完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

文字の大きさ
41 / 72
革命戦争編(親世代)

四十話 ドブネズミの反撃、影で生き抜いてきた者たち

しおりを挟む
「俺にとっては、平民も貧民も流民も、隔て無くかけがえない命。お前たちに傷つけさせたりはしない!」

 ファジュルはバカラとは直接戦わないようにしながら、部隊を迎撃する。
 ジハードから事前に「注意しなければいけない相手」と聞いていた男だ。
 間合いに入ったら死を覚悟しなければならない。それくらい腕が立つと。

「負傷者は下がれ!!」

 バカラの命をうけ、何人もの兵が悔しそうに引く。まだ戦える者は戦闘を続行する。

「悪いが、あんたたちがいると消火活動ができないんだ。火をつけたことを少しでも悪いと思っているなら帰ってくれないか」
「てめぇが投降すりゃ済む話だ!」
「その望みには応じかねる」
 
 バカラが突進しようとすれば、間髪入れず後方の弓兵部隊が矢を放つ。肩に矢を受けても、バカラは力任せに引き抜いて再び剣を握る。
 ジハードが気をつけろと言うわけだ。
 スラム拠点を作る前に襲撃を受けていたら危なかったかもしれない。



 反乱軍は数日前、スラム内部に拠点を築いていた。
 ジハードと傭兵が顔合わせし、隊列を編成する必要があったのだ。
 前線に出るのが不向きな、ラシード、ルゥルア、イーリス、ナジャー、ユーニスの五人は洞穴の拠点に残した。



 部隊を編成した矢先、王国兵による襲撃を受けた。 

「くそ、弓で射てくるとは卑劣な!」
「正々堂々勝負しろ!」

 バカラの部隊は、隊長《バカラ》と似たような思考の者が多い。
 ジハードの言ったとおりだ。後先考えず、正面から突っ込んでくる。
 オイゲンは振り下ろされる半月刀を短剣一つで軽くあしらい、兵の腕を切り裂く。

「はっ卑怯卑怯ってバカの一つ覚えみてぇに。盗賊相手に戦ったことねぇのかテメェら。あいつら目潰しの砂を投げつけて来るなんて当たり前だぞ? 型通りの御前試合《ごぜんじあい》しかしてねえのかよ」
「傭兵ごときが何をほざく!」
「ハハッ。それだよそれ。そうやって俺らを見下してるから追い詰められてんだ、ろ!」

 オイゲンが兵の腹を蹴り、のけぞった兵の肩に矢が突き刺さる。
 アムルがファジュルの前に出る。

「ファジュル様。貴方は避難民の誘導と消火活動を」
「わかった。ここは任せる」

 火が広がり続けたら、住人たちは住居を失ってしまう。

「シャヒド……シャヒドだ! 反乱軍にいるという噂は本当だったんだ」

 かつて仲間だった者が現れ、兵たちに動揺が走った。

「よくもおれたちの前に姿を見せられたものだな、裏切り者!」
「僕は自分が間違ったことをしていると思っていません。あなたがたの評価などどうでもいい」

 兵の隊列に飛び込み、かく乱していく。

「くそ、ずっと最下級の二等兵だった弱者に、なんでこんな」

 いくつもの攻撃をかいくぐり、アムルはまたたく間に小隊一つを潰した。

 アムルがこの十八年最下級から上に登れなかったのは、弱いからではない。
『アシュラフ王を殺した者の息子なんかに、階級を与える必要はない』とガーニムが指示していたからだ。

 誰に何を言われようと、アムルはずっと父親の無実を信じて努力してきた。階級と実力が釣り合わないのは当然といえる。

 傭兵、弓兵、そしてアムル。寄せ集めの者たちに、バカラ隊は完敗したのだ。

 最後に残るのは隊長のバカラのみ。そんな状況で何十人も相手取って戦う、などという愚行はさすがにしなかった。

「くそ……みんな、撤退だ!」

 全員生きているとはいえ、もう戦える者はいない。みんな足を引きずりながら、悔しそうに引き上げていった。



「や、やった……! オレら軍人相手に勝ったんだ!」
「寄せ集めだってやればできるじゃないか!」

 傭兵、そして協力してくれた住人たちの間から歓喜の声があがる。
 ずっと虐げられてきた者たちが、初めて勝った。

「みんな、ありがとう。早くしないと、他の区画まで火の手が広がってしまう。すまないが手伝ってくれ」

 ファジュルは興奮冷めやらぬ一同を見渡す。
 みんなは頷きあい、消火活動に加わった。
 


 
 消火を終えてすぐ、ファジュルはスラム内の診療所に向かった。
 ディーがヨハンの手伝いで、負傷者たちの手当をしていた。
 一座の人間も怪我をすることが多かったらしく、手慣れた様子で包帯を巻いている。

