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白キツネの章
11 食堂くさなぎの、あたらしいはじまり
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私たちの日常が戻ってきた。
目がさめても視界をじゃましてくるもふもふなシッポはない。
部屋のすみにはダンボールベッドがおきっぱなしになっている。
作ったのに、けっきょく使ってくれなかったんだよなぁ、雪路のやつ。
大きく伸びをして階段をおり、サンダルをつっかけて外に出る。
日がのぼって、海がキラキラしている。
「わー。もう波にのってる人がいる。元気だなぁ」
カンカンカンとふみきりの音にふり返れば、江ノ電が走っていくのが見える。
どう見ても令和日本の光景だ。
キツネのあやかしなんていう、明治時代のお客さまが来たなんて信じられないや。
雪路がいたしょうこは、ダンボールベッドとカエルカレーくらい。
私たち家族が三人でゆめを見ていたと言われたらそれまでだ。
なんだかさみしい気持ちで海岸を歩いていたら、足元に白いもふもふがいた。
初めてうちの店に来たときのように、そ知らぬカオでそこにいて、私を見上げてくる。
「マコト。わしははらがへったぞ。カレーをくれ」
白いもふもふがしゃべった。
幻でも何でもなく本物の雪路だ。
「雪路!? 私たち、あんたの望んでいたカレーを再現したじゃない。あんたは食べてまんぞくしたんでしょ。なんでまだここにいるの?」
私が聞くと、雪路はフンとはなをならしてえらそうに、ほんとうに、それはもうえらっそーに言った。
「カンタンな道理だぞ、マコト。ここにいればまたいつでも草凪のカレーを食えるだろう。だからわしはここにいてやることにした」
「たのんでないわ」
「そうつれないことを言うな。もしも悪いあやかしがおそってきたときには、わしがたおしてやる。いい取引だろう?」
シッポをふりふり、お主の世話してやるぞなんて言っちゃう。
ほんとうに、なんてナマイキなキツネだろう。
「令和の日本に悪いあやかしなんて出ないわよ。何とたたかうっていうの」
「デンキヤというところの四角い箱が”眠気とたたかうあなたにヤルキデルZ!”とうたっていたぞ」
「それはテレビ。ただのえいようドリンクのCMだよ! 雪路はどうやってひとの眠気とたたかうのよ」
ああ言えばこういう。
雪路と言い合っていたら、ご近所に住む山田のおばちゃんが、かい犬のヨークシャテリア、シンちゃんといっしょに歩いてきた。
日中はあついから、山田のおばちゃんはいつもあさごはんの前……これくらいの時間に散歩している。
シンちゃんはおばちゃんのゆっくりなペースに合わせてぽてぽて歩いている。
「あらおはようマコトちゃん」
「おはよー、山田のおばちゃん」
「もしかして、くさなぎで犬をかい始めたの? かわいい子ねぇ。名前はなんていうの?」
山田のおばちゃんには雪路がただの犬に見えているの?
そんなまさか……。
「わんわんわおーん」
「キャン」
「わうー」
「キャンキャン!」
雪路はわざとらしく犬のなきマネをして、シンちゃんと会話(?)をしはじめた。
さらに犬のふりで私の足にアタマをすりよせてみたりなんてする。
昨日私のふとんをうばったキツネとは思えないカオ。
すっかり信じてしまっている山田のおばちゃんは、ほほに手を当ててニッコニコだ。
「かい始めて間もないのにこんなになついているなんて! よっぽどマコトちゃんのこと好きなのね。わんちゃんのお名前決まってるの?」
「え? ええと……」
すごくなついている犬っぽいものを連れていて、「うちの子じゃないんですが?」なんて言い訳は通じない。
「あててみせましょうかー? 雪みたいにまっしろだから、ユキちゃんでしょ!」
「お、おしーい! 雪路です」
私、心の中では半泣き。ちがう、そうじゃないんだよー! 草凪家のかい犬じゃないから!
「わうん!」
『犬のふりをするな雪路!!!!』
と言いたいけれど人前だ。
ここで何か言ってしまったら、私は犬と口ゲンカするへんな女になってしまう。
それだけはさけないと。
だって山田のおばちゃん、もんのすごいスピーカーなんだもん!
前に私がそこの道で転んでショッピングバッグの中身全部ぶちまけちゃったとき、山田のおばちゃんが助けてくれた。
そこまではよくある話だけど、次の日には近所中のおばちゃんおじちゃんたちが知ってたんだよ! 私が転んでカバンの中身をぶちまけたこと! おばちゃん口がかるすぎるよ!
ガマンして雪路への文句をのみこんだ………けど、あれ? これはこれでまずくない?
