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迷惑な客と幻のデザート
10.なんだか妙な山のヌシ
しおりを挟む佐世保市、世知原町――――元々は、北松浦郡と言う佐世保市の隣に面する自治体に所属していた山間部の町である。
深い山に囲まれかつては炭鉱の町として栄えた場所であったが、閉山した今は豊かな山と清らかな川に囲まれ、歴史を伝える史跡や石橋を守り続けている。
現在はその史跡のみならず、“世知原茶”という深いながらもさっぱりとした苦味がある緑茶を名物としていて、毎年茶市というものも開かれているらしい。
らしいのだが……――。
「まさか、知らない土地に幽霊の姿で来る事になるなんて思わなかったよ……」
視界に広がるのは、青々とした原生林。
木々の緑は生き生きとして、瑞々しい土壌からは柔らかな苔が生えている。
家屋がすぐそばに在る土地とは思えない程の自然溢れる山だが、どこの土地もこのように少し歩けば山が見えてくるというのだから、今更ながらに日本はどれ程森林に囲まれているのかと驚いてしまう。
その自然の身近さ故に、妖怪もすぐ傍に存在するのだろうが――それはともかく。
幽体となった和祁は、今、速来とサーティンと共に、世知原の山に植わる森の中をひたすら目的地に向かって飛び進んでいた。
そう。飛ぶ。和祁は今、飛んでいるのだ。
「もう俺、普通に歩けなくなりそう……」
様々な木々が視界を遮るが、しかし幽体である和祁には何の問題も無い。最初こそ枝葉に怯えて滑稽な動きをしていたが、今となっては目の前から太い枝が来ても、肩をするっとすり抜けるのを見つめるだけだ。
二回目の幽体離脱体験では、地に足を付けるだけではなく浮遊まで出来るようになってしまい、和祁は己の人間離れを心配する有様だった。
(ああぁ……幽体離脱グセとか付いちゃったらどうしよう……)
丈牙にまたもや額を掌底で打たれて強制的に幽体になってしまったが、今度何かの拍子で頭を打ったらこうなりかねない。
そうなったらどうしようかと悩む和祁に、コウモリのような翼でふわふわと並走しながらサーティンはアハハと笑う。
「もう少ししたら【時限門】も治るって言ってマシタけど、間に合わなかったデスネ。でも、そうなったらカズキクンは人間の世界に帰ってしまうのデショウ? その前にこうして協力して貰えてよかったデース」
木々をすり抜けながらその言葉を聞いて、和祁は妙な気分になった。
だが、その気持ちが今は何だか理解出来なくて、どういうことかと腕を組みながら飛んでいると、すぐ下を走っていた猫の姿の速来が相変わらずの口調で言う。
「厄介事に巻き込まれた俺達の身にもなれ」
「あ、アハハ……」
まあ、速来からしてみればそれ以外に無かろう。
彼が佐世保に来た目的は、“宝蓮灯”という神器を探すためだ。自分が強くなるために長崎からこの佐世保にやって来たというのに、和祁のお守りをする契約をしてグダグダと喫茶店で喰っちゃ寝生活を続けているのだから、不本意としか言いようが無いに違いない。
まあ、そうは言いつつも、三食昼寝付きで快適な生活をしていたように見えたが……そこは深く追求しないでおいてやろう。
とにかく、速来からすれば不本意とも言えるだろう。
それは速来に巻き込まれた和祁とて同じ事なのだが、店長が働かない以外は別段困ってはいないのでなんとも言い難い。
(あとは蜂蜜だけなんだから、なんとかして山の主って奴に、蜂蜜を少し分けて貰えるように言わなきゃな……)
――イナマキの話では、山の主は子供好きらしい。
なので、和祁が事情を話して懇願すれば小瓶程度は蜂蜜が貰えるのではないか……との事だったのだが……。
高校生になっても子供っぽい和祁にとっては、納得のいかない理由だった。
和祁とて高校生であり大人なのだ。なのに何故容姿で子供と決めつけなければならないのだろうか。高校生はもう立派な大人予備軍であるというのに。
