改訂版 草凪ときつねの思い出ごはん。

ちはやれいめい

文字の大きさ
11 / 30
白キツネの章

11 食堂くさなぎの、あたらしいはじまり

しおりを挟む
 私たちの日常が戻ってきた。

 目がさめても視界をじゃましてくるもふもふなシッポはない。

 部屋のすみにはダンボールベッドがおきっぱなしになっている。
 作ったのに、けっきょく使ってくれなかったんだよなぁ、雪路のやつ。

 大きく伸びをして階段をおり、サンダルをつっかけて外に出る。


 日がのぼって、海がキラキラしている。

「わー。もう波にのってる人がいる。元気だなぁ」


 カンカンカンとふみきりの音にふり返れば、江ノ電が走っていくのが見える。

 どう見ても令和日本の光景だ。
 キツネのあやかしなんていう、明治時代のお客さまが来たなんて信じられないや。
 雪路がいたしょうこは、ダンボールベッドとカエルカレーくらい。

 私たち家族が三人でゆめを見ていたと言われたらそれまでだ。

 
 なんだかさみしい気持ちで海岸を歩いていたら、足元に白いもふもふがいた。

 初めてうちの店に来たときのように、そ知らぬカオでそこにいて、私を見上げてくる。


「マコト。わしははらがへったぞ。カレーをくれ」

 白いもふもふがしゃべった。


 幻でも何でもなく本物の雪路だ。

「雪路!? 私たち、あんたの望んでいたカレーを再現したじゃない。あんたは食べてまんぞくしたんでしょ。なんでまだここにいるの?」


 私が聞くと、雪路はフンとはなをならしてえらそうに、ほんとうに、それはもうえらっそーに言った。

「カンタンな道理だぞ、マコト。ここにいればまたいつでも草凪のカレーを食えるだろう。だからわしはここにいてやることにした」

「たのんでないわ」

「そうつれないことを言うな。もしも悪いあやかしがおそってきたときには、わしがたおしてやる。いい取引だろう?」


 シッポをふりふり、お主の世話してやるぞなんて言っちゃう。
 ほんとうに、なんてナマイキなキツネだろう。

「令和の日本に悪いあやかしなんて出ないわよ。何とたたかうっていうの」
「デンキヤというところの四角い箱が”眠気とたたかうあなたにヤルキデルゼェェット!”とうたっていたぞ」

「それはテレビ。ただのえいようドリンクのCMだよ! 雪路はどうやってひとの眠気とたたかうのよ」



 ああ言えばこういう。
 雪路と言い合っていたら、ご近所に住む山田のおばちゃんが、かい犬のヨークシャテリア、シンちゃんといっしょに歩いてきた。

 日中はあついから、山田のおばちゃんはいつもあさごはんの前……これくらいの時間に散歩している。
 シンちゃんはおばちゃんのゆっくりなペースに合わせてぽてぽて歩いている。

「あらおはようマコトちゃん」
「おはよー、山田のおばちゃん」
「もしかして、くさなぎで犬をかい始めたの? かわいい子ねぇ。名前はなんていうの?」


 
 山田のおばちゃんには雪路がただの犬に見えているの?
 そんなまさか……。


「わんわんわおーん」
「キャン」
「わうー」
「キャンキャン!」

 雪路はわざとらしく犬のなきマネをして、シンちゃんと会話(?)をしはじめた。

 さらに犬のふりで私の足にアタマをすりよせてみたりなんてする。
 昨日私のふとんをうばったキツネとは思えないカオ。

 すっかり信じてしまっている山田のおばちゃんは、ほほに手を当ててニッコニコだ。

「かい始めて間もないのにこんなになついているなんて! よっぽどマコトちゃんのこと好きなのね。わんちゃんのお名前決まってるの?」
「え? ええと……」

 すごくなついている犬っぽいものを連れていて、「うちの子じゃないんですが?」なんて言い訳は通じない。

「あててみせましょうかー? 雪みたいにまっしろだから、ユキちゃんでしょ!」
「お、おしーい! 雪路です」

 私、心の中では半泣き。ちがう、そうじゃないんだよー! 草凪家のかい犬じゃないから!
 

