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ジャズの面影とたこ焼き屋
訪れるもの2
しおりを挟む問いかけられて、和祁は口を開くが――
「あ、あ……あの……」
うまく声が出てこない。そう言えば、身内や【異界】の住人達以外とはまるで喋る機会が無いせいで、和祁の対人スキルは地の底まで下がり切ってしまっており、他人……しかも同年代の女子に話しかけるのは至難の業であった。
(うわああぁ! お、俺、全然話せてないんだけど、声震えてるんだけど!)
これほど情けない事も無い。
しかし自分ではどうする事も出来ずに固まっていると、不意に「カンナ」という名前らしきポニーテールの少女の背後から、彼女の声とは似ても似つかぬ大人の男のような声が聞こえてきた。
『カンナ、彼は人には慣れていないようだ。そうまくしたてては彼に悪い』
なんだろうか、この声は。
反射的に声が聞こえた所――カンナと呼ばれた少女の肩の部分を見ると。
(え……あれ……?)
そこには何もないはずなのに、妙な形の陽炎が揺らいでいるのが見える。
まるで、透明人間がそこに居るような感じだ。
何だろうかと戸惑っていると、相手の方が和祁の様子に気付いたのか、『ほう』と感心したような嘆息を漏らした。
『さすがは【異界】を知る者……尋常ではない霊力が備わっているようだな。ならば話が早い。そこの鞄の中にて耐えておられる御仁も、我々の話を聞いて貰えないだろうか』
どうやら、陽炎の形をした“なにか”は、速来にも気付いているらしい。
目を丸くしていると、カンナという少女は必死の形相で和祁を見た。
「お願い、話だけでも聞いて……」
人と話す事もままならないが、しかし……そこまで切迫した雰囲気で迫られてはむげに断る事も出来ず。
和祁は、小さく頷いたのだった。
◆
人目を避ける為に佐世保駅の高架下の駐車場へと入り込み、死角になる場所に二人してしゃがみ話をする。まずは自己紹介をと言う事で、うまく話せない和祁をアシストするように速来がこちらのことを話すと、大人の男のような声の主がやっと姿を現した。
少女の肩に留まっていた陽炎が、すうっと形を現して下から色付いて行く。
一体どんな相手なのかと思っていると――そこには、人魂のような黒い炎がぽっと現れ、それから中央にぎょろりとした目が生えて来た。
どうも、この人魂……いや、“彼”が、カンナと話していた物の正体らしい。
――和祁が上手く話せないので、ところどころ速来に手伝って貰い話したところ、彼女達には思いがけぬ事情がある事が解った。
彼女は別のクラスの同級生である萱谷木神奈という名前で、黒い炎の人魂は、自らを【宗源火】と名乗った。
この【宗源火】という何某かは、京都の方の妖怪らしく、彼は一般的な【宗源火】とよばれる妖怪(曰く、悪い事をしたせいで、仏様によって苦しむ顔の浮かぶ鬼火に変えられた僧侶)の亜種らしい。彼も徳の高い存在ではあったようだが、今は大分浄化されて、苦しむ事無く一つ目の鬼火として神奈の傍にいるのだという。
彼らの出会いについては今は話すべき事ではないとの事だったので、和祁達も深くは聞かない事にした。
一方、神奈と言う少女だが、彼女もまた不思議な人物だった。
関西地方で幼い頃からこの宗源火と共に暮らしていた彼女は、高校に入る前にこの佐世保に引っ越して来て、現在は一人暮らしをしているという。
何故こんな僻地にやって来たのかと和祁は疑問に思ったが、それはひとえに、ある人物の為だった。
「私の……私のお婆ちゃんが、昔佐世保で働いていたって聞いたの。だから、もしかしたら、ここに在るんじゃないかって思って……」
「待て、話が分からんぞ。何の事を“ある”と言っている?」
すかさず速来が疑問を口にする。
和祁も同じところに引っ掛かりを覚えたのだが、残念だが生身の他人を前にすると口が上手く動かない。今回は速来に助けられっぱなしだなと思いつつ、和祁も同意するかのようにコクコクと頷く。
すると、神奈の肩に留まっていた宗源火がぎょろりと神奈の顔を見た。
「うむ、もっともな意見だ。カンナ、一から順を追って話そう」
