佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

9.妖怪の認知と親思い

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「あー、そりゃ明らかに釣られたね。負けたのが悔しくて、自分のフィールドで銀平君をコテンパンに伸してやろうってのがミエミエだ」

 耳に心地よい程度の穏やかなジャズが、今日も店内に流れている。そんな和やかな雰囲気の中で、丈牙じょうがが呆れたように声を漏らした。今日もほのかにコーヒーの香りが漂っているが、たしなんでいるのは丈牙だけだ。和祁かずき速来はやき、銀平はというと、カウンターに座り悩ましい顔をして、目の前の紅茶をじっと睨みつけていた。

「やっぱそうですよねえ……。はあ、俺があの時ちゃんと止めてれば……」

 和祁は落ち込んで、紅茶をすする。
 そんな和祁の姿を見上げていた銀平だったが、今更ながらに自分がとんでもない事をしてしまったのを自覚したのか、うつむいて尻尾を垂れてしまった。

「すいあえん……ぎんぺ、、ほしかっあえす……」

 しょぼんと耳を伏せながら、カップの中の温い紅茶を舐める銀平に、和祁はそう落ち込むものでは無いと背中を撫でてやる。
 その様子を見て、速来はカウンターに直接座ったままで「ふむ」と息を吐いた。

「しかし、露の花とはなんだ。何故ギンペは欲しがる?」

 速来の疑問に、和祁もそう言えばそうだなと考えて銀平の顔を見やった。

 ――あの時……子だぬき妖怪の蔵子に勝利したすぐ後に、露の花をやることを条件に「試験を受けろ」という話を聞いた時に、銀平は有無を言わさず「本当か」と蔵子に詰め寄って、すぐに頷いてしまっていた。

 この必死さには蔵子も含め全員が驚いていたが、しかし止めても最早遅かった。
 妖怪達の間では“口約束”でも絶対の効力を有し、これを破った者は殺されても仕方がないと言われてしまうのだ。蔵子もその事を知っていて、銀平の「欲しい」と言う言葉を聞き取った後「約束だ」と言い文字通りドロンと逃げたのだろう。

(まったく、子供なのに本当よく悪知恵が働くというかなんというか……。それにしても、どうして銀平が“露の花”ってのを欲しがったかは俺も気になるな)

 銀平の事だから、なにかのっぴきならぬ事情があるとは思うのだが。
 話してくれない物だろうかと、丈牙や速来と共に見つめていると……銀平は、耳を伏せたままでゆっくりと説明してくれた。



 銀平は今でこそイナマキの店で妖術修業をしながら働いているが、昔は野山で駆け回る普通の狐の子供だったらしい。
 だが、ある時母親である化け狐のおよねが、体調を崩して寝込んでしまった。その原因は、住処だった“長田山”という場所からどんどん活気と人が失われた事からで、山が静かになるとお米は随分と弱ってしまったらしい。

 それというのも、お米は長田山の守りを任されていた狐だったからだ。
 ――神や妖怪と言うのは、一度祀られてしまうと人間の“力”なしでは現世で長く留まり続けるのは難しい。ただの妖怪だった頃よりも強力な力を手に入れられるが、反面、人から忘れ去られると下手をすれば消滅してしまうのだ。

 妖怪や神を信じる者が少なくなった現代において、書物に記されている妖怪達はいちじるしく力を失ってはいるが、その中でも……文献も少ない田舎の妖怪は、人に認知される事が少なくなり、お米のような状態になってしまっているらしい。

 お米のような局地的な認知に留まる妖怪は、下手をすればそのまま体力を消耗して消えてしまう。どうにか【異界】に入り込めば生きていられるが、しかし彼女は最早体力の限界に近く、家から一歩も動けないでいた。

 だからこそ、銀平は母親のお米を救う術を得る為に、この【佐世保地下異界商店街】に訪れ、イナマキに弟子入りを頼み込んだのだという。



「らけお、つぅの花、おかしゃんにあいたら、おかしゃげんきなうえす……」

 ――最早信仰や認知が薄れたとしても、その“露の花”があれば、助かる。
 再びお米は力を取り戻せるというのだ。

 だが、銀平の話だけではそれが正しいか分からない。
 和祁は丈牙にその“露の花”というものの情報を何か知らないだろうかと目を向けると、相手は困ったように頭を掻いてから難しそうに腕を組んだ。

「うーん……露の花……露の花、なあ。聞いた事はあるけど……」
「やっぱり知ってるんですか?」
「まあ、一応はね。……まあ確かに、露の花は妖怪にとっての特効薬みたいな物だ。妖気は高まるし、失った力も取り戻せる」
「なぬっ」

 「妖気が高まる」という一言に、速来が目を輝かせながらすっくと立ち上がる。
 そんな速来に顔を顰めながら丈牙はハァと溜息を吐いた。

「でもなあ……露の花ってのは、本州の高山地帯……それも霊山と呼ばれるような特別な場所にあって、護法神やらなにやらが神様なんかのために守ってるはずなんだよ。それを、佐世保の狸一族が持ってるってのも変なんだよなあ」
「有り得ない事なんですか?」
「いや、ツテが有ったり神々に対して何かの恩を売れば、妖怪にも与えられる事は有る……。しかしお銀だぬきの一族に接触した神なんて居たかなあ……」

 どうやら神にも詳しいらしい丈牙は悩んでいるが、和祁としては今の発言がまるきり中二病のたわごとにしか思えなくなっていた。
 いや、この世界は紛う事無き妖怪と神々の世界ではあるのだが、どうしてだか、神と面識があると匂わせるような会話を訊くとうさんくさく感じてしまう。
 それもこれも、駅前で勧誘して来る熱心な信徒のせいかもしれないが。

 丈牙が悩んでいる物事とは別の事で悩む和祁だったが、銀平は重苦しい空気に耐えられなかったのか、椅子の上で立ち上がって小さな前足をぶんぶんと振った。

「ぎんぺ、つぅの花ほしいれす! ぎんぺらけれも、がんあいあす!」
「銀平だけでって……む、無理だよ! あの子の出してくる試験とか、絶対危ない事してくるに決まってんじゃん!」
「そ、そうだよ! そんな危ない事させたら僕がイナマキに殺されちまう!」
「え?」

 何か物凄い事を聞いて、和祁は思わず聞き返してしまったが、丈牙は自分の発言を押し流すように話を続けた。

「とにかく……その試験の日ってのはいつなんだい」
「明日えす!」
「早いなオイ! ああもう、ったく、しょうがないなぁ……」

 黒い鳥の巣頭をがしがしと掻き回しながら、丈牙は一度カウンターの奥へと引っ込むと、何かを持って戻ってきた。それは――――

「あれ、店長それって……」
「いいか、こうなったらお前達が銀平を守るんだぞ。相手は銀平一人だけで試験を受けろとは言っていない。そこが狙い目だ。何としてでも試験に割り入って、コレを使って銀平を守るんだ。これは店長命令だぞ!」

 そう言いながら強引に和祁の手を出させて握らせたものは――――
 やけに古めかしい佐世保独楽させぼごまと、しっかりと編み込まれ所々に光る紐が見える、太い独楽用の縄だった。

「和祁、今からとっておきの“武器”と“呪文”を伝授してやろう」










 
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