佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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迷惑な客と幻のデザート

21.また会いましょう

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 時限門とは、人間の世界の時を手繰り寄せこの【異界】と繋げるための門。
 数多くの妖術と術式を使用し形作られたその特異な門は、長い間使われる事もなく、この【異界】の商店街の片隅でひっそりと眠りについていた。

 凱旋門がいせんもんにも似た石造りのアーチは最早オブジェとしてしか機能せず、地下街の妖怪達にもこの門がどう言ったものか最早判らなくなっていた。
 だが、今この時を持って門は元の姿を取り戻したのだ。

「これが……完全に直った時限門……?」

 喫茶グレイブスからほど近い、店と店の間に隠れた通路。本来は外に出るための階段だっただろう所を登った場所に、驚くべきほどの広い空間が有り――その空間の中央に、見上げる程に大きな門がただ静かにそびえ立っていた。

「完璧な仕上がりデス……!」
「うむ、我らが手伝った甲斐が有ったな」
「おら、こんなでっけえ石の門直すの初めてだったぞ!」

 和祁の後ろで口々に言うのは、今日までずっと和祁の為に時限門を修理してくれていた、山の主と山童やまわらし、そしてサーティンだった。
 他の修理してくれた妖怪達は見えないが、和祁は彼らにも礼を言いたいと思っていた。もちろん、心の底から。

 もう迷いはない。昨日丈牙に曝け出した和祁の願いは、光に掻き消されようともしっかりと和祁の中に残っていた。
 気が付けばいつの間にか速来と共に布団の中で眠っていたが、それでも、あの夜の事は夢では無かったと言い切れる。それだけの何かを、丈牙は金色の瞳で伝えてくれていた。

(……そう言えば俺、あの時初めて店長の目の色が金色だって気付いたんだよな。今まで何度も店長の顔を見てたのに、どうして気付けなかったんだろう)

 そもそもただの人間とは思っていなかったが、あの金色の瞳のおかげで余計に相手がただの中年ではないとしか言えなくなってしまった。
 今となってはもうどうでもいい事ではあるのだが。

 そんな事を思いながら丈牙を見やると、隣に居た相手は全てを解っているかのようにふっと笑った。

「和祁、イナマキ達や狸たちに知らせなくて良かったのか?」

 そう言われて、和祁は笑って頷く。

「もう、決めたから。大丈夫です」

 和祁の笑顔に、丈牙は微笑んだままで和祁の頭を乱暴に撫でた。
 まるで自分の嬉しさを照れくささで蹴散らすかのように。

「……そうか。お前がそれでいいなら、それが一番だ」

 丈牙の言葉に改めて頷いていると、速来が和祁に肩に乗って来て、わざとらしく邪魔をするように和祁の頬にふさふさとした腹を押し付けてくる。

「帰るのか。帰るなら俺も行くぞ。俺はカズキを守る契約をした」
「だが、その契約は【異界】のみで、という解釈もできるぞ?」

 丈牙の言葉に、速来は不機嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。

「くどい。俺はカズキが好きだからカズキと一緒に居るし、自分の好きなように【宝蓮灯ほうれんとう】を探す。なにより、俺を友と言った和祁をこのまま放って置くほど、俺は情が薄い妖怪ではないぞ」
「速来……お前……!」
「カズキ、俺は人間の世界でもお前を守るぞ。なに、二度とこの【異界】に来れない訳ではないんだからな」
「そっか……そうだよな……」

 速来は妖怪だ。その気になればこの世界にいつでもやって来られる。
 だが、それでも和祁の為を思って人間の世界に付いて来てくれるというのだ。
 それを思うとまた涙腺が緩んで来るようで、和祁は必死に堪えた。

「ちょ、ちょっと待って下サイ……カズキクン、二度とこの世界には来ないんデスか? それは寂しいデース! なんとかならないのデスか……?」
「折角オラ達も【異界】に来られるようになってカズキと仲良くなれたのに、離れるのなんてやだよぉ!」
「む、むむ……定めと言うなら仕方ないが、し、しかし子供達が泣くのは……」

 その言葉に……堪えていた涙が、溢れそうになる。
 だがそれを必死に拭って、和祁は息を吸うと……肩に乗っている速来の体を手で支えて、自分を見送りに来てくれたサーティン達や……丈牙に向けて、歪まない目をしっかりと向けた。

「俺…………ここに来て、色々貰って……凄く、楽しかった。みんなと一緒に話して、友達だって沢山できて……俺が人間の世界で手に入れられなかったものを、ここでやっと手に入れる事が出来たんだ」
「カズキクン……」
「でも、俺にも……大事な家族が居る。だから、帰らない訳にはいかない」
「…………」

