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迷惑な客と幻のデザート
17.嬉しいお礼と嬉しくないお礼がある
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(ああ、なんか……人の為に物を作るって、いいもんだな……)
例えそれが必要に迫られての事だったとしても、これほど喜んで貰えるのなら、これ以上に嬉しい事は無い。
思えばこの店でのウェイターも【異界】に留まる以上はやって貰わねばという事ではじめさせられたバイトだったが、今となっては感謝したいくらいだ。
例え閑古鳥の店であっても、
「これほどの物を作ってくれたのだから、それ相応の対価を払わねばなるまいな」
「イエース! オフコースデース!」
「おら達もお礼したいだ!」
山の主が言うのに、サーティンと山童達は手を振り上げて賛同する。
あまりの勢いに思わずポカンとしてしまうが、しかしそんな和祁を余所に三組は次々に話を進めて行く。
「山の領域を一つやるか」
「とーちゃんそれじゃ世話係断念した意味ねえだよ! やっぱ蜂蜜がいいだ!」
「いえいえ、ここは私がスピリチュアルマジックで……」
「米英の妖術なんぞ信用できるか! ここはやはりワシの力で……」
なんだか話がごちゃついて来た。
和祁は別段何が欲しいという訳でも無かったのだが、こうも言い争いをされると流石に申し訳なくなってくる。こんな事になるのなら、対価など貰わない方が良いのではなかろうか。そう思い始めた和祁を、丈牙が肩を掴んで制止した。
「何かを貰えば何かを返す。それが妖怪の掟だ。相手が返すに値すると判断したのなら、それは受け取らなければならないよ」
「そ、そんな……」
「ちょうど良いじゃないか。この際だし、あの事を頼めばいい」
「え?」
和祁が丈牙を見上げると、相手は任せろとばかりにウインクをする。
そんな漫画みたいな事をする大人など初めて見た。目を丸して絶句する和祁に構わず、丈牙はもう勝手に会話に割って入ってしまっていた。
「じゃあ、和祁にとって一番為になる事を手伝ってくれませんか」
「え?」
「うぬ?」
丈牙の言葉に争いを止めて振り向く三組に、提案した本人はにっこりと笑う。
「和祁が早く自分の家に帰れるように、修理中の【時限門】を稼働させる為の仕事を手伝って貰えませんか?」
「ア……そうか、カズキクンは家に帰れずに困っているのでしたネ……!」
「なるほど、そういう事情が有ったのか。妖怪の暮らす地に人間が一人だけと言うのも不思議に思っておったが……」
「カズキ、家に帰えれねえのか?」
大人たちの話に、山童達が不安そうな顔で和祁を見つめて来る。
「カズキにーちゃん寂しい」
「おうち帰れないの悲しいよお」
「お手伝いするー」
「するー!」
小さな山童達も事情が解って同情したのか、和祁を元気付けるかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら口々に言う。
一気に意見がまとまったようだったが、何故かその事を素直に喜ぶ事が出来ず、和祁は笑おうとするのに上手く笑えなかった。
(あれ、なんでだろ……)
自分の事なのに、よくわからない。
戸惑っていると、サーティンと山の主がそれぞれ和祁の手を取ってニコリと笑った。
「私、トライブに腕利きのカーペンター知ってマース! 私も本職ではないデスが、映像の技術ありマス、役立ってみせマスヨ!」
「ワシも多少、樹木に関する知恵が有る。よいものを食わせてくれた礼と……ワシに恥をかかせぬように気配りをしてくれた恩も少しは返さぬとな」
「オラ達も手伝うぞ!」
優しい言葉に、また心が疼く。
しかし、その感情がどんな物なのか和祁には解らず、ただ頷く事しかなかった。
また明日来ると言って帰って行った山の主とサーティン達を見送り、和祁は今日も変わらず休憩室で夜を迎えた。
いつものように丈牙も消えてしまっていて、店はひっそりと静まり返っていた。
夕食も終え、あとは眠るだけだ。
六畳半ほどの部屋に布団を敷いて、床に就いた和祁だったが……なんだか電気を消すのが惜しくなって、ただその場で寝転がっていた。
そんな様子を不思議に思ったのか、速来はとたとたと小さな音を立てながら和祁の目の前にやって来て、ちょこんと座りこむ。
こちらを覗きこむ顔は、不思議そうな表情を浮かべているようだ。
猫の顔にも表情が有るのだなとぼんやり思っていると、速来が口を開いた。
「カズキ、何故眠らない?」
問われて、考える。
「……何でだろうな……」
何故か、眠れない。いや、眠りたくなかった。
目を閉じたいという衝動は有るのに、しかしそれでも自分の心は「眠るな」と命令を出してきて、眠気を受け入れられずにいる。
自分でも何故そんな事になるのかが理解出来なかった。
しかし、速来は猫の目を丸くして……和祁に言葉を放つ。
「眠りたくないのか?」
――そう。思えば、その通りだった。
和祁は、眠りたくない。いや、眠るのが酷く怖かったのだ。
何故なら眠ってしまえば明日が来るから。
起き続けてもどうにもならないとは解っていても、眠りに負けて意識を失い大事な時間が消えてしまう事が我慢ならなかったのだ。
「…………そう、だな。眠りたくないのかも」
どうしてそう思うのかなんて、自分でも判らなかったが。
「家に、帰りたくないのか?」
「え……」
「カズキ、少しも嬉しそうじゃない。人間は家が一番好きなのではないのか。なのに、カズキはここに居る方が嬉しそうに見えるぞ」
「………………」
速来にそう言われて、言葉を失う。
(ここに居る方が……嬉しい…………)
それが何故なのか、自分が一番よく知っているだろう。
だが、それを深く考えてしまえば自分がどれだけわがままな人間なのかも解ってしまう。……本当は、この場所が自分のいるべき場所ではない。自分の事を心配しているだろう母親たちの事を考えると、帰るべきだと解っているのに。
「……なあ、速来。俺さ、この世界に強引に連れられて来た時は凄く驚いたけどさ、でも……俺、お前には感謝してるんだぜ」
そう言うと、速来は目を瞬かせて首を傾げていたが……何を思ったのか、布団にもぞもぞと入り込んできて、和祁の胸元から首を出した。
「なんだかよく解らんが、俺もカズキと居て楽しいぞ。でも、お前が落ち込んでいると、鼻が渇くし耳が気持ち悪い。あまり落ち込むな」
なんだかよく解らない内に守り守られの関係になってしまったが、しかし、それでも速来はこちらの事を大事に思ってくれている。
その事に急に泣きたくなって……和祁は、ふわふわとした長い毛の黒猫を抱き締めた。
「ありがとな、速来……」
今はそれしか言えないが、とても感謝している。
速来は、和祁の様子をじっと見つめていたが……小さく猫の声で泣いて、和祁の腕の中に落ち着いたのだった。
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