「やあ兄さん。こっちはもうすぐ終わるよ。そっちは王国兵ぶっ潰したって聞いたけど」
「潰してない。しばらく剣を持てなくしただけだ。相変わらず口が悪いな……」
「言い方を選んでも意味するところは同じじゃん。しばらく戦線に出られないんだもん」

 悪びれないディーに、ヨハンは肩をすくめる。

「だからモテないんですよ、ディー」
「うぐっ」

 伯父からの容赦ない言葉に、ディーの手が止まった。



 夕刻になり、診療所に主要メンバーが集まる。

 前線にいたオイゲンは、相手の様子を冷静に分析する。

「今回のバカラ隊はうまく退けられたが、次もそううまくいくとは限らないぜ。こっちの手の一部はバレている。それに次はあちらも弓兵を連れてくるだろうな」

 サーディクは頭を抱え、天井をあおぐ。
 
「オイゲンの言うことはもっともだよなあ。あとさ、ここにファジュルがいるってわかったら、王国軍はなりふり構わないだろ。夜襲、してくるんじゃ」

 不安にかられるサーディクの肩を、アムルが叩く。

「彼らは自分たちに地の利がないということ、今回のことで学んだはず。昼間ですらうまく立ち回れないのに、夜襲するとは考えにくい」
「ええ。それに、かなりの負傷者が出ていて、あちらは夜襲どころではないと思いますよ」

 ヨハンがアムルの言葉を補足する。
 だが、サーディクはうまく飲み込めなくて、首をひねる。

「ええ? そういうもん? 城には医者もめちゃくちゃたくさんいるんじゃねーの?」

 城には常駐医がいる。常駐医の仕事は、城内の王族や勤め人が負傷したら治療することだ。
 城の中で、毎日何人も大怪我をするわけではない。
 戦線で大怪我を負った兵たちを一度に診るような医薬品の蓄えが、そもそもないのだ。
 おそらく城下町の病院にいる医師たちもみな、兵の治療に駆り出されている。

 普通なら、この上負傷者が増えるような危険は犯さない。
 ヨハンの説明を聞いて、サーディクはようやく安堵の息をつく。 

 
 ファジュルは壁に背を預け、みんなの話を静かに聞いていた。
 ファジュルの隣に控えていたジハードが、ファジュルの意思を確認する。

「ファジュル様はどうお考えですか。今夜は皆に休んでもらうか、それとも夜襲を警戒するか」
「…………先生とアムルの考えを否定するようなことを言うのは気が引ける」
「構いません。聞かせてください」

 ジハードは続きを促され、ファジュルは話し始める。
 
「さっきサーディクが言っただろう。ガーニムは俺を消すためになんだってやってきた。ひと月前、“生きているかもしれない”という噂の段階でスラムに火を放ったんだ。いると確定した今、兵たちに無理をさせてでも、殺しに来る」

 自分の命が執拗に狙われている。
 だからこそ、ファジュルはガーニムの打ってくる手が想像できた。
 ガーニムはこの戦争で兵が何百人、何千人犠牲になったとしても、ファジュルの首を取るまで攻撃を止めたりしない。
 だからといって、ガーニムの望みどおりに殺されてやることなんて、できるはずもない。

「貴方がそう決めたのなら、私は指揮をするまでです。早急に、見張りと夜に動ける隊を編成します」
「ありがとう、ジハード。みんなも、今夜はあまり休めないかもしれないが、力を貸してほしい」

 ファジュルは頭を下げ、仲間たちにお願いする。

「任せとけってファジュル! あんな奴ら、何度来たって追い返してやらァ!」
「サーディク戦ってないじゃん! 兄さん、ボク見張りやるよー! 一座でも道中は夜の見張りやってたから得意なんだ!」
「んだとこらぁ! オレだって役に立つっての!」

 作戦会議だというのに、サーディクとディーが口を開くと、途端にうるさくなる。
 二人以外の全員、しかめっ面になるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...