 和祁の言葉に、サーティン達はそれぞれに耳や尻尾を悲しそうに下げる。
 しかし、和祁は今言った言葉を振り払うように強い言葉を発した。

「だけど俺は、こっちの世界からもさよならしたくない!」
「カズキ……」

 驚くように自分を呼ぶ速来の腹に思い切り横顔を押し付けて、和祁は笑った。

「だから俺……絶対にまたここに来るよ。隔世門かくせいもんをまた壊すかもしれない。また、この世界の人に迷惑をかけるかもしれないけど……でも、俺は、この世界の人達と結んだ絆を手放したくない! だから、もし、俺がまたここに来て、迷惑を掛けたらその時は……友達として……怒ってくれないかな」

 守ってくれとは言わない。
 だが、もし自分をまだ友達と思ってくれているのなら……ワガママを言っても良いと思ってくれているのなら……その心に、甘えてみたかった。
 初めてできた、少し不思議な友達だったから。

 ――そんな和祁の言葉を聞いていたサーティン達は、驚いたように目を丸くしていたが……やがて破顔して、和祁に駆け寄るとそれぞれに肩を叩いたり頭を撫でたり、抱き着いて来た。

「なにを言っている、お主はワシらの恩人だ。ユリコの大事なのれしぴを貰った恩はこれで収められぬ事だぞ。それに……久しぶりに出来た大事な友人だ。子供達の為にも、守ってやる」
「そうだよっ、おら達和祁のこと守るよ! 大丈夫さ、だって【異界】は誰かが喧嘩して壊して直しての場所だもん、和祁のだってきっと許してくれるさ!」

 山の主の照れたような言葉と山童の嬉しそうな声に、和祁は感極まってしまい、顔を歪めながら何度も頷く。そんな顔を見てか、サーティンはなんだか自分も泣きそうなほどに頬を赤らめながら、和祁の肩を軽く掴んだ。

「私も、君には計り知れないほどの恩を受けマシタ……それに、カズキクンが私を友人と言ってくれるのなら……私は、その言葉を喜んで受けマス! 広き大地の魂に誓って、私は生涯の友人を守りましょう……!」
「サーティン……」

 思わず感動する和祁に、速来がぐっと腹を押し付けて自分の存在を示す。

「カズキ。俺が一番の友達だ。俺だぞ」

 そんな可愛い事を言う黒い虎猫に、和祁は泣きながら苦笑した。

「うん……っ、うん……っ! ありがとな、速来……っ」

 もう、これ以上の言葉は要らなかった。

 どんな言葉を尽くしても、今以上の事をより伝えるような言葉は見つからない。
 今この時に言って貰えたこと全てが、和祁に向けられた好意の全てだった。

「……さあ、行ってこい! すぐにまたここに、帰ってこいよ!」

 丈牙が和祁を急かすように彼らから引き剥がし、時限門の前へと立たせる。

 透明な乳緑色の不可思議な膜に覆われた時限門のアーチの中は、透明であるのに向こう側はまるで見えない。
 だが、和祁にはもうその色は怖いものには思えない。

 速来を肩に乗せたまま、和祁は今一度見送ってくれるもの達を振り返った。

「またな!」

 さよなら、とは言わない。
 再び会える事が解っているから。

 戻る場所が有って、自分を待ってくれる人達が居る。

 それがどれほど幸福な事かは――――計り知れない。

 もう一人じゃないと思えたら、人の世界に戻ってもきっと大丈夫だ。
 速来が居て、この街には確かに自分と絆を結んだ【異界】が存在する。

(そうだ。週末にまた来よう。速来と一緒に、あの門を通って……――)


 自分がこれから根付く街は、佐世保と言う西の果てにある街と……
 その裏側にある、遥か昔に失われたはずの――【地下商店街】だ。

 二つも故郷が出来たなんて、どんなに素晴らしい事だろうか。

「速来…………これからも、よろしくな」

 キラキラと光る緑色の空間の中でそう言うと、自分の肩に乗った黒猫は、当たり前だとでもいうように「なぉん」と一言鳴いたのだった。


















※これにて、一段落です。
 というか本当はここからが「喫茶店あやかしモノ」だったりします…。
 あと佐世保の地域もこっから色々訪問したり……(遅すぎや)
 和祁の妖怪たらしな部分も今後もっと出て行きます!!
 男も女も主人公にメロメロになるのです(`・ω・´)
 (今回はその下地みたいなものでした)
 次のお話しからは不定期更新(後書きに更新日書きます)になりますが、
 これからもゆるりと更新して行きますので、どうかよろしくお願いします!

 次の更新は日曜日の五時です(`・ω・´)
 
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