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迷惑な客と幻のデザート
9.ハチミツを手に入れたい
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「オーゥ! これはかなり近いデスネー!!」
どら焼きにかなり近い(しかしどら焼きほど美味しくは無い)謎の何かにハチミツを掛けた偽のホットケーキ。それを食べたサーティンは、昨日よりも興奮した様子で、何度も食べかけの謎の料理を指さす。
思った通りホットケーキは重曹で作られていたらしく、サーティンは見た瞬間からコレに近かったとしきりに話していた。
しかし、よくよく話を聞くとやはり違う部分もあるようで。
「もう、ほとんど。ほぼほぼコレデス。間違いないデス。でも、何だか味わいが少し違うような気がするんデス……。あと、これよりもしっとりしてマシタ」
「蜂蜜は?」
「もう全く持って違いマスネ。やはり、ハチミツを見つけないと、ピンと来ないんデショウカ……」
しょぼんと肩を落とすサーティンに、いつもの黒猫の姿の速来がポンポンと前足で触れて慰める。
「そう気を落とすな。蜂蜜も探せばどうにかなる」
「サンキューデス……。デモ、私も色んな所のハチミツ探しましたが、あのハチミツは見つけられませんデシタ……。もしかしたら、もうこの世に存在しないのカモ」
昨日身の上を話したからか、これまでに比べるとサーティンはかなり消極的になってしまっている。
そこまで気分が変わってしまったのは、やはり優しくして貰った女性の事をしっかりと思い出してしまったからなのだろうか。
(母親みたいに優しくしてくれたって言ってたけど……サーティンにとってはお袋の味って奴なのかな)
和祁にもよく母親が作ってくれる料理が有るが、しかしそこまで恋しいのかと問われるとピンと来ない。この【異界】で長い事家族と離れて暮らしているのに、何故か不思議とホームシックにはなっていなかった。
それもまた、この世界が自分達の世界とは違うからなのだろうか。
答えの出ない感覚に戸惑う和祁だったが、今はサーティンのホットケーキの方に注力せねばと思い、首を振って余計な考えを振り払った。
「とにかく……後はハチミツを探すだけって所だな」
ホットケーキの作り方は解った。だが、肝心のハチミツが良く解らない。
丈牙の話では、蜂蜜は含まれる花の種類によって微妙に味が異なるのだという。みかんの花なら柑橘系の香りが強く酸味が感じられ、アカシアという花の蜜ならばさっぱりとしていて癖のないまろやかさが有る。
それ故、多数の種類が有り特定するのは容易ではないとの事だった。
「せめて食べた蜂蜜を誰が作ったのかって事が解れば、範囲が狭められるんだがな……。妖怪が持って来たものと人間が持って来たものでもかなり違うし」
「妖怪も蜂蜜取って来るんスか」
「なに言ってんだ、蜂蜜取りならむしろ妖怪の方が達者なんだぞ。人間には蜜蜂を操る妖術なんぞ使えんだろう」
丈牙の言葉に、和祁はそれもそうかと納得した。
妖怪ならば花の咲く時期なんてあってないようなものにする術も体得しているかも知れないし、その分蜂から摂取する蜜も多いだろう。
(マジで妖怪ってなんでもアリだな……)
滅多な事では死なないし、人間とは違って不思議な力を持っている。
時々人間にょりも不器用な所もあるというのが欠点かも知れないが、丈牙や和祁のように人付き合いが上手ではない人間からすれば些細な物だろう。
「和祁、いま凄く失礼な事を考えなかったか?」
「気のせいです」
「きのせいだ」
速来もニャンと支援するが、そう言えば「失礼な事を考えてたように見えました」と言っているのも一緒である。
ああまた怒られるのかと頭を抱えそうになった所で、タイミングよくドアベルが鳴ってイナマキが店に入って来た。
