佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

1.おつかいねこ

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 耳に煩くない程度のジャズが、店内に流れている。

 スピーカーも無いのにどこから聞こえて来るのかは不明だったが、数日この店で働いている和祁にはもう気にならなくなっていた。そんな些細な事より、もっと気になる事があったからだ。それはと言うと。

「…………丈牙さん」
「店長と呼べと言っただろう」
「……店長。客、全然来ないですね」

 そう。
 店を開いて数日、この【ジャズ喫茶グレイブス】には一度も客が来ていないのだ。
 【時限門】のメンテナンスが終わるまでのバイトとして店に入った和祁だったが、バイトと言えどもこの閑散っぷりには流石に焦りを禁じ得ない。

 店は大丈夫なのかと思わしげな顔でカウンターをみやると、丈牙は優雅に新聞を広げながら、コーヒーに口を付けた。

「ま、地下異界商店街まで来て『珈琲飲んで帰る』なんて言うハイソな奴なんてそうそういないからね。客なんて三日に一度入れば上々さ」
「そんなんで採算とれるんスか」

 コーヒーだって豆を自分でゴリゴリ挽いて、変な実験器具みたいなのでわざわざ煮出しているしで、どうも儲かっているようには見えない。
 コーヒーサーバーなどが買えないほど困窮しているのだろうか。
 和祁はバイトに入ってまだ数日だが、この店の経済が心配でならなかった。

 しかし、店主である丈牙はそんな和祁の心配はお門違いだとでもいうように、欠伸を一つ漏らして、新聞をめくる。

「異界の飲食店はこんなもんさ。ここじゃ人間の世界みたいに貨幣が重要ってわけじゃないし、そもそも店を維持する方法も食材を手に入れる方法も人間の世界とはまったく違うからな」
「じゃあ、買い出しとかしないんですね」

 そう言うと、丈牙は空へと視線を向けた。

「買い出し……ふむ、そう言えばホットケーキの粉が切れていたな。じゃあ買い物を一つ頼もうか。ヒマだし、会話のネタもないし」
「会話するのすら面倒臭いんですか店長……」
「まあ、君もここ数日店か奥の部屋で寝るかって生活だったし、買い物ついでに外でも観察して来ると良い。他の奴らも、落ち着いてきた頃だろうしね」
「う、うーん……」

 そう、ここ数日、和祁はずっと店の中に籠り切りだった。
 丈牙に「商店街に混乱を起こさないために、周囲の奴らへの説明が終わるまで店に籠るように」と言われていたので、店か店の奥の四畳半の狭い畳部屋かという生活をずっと続けて来たのである。

 和祁としても、窓の向こうに見える人外だらけの風景は未だに慣れず、出来れば引き籠っていたいと思っていたので不満は無かったが、確かにずっと家に籠りきりだと体がなまるような感覚がしていけない。

 ゲームもなく、頼みの綱のスマートフォンも電波が届かず何も出来ない状態で、しかも客も来ないとなったらもうこのままでは脳みそが溶けそうだ。

(外は怖いけど……絡まれたりしないんなら、出てみても良いかな……)

 他人と接するのはまだおぼつかないが、しかし、敢えて人ではない存在と交流を持つ事で、耐性が出来てクラスメートとも話が出来るようになるかもしれない。
 ならば、勇気を出して買い出しに行くのも一つの手だ。

「カズキ、だいじょぶ、俺もついてく」

 和祁の決心を後押しするかのように、黒地に白い虎模様のもふもふとした長毛種の猫――速来はやきがカウンターに飛び乗ってくる。
 さすがは「守る」と宣言してくれた頼もしい妖怪だ。

 ここまで言ってくれるのだから出ない訳にはいかないなと奮起し、和祁は速来を抱え上げると丈牙に力強く宣言してみせた。

「わかりました! じゃあ、買い出しに行ってきます!!」
「うむ、威勢は良いな。じゃあ、これを持って第二区画にある【イナマキの店】で、ホットケーキの材料を買って来てくれ」

 そう言いながら、丈牙はカウンターに小さなバスケットを出してきた。
 布がかけられているので中身は判らないが、確認しない方がよさそうだ。
 素直に受け取る和祁の隣で、速来が首を傾げた。

「だいにくかく? どこがだいにくかくだ?」

 そういえば、和祁達はこの【地下異界商店街】に来たばかりで、商店街の地理を全く知らない。丈牙もその事を失念していたようで、新聞を閉じると右の方を指さした。

「右方面が第二区画だ。看板が出てるから解る」
「は、はい」
「お代はで足りると思う。不満なようだったら後で店に来いと言えば良い」
「分かりました……じゃあ、行ってきます。いこ、速来」
「ニャゥ」

 速来と一緒に店を出て、右の方向へと向かう。

 相変わらず、タコ人間やら蝶の羽のついた美女やら牙が四本も有る大猪やらと様々な人外が行き交っている。まるでハロウィンのパレードの如き風景だが、仮装とは違う生々しさが有って、やはり彼らは生きているのだと思い知らされる。

(……だ、駄目だ。ジロジロみてたら悪いよな……)

 そうは言うが、歩く度に彼らもチラチラこちらを見て来るので、おあいこな気もするのだが……今は和祁の方が部外者なのだから、仕方あるまい。
 初日よりは大人しくなったものの、それでも感じる多くの視線に俯きながら、和祁は速来と共に【イナマキ】という店を目指した。

「カズキ、前みえない。だいじょぶか」
「う、うん。大丈夫」
「俺案内する、俺見てる」
「ありがと、速来」

 和祁が恐縮しきっているのを感じ取っているのか、速来は普通の猫と変わりない小さな体にも関わらず「自分が案内する」と張り切っている。
 ありがたいなと思いながら、出来るだけ速来だけを見ていようと心に決めて彼の後を付いて行くと――ぴんと立てた羽箒の尻尾がくるりと曲がって、ある場所で止まった。

「ムゥ? ここ?」
「ん……?」

 こちらを振り向いて目を瞬かせる速来に、和祁は立ち止まった場所にある店の看板を見上げた。

「…………ああ、ここだ」

 古い木製の看板に、筆の達筆な文字で【イナマキ食料品店】と書かれている。

「ありがとな、速来」

 そう言うと、相手は得意げにむふーと息を吐くと、尻尾をくねくねさせた。

「俺えらい!」
「へへ、そうだな」

 嬉しそうな速来を見ていると、沈んでいた気持ちが浮上してくる。
 ありがたいなと思いつつ、和祁はその店の扉を開けた。










※和祁は喫茶店やサイフォンを知らない子なので大目に見てやって下さい
 
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