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拾壱 絡新婦ノ章

拾壱ノ参 迷いの森

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 農民に扮したフェノエレーゼは、まずとなり村に行ってみることにしました。
 若い男だけが行方しれずになるという異様なことが、別の村でも起こっていないかどうかを調べようと思いました。

 小鳥のさえずりがひびく、のどかな山道を行きます。

『きゅいー。なんのへんてつもない、ありふれた山道ねぇ。さあさあ、白いの! あたしの・・・・主様のためにキビキビ働きなさい!』

「お前、人の肩に乗っているだけのくせに何をエラそうに」

 フェノエレーゼの肩には、オーサキがいました。

『きゅきゅきゅ~。やあねえ、二百年も生きてるとボケるのも早いの? あたしは“オーサキなら人に化けたあやかしもかぎ分けられるだろう”って、主様がおっしゃったからあんたと一緒に来たの。ほんとうは主様のそばを離れるのは嫌なんだけど、愛する主様がぜひあたしにって』

 オーサキの口からナギへの愛があふれ出ます。フェノエレーゼはもう相手をするのが面倒くさくなり、オーサキを無視してひたすら歩きました。

 ほぼ一本道で、わき道はありません。
 よほど方向オンチでないかぎりは、迷わずとなり村に着けるでしょう。
 四半刻しはんときほど歩いたでしょうか。向こうから、背負子しょいこをせおった背の高い男と、斧を二本持った猫背の男が歩いてきました。

「おやぁ、けっこい兄さんだに。となり村にあんたみたいな人おったけ?」

「……けっこい? 意味はよくわからんが、私は旅の者だ。あちらの村で若者が何人かいなくなったと聞いて、仲間と共に調べている」

 当たり障りない程度にフェノエレーゼが身の上を言うと、猫背の男がおおきくのけぞります。

「オババの村でもけ!? なんぞ、みんなこんな山ん中がイヤで、都にでも出ていっちまったんかなぁ」

「それは知らん。そちらの村でも誰かいなくなったのか」

「ああ。おらの弟……キスケがな。今年十七になったばかりなんだが、十日ほど前から、ふらりとどこかにいっちまった。村人総出で探したんだが、見つからなかった。見ず知らずのモンに頼むのは申し訳ねぇんだが、あんたの探している者たちを探す途中におらの弟をみつけたら、どうかけえってきてくれと、伝えてほしい」

 猫背の男は地面をみつめ、悲しそうにつぶやきます。

「……もし、会えたらな。他に、居なくなった者は? 女子こどもは無事なのか?」

「いんや。いつもどおり、わらわたちは朝からおいかけっこしてあそんでるし、女たちは料理や洗濯してるなぁ」

 背の高い男はのんびりした口調で、洗濯物をほすような身振り手振りを加えて言います。

「ふむ。とくに変わりはないわけか」

 フェノエレーゼは考えます。
 となり村でも、二十になるかならないかの、若い男がいなくなっていたのです。目の前にいる二人は、見たところ三十後半になろうかというところです。

 若者たちが自らの意思で行方をくらませているのか。
 しかし、揃いも揃って似たような年令の男ばかり。
 あまりにも不自然です。

 オーサキは鼻をスンとならします。

『きゅい。クンクンクン。このオジサンたちがぶじってことは、この先の村に何もいないってことかしらね。この人たちはフツーの人間のにおいよ。あやかしものの残り香もなにもないわ』

 人前でオーサキと会話するとおかしな人にしか見えないと理解しているので、フェノエレーゼはあいづちをうつにとどめました。

「それじゃあ、もしも見つかったら、よろしくなお兄さん。名前を聞いてもいいかに」

「フエノ、という」

「そうかい。フエノさん。山ん中は日が落ちるとすぐに暗くなるけ、道中気をつけてな」

 村人二人は、当初の目的であるたきぎを集めに、道から外れて山奥へといきました。

 男たちと別れ、フェノエレーゼは再び村を目指して歩きます。

 やがて、あたりには霧がたちこめ、おかしなことが起こりました。

 もう先程の二人と別れて一刻いっこくも歩いているのに、村が見えてこないのです。
 フェノエレーゼの足でも、半刻あれば一里を歩けるのです。

 それなのに、山道が延々とどこまでも続きます。

「……様子がおかしいな」

『きゅいー。そうね。何なのかしらこれは。森の中にいるのに、草木のニオイが消えたわ。気をつけて』

 立ち止まると、フッと一部だけ霧が薄れます。
 そこに一人の若い女があらわれ、静かに、フェノエレーゼに微笑みかけてきました。



 
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