このながれだと、山田のおばちゃんは「草凪さんちでわんこをかいはじめたわよー!」って宣伝してまわるよね。
山田のおばちゃんが行ってから、ためいきをつく。
いつの間にか私の手にはシンちゃんがつけていたのと同じリードがにぎられている。
「数百年生きたわしには、これくらいの妖術は造作もない」
「そういえば雪路はあやかしだったね…………」
本気で、わが家の犬のフリをするつもりだ。
「さてマコト、見回りしようじゃないか。たくさん歩いてはらをすかせたあとに食うカレーはうまい。最高のちょうみりょうだな」
「……うちに住む気マンマンね」
「ただめしを食うつもりはない。わしはちゃんと役に立つぞ。売り上げにコウケンしてやるのだ。食堂くさなぎが長く栄えれば、わしはそれだけ長いあいだカレーを食べていられる」
「はいはい……父さんと母さんが良いって言ったらね。私だけじゃ決められないよ」
「なら早くもどって誉と千夏をせっとくするのだ!」
歩きなれた海ぞいの道を、犬のふりした雪路をつれて歩き出す。
良い天気だなー。風が気持ちいいや。
のんびり歩いて店にもどったら、父さんと母さんが困ったカオをしていた。
「おかえり、マコト。雪路も一緒だったか。また変わったお客さまが来たぞ」
「へ?」
店の入り口には、二本シッポのミケネコがいた。
うしろ足二本できように立ち上がって、マネキネコみたいに左の前足をもちあげる。
「やあやあ、わがはいは小町と申す。雪路から、「ここは古に失われた料理をていきょうしてくれる店だ」と聞いてな。草凪よ。わがはいの思い出の味を再現してはもらえぬか?」
店にコウケンするってこういうことか─────────!?
小町を呼びよせた元凶は、そ知らぬカオをして店先の花だんをほっている。
「父さん、母さん。こう言ってるけどどうする?」
「じきじきに指名してリクエストしてくれたんだから、作るしかないだろう。料理人として!」
「そうね。きっと雪路のカレーを作ったときみたいに楽しいわ。三人で力を合わせればなんとかなるなる!」
「もーー! 父さんと母さんがのり気なら、私もやるしかないじゃない」
「すなおじゃないなマコト。わしがかえってきてうれしかろう!」
「それはどうかなー?」
なんだかんだ言って、この状況を楽しいと思っている私がいる。
だって、あやかしが求める思い出のごはんの再現なんて、最高にワクワクするじゃない。
食堂くさなぎが、あやかしごようたしの店になるまであと少し。
白キツネの章 おしまい
目がさめても視界をじゃましてくるもふもふなシッポはない。
部屋のすみにはダンボールベッドがおきっぱなしになっている。
作ったのに、けっきょく使ってくれなかったんだよなぁ、雪路のやつ。
大きく伸びをして階段をおり、サンダルをつっかけて外に出る。
日がのぼって、海がキラキラしている。
「わー。もう波にのってる人がいる。元気だなぁ」
カンカンカンとふみきりの音にふり返れば、江ノ電が走っていくのが見える。
どう見ても令和日本の光景だ。
キツネのあやかしなんていう、明治時代のお客さまが来たなんて信じられないや。
雪路がいたしょうこは、ダンボールベッドとカエルカレーくらい。
私たち家族が三人でゆめを見ていたと言われたらそれまでだ。
なんだかさみしい気持ちで海岸を歩いていたら、足元に白いもふもふがいた。
初めてうちの店に来たときのように、そ知らぬカオでそこにいて、私を見上げてくる。
「マコト。わしははらがへったぞ。カレーをくれ」
白いもふもふがしゃべった。
幻でも何でもなく本物の雪路だ。
「雪路!? 私たち、あんたの望んでいたカレーを再現したじゃない。あんたは食べてまんぞくしたんでしょ。なんでまだここにいるの?」
私が聞くと、雪路はフンとはなをならしてえらそうに、ほんとうに、それはもうえらっそーに言った。
「カンタンな道理だぞ、マコト。ここにいればまたいつでも草凪のカレーを食えるだろう。だからわしはここにいてやることにした」
「たのんでないわ」
「そうつれないことを言うな。もしも悪いあやかしがおそってきたときには、わしがたおしてやる。いい取引だろう?」
シッポをふりふり、お主の世話してやるぞなんて言っちゃう。
ほんとうに、なんてナマイキなキツネだろう。
「令和の日本に悪いあやかしなんて出ないわよ。何とたたかうっていうの」
「デンキヤというところの四角い箱が”眠気とたたかうあなたにヤルキデルZ!”とうたっていたぞ」
「それはテレビ。ただのえいようドリンクのCMだよ! 雪路はどうやってひとの眠気とたたかうのよ」
ああ言えばこういう。
雪路と言い合っていたら、ご近所に住む山田のおばちゃんが、かい犬のヨークシャテリア、シンちゃんといっしょに歩いてきた。
日中はあついから、山田のおばちゃんはいつもあさごはんの前……これくらいの時間に散歩している。
シンちゃんはおばちゃんのゆっくりなペースに合わせてぽてぽて歩いている。
「あらおはようマコトちゃん」
「おはよー、山田のおばちゃん」
「もしかして、くさなぎで犬をかい始めたの? かわいい子ねぇ。名前はなんていうの?」
山田のおばちゃんには雪路がただの犬に見えているの?
