、惨劇が起きた翌朝。
 ガーニムの証言とアシュラフ王の背に刺さった短剣が決め手となり、ラシードは王を殺した反逆者として手配された。

 果汁が数滴かかっただけであんなふうに手がかぶれてしまう人が、樽いっぱいの果実汁に薬を混ぜるなんてことできるのか。
 ウスマーンが兵の集会でラシード犯人説に異議を唱えたが、「ラシードの私物である剣が王に致命傷を与えていたという動かぬ証拠がある」と黙殺された。

 本当にラシードがやったのか、今でもウスマーンは疑問に思っている。


「ひと月もすればこんな噂、新しい噂に紛れて消えるわ。今週は忙しいんだから、馬鹿な噂にふりまわされて部下に八つ当たりしてんじゃないわよ」

 ディヤは言いたい放題言って、さっさと自分の仕事に戻っていってしまった。
 どうせすぐ消えていく、数多の噂の一つ。確かにディヤの言うとおりだ。
 ウスマーンは無理やり自分を納得させようとする。
 だが、なにかが胸に引っかかっているような気がして、どうにも気持ちが悪かった。
 

 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

処理中です...