佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

文字の大きさ
42 / 66
迷惑な客と幻のデザート

16.幻のホットケーキ

しおりを挟む
 
 
 店の中に、甘い匂いが漂う。
 コーヒーの香りよりも強くなる香りに、小さな山童やまわらし達は空気を嗅ぎながらそわそわと待っている。和祁の監視役だった山童も山の主の隣に座り、サーティン、山の主山童と言った並びで大人しく座っていた。

 カウンター席にこれほど多くの客が居るのは初めてなので、和祁も思わず緊張してしまうが、ここで失敗する訳にはいかない。
 出来るだけ周囲を見ないようにして手を動かしていると、速来と丈牙がアシストするかのように、細かな事を手伝ってくれた。

 材料を手渡したりなどといったささやかな行動だったが、それでも自分がミスをしないように手伝ってくれる存在はありがたい。
 思えば、客相手に調理をするのはこれが初めてなのだ。
 それを考えて、速来も丈牙も手伝ってくれているのだろう。

 普段はまるで大人のような気がしないが、やはりこういう部分は二人とも大人と言えるような部分が有るらしい。

(悔しいけど、安心しちまうな……)

 見守られていると思うと、緊張が解けて来る。
 ホットケーキが上手く焼けるかと心配だったが、和祁はなんとか焦げないように頑張る事が出来た。
 カウンターの中で隠すように作ったホットケーキを皿に移し、最後に山の主から渡されたカノコユリの蜂蜜を掛ける。

 あの頃、唯一ユリコという女性が自由に扱う事が出来た甘味だ。
 遠慮せずに、彼女がやったであろう量をたっぷりとかける。サーティンのみならず山童達までもが懐かしむほどに思われている女性だ。やがて旅立つサーティンの為に、このくらいはやっただろう。

「……よしっ。出来ました!」

 どうぞ、と和祁が三つの皿を出すと、三人はそれぞれに目を見開いて息を呑んだ。

「こ……これは……!」
「ああ、このニオイ……覚えてます、このニオイデス……!」
「わあっ! かーちゃんの作ってくれたホットケーキだ!」

 サーティンと山童達が騒ぐが、しかし山の主は慌てて居住まいを正すと、ゴホンゴホンとわざとらしくせきをして取りつくろった。

「ま、まだ判らんぞ。食べて見なければな」
「じゃあ、お召し上がりください?」

 挑戦的な態度で嘯く丈牙に、山の主はヒクリと口の端を動かしたが……しかし、いただきますと手を合わせてからフォークとナイフを手に取った。
 一瞬、間が有ったのは……いざ持って見たは良いものの、西洋の食器の使い方が解らなかったのだろう。これはサポートした方が良いかと和祁は思ったが、しかし山の主はすぐに隣のサーティンの仕草を見て、それを真似た。

 どうやら、教えるのは山の主の自尊心に傷をつけるかも知れない行為のようだ。それならば、と、和祁は山童達の方を向いた。

「山童達は、お父さん達みたいに上手にフォークとナイフを使えるかな?」

 優しくそう言うと、親指程度のサイズの山童達がきゃいきゃいと答える。

「わかんなーい!」
「おはしで食べてたのー」
「これふぉーくとないふっていうのー?」
「面白ーい! すきみたい!」

 スキ、というのがよく解らないが、昔の道具だろうか。
 その辺りは答えてやれないながらも、和祁はわざと声を大きくしながら山童達に説明してやった。

「ホットケーキは柔らかいけど弾力があるし、何より大きいだろう? だから、このフォークとナイフが付いている時は、フォークでホットケーキを抑えながら、食べたい所をナイフで切り分けるんだ」
「お肉と一緒?」
「そう! 喫茶店では、そうやってホットケーキを食べるのが普通なんだ」
「へ~、喫茶店っておもしろーい!」

 和祁の言葉に、どうやら山の主も食器の使い方を把握したらしく、大口を開けて食べる事は避け、適度な大きさに切り分けた。
 サーティンの方はもう見ていない。

(良かった、こっちの話をちゃんと聞いててくれたみたいだ)

 これでサーティンに「オー、食べ方知らなかったんデスネー!」とか真っ正直に言われてしまえば、子供達の居る前で恥をかかされた山の主は激怒しかねない。
 本当に上手く行って良かった。

(あとは、食べた感想だけど……)

 どうだろうか。
 そう思い、三つの席の様子を見やる。
 彼らは思い思いにとろりと輝く蜂蜜を纏ったホットケーキを持ち上げ、口を広げて――ぱくりと、口に入れた。

「………………」

 咀嚼する彼らをじっと見て、背中で冷や汗を垂らしていると…………。

「…………これ……」

 監視役だった山童が、呆然とした様子でぽつりと呟く。
 その言葉に続くかのように、サーティンがなんだか震えた声を漏らした。

「こ……これ、です……私が探していた、ホットケーキ……!」

 涙ぐみながら、感極まって英語で何かを呟くサーティン。
 一部も嘘のないその様子を見て、思わず息を呑んだ和祁に、サーティンは涙を零しながら、必死にホットケーキを詰め込んで頬を膨らませながら頷いた。
 まるで、これが正解だとでも言わんばかりに。