「やっぱ何か納得いかない……」
「オッ。見えてきましたネ。あれがイナマキサンの言う山の主の家デスカ」
どうやら考えている間に山の主の住処に来てしまったらしい。
ふと前方を向くと、木々の間にぽっかりと空いた広い場所に、卵の殻のような半円形の物をぽんと置いたような不可思議な光景が見えた。
あれは岩だろうか。表面には鮮やかな緑色の苔が覆っていて、柔らかな芝生の丘のようにも見えた。ところどころに花も咲いているし、かなりファンシーだ。
まるでアニメ映画に出てくるような光景だなと思いつつ近付くと、速来がふんふんと鼻を鳴らしながら先頭に立つ。
「向こう側が入口のようだ」
付いて来いと言わんばかりの姿に少々可愛さを覚えながら付いて行くと、自分達が来たちょうど反対側にぽっかりと入口が開いているのが見えた。
「あ……アレ、神社とかで良くかかってる縄だ」
藁色の縄を太く編み込んだ、神社の鳥居などにかかっている縄。
たしか注連縄と言っただろうか。
「ん? と言う事は……山の主って神様なのか……?」
そんな事を考えていると……中から「ぶも」と何か妙な音が聞こえた。
何だろうかと三人で顔を見合わせて、もう一度入口を見やると――――
「なんだ、お前らはぁ」
間延びしたような声を吐き出しながら、巨大な入口からのそりと現れたもの。
それは、全身を白銀の輝く毛におおわれた――何とも妙な存在だった。
まず、体が大きい。象くらいの大きさは有るのではないかと言う巨体だ。
しかしその白銀の存在は異様に手足が短く、体が風船のように膨らんだ熊のようでいまいち怖さがない。頭の方も、狐か狸のように鼻がぐんと長く耳は鹿のようだが、これといって畏怖を感じるような雰囲気でも無かった。
唯一、頭から何本も生えている木々の枝のような角だけが、異様だ。
象牙のように滑らかな色をした亜麻色の角が、神の証という感じだろうか。
それにしても巨大な山の主だ。
「名を名乗れぇ」
地の底から聞こえて来るような重く太い声に思わず身が竦んだが、和祁は一歩前に踏み出して山の主に頭を下げた。
「いきなり訪問してすみません。俺は、奥城和祁って言います。こっちはアメリカの妖怪……モンスターのサーティンで、こっちは中国妖怪の速来です」
「むむぅ? 妙な組み合わせだなぁ。だが、この地によそものが来るのはいか~ん。さっさと立ち去れえ」
ずんずんと足音を響かせて、山の主が近付いて来る。
これはこのままだと排除されると思い、和祁は頭を上げ慌てて用件を切り出した。
「あっ、あのっ、山の主様にお願いが有るんです! 俺達、この山に居た人間の女性が持っていた、特別な蜂蜜を分けて貰いたくて来たんです!」
「なぁ~に~。お前達、その話をどこで知ったぁ」
「話しますっ! だから、その……追い出すのは、少し待って下さい……!」
お願いします、と再び頭を下げる。
だが、顎の下に伸びて来た、山の主の長く黒光りする爪にくいっと顔を上げさせられて、和祁は山の主に顔をじっくりと観察された。
誠意を見定められているのだろうかとドキドキしていると――山の主は悪戯を企む猫のように目を細めてニイッと笑うと、今度は和祁の肩を指のない丸い手から伸びた爪で優しく抱いた。
「話、聞こうぅ。中に入るの、許すぅ」
相変わらず体がビリビリするような声だが、一応話は聞いて貰えるらしい。
これはラッキーだと思わず顔を明るくした和祁だったが、速来とサーティンはそうでも無いようで、山の主に妙な反応をしていた。
(速来、毛を逆立ててんな……。巨大な相手に対して警戒しているんだろうか?)
しかし、速来は解るとしてサーティンまで少し不満そうなのがよく解らない。
もしかして自分には感じられない何かを感じ取っているのだろうか。
後でどんな事を感じたのか聞いてみようと思いつつ、和祁は山の主と共に岩の中へと足を踏み入れたのだった。
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