そんなまさか……。
「わんわんわおーん」
「キャン」
「わうー」
「キャンキャン!」
雪路はわざとらしく犬のなきマネをして、シンちゃんと会話(?)をしはじめた。
さらに犬のふりで私の足にアタマをすりよせてみたりなんてする。
昨日私のふとんをうばったキツネとは思えないカオ。
すっかり信じてしまっている山田のおばちゃんは、ほほに手を当ててニッコニコだ。
「かい始めて間もないのにこんなになついているなんて! よっぽどマコトちゃんのこと好きなのね。わんちゃんのお名前決まってるの?」
「え? ええと……」
すごくなついている犬っぽいものを連れていて、「うちの子じゃないんですが?」なんて言い訳は通じない。
「あててみせましょうかー? 雪みたいにまっしろだから、ユキちゃんでしょ!」
「お、おしーい! 雪路です」
私、心の中では半泣き。ちがう、そうじゃないんだよー! 草凪家のかい犬じゃないから!
「わうん!」
『犬のふりをするな雪路!!!!』
と言いたいけれど人前だ。
ここで何か言ってしまったら、私は犬と口ゲンカするへんな女になってしまう。
それだけはさけないと。
だって山田のおばちゃん、もんのすごいスピーカーなんだもん!
前に私がそこの道で転んでショッピングバッグの中身全部ぶちまけちゃったとき、山田のおばちゃんが助けてくれた。
そこまではよくある話だけど、次の日には近所中のおばちゃんおじちゃんたちが知ってたんだよ! 私が転んでカバンの中身をぶちまけたこと! おばちゃん口がかるすぎるよ!
ガマンして雪路への文句をのみこんだ………けど、あれ? これはこれでまずくない?
このながれだと、山田のおばちゃんは「草凪さんちでわんこをかいはじめたわよー!」って宣伝してまわるよね。
山田のおばちゃんが行ってから、ためいきをつく。
いつの間にか私の手にはシンちゃんがつけていたのと同じリードがにぎられている。
「数百年生きたわしには、これくらいの妖術は造作もない」
「そういえば雪路はあやかしだったね…………」
本気で、わが家の犬のフリをするつもりだ。
「さてマコト、見回りしようじゃないか。たくさん歩いてはらをすかせたあとに食うカレーはうまい。最高のちょうみりょうだな」
「……うちに住む気マンマンね」
「ただめしを食うつもりはない。わしはちゃんと役に立つぞ。売り上げにコウケンしてやるのだ。食堂くさなぎが長く栄えれば、わしはそれだけ長いあいだカレーを食べていられる」
「はいはい……父さんと母さんが良いって言ったらね。私だけじゃ決められないよ」
「なら早くもどって誉と千夏をせっとくするのだ!」
歩きなれた海ぞいの道を、犬のふりした雪路をつれて歩き出す。
良い天気だなー。風が気持ちいいや。
のんびり歩いて店にもどったら、父さんと母さんが困ったカオをしていた。
「おかえり、マコト。雪路も一緒だったか。また変わったお客さまが来たぞ」
「へ?」
店の入り口には、二本シッポのミケネコがいた。
うしろ足二本できように立ち上がって、マネキネコみたいに左の前足をもちあげる。
「やあやあ、わがはいは小町と申す。雪路から、「ここは古に失われた料理をていきょうしてくれる店だ」と聞いてな。草凪よ。わがはいの思い出の味を再現してはもらえぬか?」
店にコウケンするってこういうことか─────────!?
小町を呼びよせた元凶は、そ知らぬカオをして店先の花だんをほっている。
「父さん、母さん。こう言ってるけどどうする?」
「じきじきに指名してリクエストしてくれたんだから、作るしかないだろう。料理人として!」
「そうね。きっと雪路のカレーを作ったときみたいに楽しいわ。三人で力を合わせればなんとかなるなる!」
「もーー! 父さんと母さんがのり気なら、私もやるしかないじゃない」
「すなおじゃないなマコト。わしがかえってきてうれしかろう!」
「それはどうかなー?」
なんだかんだ言って、この状況を楽しいと思っている私がいる。
だって、あやかしが求める思い出のごはんの再現なんて、最高にワクワクするじゃない。
食堂くさなぎが、あやかしごようたしの店になるまであと少し。
白キツネの章 おしまい
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