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迷惑な客と幻のデザート
19.異界の線を結ぶもの
しおりを挟む夜の地下異界商店街は、昼間に輪をかけて不可解だ。
橙色に光る無数の光の玉が浮かぶ空間には、白く細長い煙のような物が泳いでいる。煙か風に流されたタオルのようにも見えたが、しかしそれらは意思が有るかのように空を泳いでおり、近付いて来るとそれが生物である事がようやく解った。
小さな、トカゲのようなもの。
形は曖昧で、蛇のような口と白い点のような目が見えるだけだが、不思議と怖いモノとは思えない。どちらかというと、幼児の描いた蛇のようで可愛らしくもある。
商店街全体も、昼間とは少し違い更に曖昧な感じになり通路を歩く妖怪達も……いや、妖怪と言うよりは……人に近い何かと、はっきりと人ではない姿をしたものが歩く、昼間よりも非常に奇妙な感じが強まっていた。
「なんか……雰囲気違いますね……」
思わず口にすると、丈牙はくすりと笑った。
「夜の商店街は、夜の時間にのみ活動する強い妖怪や……神々に連なるものが訪れる。昼間は人間のように仕事をしてる奴らが多いからな。神気や妖気が強い者が多いから、人間だとちょっと酔うかも知れん」
「えっ、マジっすか」
「僕と居れば問題ない。さ、行くぞ」
何だかよく解らないが、丈牙がそう言うのであれば平気なのだろう。
付かず離れずの位置で少し後ろに控えつつ、和祁は丈牙と共に歩き出した。
しかし、こんな時間にどこへ行くと言うのだろう。
「店長、どこ行くんです?」
「この【異界】の一角……ってところかな」
とにかく付いて来い、と言うので和祁はただ従う。
そんな和祁に丈牙は妙な顔をしたが、背を向けて再び歩き出した。
(しかし……本当に不思議な場所だよな……)
土産物屋などの店は妖怪でごった返しており、時折そこから値切るだのなんだのと喧騒が聞こえて来る。よくよく見ればそこらじゅうで言い合いや、喧嘩が起こっているが、しかし、誰もがそれを「当たり前」の事のように通り過ぎて行った。
どうもこの【異界】では、言い合いは良く有る事らしい。
そして、喧嘩した後にすぐ仲直りをするという事も当たり前であるようだ。
(妖怪はどんな相手でも同じ妖怪だから、遠慮が無いんだろうな)
姿形が違うのは当たり前。出自が異なるのも当然。だからこそ、相手が異質な姿であっても滅多に驚かず、それぞれが思うがままに行動している。
彼らにとっての違いは、良いか悪いか強いか弱いかなのだろう。人間のように、しち面倒臭い事にこだわる事はあまりないのかも知れない。
(まあ、縄張りが有ればお銀さんとお米さんみたいに争う事もあるみたいだし……守る物が有ると人間と一緒っぽいけどな)
人間と違うのに、人間と同じ。
最初はこの商店街を歩く事すら怖かったのに、今ではそんな事を考える余裕すら出てくる。あまり外に出る事は無かったが、それでも喫茶店の窓から見る景色は、和祁にとってもう「当たり前」の風景になってしまっていた。
(ほんと不思議だよな。数週間くらいしか居なかったってのに)
そんな事を考えながら、丈牙に付き添って歩いていると――段々と周囲が薄暗くなり、空を舞う光の玉と白い蛇のような物の光が浮かび上がってきた。
気付けば周囲は見た事のない店ばかりになっており、色とりどりの鮮やかな明りを灯し、格子窓から様々な妖怪達が和祁達通行客を覗いている。
時折、その中の女性の形をした妖怪や女性らしき妖怪が手招きをして来るが、丈牙は「とりあうな」とだけ言うと、和祁の肩を強引に引き寄せて自分の隣に押し出してきた。どうやら、目を合わせてはいけない類の妖怪らしい。
「ここ、どういう場所なんですか?」
