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迷惑な客と幻のデザート
6.迷惑人外と蜜の瓶
しおりを挟むイナマキに事の次第を話すと、彼女は何だか難しげな顔をして腕を組んだ。
曰く、ここ二十年程の事だが、世知原でそのような女性の話を聞いた記憶はないのだという。イナマキは県内各地の妖怪や人間などから食料を卸して貰うべく自分の足で出向く事が有り、当然世知原にも茶を仕入れに行く為に何度も足を運んでいるのだが、その時に周辺の妖怪達と話をしても全然そのような話題は聞かなかったらしい。
妖怪と共に暮らす人間なんて存在すれば、今の世なら絶好の話のタネだ。
うわさ好きの妖怪なら知らぬはずはないのだが、しかしそんな妖怪達もまったく女の話など知らなかった。それは、他の地域でも同様だという。
無論、絶対いないという確証はないが……妖怪や幽霊などを純粋な心で「いてもいい」と許容できる人間が激減した今、そんな人間はごく僅かだし、妖怪と一緒に暮していれば恐らく妖怪達の間では話題になるはずだ。
――なので、少なくともその女性は昭和の頃まで生きていた人間だろう。そうイナマキは断定していた。
だが、存在して居なくとも、この蜜瓶がサーティンが探し続けている蜂蜜を入れていた物であれば、そのまま結論付ける訳にもいかない。
「とにかく、アカガシの群生地周辺の妖怪に話ば聞いてくっけん」
そう言って、イナマキは一旦店を後にした。
(こういう時に顔が広い人ってありがたいよな……)
店から一歩も出ようとせず、常時「めんどくさい」と顔に書いているような、ヒキコモリのぐうたら中年店主とは大違いだ。ああ本当にありがたい。
それにしても、丈牙という人物は本当に謎だ。
この土地に来たばかりの速来は仕方ないとしても、丈牙はこの【佐世保地下異界商店街】に店を構えている程の地元っ子だ。土地を特定できるほど知識が在るのなら、イナマキ以外にも親しい友人などがいてもおかしくないのだが……。
(……いなそうなんだよな……。この店に定期的に来てくれるのって、イナマキさんくらいしか居ないし……マジで……)
人をこき使う程度には他人とコミュニケーションが取れるのに、それでも友達が少ないと言う事は……丈牙の性格はあまりよろしくないのかもしれない。
和祁が見た限りでは、今のところは偏屈で面倒臭がりの謎の人物ではあるが、人の心がない訳ではないので、友達が少ないようには思えなかったのだが……。
(もしかして、仲良くなる度に面倒臭くなるタイプなのかな……色んな意味で……)
そんな事を言うと丈牙が烈火の如く怒りそうなので、和祁は口を噤んだ。
「カズキ、もうすぐ開店」
「あっ、そうだな。早い所用意しないと」
「あの男以外、客、来なさそうだがな」
「じゃかしい、さっさと用意せんかい」
怒る程度に気にしているのなら、もう少し店の売り上げに協力して欲しい。
やっぱりジャズ喫茶の店主は頑固おやじだなと思いつつ、和祁はドアに吊り下げていたプレートを「商い中」にひっくり返そうとして――急にドアの前が黒くなった事に気付いた。
(あれ? まさかもう夜なんてことは……)
ありえない。
だとしたら何だろうかとガラスの向こう側を見、瞬間、和祁は思いきり大仰な音を立てて後退した。だが、最早遅い。
「おはようございマース! カズキ君、今日も元気だネー!」
「げ……」
「またうるさいのが来た」
さすがに和祁に危険が及ぶと思ったのか、速来ものそりと起き上がって眉間に皺を寄せる。だが、サーティンは別段それを気にする事も無く、ニコニコと笑いながら、和祁になんだか大きな箱を差し出してきた。
「な、なんすかこれ」
「プレゼントデース! 快くホットケーキ作って貰うために、持ってきマシた!」
ドウゾと強引に渡されて、仕方なしに箱を開けてみると、そこには。
