佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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迷惑な客と幻のデザート

14.例え人間と妖怪でも

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 とりあえず山の主が喫茶店に入らないかも知れないという問題は解決した。
 だが、それよりも何よりも重要な問題が一つある。

 それは……ホットケーキが未完成だという事だ。

 これまでの努力により、サーティンが食べたホットケーキはかなり再現度が高くなってきた。しかし、彼が言うには「しっとりさがない」と言うのだ。
 だが、何度試しても、サーティンに納得して貰うだけのしっとりした食感が見つからず、もう夜になってしまったというのに、結局答えは出せずじまいだったのだ。

 サーティンには門限が有るらしく夕方にはもう帰ってしまい、丈牙もいつの間にかいなくなってしまっていた。
 こうなるともう、店には和祁、速来、監視役の山童しか居なくなり……結局、どうする事も出来なくなってしまって。

 決戦は明日だというのに、もうなんのアイディアも浮かばないで、和祁は休憩室のちゃぶ台に額を付けてずっと項垂うなだれていた。

「あぁあああ……どうしよううううう……」
「結局は浮かばなかったな」

 呑気に言いながら毛づくろいをしている速来に、和祁は反論も出来ずうなる。
 確かにいいアイディアは出なかった。バターは違うしベーキングパウダーは論外。当時入手可能だった品を考えてみたがどれも合わず、サーティンにはことごとく「ノー」と言われてしまった。こうなっては、もう思いつくものはない。

「あ、あの……ごめんな、おらのとーちゃんが無理言って……」

 こちらの意気消沈した様子を見て、山童が申し訳なさそうに言う。
 その声に、和祁は慌てて顔を上げた。

「や、山童は全然悪くないよ! 首突っ込んだのは俺達だし、謝る事なんて……」
「いんや……おらのとーちゃん、カズキの事をそばに置きたいんだよ。人間達がもう山に入らなくなって、ずいぶん経つし……ユリコかーちゃんがいなくなってから、とーちゃん凄く寂しがってたから……」
「ユリコさん、か……。そう言えば、山童達はサーティンの事覚えてるのか?」

 ふと思い出してそう言うと、山童はちゃぶ台の前で行儀よく正座をしたまま小さく頷いた。

「最初、変な奴が来たと思っただよ。髪はおら達とおんなじ赤い髪だったけんど、ひょろなげえし顔は人間だし、でも腰から下は鹿みてえな足だしコウモリの羽根とか変な尻尾生えてっし、おら達怖がって近付かなかっただよ」
「まあ、確かに……でも、ユリコさんは手当てしてあげたんだよね?」
「んだ。かーちゃん優しいから、他の妖怪達に頼まれれば手当してただよ。だから、世話してて……そしたらあいつ、おら達を羨ましがって、かーちゃんに甘えるだよ。大人みてえな格好してるのに膝枕ねだるんだもんよお」
「グッ……」

 何だか聞いてはいけない事を聞いたような気がしたが、一度忘れよう。
 サーティンは、ユリコという巫女に母親を重ねていたのだ。いくら年恰好が大人に見えようが、彼の内面は子供である可能性も有る。妖怪達は人間とは違うのだ。良い大人が子供の真似をしたなどと考えてはならないのである。

 速来は既に無表情なままで「ブフゥッ」と音を立てて噴き出してしまったが、まあ仕方がない。ここは無視して話を聞こう。

「でもよ、羽根男が来てから、かーちゃん凄く楽しそうになっただよ。だから、おら達も嬉しくてなあ。おら達の国のモンじゃねえお菓子の話とか、聞かせて貰っただよ。とーちゃんは外の国嫌いだったから、ナイショだけんどな」
「そっか……じゃあ、山童達もホットケーキの事は知ってたんだね」
「ああ。……あいつが帰った後も、かーちゃん作ってくれただよ。美味かったなあ。でも……かーちゃん、ずいぶん前に白髪になって、死んじまっただよ」
「…………」
「人間の寿命はみじけえ。でも、人間はあったかいんだぁ。かーちゃんいねえくて、あったかいの知らねえおら達にも、人間はあったかくしてくれるんだ。とーちゃんは『他種族の妖怪を育てられんのは人間だけ』だって言ってた。だからおら達、ユリコかーちゃんを本当にかーちゃんだと思ってただよ」

 少し俯きながらも、山童は鳥のような嘴を少し笑みに開いて頬を掻く。
 もう悲しみは越した顔だったが、しかし彼の顔には寂しさが滲んでいた。
 ユリコという巫女は、本当に彼らを愛していたのだろう。サーティンが彼女を母親に見立てたのも……その愛情が有ったからなのかもしれない。

