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迷惑な客と幻のデザート
13.店長と言う人物
しおりを挟む「おめかしぃ?」
不思議そうに首を傾げる山の主に、丈牙はべらべらと喋る。
「ええそうです。佐世保に古くから住んでいる佐世保人たるもの、華やかな“街”に出るにはそれなりの服装をしなければなりません。それが嗜みと言う物。もちろん、高位の妖怪である存在なら尚の事です」
丈牙が「山の主に一度会いに行く」と言った時は何事かと焦った物だが、どうやら彼は自分の口車に乗せて山の主を丸め込もうとしているらしい。
曰く「田舎者の扱い方は田舎者が良く知ってる」との事で……何と言うか、奇妙なプライドが見え隠れして恐ろしい。
心配で和祁も幽体になって付いて来たが、しかし、開口一番こんな事を言い出すとは思わなかった。初対面の相手に装いの提案とは、中々に難易度が高い。
しかし山の主は丈牙の勢いに押されてか、なんだか話を素直に聞いているようだった。
(人間、誰しも取り柄ってのは有るもんだな……)
普段は客の来ない喫茶店で何もせずにコーヒーを飲みながら頼んでもいないのにジャズの薀蓄を喋って来る中年だというのに、今は頼もしく見える。
なんとか相手の思惑を潰す事が出来れば良いがと思いつつ、和祁は二人の会話を暫し見守る事にした。
「そんなの知らんぞぉ」
「無理も有りません。貴方様はこの土地を守るために、ずっとこの山にいらしたのでしょう? だったら、異界でのしきたりを知らぬのも無理は有りません。しかし、私とて折角店に来て下さるお客様に恥をかかせるのは心苦しいのです。……なので【異界】に来られる前に、マナーを学んで頂こうかと」
「むむ……しきたりがあるのならぁ、仕方ない……。その、まなぁとはなんだ?」
意外と英単語は知っているらしい山の主は、丈牙の話に耳を貸す。
これはしめたと丈牙はニッコリと笑い、両手を広げた。
「簡単な事でございます。清潔な服、人の迷惑にならないような恰好、少しのおめかし……とまあ、その程度ですよ。地下商店街は人の集まる場所ですからね」
「となるとぉ、この格好はぁ、迷惑かぁ?」
「その偉大なる御姿は、私どもの世界では少々威厳がありすぎますね。怖がる者が出て来てもおかしくありません。なので、出来れば私どものような背丈に変化して下さると助かるのですが……」
「わかったぁ。では、これならどうだぁ」
そう言いながら、山の主はキラキラと光る白銀の毛をぶわっと膨らませて、ぶるぶる震える。何事かと思って目を見張った和祁の目の前で――山の主は姿を変えて、人型に変化した。だが。
「……えっと……か、顔は……お変わりないのですね……」
和祁が思わずそう言ってしまったのも無理はない。何故なら、山の主の頭はまるきり変身前のままで、体だけが人間のようにすらっとした足の二足歩行になっていたのだから。……なんというか、随分と奇妙な格好だ。
しかし、そう思うのも仕方は無い。馴染みのない姿を見た者からすれば、宇宙人よりも特異な格好に思えるものだ。妖怪が中途半端に人間の姿をしているというのは、小さな違和感を生じさせるのである。
「人間の顔ぉ、する必要はない。これでいいのかぁ」
全身を白銀の体毛に覆われた姿。座布団のように短く太ましい尻尾をぱたんと動かす山の主に、丈牙はニコニコと笑って頷いた。
「ええよろしゅうございます。もし良かったら……これをお使いください」
そう言いながら、丈牙はどこから取り出したのか見事な着物を差し出す。
藍色のその着物はシンプルながらも男らしさが漂っており、これには山の主も興味が湧いたのか、耳をぴんと立てながらすぐさま着物を受け取った。
「むう、では菓子が出来上がった時にはこれを着て伺うう」
「お待ちしております、明日には用意が出来ますので」
「うむ」
その返答を訊くと、丈牙は和祁の肩を掴んで頭を下げさせると、そそくさと岩屋を後にしてしまった。
「ふ、ふふふ、本当に山の妖怪ってのは話せば騙しやすいな」
山を下りながら意味深に笑う丈牙に、和祁はただ引っ張られながら顔を歪める。
「あの、店長……騙すってなんスか」
「決まってるだろう。あの妖怪、難癖付けてどうにかお前を世話係にしようと考えていたみたいだからな。異界では巨大化出来ないように、術を掛けた着物を渡してやったのさ。これであいつは異界では妖術が使えないぞ。ふ、ふふふふ」
「ええ!? ちょっ、それ良いんですか?!」
妖怪の術を封じるなんて、人間の手足を封じるような物だろう。
なのに、そんな事をして良いのだろうか。
思わずぎょっとした和祁に、丈牙は人の悪そうな笑みを浮かべて目を細めた。
「古今東西、人外とは騙し合いが基本さ。相手が欲望を丸出しにしてるなら、そこに付け込んで当然。文句を言われる筋合いはないね」
昔話でも、化かしに来た妖怪を化かし返した話があるだろう。
そう言って高らかに笑う丈牙に、和祁は自分も騙されている事が有るのではなかろうかと思わず背筋が寒くなったが、そこは口を噤んだ。
なんにせよ、丈牙が自分を守ってくれたのは確かな事だ。
とにかく、喫茶店に帰ったらホットケーキの完成を急がなくては。
そんな事を考えながら、人里に下りて……今更な事をふと思う。
「あの、店長……そういや、店長はちゃんと電車に乗るんですね……」
舗装された道路に出て、鉄道駅のある方へと歩く丈牙に、和祁はふわふわと浮かんでついて行きながら問いかける。
そう。そう言えば、丈牙は来る時もきちんと電車を使っていたのだ。
【隔世門】から佐世保駅に出て、どこへ行くかと思えば駅に併設されている私鉄、松浦鉄道(通称MR)に乗った時は驚いた。
妖怪世界の人間なのに、きちんと切符を買うのか。というか、その切符を買う金はどこから持って来たのか。色々と考えてしまい、半ば放心しながら一緒に電車に乗ってこの山へと来たのだが……なんというか、今更考えると物凄く変だ。
いや、丈牙は人間そのものの容姿だし、眼鏡も黒縁のスクエアフレームという今時の眼鏡でまったく異質さは感じないのだが、だからこそ余計におかしい。
妖怪だとしたら人間臭すぎるし、人間だとしたら何故生身であの【隔世門】を行き来できるのかが解らない。彼が人間だとすると、この世界に家は無いのだろうか。
今日、佐世保駅に来る列車を確認する時に確認した日付は、既に自分が失踪し数週間は経過している日付だった。
こうなってはもう家に帰るのが逆に怖くて和祁は震えたのだが、丈牙は「時限門の修理に随分と時間が掛かっちまったな」とぼやくばかりで、自分の事に関してはなにも言わなかった。と言う事は、心配する事が無いという事だ。
人間そのものなのに、彼は人間としての生活をしていないのだろうか。
(な、なんか人間人間言い過ぎて頭痛くなってきた……)
何にせよ、丈牙はやはり普通の存在ではあるまい。
まあ、いまフワフワと浮かんでいる自分が言える事ではないのだが。
(はあ……タダで電車に乗れるのは良いけど、考える事が色々有り過ぎて楽しめないのが残念だなあ……)
やはり電車は生身で料金を払って乗るに限る。
なんだかズレた事を考えつつ、和祁は汗一つかかずに平然と歩いて行く丈牙と肩を並べながら、小さく溜息を吐いた。
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