佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

2.イナマキ食料品店

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「こんにちは~……」

 一応、礼儀として挨拶をしてみる。
 小さ過ぎて相手には聞こえないような声だったが、これが今の和祁かずきの精一杯だ。ゆっくりと薄暗い店内の中に入ると――そこかしこでオレンジ色の温かい光が灯って、一気に店内が明るくなった。

「うおぉ!?」

 思わずおののくと、速来が興奮したようにふんふん言いながら二本足で立ちあがる。

「キツネの火! 明かりすごい数」

 羽箒はねぼうきのような尻尾は膨らんでいないようだし、どうやら恐れることはなさそうだ。
 しかし「キツネの火」とは何だろうかと和祁は首を傾げた。

「おや、お前さんが“迷い人”ね。ずいぶんわっかこと」

 艶やかで美しい声が聞こえて、一人と一匹で思わずそちらを向く。
 するとそこには――扇情的な格好をした獣の耳と尻尾を生やした美女が居て、カウンターにゆったりと腰かけながらこちらを見ていた。

「あっ……」
「イナマキにようこそ。あんたが噂んなっとる人間の子ね?」

 稲穂色の狐の耳に、金色の綺麗な長い髪。
 少しつり上がった眼はクールな印象だが、微笑むその表情は穏やかで優しい。息を呑むような美女、とはよく言ったものだ。しかも彼女は装飾品で飾ったきらびやかな着物の合わせを大きくくつろげており、豊満な胸をギリギリまで見せつけていた。

(う、うう、妖怪の美女ってなんでこんな凄い恰好してるんだろう……!?)

 男としては嬉しい限りだが、鼻の下を伸ばしてはいけない場面では、こんな格好を見せつけられると逆に困る。
 きちんと挨拶しなければいけないのに、どうしても顔や胸や着物の裾から伸びる白く滑らかな足に目が行ってしまって、和祁は赤面してしまった。

 しかし、狐耳の美女はそんな和祁に嫌な顔をするでもなく、クスクスと笑いながら近付いて来る。

「あたしはイナマキ。妖狐……まあ、狐の妖怪さね。この佐世保ん【地下異界商店街】に、出張して店ば出しとるとよ。あんたの名前はなんて言うとね?」
「あっ、あ、あの、か、かじゅ、和祁、です!」
「俺ハヤキ! カズキ守るチュジン!」

 二本足でてしてしと歩いて和祁の前に立ちはだかる速来に、妖狐のイナマキは面白そうに笑って肩を揺らした。

「ふふふ……和祁君に速来君ね、よろしく。あん店のロクデナシに雇わるっとは大変かろ? まあ、ゆっくりしていき」
「あ、ありがとうございます、イナマキさん」

 こんなに優しい妖怪(しかも美人)に出会うなんて、幸先さいさきがいい。
 もしかしたら和祁の妖怪への恐怖をやわらげる為に、丈牙じょうがが彼女の店を選んだのかも知れないが、それはまあ違うかもしれないので置いておく。

 少し緊張もほぐれたので、和祁は店の中を改めて観察してみた。

(木の棚が天井まで詰まってるな……。でもなんか……何て言うか、全部古めかしいって言うか、今っぽい商品が無いな……?)

 棚にぎっしりと並べられている商品は、どこかあか抜けない物ばかりだ。
 小学校の頃に使った裁縫セットの箱のようなパッケージは、古めかしいフォントで洗剤だとかクッキーだとか書かれていて、賞味期限は大丈夫なのかと心配になってくる。見た目には珍しくて面白いのだが、食べるとなると不安だ。

 そういえば見た記憶のない駄菓子っぽいものや、ガラスケースの中にある白い粉に埋れた綺麗なキャンディも、和祁には全く知らないものだ。
 ガラス瓶に入った煎餅など、何故瓶に入っているのかと疑問に思うレベルである。
 たしかにほとんどの商品が食料品だが、見慣れたものなど無い。

 レトロな店内と相まって、まるでタイムスリップしてしまったかのようだった。

(むう……板チョコもなんか全体的にパッケージが古い……)

 しかし、この商品はいつからあるのだろうか。
 そう考えていると、速来が二本足でふらふら歩きだした。

「いいにおいする」
「あっ、こらこらダメだぞ速来! イカも商品なんだから!」

 天井からつりさげられた干しイカに反応する速来を抱き上げ、和祁は観察している場合ではないとかごをイナマキに渡した。

「あの、店長からホットケーキの粉を買って来いって言われたんですけど……この籠の中のモノで足りなかったら、後でとりに来て下さいって」
「ふふふ、どうせ敬語なんて使こうとらんっちゃろ。しかし、籠いっぱいとは、あん男も随分と心配性たいね」