 愛情もって育て、それを子供が享受するのなら、その者こそが親なのだ。

(そっか。……なんか…………いいなあ……)

 血の繋がりは無くても、彼らは確かに両親に愛されていた。
 サーティンもそれを理解したからこそ、ユリコという女性に懐いたのだろう。

 嫌な事を思い出してしまうのに、和祁はどうしてもその間柄が羨ましいと思わずにはいられなかった。

「あと……その……すまねえ」
「え?」

 不意の謝罪に我に返ると、山童は申し訳なさそうに肩を寄せて和祁を見上げた。

「……あの蜜瓶みつがめ置いたの、おらなんだ」
「え……じゃあ、店に入って来たの?」
「んだ。こっそり入っただよ。おら、よく山降りて他の妖怪達と遊んでたんだ。そしたら、あのっていう奴がおめさんら困らせてるって聞いて……でも、あんな事しなきゃカズキがとーちゃんに魅入られる事もなかっただ」

 言いながら頭を下げる山童。
 だが、和祁はその謝罪を受ける訳にはいかなかった。

「いやいや、それは違うよ。君が蜜瓶を置いてくれたから、俺達は答えに近付けたんだぜ? 謝るような事じゃないよ。あのままだと、俺どっちみちサーティンに変な所に連れて行かれてただろうしな」

 そう、結局のところ和祁にとってはサーティンが来た時点で大変な事になっているのだ。今更山童が謝るような事ではない。
 むしろ、サーティンの願いを叶える手がかりを教えてくれたのに、どうして怒る事が出来ようか。顔を上げてくれと山童に近付くと、和祁は河童のような水かきが付いたその手を優しく握った。

「君のお蔭で、俺達は答えに近付いたんだ。ありがとな」
「カズキぃ……」

 思わず目を潤ませる山童に、速来はネコのヒゲを揺らしながら頷く。

「む、そうだぞ。相手が怒っていないなら謝る必要はないのだ」
「お前は本当に考え方が雑だなあ」

 そのせいでいつも丈牙と喧嘩するのではなかろうか。
 今までの小競り合いを思い出してうんざりする和祁に、山童は目をぱちぱちと瞬かせていたが……やがて、にこりと笑った。

「えへ……えへへ、カズキ優しいな! おら嬉しいぞ!」
「いやあそれほどでも……」

 素直に喜ばれると、こちらまで嬉しくなってくる。
 大した事はしていないのだがと照れつつ頭を掻いていると、山童はなにやら自分の背中の部分をモゾモゾと動かして……ちゃぶ台に、小さな瓶を置いた。

「ん? なんだこれは」

 瓶に興味を持ったのか、すかさず速来が鼻で瓶のニオイを確かめる。
 山童はその光景を見ながら、ちょっと得意げに言った。

「これは、おらがこっそり溜めてたとーちゃん秘蔵のハチミツだよ!」
「えっ」
「元気がでねえ時に舐めると、力が付くんだ。おらの宝物だけど、カズキとハヤキには舐めさせてやるよ」
「ホント?!」

 秘蔵の蜂蜜と言う事は……もしかして、あの蜜瓶の蜂蜜だろうか。
 思わず身を乗り出すと、山童はニコニコと笑いながら瓶の蓋を開けて、和祁達に「どうぞ」と差し出した。ありがたくスプーンで少しだけ掬わせて貰う。

 ふわりと漂ってくる優しい香りは、市販の蜂蜜とはまるで違う。
 あまり濃い色ではない蜂蜜は粘度が少なく、さらさらとしているが……果たして、どんな味なのだろうか。
 ごくりと唾をのみ込み、和祁はその美しい色の蜂蜜を口に含んでみた。
 ……と……――――。

「ん……! な、なにこれ、うっま……! ほんのり甘くて、口当たりも優しくて……なのに、蜂蜜っぽい独特のえぐさがない……うわぁ、これ凄い……!」
「むぅう……! な、なんだこの蜂蜜は……っ」

 速来も数滴たらして貰った蜂蜜を一心不乱にぺろぺろと舐めている。
 何故これほどまでに美味しいのかと目を見張っていると、山童は笑った。

「それは特別な花の蜂蜜だからな! うまいのは当然だよ」
「特別な花の、蜂蜜……?」

 それは一体、どんな花なのだろうか。











 
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