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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)
12.恐れぬもの
しおりを挟む大きな一つ目の妖怪は、どこぞの坊主のような服を着てにやりと笑う。
はげた頭に深い髭と、昔ながらのよくある妖怪の容姿だが、しかしその勇ましい顔つきは目玉が一つであっても凄味が有る事に変わりがなかった。
こんな巨大な怖い顔が現れれば、とうぜん幼い銀平は怖がるわけで。ぴいぴいと泣きながら和祁にしがみ付く銀平を抱きとめながら、和祁は相手を見上げた。
(なんだ、これ……なんの妖怪だ……?)
アニメや本などで見た記憶があるのだが、ぼんやりとしていて思い出せない。
そんな和祁と銀平を余所に、速来は唸りながら立ちはだかる相手を睨んだ。
「なんだお前は。少昊の血縁か?」
「ほほう、虎の御仁はワシの名を御存じないと。それでは少々面白味がござらんな。よろしい、ワシの名前を教えよう。ワシは見越し入道、由緒正しき妖怪である」
「見越し入道……?」
「左様、しかし名が解ったとて油断めさるな。ワシはこの蔵の中では怪力無双、我が姿の前にひれ伏すがいい!」
「言わせておけばこのデカブツ……!」
グルルルと唸りながら速来は体勢を低くし、一気に見越し入道へと跳び上がる。
相手もその攻撃を待っていたと言わんばかりに大木のごとき腕を上げ、巨大な黒虎である速来に叩きつけようとぶんぶん振り回す。
「うわあ! はっ、速来!!」
「案ずるな!」
速来は吠えながら、見越し入道の体を巧みに飛び移り攻撃を避ける。
腕が振られる度に和祁達の方にまでぶおんと強風が向かって来るというのに、速来はそんな風など物ともせずに見越し入道に立ち向かっている。
噛みついたり引っ掻いたりしているが、しかし見越し入道も相当強い妖怪なのか、速来が深く切り裂いたはずの部分は、雲のような白い泡がモコモコと出て来てすぐに治ってしまうし、噛みついた所もゴムのように弾けて戻ってしまう。
いくらこの世界の番人とは言え、これではあまりにも速来が不利だった。
「フハハハハ、何度でも攻撃してくるが良い! この見越し入道を知らぬものに、我が術が破れる事なーし!!」
あれだけ攻撃しているのに、見越し入道は痛がる素振りすら見せない。
このままでは速来の体力の方が先に尽きてしまう。
「かじゅきっ、はやきしゃ、あぶないれす……!」
「そ、そうだな……だけどどうすれば……アッ、そうだ……!」
銀平を優しく草の上に降ろして、和祁はバスケットの蓋を開ける。
中には大きな弁当箱と、ナプキンや食器類。そして――丈牙に手渡された、あの不可思議な佐世保独楽が転がっていた。
(こ、これに賭けるしかない……!)
和祁はその独楽と縄を掴むと、慌てながらも確実に縄を独楽へと巻いた。
しっかりと、きちんと回せるように、指を使って固く独楽を縛る。
だが、その間にも自体は刻々と悪化していた。
「フハハハ、痒い痒い! ワシの力も分からぬ者にはワシは倒せんよ!」
「くっ……!」
「虎の御仁、お主にはちょうど似合いの檻をやろう!」
「ッ!?」
見越し入道の肩に降り立った速来を、手が叩き潰そうと上から迫りくる。
それを寸での所で見切った速来だったが――見越し入道の体から妖気が立ち上る様を見て、一瞬動きを止めてしまった。
その、刹那。
速来を打ち据えるかのように、周囲一帯に青々とした竹が一気に生えて来た!
「ガゥッ!?」
「ワハハハハ! 虎は竹林、これぞ水墨画の基本よォ!!」
運が良かったなと笑いながら、見越し入道は竹の群生を操り速来を強かに打つ。「わらわら」と音を鳴らす竹笹は速来の視界を遮り、見越し入道へ近付けまいとして騒ぐ。何百本もの青竹も、撓りながら速来を牽制していた。
このままでは、速来が倒されてしまう。
「まっ、間にあえ、間に合え間に合え間に合えぇえ……!」
ここで焦れば失敗する。失敗すれば、もう次は無い。
解っていて、だからこそ慎重に煌めく紐を編み込んだ縄を独楽に巻くが、しかし手が震えて中々上手く行かない。
ここで負けてしまえば、銀平も速来も、和祁だってタダでは済まないだろう。
なにより――ここで負けてしまったら、速来と銀平の頑張りが無駄になる。
その頑張りを踏みにじるような事を銀平に言わせることも、和祁には我慢がならなかった。
(あと少し、あと二巻き、もう一回……もう一回……!)
震える手が指を使って、しっかりと縄を通す。
そうして、最後の一巻きがしっかりと独楽を締めたのを確認して――和祁は、目の前の竹林を見上げた。
「と、届かないかも知れないけど、いいい一か八か……!」
「かじゅき?」
「銀平は離れてて!」
銀平にバスケットを持たせて少し遠ざけ、和祁はしっかりと大地を踏みしめる。
手に持っているのは、まるで砲弾の弾頭のような形の“戦う独楽”だ。
目の前には竹林に翻弄される黒い虎と、その遥か先で嘲笑っている妖怪がいる。
(ま、まさかこんな状況になるなんて思わなかったけど……やるしか、ない……!)
一発勝負だ。ここで独楽を回せなければ、丈牙の弟子…………いや――
佐世保の男として、生きては行けまい……!
「おい、見越し入道!!」
自分でも出した事のない程の大声で、和祁は空気を震わせる。
耳を煩わせる笹の音など物ともしない声。
その和祁の声を聞いて、見越し入道と速来が同時に振り返った。
「なんだ坊主、ワシに何か用かぁ?!」
「カズキ、刺激するな!」
声が被るが、見越し入道の声に掻き消される。
だが、和祁は気にする事も無く……いや、気にする余裕さえなく、眉をぐっと顰めて見越し入道を睨み付けると、自分の持つ独楽を見せつけた。
「ぬっ!?」
「お前に今から勝負を申し込む! この独楽に勝ってみろ!!」
「独楽ァ~? ワハ、ワハハハ! その小さい独楽でかあ!? いいだろう、その代わり、ワシが勝ったらお前はワシが食ってやるぞ!」
「カズキ、やめろ!!」
虎の咆哮にも似た声が、和祁の耳をつんざく。
だが、最早引く事は出来なかった。
「行くぞ……!」
相手は勝負を受けた。
――――成立だ。
「息長勝問勝競べ、コウサンノ――せぇっ!!」
最後の一言で、一気に体を捻って縄を引き――――
佐世保独楽を思いっきり空中へと飛ばした。次の瞬間。
「――――!!」
独楽が黄金の色に染まり、宙に浮いたまま凄い速度で回転し始める。
そのまま見越し入道の目玉の前まで加速しながら上がって行った独楽は
辺り一帯を光で白く染め変えた。
「なっ、なんだこれはぁああ!!」
見越し入道が騒ぐ。
和祁も独楽を放ったものの、何が起こったのか解らず空を見上げた。
一体何が起こったのか。
誰もが光を放った独楽を見上げた、その時。
独楽が唐突に姿を変え、伸びて形を変え始める。
状況が理解出来ず固まる地を這う者達の目の前で、独楽は――――
青い鱗と白く輝く角を持つ、龍の姿へと……変貌していた。
→
※少昊:伝説上の帝王の名で、神に近い存在。子供が一つ目だったという話がある
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