「お前に言って通じるかは解らんが……この区域は、異界でも少し妖気が薄くてな。それを補う為に、昔の花園町や田子の浦近辺とかにあった遊郭をそのままそっくり持って来て、客に補填を頼んでるんだ。まあ色町って所だな」
「いろまち?」
「解らないなら知らなくていい。とにかくお前は真っ直ぐ前を向いてろ。目が合えば魅了されて人間の男なんかすぐに干物になっちまうぞ」
「は、はい」
綺麗な女性に誘われたなら、ぼっちの和祁でもそりゃあ嬉しい。別に好きで一人ぼっちになっている訳じゃ無いし、誰だって綺麗な相手に誘われれば嬉しかろう。
和祁とて、一人の立派な男である。女性に好意を持たれれば、ついついふらりと引き寄せられてしまうのだ。
しかし、今回は気を抜かない方が良さそうだ。
ぴったりと丈牙の横に付いて、行き交う人の波を縫い歩き続ける。
すると、急に丈牙が左の方を指さした。
「ああ、あの路地を抜けよう」
デタラメな文字が書いてある看板が上に下にと群れる下に、ひっそりと薄暗い路地がある。ふとすれば通り過ぎてしまうようなその場所に、人ごみから逃げ出すように入って行くと……古めかしい木箱のようなゴミ箱や勝手口が並ぶ通路の奥に、青白く冷たい光がぼんやりと見えてきた。
なんだろうかと思いながら、路地を抜けると。
「あ…………」
急に周囲が開け、家屋も無い真っ暗闇の空間が広がり――――
自分達の正面には、氷のように透明で青い光を放つ不思議な球体が、ふわふわと浮かんでいた。
しかもその周囲にはあの白く曖昧な蛇のような物が何十匹も浮かんでおり、その球体を慕うように周囲をくるくると回ったり、この空間の中を泳ぎ回っている。
そんな白く光る蛇たちのせいか、なんだか水族館の水槽の中に入ってしまったかのようで、和祁はただただぽかんと口を開けてしまっていた。
「あれは……」
「この【異界】を構成するものの一つ……霊玉と呼ばれるものだ。力を吸い込んで安定させ、周囲へと流すためのものでな。この霊玉が設置されているからここらは妖気が少ないんだ」
「へえ……。あ、でも、吸い込んでるってこの小さな白い蛇たちは……」
和祁達に気付いて、遊んで欲しそうにひらひらと周囲を舞う蛇達を指さすと、丈牙は驚いたように目を丸くした。
「なんだ、見えてたのか? お前やっぱりだいぶん霊力が高いんだな」
「えっ、これ見えない物なんですか?」
「こいつらは、霊玉から零れた力が固まって生まれた、龍……になるかもしれない霊体……まあ、妖気の集合体みたいなもんだ。かなり薄弱だから、普通の人間には見えないんだが……さすが、無理矢理【隔世門】を通って来ただけはあるな」
何だかよく解らないが、褒めてくれているらしい。
和祁には丈牙がどういう意味でそんな事を言ったのかが解らないが、褒めてくれたのだから素直に喜ぶべきだろうか。
だが、ここに連れて来られた理由が解っていない内から喜んでいいものか。
悩む和祁は、恐る恐る丈牙に問いかけた。
「あの、店長……なんで俺をこんな所に連れて来たんですか?」
そう問うと、丈牙は一瞬だけ少し悲しそうな顔をしたが……ふっと笑って、自分の腰に手を当てた。
「そうだったな……」
「……?」
初めて見る丈牙の顔に思わず目を丸くした和祁に、丈牙はその心を隠すように表情を引き締めると、霊玉の傍へと近寄った。
そうして、ぽんとその球体に手をやると軽く微笑む。
「和祁、もし今ここでお前がこの霊玉を壊せば……お前が帰る為の【時限門】は、再び壊れて使えなくなる。もし、その行為を許されているとしたら……どうする」
「え……」
それは、どういう意味の質問なのか。
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