「そ……そうね、ごめんなさい。ちょっと、焦ってたわ……」
宗源火に「和祁は人と話すのが苦手」と教えられていたからか、神奈は殊更申し訳なさそうに和祁を見やると、ぽつりぽつりと話し始めた。
――時は、佐世保に来る前にさかのぼる。
神奈は佐世保に来る前は祖父祖母と両親、そして兄妹と共に暮らしており、何の不自由も無く家族そろって幸せに暮らしていたという。
しかし、その幸せな時間は唐突に奪われる事になった。
神奈の祖母である奈津という女性が、病に倒れ床に伏してしまったのだ。
当然、彼女達は甲斐甲斐しく祖母を世話し、何とか病は治ったのだが――どうも祖母の容体は思わしくなく、病魔に蝕まれてからと言う物、すっかり元気がなくなり布団から起きる事が出来なくなってしまったのだという。
「……私の家は代々……ゲンさんみたいな妖怪の力を借りて地鎮祭を行ったり、【異界】から悪さをしに出て来た妖怪達をこらしめてて……。だから、お婆ちゃんが元気がないのが心配で……。妖怪達が、仕返しに来ないかって」
「道士のようなものか。日本にもまだそんな物が存在するのだな」
速来が意外そうに言うと、宗源火は頷くように体を前に動かす。
「関西は京都という【異界】の大都市をはじめ、様々な大規模の裏世界や結界が存在するからな。それに、神の領域に通ずる扉もいくつかある。大異境四国も近いが故に、他の地域よりは妖怪の存在が活発なのだ。……とは言え、消滅を免れぬ妖怪達も多いのだがな……」
妖怪や幽霊と近い存在というイメージのある京都でも、やはり“忘れ去られる”と言う弊害が起きてしまっているのか。
思わず顔を歪めた和祁に、宗源火と神奈は何だか安心したように微笑んだ。
「……あっ、どうしてここに来たのかの話だったわね。ええと、それで……私、ある事を思い出したの。昔お婆ちゃんが佐世保で働いてて……その時に、夜まで開いてる喫茶店でよくタコ焼きを持ち込んで食べてたんだって」
「た、たこやき……?」
思わず和祁が口に出すと、神奈は頷いた。
「たこ焼きには煩いお婆ちゃんでも納得の味だったんだって。もう一度食べたいって事あるごとに話してたんだ。……だから、そのたこ焼きを食べたら……元気になってくれるんじゃないかって思って……」
「だからといって、こんな所にわざわざ来るか」
速来の呆れたような言葉に、神奈がむうっと頬を膨らませる。
「だ、だって、長い間探そうって思うとこうするしかなかったのよ!」
「カンナ、怒るな。……それで、我々はこの地へとやって来たのだ」
「それは解るが、ならば普通に探せばいいのではないか? 何故【異界】を探す」
空気を読まないが故のはっきりとした速来の言葉に、神奈と宗源火は顔を見合わせたが……深刻そうな顔をして和祁を見やった。
「お婆ちゃんがたこ焼きを買ってたのは、山県町って所の飲み屋街だったんだけど……どうしても、そのタコ焼きを売っていた人が見つからないの……」
「神奈の祖母の奈津が言っていた話によると、そのたこ焼きは夜に車で移動して販売していたそうだ。しかし、私が闇夜に紛れて探しても、見つからなかった」
「そうなるともう……あとはこの町の【異界】に頼るしかなかったのよ」
どうして、と和祁が表情で問いかけると、神奈はその問いを理解したかのように眉根を辛そうに潜めて呟いた。
「この街には……ほかの【異界】とは違う……時を越える門があるって聞いたわ。だから……だから、それを使いたくて……!」
時を越える門。
和祁は神奈達が求める門と似た物を知っているが、しかしそれが同じ物かどうかは分からない。だが、彼女達は決して嘘を吐いていないように見えた。
神奈と宗源火は、真剣に自分達に話をしている。
他人と話も出来ない自分にまで、こんなに真面目な顔を向けてまで。
(…………この人達だったら……教えても、いいよな……?)
自分の直感なんて、信用できるものでは無い。
だが、今は何故かその直感を信用してみたかった。
→
※次は水曜日夜更新です
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