「じゃあ、やっぱりこれが……!」

 思わず顔を明るくして、和祁は丈牙と速来を見やる。
 一人と一匹は、和祁の喜びようにそれぞれ笑って頷く。その笑みを見て、和祁はやっと自分は成し遂げたのだと確信できた。

「ほんとにかーちゃんの味だ」
「かーちゃんのおかしだ!」
「おいしー!」

 小さな山童達も跳ねまわって喜びながら、切り分けて貰ったホットケーキを美味しそうに食べている。監視役の山童も、和祁に「これだよ」と言うように、フォークをくちばしに咥えながら頷いていた。

 だが、山の主は一人だけ驚いていて。

「バカな……なぜ、食べた事もないものを再現出来たんだ……!?」

 信じられないとでも言いたげな目でこちらを見やる山の主に、和祁はにこりと微笑んで説明した。

「サーティンと店長と、山童のお蔭です。……俺達は最初、どうしてもあと一歩の所でユリコさんのホットケーキが完璧に再現できなくて、悩んでいました。だけど、この山童君が蜜瓶を持って来てくれて、俺達に蜂蜜を分けてくれた事で、ようやく何が足りなかったのか解ったんです」
「蜂蜜を……!? お、お前、何故渡した!」

 山童を振り返る山の主に、山童は叱られた子供のように顔を歪める。
 だが、他の小さな山童達がぴょんと山童の肩に乗って、山の主に「怒っちゃ駄目」と言わんばかりに頭を振った。
 子供達にそう言われては、さすがの父親も怒れなかったのか言いよどむ。

 そんな山の主を見かねてか、サーティンが言葉を継いだ。

「あの、それで、ナニが足りなかったんデスか?」

 涙目なのに頬を膨らま出てモグモグと口を動かしながら、明るい顔で聞いて来るサーティン。感動したいのかワクワクしたいのか食べたいのかよく解らない。
 そんな様子に思わず笑う和祁に、サーティンは己がどんな状態なのかに気付くと、顔を赤くしながらホットケーキを呑み込んだ。

 しかし、そこまで興奮してくれたのなら作った人間としてはありがたい。
 笑いつつ、和祁は説明した。

「それは……蜂蜜です」
「エ……? でも、ハチミツは……」
「ああ、そうじゃなくて……ホットケーキの、ケーキの部分に蜂蜜が足りなかったんです。えっと……ほら、サーティンさんが“しっとりしてない”って言ってたでしょ? アレは、生地に蜂蜜が入ってなかったからなんですよ」
「生地に……っ。あ、ああ、そうだったのか……!! どうりでいつものホットケーキとは違う味がすると思っていたら……!」

 ――――そう、重曹で作るホットケーキに必要だったのは、蜂蜜だった。
 これは丈牙が気付いた事なのだが、戦後の時代はそもそも砂糖も満足には得る事が出来ず、慢性的な食糧不足におちいっていたらしい。

 情勢が落ち着いていても、山中で暮らしろくに金銭を持たないユリコのような女性には、適量の砂糖は入手できなかったと考えられる。なにせ、サーティンだけでは無く、山童にもホットケーキを作っていたのだ。人から恵んで貰うにしても、とても足りなかっただろう。

 とすれば、彼女はホットケーキに必要不可欠な“甘み”を他の物で代用していた可能性がある。そこで、思いついたのが――蜂蜜だったのだ。

 そう。蜂蜜。そう言えば、砂糖の代わりに蜂蜜を使うお菓子は珍しくないではないか。それに、蜂蜜は保湿性が有り粘度が高い。とすれば、サーティンがこだわっていた「しっとりとしていた」という点は、蜂蜜に由来するのではないか。

 和祁はそれに気付き、砂糖の代わりに蜂蜜を使って焼いてみたのだが……これが、見事に当たったという訳だ。

「でも、作り方はちょっと違うかも知れません。俺達が作ったホットケーキは、生地を冷蔵庫などで少々休ませたり、当時の山で出来たかどうか解らない事をしてます。だから、ホットケーキと言うよりは、ちょっとしたどら焼きの生地みたいになってますし……。同じだって言って貰えて良かったですよ」
「そんな手間を……確かに、あの時のホットケーキはもっと不格好で丸く無く、焦げも有って、色々と不満点はありましたネ……。ですが……味は同じデス! これが私の求めていた……ユリコのホットケーキなのデス……! ああ……ありがとう、カズキクン。本当にありがとう……!」

 カウンターから乗り出して和祁の手を握って来るサーティンに、山童達も賛同するかのように次々に和祁達に礼を言う。
 今までに浴びせられた事も無かった量の「ありがとう」を貰って、和祁は思わず赤面してしまったが――その顔を見て、山の主は苦笑した。

「…………負けたぞ。認めよう……これは……ユリコのホットケーキだ。例え、店の商品として整えた……少し違う物だとしてもな」

 唯一の懸念だった部分を見抜いていたのか。
 だが、それを認めてなお山の主は負けたと言ってくれた。

 その事が存外に嬉しくて、気付けば和祁は……サーティンのように、感極まって涙ぐんでしまっていた。









 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...