佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

11.卑怯が敵ならズルも方便

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「な、なんだこれ……どういうことだ……」
「うあぁ……お、おそろれす……」
「外……? おかしい、においしない……」

 三人でうららかな風景をきょろきょろと見渡すが、天井には青空と雲が広がり周囲はおとぎ話のように花々が咲いた起伏のある野原になっていて、なんならそよ風まで吹いてくる有様だ。

 本当にここは蔵の中なのかと疑った和祁だったが、先程速来はやきが言った言葉に引っかかって、近場の草を千切ってにおいをいでみた。

「…………確かに、草も何のにおいもしない……」
「にせもろれす?」

 銀平もにおいを嗅ぎたがって和祁かずきの服の袖をくいくいと引っ張ったので、和祁は体を屈めて草を鼻先にかざしてやる。
 千切れた草を小さな鼻でくんくんと嗅いだ銀平だったが、不思議そうに前足で己の頬をむにっと抑えながら首を傾げた。

「においしないれす! にせもろれす!」
「速来、どういうことか分かる?」

 この理由に見当が付いていそうな肩に乗った速来に問いかけると、相手はぴょんと肩から降りてそこらへんにある花を前足で揺らした。

「この世界、にせもの多い。たぶん妖術。蔵に大きな妖術かけてある。たぶん、蔵の中の宝見せないため。だが決まった場所に宝ある。たぶん」

 速来のその言葉に肯定するかのように、空からなにやら高笑いが聞こえてきた。

「オホホホ、その通りですわ! 【千両万國せんりょうばんこく】は神仙の世界、殆どの物はまやかしで、蔵の中の物は巧妙に隠されておりますのよ! ですが安心して下さって良いですわ。露の花だけは、その世界の奥深くにある、岩山が突き刺さる大河の奥に分かるようにちゃんと置いてますので、探すとよろしくてよ!」
「大河の奥って……銀平みたいな子ぎつねにはちょっと酷じゃないのか?!」

 空に向かって叫ぶが、蔵子はホホホと笑うだけで取り合わない。

「だからハンデとして、貴方がたをお供に付けたのですわ! さぁ、取れる物なら取って見なさい! ああでも、銀平が泣いて私に負けを認めて『狐は狸よりも弱い妖怪です』と認めれば助けてあげなくもなくってよ~! オーホホホホホ!」

 高らかに笑いながら、蔵子の声はフェードアウトして行った。

「くっ……いっちょまえに悪役っぽい事をして……!」
「もぉおおー! ぎんぺおこったれす!! ぜっらいつぅの花持ってかえうれす!」
「その意気だ銀平、めんどいが俺も手伝う」

 プンプンと起こりながら地団太を踏む銀平に、今度と言う今度は速来も腹に据えかねたらしく、羽箒はねぼうきのような尻尾をばたんばたんと地面に叩きつけて不機嫌そうにうなっている。無論、和祁もこのままでは黙っていられない。

 まだ数日とは言え銀平と共に過ごした間柄としては、やはりこのように銀平を貶されるのは我慢がならなかった。

「しかし……たぶん、大河ってかなり先だよな……? 今日中に行けるかな」
「俺に任せろ。だいぶ体回復した、今なら少し本気出せる」
「えっ?」

 訊き返した和祁の目の前で、速来は猫の体から出たとは思えない猛獣のような咆哮ほうこうを吐きだしたと思ったら――いきなり、突風を纏い始めた。

「えっ、えええ!? ちょ、はっ、速来!?」
「あああああこあいれすううう」

 突風が大きくなっていき、速来の咆哮がそれに比例して強くなっていく。
 思わず耳を塞いだ和祁と銀平だったが、唐突に目の前の突風が消え去ったのを見て……いや、突風を弾き飛ばした速来の姿を見て、絶句した。

