佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

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迷惑な客と幻のデザート

18.帰りたい、帰りたくない

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 翌日から、ジャズ喫茶グレイブスには見知った客が現れるようになった。

 元々、イナマキと波佐見の狐狸達はたまに顔を見せてくれて吐いたが、それに加えてサーティンと山の主達が喫茶店を訪れるようになったのだ。

 相変わらずジャズには目もくれない二人だったが、しかし徐々に喫茶店の雰囲気には慣れたらしく、今では戸惑う事も無くコーヒーを飲めるようになっていた。
 とはいえ、元々アメリカ育ちでカフェなど当たり前に行っていたであろうサーティンは、いつものようにブラックコーヒーを飲みつつホットケーキを食べていたが。

 だが、和祁にはそんな時間がなんだか楽しかった。
 気心の知れた相手に給仕をしながら、他愛ない話をして笑い合う。
 山の主も最初は近寄りがたい様子だったが、山童やまわら達の協力も有ってか彼の緊張も解けて、今では友達のように話す事が出来るようになっていた。

 山童達もそれぞれ椅子に行儀よく座って、わいわいとはしゃぎヤマモモのジュースや軽食を美味そうにぱくついている。
 店の中に流れる曲は最早かすれ気味になってしまっていたが、丈牙はそれでも怒る事は無かった。いわく、佐世保の店でジャズを鳴らすなら、これが普通だと言う。

 曲を楽しみながら、気兼ねなく会話する。
 外のものにより作られ、外のものと共に生きて来たこの街は、過去の古き時代に取り残された粗野で気兼ねないものが残っているのだと。

 正直、和祁にはそれがどういう事なのか理解出来なかったが……例えジャズがただのBGMになっていたとしても、それを聞いてくれる人が居るという事に微笑む丈牙を見ていると、これでいいのだと思った。

 店も、曲も、訪れてくれる者が居なければ意味が無い。
 この世界の店なら尚更なおさらだろう。
 お金と言う物に左右されない場所だからこそ、誰かに必要とされて初めて意義が生まれて来るのだ。人の手によって作られた道具が、人に使われる事で使命を全うできると言うように。

 だとしたら……和祁のこの世界での「使命」とは、なんだろうか。

(俺は、この世界では必要のない存在だ。バイトはしているけど、それだって店長が俺の身柄を保護するついでだし……速来も、俺に恩を返すって言って、無理に連れて来たから、その流れで俺を守ってくれてるだけなんだよな)

 この【異界】の妖怪達が、現世に居場所がなくなって西の果ての【地下商店街】に流れ着いたように、和祁もこの世界には居場所が無い。

 本当に居るべき場所はどこなのかを知っているからこそ、余計に自分の肩身の狭さが強く感じられて……彼らが一生懸命に治してくれている【時限門】が徐々に修復されていくのを知る度に、心が引き絞られるような痛みを覚えていた。

 それは何故か。簡単な事だ、和祁は自分の居た場所に変えるのが怖かったのだ。

 ……戻れば、最も信頼する母親と祖父の所へ帰れる。
 だが、その代わりに和祁はこの【異界】で手に入れた物を全て失うかもしれない。
 仲良くなった銀平と蔵子に、店に来て気軽に話してくれるイナマキ。自分に好意的に話しかけてくれる山の仲間達と、常連になりつつあるサーティン。

 そして、ダメな大人だが自分に様々な事を教えてくれた丈牙と……
 この【異界】に連れて来てくれた、速来。

 ――彼らと別れる事になるかも知れないと思うと、和祁は苦しくて堪らなかった。

 帰りたくない。出来れば、この温かく気楽な場所でずっと過ごしていたい。
 だが、それが出来ない事は自分が一番分かっている。

 自分をずっと守って来てくれた母親や、問題を抱えている事を知っていても自分を怒ることなく見守ってくれた祖父を、捨てる事は出来ない。
 この場所で「元の世界に帰ったら、友達を作ろう」なんて前向きに思っていたのに、蓋を開けてみればこれほどまでに和祁の心は脆弱だった。

 なにが、元の世界に帰ったら、だ。
 結局自分は、苦心せずに手に入れた温かい世界を、失いたくないのだ。

 例え、自分から踏み出すことなく手に入れた物であっても。

 ……だが、時は過ぎる物だ。
 そうやって悩んでいるだけの和祁を余所に、門は優秀な彼らの手によって修復されていき……遂には「明日で完全に治る」という報告が、届いてしまった。
 和祁が一番恐れていた、報告が。

(俺……最悪だ……。サーティンさん達は頑張ってくれたのに……)

 笑顔で和祁に言うサーティン達の手前、ショックな顔など出来ず「ありがとう!」と明るく笑顔で返す事しか出来なかった和祁だが……さすがにもう、悩むことにすら嫌気がさしてしまい、店が終わるとトイレに引き籠ってしばらく泣いてしまった。

 だがもう、腹を決めねばなるまい。
 この世界と決別する。その、覚悟を。

(明日……。明日は、もう、さよならなんだな……)

 元々妖怪達とは何の接点もなかったのだから、別に構わないではないか。
 そうは思うが、心は納得してはくれない。
 自分でもわがままだと理解しているのに、しかし、己の心をきちんと制する事が出来るほど、和祁は大人になれてはいなかった。

 人と接する事すら稀で、家以外ではほとんど一人だったのだ。
 知らぬ相手と交友を結んだのも初めてなら、別れる事すら……初めてで。

 どうしても、心が納得してくれなかった。

(…………店長、もう、帰ったよな……)

 閉店して少し経つと、丈牙はいつの間にか店から居なくなっている。
 それが、いつもの事なのだ。

 だから、和祁もその事を疑問に思いつつも問いかける事はなかったのだが……そんな事を「いつもの」だと思えるのも、今日で最後だろう。
 そう思うと苦しくて、和祁は胸を抑えながらトイレから出て……ふと、すぐそばにある手洗い場の鏡で自分を見やった。

(……ああ……情けない顔だ……)

 こんな顔では、速来に「どうした」と問いかけられてしまう。
 あまり人の事をとやかく言わない速来だが、このところ和祁が浮かない顔をすると、すぐに「どうした」と言ってくるのだ。
 それほど解りやすいのかと和祁は恥ずかしかったが、だからと言って自分勝手な気持ちを吐露する訳にも行くまい。今日も、なんとか我慢しなければ。

 そう思い、顔を洗って少々スッキリすると、休憩室に行こうとバックヤードの廊下に出ると……店の方から、なにやら明かりが漏れているのが見えた。

「あれ……消し忘れたかな……」

 色々と散漫になっているなと自分を叱咤し、電気を消そうと店へ出ると。

「おっ。やっと来たな」

 そこには、いつものエプロン姿とは違う……品の良いベストにスラックスというかっちりとした格好の丈牙がいて、カウンター席にゆったりと座っていた。

「えっ、あ、あれ? 店長、帰ったんじゃなかったんですか」

 まだ残っているなんて珍しい。というか、今までに無かった事だ。
 思わず目を丸くして驚く和祁に、丈牙は苦笑して四角い黒縁眼鏡を指で直すと、
席から立ち上がった。

「僕だってたまには暇な時くらいあるさ。と言う訳で、少し付き合え、和祁」

 相変わらずの有無を言わさぬ言葉。
 当然、和祁には拒否権など無く、ただその言葉に頷いた。











 
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