完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

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革命戦争編(親世代)

四十二話 真の忠誠というもの

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 ザキーは王命をうけ、スラムに夜襲をかけていた。
 反乱軍の大半は貧民。
 捉えるのは容易いと考えていたが、思いのほか苦戦を強いられていた。

 反乱軍の先陣を切って槍や湾曲刀を振るう者たち。あれは戦闘に慣れた者の動きだ。
 急場しのぎで刃物を持った貧民ができる動きじゃない。

「チッ。彼奴《きゃつ》らめ、ここまで夜襲に備えているなんて」

 ザキーは進軍が思うように行かず、歯噛みしていた。腹に矢を食らってしまったのもあり、痛みで集中力が途切れる。

 シャヒドの息子が反乱軍に所属しているからといって、ここまでザキーの手を把握されるものだろうか。


 単独行動をしたマフディが帰ってこないのも、苛立ちを募らせる一因だ。
 勝手なことをして隊列を乱されては、士気も下がる。
 事実、もうザキー隊の半数は、反乱軍の前に膝をついていた。

「お主ら、何をやっておる。敵前で膝をつくなど! 立て! 立って戦え!」
「む、無理です、隊長。そこかしこから矢が飛んで来るんですよ!?」
「甘ったれるな。矢が刺さろうと進め! まだ戦えるだろう!」

 最近の若いもんは根性が足らない。ザキーが兵になったばかりの頃は、上官に口答えなどしなかった。


「儂は先々代の王、ヤザン様の代より王家に使えているのじゃぞ。貧民の寄せ集めに負けるなどありえん」

 忠誠を捧げる王家のためにも、王子を騙る不届き者を見過ごすわけにはいかなかった。
 騙るだけならまだしも、現国王に刃を向けるなど。
 剣を握りしめ、ザキーは声を張り上げる。

「逆賊をのさばらせておくなど、王国兵としてできぬ! 王子を騙る反乱軍の頭領よ、無用な戦いをしたくないと思う心があるのならここに出てまいれ!」

 反乱軍の者たちから返ってくるのは憐れむような視線ばかり。間違ったことをしているのはあちらの方なのに、なぜ哀れみの目で見られなければならないのか。


「何がおかしい!」

 怒鳴るザキーと対峙したのはアムルだ。

「ザキー殿。ガーニムのやり方に疑問を抱いたことはないんですか」
「黙れ裏切り者」

 裏切り者と呼ぼうと、アムルは顔色を変えない。
 四十歳かそこらの若造のくせに、元上官のザキーを敬おうとしない。
 ザキーが振る刃を剣先で軽々と弾く。

「ファジュル様の望みは、アシュラフ様が望んだ国にすること。貧民たちも人として生きることができる時代を作ることだ。だから僕はファジュル様に仕えると決めた。貴方はどうですか」

 アムルはザキーの間合いに入り、説教じみたことを抜かす。
 万年二等兵だったくせに、ザキーに物申す。……なんと腹立たしいことか。

「愚か者が。些細なことで主君を変えるなど、忠義心の欠片も感じぬ。お主のような者がいるから今回のような反乱軍どもがつけあがるのだ!」
「ガーニムは僕の主ではない。母さんが人質にされていたから、従うほかなかっただけ。あんな悪魔《ジン》に忠誠なんか誓うものか」

 アムルは忌々しそうに吐き捨てる。
 悪魔。悪魔と呼んだ。兵が忠義を捧げるべき王を。
 ザキーが仕えている主君を。
 
 ガーニムのやり方に疑問を持ったことはないのか……アムルの言葉をすぐに振り払った。
 力任せに剣戟を叩き込むが、アムルに躱《かわ》される。

「主の過ちを諌めるのが、真《まこと》の忠臣というもの。ヤザン王のときはどうだったか、アシュラフ王のときはどうだったか、覚えていませんか」

 その言葉で、ザキーは四十年前……ヤザン王に挨拶した日のことを思い出した。
 当時ヤザンは父王の跡を継いだばかりで、甘い部分が多かった。
 挨拶した兵や臣下たちに頭を下げて言った。

『私が王として間違ったことをしていると思ったなら、諌めてくれ。父のような王になるために、私は未熟すぎる』

 王族でありながら、平民のザキーにも頭を下げる。この方に生涯忠誠を誓おうと、思った。

 ヤザン王が結婚し、二人の王子が生まれ、アシュラフが王になった。ヤザン王は後の世のためにと生前退位をしたのだ。
 その時アシュラフは、ヤザン王と同じことを言った。

『僕が間違えたなら、そのときは迷わず叱ってほしい。正しいか過ちか、言われなければ気づけないこともあるから』


 現王ガーニムはどうだ。そして自分《ザキー》は。
 その選択は過ちだと言われて……きちんと改めているか?


 そんなことを考えていたせいだろう。ザキーはついにアムルに押し負け、剣が弾き飛ばされた。
 アムルの振り下ろした刃が、鎧のない右肩を切り裂く。

「かはっ」
「ザキー殿。撤退をおすすめします」

 部下たちもほとんどが負傷し、立つこともままならなくなっている。灯りに使っていたカンテラは地に落ち、燃え尽きている。

 視界は暗闇。あるのは仄かな月明かりだけ。

 撤退するしかない。ザキーたちの勝ち目は見えなかった。これ以上進んでも、味方の犠牲を生むだけだ。


 裏切り者なんかに義を説かれ、撤退せざるを得ない。四十年兵として努めてきた自信は、もはや粉々だった。

「…………全員、撤退だ。歩ける者は歩けない者に肩を貸してやれ」
「承知、しました」

 ぽつぽつと沈んだ声が返り、ザキーと部下たちはスラムから撤退した。



 敗走を伝えたら、ガーニムは激昂《げっこう》するだろう。
 打ち首か、幽閉か。これまでガーニムの機嫌を損ねた者たちの末路を思い起こして、足が重くなる。


 ──ガーニムのやり方に疑問を持ったことはないのか。本当に忠臣だと言うなら、主を諌めるべきだ。

 アムルの言葉が、何度も頭の中にこだまする。

 王家に忠誠を誓った気持ちに嘘はない。
 ならばガーニムに伝えるべきなのか。
 怒り任せに配下を屠《ほふ》ってはならないと。もう一度やり直す機会を与えるべきだと。
 
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