「…………なんすかこれ……」
箱の中に入っていたのは……謎の牛っぽい頭蓋骨と黒い布とおどろおどろしい杖だった。
「黒魔術スターターセットデース! 子供達、カズキくらいから本格的に黒魔術のレッスン受けマス! 大人のウィッチになる第一歩デース!」
「いるかーーーーこんなの!!」
とは言えプレゼントをバシーンと床に叩き付けるのは憚られる。どうしたもんかと困っていると、丈牙がいきなり蜜瓶をサーティンに投げつけて来た。
「おおっと! 危ないデスネー。バイオレンステンシュデス!」
しかしサーティンはその事に動ずことなく瓶を片手でキャッチすると、そのまま指の先に乗せてバスケットボールのようにくるくる回しだした。この男、どんな指筋をしているのだろうか。
いとも容易く行われる人外合戦に和祁が顔を歪めていると、丈牙が心底冷えた声をサーティンに返した。
「頭が緩そうなお前じゃ覚えていないかもしれんが、一応問うぞ。その瓶に見覚えはないか。それは蜜瓶という蜜を入れていた瓶だ」
「ハン? これがカメ? カメ……うーん……」
うまく話しが逸れてくれたのにホッとしつつ、和祁はサーティンが悩んでいる間にコソコソとカウンターの中に戻る。
その間に、サーティンは瓶を観察し終わったらしく、欧米人らしく肩を竦めながら大仰なポーズでフウと溜息を吐いた。
「残念デスが、存じあげまセンネー。こんなダサい壺見た事ナイデース」
「え……」
その言葉に驚いた和祁に、丈牙が補足するように説明した。
「仕方ないさ。台所や厨房に入らなければ瓶は見られんからな。あの男が蜜瓶の事を知らなかったとしても何も変じゃない」
「ああ、なるほど……」
「で、この瓶がどうかしたんデスか?」
話している間に、サーティンはもうカウンターの前まで歩いて来ていた。
驚いて思わず速来の影にしゃがみこむ和祁だったが、丈牙はそんな和祁を横目にサーティンを睨む。
「お前が探している蜂蜜のホットケーキは、その蜜壺の中に入っていた蜜を使った可能性がある」
「ンー? しかし、ハチミツありませんネー……。これでは確証ありまセン。やはり、カズキクンに協力して貰って、私が探してきたハチミツのためのホットケーキを……」
などと言いながら速来の影に隠れていた和祁に腕を伸ばすサーティンに、和祁は辛抱堪らず速来を抱いてガードしながら後退った。
「わー! 待って待ってもう引き摺り出すのはナシ!! あのっ、アレだろ、要するに蜂蜜が見つかればいいんだろ!? だったら俺達で探すから!」
「しかしソレでは余計にゴメイワク……」
「ここじゃない場所に連れて行かれる方がよっぽど迷惑だからっ!!」
思わず本音を叫んでしまうと、サーティンは意外そうに目を丸くして、パチパチと瞬きをしていたが……やっと言葉を理解したのか「あぁ」と声を出した。
「カズキクンは、労働の契約を結んでるんデスネ~。しかし、トシハも行かない子供をこれ以上働かせるのは良くないことデース! やはり、連れて行きマス!」
「あああ解ってないぃいい」
確かに納得したはずなのに、どうしてそういう結論になるのか。
(もう怖いっ、外国人怖いぃいい!)
速来のもふもふとした長い毛を掴みながら半泣きになった和祁を、抱き上げられた速来はじっと見上げていたものの、ふうと溜息を吐いて腕から抜け出した。
そうして、カウンターの上に乗るとサーティンと和祁の間に入る。
「ン? ネコチャンどうしマシタ?」
「猫ではない、虎。……要は、和祁ではなく他の奴が働けばいいのだな」
「え……」
何を言い出したのかと思う和祁の前で、速来は唐突にカウンターの上を走り出す。
そうして勢いをつけてカウンターから飛び上がると、くるりと空中で一回転した。
――刹那。
「……っ!?」
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