 何だかよく解らないが、イナマキは丈牙とそれなりに交流が有るらしい。
 気心の知れた仲、とでもいうのだろうか。
 羨ましいなと考えていると、イナマキは籠に蓋をしていた布を取った。すると……籠の中には、黒味の強いブルーベリーのような物がぎっしりと詰まっていて。

 まさかこれが代価なのだろうかとイナマキと籠を交互に見比べた和祁に、相手は苦笑して説明してくれた。

「これは、シャシャンボっていう木の実よ。どれ、一つ摘まんでみんね」

 言われるがままに、小ぶりな木の実を口に含んでみると――濃厚な甘さと爽やかな酸味が口の中に広がった。一見してブルーベリーだと思ったが、それはどうやら正解だったようだ。味はかなり近く、しかしこちらの方が一粒が濃い。
 思わず目を丸くする和祁に、イナマキは笑いながら狐の耳をゆるく動かした。

「シャシャンボはジャムにするとより美味しかとばってん、この通り実が小さいけんねえ。野山に生えとっとは良かとけど、集めるとに苦労すっとよ。ホットケーキの粉は頼めば作って貰えるけど、こればっかりはねえ」

 なるほど、だから代金として受け取って貰えるのか。
 どうやら妖怪達の商店街では、価値のある物品での物々交換が主流らしい。
 だから、喫茶グレイブスでもメニューに値段が書いてなかったのだろう。

 イナマキもシャシャンボを摘まんで、嬉しそうに目を細め狐の耳をぴんと伸ばして震わせると、少し待っててと店の奥に引っ込んだ。

「シャシャンボ、甘い、うまい」

 イナマキに分けて貰った木の実を食べながら尻尾を揺らす速来に、和祁も頷く。

「そうだなあ……。しかし、妖怪がお金とか使わないのは驚いたよ」
「ム? おかしいないぞ? 妖怪みんなそう。気に入るもの、欲しいもの、欲しがる。人間おかしい。金、たべられない、力ない、重くてくさい。交換めんどい」
「う、うーん、そう言われるとそうなんだけど……」

 確かに、物々交換の方が手っ取り早いが、相手の価値に見合う物を出せと言うのは、駆け引きや値引きを要求する人間には難しい事だろう。
 だからこそ、誰もが一定の価値を見いだせる貨幣で品物の交換を円滑に行ったのだろうし、これほど長く貨幣の使用が続いて来たのだ。

 だが、妖怪達は自分に利益のある物がある程度決まっているので、貨幣と言うまどろっこしい物は必要が無い。己の望むもので取引をするのが当たり前だった。
 それもまた、種族が違うが故の価値観の相違というものなのだ。

(なんだか本当に昔の世界なんだなあ、妖怪の世界って……)

 日本史の授業で物々交換を習った和祁にとっては、妖怪の価値観は昔の価値観そのものだった。

「やあ、待たせてしもたね。これば持って行きんしゃい」

 物思いにふけっているとイナマキが店の奥から帰って着て、黄土色の分厚い紙袋を渡してきた。中を開けると、甘い香りのする粉がたっぷり入っている。
 イナマキが言うには、それがホットケーキの粉……らしい。

「あの……これ、材料なんですか……?」

 市販品でない事は解る。市販品で無いからこそ不安になるのだ。
 恐る恐る問いかけた和祁に、イナマキは微笑んだ。

「人間は、聞かん方がかと思うよ。まあ、美味しかけん安心しなさい」
「は……はい……」

 自分が食べられる物には違いないようだが、材料は想像しない方が良さそうだ。
 よくよく考えたら人外の世界なのだから、とんでもないモノから粉を作っていても不思議ではない。こういう場合は、聞かない方が良いだろう。

 そう思い、和祁は空になった籠に粉袋を入れてイナマキに頭を下げた。

「ありがとうございました」
「おや、礼儀正しくて良か子ね。ふふ、そんな怖がらんと、また来なさい。あたしは人間は好きやけんね。ヒマだったら遠慮せんで遊びにおいで」
「はっ、はい! ありがとうございます!」

 知り合いが増えたのはとてもありがたい。しかも美女となれば、男子高校生たるもの自然と鼻の下が伸びるものだ。
 和祁は速来と共に頭を下げて礼を言い、イナマキの店を出た。

 そんな一人と一匹の後ろ姿を、カウンターの奥から小さな影がこっそり覗いていたが……二人はついぞ気付く事も無かったのであった。









※方言は文字的に見辛い部分は多少標準語に直してます
 ので、実際の方言と違う部分がありますがご容赦ください…
 
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