44 / 66
迷惑な客と幻のデザート
18.帰りたい、帰りたくない
しおりを挟む翌日から、ジャズ喫茶グレイブスには見知った客が現れるようになった。
元々、イナマキと波佐見の狐狸達はたまに顔を見せてくれて吐いたが、それに加えてサーティンと山の主達が喫茶店を訪れるようになったのだ。
相変わらずジャズには目もくれない二人だったが、しかし徐々に喫茶店の雰囲気には慣れたらしく、今では戸惑う事も無くコーヒーを飲めるようになっていた。
とはいえ、元々アメリカ育ちでカフェなど当たり前に行っていたであろうサーティンは、いつものようにブラックコーヒーを飲みつつホットケーキを食べていたが。
だが、和祁にはそんな時間がなんだか楽しかった。
気心の知れた相手に給仕をしながら、他愛ない話をして笑い合う。
山の主も最初は近寄りがたい様子だったが、山童達の協力も有ってか彼の緊張も解けて、今では友達のように話す事が出来るようになっていた。
山童達もそれぞれ椅子に行儀よく座って、わいわいとはしゃぎヤマモモのジュースや軽食を美味そうにぱくついている。
店の中に流れる曲は最早かすれ気味になってしまっていたが、丈牙はそれでも怒る事は無かった。曰く、佐世保の店でジャズを鳴らすなら、これが普通だと言う。
曲を楽しみながら、気兼ねなく会話する。
外のものにより作られ、外のものと共に生きて来たこの街は、過去の古き時代に取り残された粗野で気兼ねないものが残っているのだと。
正直、和祁にはそれがどういう事なのか理解出来なかったが……例えジャズがただのBGMになっていたとしても、それを聞いてくれる人が居るという事に微笑む丈牙を見ていると、これでいいのだと思った。
店も、曲も、訪れてくれる者が居なければ意味が無い。
この世界の店なら尚更だろう。
お金と言う物に左右されない場所だからこそ、誰かに必要とされて初めて意義が生まれて来るのだ。人の手によって作られた道具が、人に使われる事で使命を全うできると言うように。
だとしたら……和祁のこの世界での「使命」とは、なんだろうか。
(俺は、この世界では必要のない存在だ。バイトはしているけど、それだって店長が俺の身柄を保護するついでだし……速来も、俺に恩を返すって言って、無理に連れて来たから、その流れで俺を守ってくれてるだけなんだよな)
この【異界】の妖怪達が、現世に居場所がなくなって西の果ての【地下商店街】に流れ着いたように、和祁もこの世界には居場所が無い。
本当に居るべき場所はどこなのかを知っているからこそ、余計に自分の肩身の狭さが強く感じられて……彼らが一生懸命に治してくれている【時限門】が徐々に修復されていくのを知る度に、心が引き絞られるような痛みを覚えていた。
それは何故か。簡単な事だ、和祁は自分の居た場所に変えるのが怖かったのだ。
……戻れば、最も信頼する母親と祖父の所へ帰れる。
だが、その代わりに和祁はこの【異界】で手に入れた物を全て失うかもしれない。
仲良くなった銀平と蔵子に、店に来て気軽に話してくれるイナマキ。自分に好意的に話しかけてくれる山の仲間達と、常連になりつつあるサーティン。
そして、ダメな大人だが自分に様々な事を教えてくれた丈牙と……
この【異界】に連れて来てくれた、速来。
――彼らと別れる事になるかも知れないと思うと、和祁は苦しくて堪らなかった。
帰りたくない。出来れば、この温かく気楽な場所でずっと過ごしていたい。
だが、それが出来ない事は自分が一番分かっている。
自分をずっと守って来てくれた母親や、問題を抱えている事を知っていても自分を怒ることなく見守ってくれた祖父を、捨てる事は出来ない。
この場所で「元の世界に帰ったら、友達を作ろう」なんて前向きに思っていたのに、蓋を開けてみればこれほどまでに和祁の心は脆弱だった。
なにが、元の世界に帰ったら、だ。
結局自分は、苦心せずに手に入れた温かい世界を、失いたくないのだ。
例え、自分から踏み出すことなく手に入れた物であっても。
……だが、時は過ぎる物だ。
そうやって悩んでいるだけの和祁を余所に、門は優秀な彼らの手によって修復されていき……遂には「明日で完全に治る」という報告が、届いてしまった。
和祁が一番恐れていた、報告が。
(俺……最悪だ……。サーティンさん達は頑張ってくれたのに……)
笑顔で和祁に言うサーティン達の手前、ショックな顔など出来ず「ありがとう!」と明るく笑顔で返す事しか出来なかった和祁だが……さすがにもう、悩むことにすら嫌気がさしてしまい、店が終わるとトイレに引き籠ってしばらく泣いてしまった。
だがもう、腹を決めねばなるまい。
この世界と決別する。その、覚悟を。
(明日……。明日は、もう、さよならなんだな……)
元々妖怪達とは何の接点もなかったのだから、別に構わないではないか。
そうは思うが、心は納得してはくれない。
自分でもわがままだと理解しているのに、しかし、己の心をきちんと制する事が出来るほど、和祁は大人になれてはいなかった。
人と接する事すら稀で、家以外ではほとんど一人だったのだ。
知らぬ相手と交友を結んだのも初めてなら、別れる事すら……初めてで。
どうしても、心が納得してくれなかった。
(…………店長、もう、帰ったよな……)
閉店して少し経つと、丈牙はいつの間にか店から居なくなっている。
それが、いつもの事なのだ。
だから、和祁もその事を疑問に思いつつも問いかける事はなかったのだが……そんな事を「いつもの」だと思えるのも、今日で最後だろう。
そう思うと苦しくて、和祁は胸を抑えながらトイレから出て……ふと、すぐそばにある手洗い場の鏡で自分を見やった。
(……ああ……情けない顔だ……)
こんな顔では、速来に「どうした」と問いかけられてしまう。
あまり人の事をとやかく言わない速来だが、このところ和祁が浮かない顔をすると、すぐに「どうした」と言ってくるのだ。
それほど解りやすいのかと和祁は恥ずかしかったが、だからと言って自分勝手な気持ちを吐露する訳にも行くまい。今日も、なんとか我慢しなければ。
そう思い、顔を洗って少々スッキリすると、休憩室に行こうとバックヤードの廊下に出ると……店の方から、なにやら明かりが漏れているのが見えた。
「あれ……消し忘れたかな……」
色々と散漫になっているなと自分を叱咤し、電気を消そうと店へ出ると。
「おっ。やっと来たな」
そこには、いつものエプロン姿とは違う……品の良いベストにスラックスというかっちりとした格好の丈牙がいて、カウンター席にゆったりと座っていた。
「えっ、あ、あれ? 店長、帰ったんじゃなかったんですか」
まだ残っているなんて珍しい。というか、今までに無かった事だ。
思わず目を丸くして驚く和祁に、丈牙は苦笑して四角い黒縁眼鏡を指で直すと、
席から立ち上がった。
「僕だってたまには暇な時くらいあるさ。と言う訳で、少し付き合え、和祁」
相変わらずの有無を言わさぬ言葉。
当然、和祁には拒否権など無く、ただその言葉に頷いた。
→
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる