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迷惑な客と幻のデザート
4.朝食は美味しいトーストで
しおりを挟む結局、あの後は商売にならず店を閉め、特に何の対策も浮かばないまま朝になってしまった。
和祁は相変わらず店の奥にある四畳半も無い畳の休憩室で夜を明かしたが、またあのサーティンとかいう人外が丈牙を怒らせに来るのかと思うと、寝るに寝られない。結局、和祁が眠った時間は五時間にも満たなかった。
ゲームで夜更かしした時ですらこんなに起きていた事は無い。
不安とは人を極度に追い詰める事も有るのだなと和祁は自嘲したが、それよりも先に人に詰め寄られてここまでストレスを感じる自分に呆れてしまった。
(はは……俺、ぼっちになってる間に、人の姿をした奴に迫られると過度なストレスを感じるようになっちまったんだな……)
狐妖怪の銀平と素直に話せたのは、もしかしたら彼の姿が二足歩行の子ぎつねまんまだったからかもしれない。イナマキなどとも普通に会話が出来たのは、恐らく彼女達が人外であると一目で分かり、尚且つ年上だったからからだろう。
この点には丈牙もサーティンも当て嵌まるはずだが、サーティンの場合は二十歳かそこらと言った程度の、和祁とそれなりに年が近い相手だ。
その上、角と尻尾がなければ普通の外国人男性と何も変わらない。
たぶん獣なのであろう下半身ですらズボンで覆っているため、ぱっと見は悪魔のコスプレをしたイケメン外人にしか見えなかった。だから、和祁もここまで苦手だと思ってしまったのかも知れない。
「はぁ……こんなんで本当にやってけるのかなぁ……」
人間の世界に友達が欲しいと言って置いてコレとは、自分で自分が情けない。
休憩室の流し台で顔を洗い溜息を吐くと、布団の上でごろごろと寝ていた速来が近付いてきた。
「カズキ、めし」
「はいはい。トースト食べような」
店に丈牙が来る時間までは、和祁と速来はだいたいこうしてゆったりしている。
どこから丈牙が店に入って来るのかは未だによく解らないのだが、丈牙は開店の二時間前に店に“いる”ので、それまでの自由時間と言った所か。
和祁は店からトースターと食パンを持って来て、二人分のパンを焼いた。
その間多少時間があるので、木製の小さな丸テーブル(丈牙曰く、ちゃぶ台と言うらしい)に木イチゴのジャムなどのトッピングを用意する。
バターは店のバックヤードにある冷蔵庫から、大きな塊を取り出して必要な分をバターナイフで切り取った。最初に見た時は驚いたが、両手で持たなければ落としてしまいそうなほど大きなバターは、なんだかおとぎ話に出てくるような食べ物のようで自然と嬉しくなってくる。
食パンが焼けるまでにいい具合に溶けるだろうと思い、和祁はバターを置いて速来と一緒にトースターが動くのを待った。
その間に、牛乳を用意しておく。朝はやはり牛乳だ。
「とーすたとやらは、もどかしいな」
じりじりと小さな音を立てながらパンを焼く機械を眺めつつ、速来がつまらなそうに耳を動かす。声は大人なのにそんな事を言う猫に和んで、和祁は笑った。
「でもさ、焼いてるとなんだか良い匂いがしてきて、食欲湧いてこない? 俺、結構トースト好きだけどなー」
「ムゥ……? 余計に腹が減るだけじゃないのか……?」
速来には和祁の楽しみ方がイマイチ解らなかったらしいが、それもいつもの事だ。
そうこうしている内に、休憩室に香ばしい匂いが漂い始め、チンという音と共に、トーストが上へと跳び上がった。
食パンの白くきめ細かい部分は、しっかりと小麦色に焼けている。
耳の固さも硬くも柔らかくも無いいつも通りの手堅い出来上がりだ。
ほどよく焼き上げれば、食パンには驚く程ジャムやバターが染みて美味しい。特に良いバターやマーガリンを使った時には、思わず体が震える物だ。
「カズキ、俺ジャム」
「はいはい、ちょっと待ってな」
速来の為にトーストを食べやすい形に切り取り、そこにジャムを乗せる。すぐに熱によって広がるジャムに速来は目を輝かせて、小さく切ったトーストに齧りついた。
そんな様子を微笑んで見つめながら、和祁もバターをたっぷりとトーストに塗る。
色褪せた小麦色のトーストが、バターを塗る度につやつやと輝き、固そうな表面がしっとりと柔らかくなっていく。
香ばしい匂いはバターの匂いと混ざって、更に食欲をそそる匂いへと変わった。
いつもながらの事ではあるが、この香りには抗いがたい。
和祁も手を合わせてトーストを持ち上げると、思いきりかぶりついた。
「んー……!」
さくっとした表面と、噛み締める度にじゅわっと滲むバターの旨味。
染みていながらも食パンのふんわりした食感は損なわれておらず、今日も完璧な仕上がりだった。トースターはいつもいい仕事をしてくれる。
自分がやったなら、食パンをこうも美味しく焼けはしないだろう。
「はぁ~、ここってほんと食べ物だけは最高だよなあ」
「むう、同意」
ジャムを口元にくっつけながら、頬を膨らませている速来も頷く。
その様子が可愛くて苦笑しながら、牛乳とともにトーストを楽しんでいると……店の方から、ガタンと音がした。
「あれ? 店長もう来たのかな」
今日は随分と早い到着だ。
そんな事を思いながら店の方へと顔を出す。だが、そこには誰もいない。
気のせいだったのだろうかと頭を掻いた和祁だったが――カウンターの上に何かが乗っているのに気付いて、目を瞬かせた。
「……んん……?」
そこに乗っていたのは……古い、なにかの壺。
中身は空だが、もとから何も入っていなかったのか薄汚れているようだった。
「こんな壺あったっけ……」
なんだかよく解らないが、しかしこれがカウンターの上に乗ったままだったら丈牙が怒るかも知れない。もしかしたら、昨日「これを洗っといてくれ」と渡されたのを、自分が忘れていた可能性も有る。
「……しゃーない。まだ時間有るし、洗って干しとくか……」
別段使い道もなさそうだが、梅干しなどを漬けるのにいい壺かも知れない。
そういえば、梅干しも最近ごぶさただ。
和祁の家の食卓には、トーストだろうがご飯だろうが問答無用で梅干しがテーブルに置かれていた。自分は食べなかったが、祖父が和食党で、毎朝白飯と梅干しを欠かさなかったためだ。
あの時は別段食べたいとも思わなかったが、今となっては不思議と恋しくなる。
「はー……。母さんと爺ちゃん、心配してるよなあ……」
時限門で「この【異界】に入った時の時間」に戻れるとは言え、それまでずっと母親と祖父を心配させているのだと思うと気が重い。
せめて真人間になって戻れればいいのだがと思いつつ、和祁は壺を持って休憩室へと戻ったのだった。
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