「わうん!」

『犬のふりをするな雪路!!!!』

 と言いたいけれど人前だ。

 ここで何か言ってしまったら、私は犬と口ゲンカするへんな女になってしまう。
 それだけはさけないと。
 だって山田のおばちゃん、もんのすごいスピーカーなんだもん!

 前に私がそこの道で転んでショッピングバッグの中身全部ぶちまけちゃったとき、山田のおばちゃんが助けてくれた。
 そこまではよくある話だけど、次の日には近所中のおばちゃんおじちゃんたちが知ってたんだよ! 私が転んでカバンの中身をぶちまけたこと! おばちゃん口がかるすぎるよ!


 ガマンして雪路への文句をのみこんだ………けど、あれ? これはこれでまずくない?
 このながれだと、山田のおばちゃんは「草凪さんちでわんこをかいはじめたわよー!」って宣伝してまわるよね。


 山田のおばちゃんが行ってから、ためいきをつく。


 いつの間にか私の手にはシンちゃんがつけていたのと同じリードがにぎられている。

「数百年生きたわしには、これくらいの妖術は造作もない」
「そういえば雪路はあやかしだったね…………」

 本気で、わが家の犬のフリをするつもりだ。


「さてマコト、見回りしようじゃないか。たくさん歩いてはらをすかせたあとに食うカレーはうまい。最高のちょうみりょうだな」
「……うちに住む気マンマンね」
「ただめしを食うつもりはない。わしはちゃんと役に立つぞ。売り上げにコウケンしてやるのだ。食堂くさなぎが長く栄えれば、わしはそれだけ長いあいだカレーを食べていられる」

「はいはい……父さんと母さんが良いって言ったらね。私だけじゃ決められないよ」

「なら早くもどって誉と千夏をせっとくするのだ!」

 歩きなれた海ぞいの道を、犬のふりした雪路をつれて歩き出す。

 良い天気だなー。風が気持ちいいや。

 のんびり歩いて店にもどったら、父さんと母さんが困ったカオをしていた。



「おかえり、マコト。雪路も一緒だったか。また変わったお客さまが来たぞ」
「へ?」

 店の入り口には、二本シッポのミケネコがいた。

 うしろ足二本できように立ち上がって、マネキネコみたいに左の前足をもちあげる。

「やあやあ、わがはいは小町こまちと申す。雪路から、「ここは古に失われた料理をていきょうしてくれる店だ」と聞いてな。草凪よ。わがはいの思い出の味を再現してはもらえぬか?」


 店にコウケンするってこういうことか─────────!?

 小町を呼びよせた元凶は、そ知らぬカオをして店先の花だんをほっている。

「父さん、母さん。こう言ってるけどどうする?」

「じきじきに指名してリクエストしてくれたんだから、作るしかないだろう。料理人として!」

「そうね。きっと雪路のカレーを作ったときみたいに楽しいわ。三人で力を合わせればなんとかなるなる!」


「もーー! 父さんと母さんがのり気なら、私もやるしかないじゃない」

「すなおじゃないなマコト。わしがかえってきてうれしかろう!」

「それはどうかなー?」


 なんだかんだ言って、この状況を楽しいと思っている私がいる。

 だって、あやかしが求める思い出のごはんの再現なんて、最高にワクワクするじゃない。

 食堂くさなぎが、あやかしの店になるまであと少し。



 白キツネの章 おしまい

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

ふしぎなあな

こぐまじゅんこ
児童書・童話
みちのまんなかに、おおきなあながあいていました。 だいちゃんは、……。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

思い出ぼくろ

kanjii
児童書・童話
夢中で遊んだ夏休み・・・子供の頃の懐かしい思い出がふたたびよみがえって・・・・・

処理中です...