「うあっ」
「なっ……はっ、速来……なのか……!?」

 問いかける和祁に、速来はどこか誇らしげに肯定した。

「そうだ。俺の本来の姿、こっち」

 そう言いながら速来が誇示するのは、最早猫とは言えぬ己の“真の姿”だ。

 黒く輝く毛並みに、白い虎の紋様。太くしっかりとした足は和祁の胴体ほどもあり、その体躯は虎と言うには大きすぎた。
 耳も、猫の可愛らしい三角耳ではなく、猛獣類の丸みを帯びた分厚い耳に変化してしまっている。虎よりも大きく、おおよそ自然界に存在する虎ではない色味をしているが、これが間違いなく「チュジン」という種族の“虎の時の姿”なのだ。

「まさか本当に虎だとは……」
「ガオー、びっくいしたえす……」
「むう、それはすまなかった。とにかく、あのチビだぬきに良いように遊ばれるのは我慢ならん。さっさと終わらせるぞ。乗れ」

 綺麗な青い瞳で和祁と銀平にそう言い、速来は少し体を屈める。

(あれ……速来、ちょっと日本語上手くなってない……?)

 良く解らないが、本来の姿になると言葉もそれなりに上手くなるのだろうか。
 不思議に思った和祁だったが、そんな事を考えている場合ではないと振り切って、銀平とバスケットを抱えて速来の背に乗った。

「うおお……めっちゃふかふかしてる……」
「ふふん、自慢の毛皮だ」

 速来の毛並みは虎と言うにはあまりにも柔らかく、体が軽く沈み込むほどだ。
 とはいえ和祁は虎を触った事が無いので分からないのだが、冬毛の虎と言う物は猫のように毛並みがふかふかしていて気持ちが良い物なのかもしれない。

「しっかり捕まっていろ。行くぞ」

 そう言いながら、速来は少し体を屈めて――――一気に駆けだした。

「うおおおおお!?」
「ああああああ」

 急激に加速した物だから、対応しきれなくて和祁と銀平の体は大きく後ろに傾ぐ。しかしそのままだと落っことされかねないので、和祁は銀平をしっかりと抱え込みながら、速来の毛を必死に掴んで耐えた。

 周囲の世界が一気に後方へとすっ飛んで行く。
 車で移動する時の速度に似ている気もするが、しかし顔に当たる空気の圧力と風は車に乗っている時とは大違いだ。

 野山を走り、川を飛び、岩場を軽々と越える速来の体の振動は、和祁が今までに感じた事の無いものだった。生き物の体に跨り走る事は、その生き物の動きや息遣いを直に感じる事だ。
 今まで馬にすら乗った事のない和祁には、目の覚めるような体験だった。

「植物のにおいを感じるのは、向こうだな。もう少しすれば大河に着くだろう」

 速来がそう言った通り、木がまばらに生える野原の向こうに、何やら大きな川が見えてきた。アレが大河という物なのだろうか。
 そんな事を考えていたら、唐突に空から声が聞こえてきた。

「あぁあああ~~!! ずるいずるいずるいですわぁああ! そんなの卑怯ですわズルですわー!!」
「うるさい、こんな遠い道のりを子供に歩かせるお前の方が卑怯だ」

 速来の言葉はごもっともである。
 しかし天の声と化している蔵子は納得が行かないのか、金切り声を出しながら和祁達に罵声を浴びせかけて来た。

「絶対に露の花は取らせないわ! ええいっ、出てこいしもべー!!」

 蔵子の声が響き渡る。
 と、その瞬間――――前方に、いきなり巨大な影が勢いよく落下してきた!

「――――ッ!?」

 速来はとっさに急ブレーキをかけ、地面を削りながら停止する。
 その衝撃に振り回されて和祁と銀平は危うく振り落とされそうになったが、毛束を掴んでなんとか耐えきった。
 一体何が落ちて来たのか。
 三人でふっと目の前の壁をみやると――――。

「すまんな、お前ら。恨みは無いが、お嬢様の頼みだ。適当に伸して追い出す」

 そこには、山ほどに大きな一つ目の妖怪が立ちはだかっていた。









 
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