「なんばしょっとねアンタ達」
「イナマキさん! 助かった!」
「助かったってお前やっぱり」
「でっ、どうでした、蜜瓶のこと解りました!?」
慌ててイナマキに話を振ると、彼女は困惑したように片方の耳をぴんぴんと折り曲げたが、まあいいかとばかりにカウンター席に着いた。
「ええと……蜜瓶の事ばってん、確かに世知原に所有者が居たごたんよ。というか、その蜜を作る存在……と言った方が良いかも知れんね」
「蜜を作る存在?」
「そう。その存在が、山の巫女を手助けし、蜜瓶を与えていたらしい。話を聞いた所によると、巫女は一時期外人の男を住まわせていたらしいから、このお兄さんが言っとった女性は、そん人に間違いなかろ」
「オゥ……! じゃあ、彼女はセチバールという土地の人間だったのデスネ!」
今にも飛んでいきそうな程に興奮したサーティンに、イナマキは「まあ待て」と掌を見せて、話を続けた。
「あの蜜瓶は、彼女のための物だった。周囲の妖怪達の話では、彼女は山の主に仕えて山童達の世話ばする代わりに、絶えず蜂の蜜が湧いてくる瓶を神に頂いたと言う話やったね。だから、あの瓶が空ということは……もう彼女は山にはおらんのやろ。……人間の生きてる時間なんて、あっという間やけんね」
「…………そう、デスカ……。まあ、最初から……解ってはいマシタ。だって、この土地をぐるりと回った時、彼女の気配どこにもありませんデシタ……。だから、私もどこだったか解らなくなったのデス……」
「サーティンさん……」
かける言葉も無い。
だが、イナマキは少し悲しそうな顔をしながら言葉を継いだ。
「ま、でもこれでこのお兄さんが欲しがっとった蜜は見つかったってことやね」
「じゃあ、あとは何とか蜜を作ったそいつに連絡を付けて、速来に取りに行かせれば、やっと解放……おっと。解決する訳だ」
「それがそうも行かんとたい」
丈牙が機嫌よく発した言葉を即座に否定して、溜息を吐くイナマキ。
一体何がそうも行かないというのだろうか。思わず疑問に眉根を寄せた和祁に、相手は困ったような顔を向けた。
「それが……あたしもそう思って、山の主に交渉ばしに行ったとばってん……よそもんに貴重な蜜ばやるっかって、まぁがられて……怒られてねぇ……」
「何故だ、蜜ぐらい良いではないか」
「山の主の蜂蜜はある貴重な花の蜜らしくて、よそのもんにやれんって言うったい。まあ、貴重なら他の奴に渡したくない気持ちも分かるっちゃけどねえ」
確かに、分けて減る物なら出し渋るのも当然だし、それが滅多に取れない物なら余計に慎重になるだろう。
貴重な物が存在すると判れば、欲望に塗れたものが必ずやってくる。
その度に戦うのも面倒だろうし、誰にも譲らず断り続ける方が楽と言う物だ。
「しかし、じゃあ……この蜜瓶は一体だれが持って来たんだ? 僕はコレの詳細を知ってる何者かが持って来たとばかり思ってたんだが」
「それは……そうね。世知原はまだ妖怪達が住みやすい場所だから、この佐世保の異界に越してきたモンはおらんだろうし……」
丈牙の言う通り、山の主がこんなことをするはずがない。
だとしたら誰がこの喫茶店に持って来たのか。もっと言うと、どうやってサーティンの事を知り、事情を把握したのだろうか。あの蜜瓶を持って来るにしても、和祁にホットケーキ作りをさせようとしていた事をどうやって知ったのか。
悩む和祁達に、イナマキがこめかみを抑えながら言い難そうに続けた。
「世知原はまだ古い時代の名残りがたくさん残っとる所やけん、あすこの妖怪達もよそもんに荒らされたくないっちゃろうね……。まあだけど、和祁君が頼みに行けば、ワンチャンあるかも知れんよ」
「え?」
「山の神は、山童の世話を頼むくらい子供ば好いとおけんね。和祁君が頼みに行けば、なんとかなるかもしれん」
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