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ジャズの面影とたこ焼き屋

6.伝え聞くものは1

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挨拶あいさつも無しに他人の縄張りに入ってくるとは、どういう了見かな? 都の妖怪」

 会うなりそう冷たく問いかけて来た丈牙に、宗源火そうげんびは思わずその黒い人魂の体を一瞬大きく膨張し揺らめかせ、中心に一つだけ埋まっている巨大な目玉をぎょろぎょろと動かしながら言葉を出し辛そうに視線を下へと伏せた。

「ぬ……そ、それは……申し訳、なかった……」
「今はただでさえゴタゴタしてて、馬鹿な奴がこの【異界】に間違って侵入しないかとヤキモキしてるってのに……人間まで連れて来るとはね」

 ねちねちとした言い方をする丈牙に、神奈が思わず眉を吊り上げる。

「そ……そりゃ、奥城君に頼んで無理に連れて来て貰ったのは悪かったけど……でも、だからってそんなにつっけんどんに言わなくてもいいじゃない!」
「こ、これカンナ……」
「私達だって、遊び半分で奥城君に頼んだんじゃないわよ!」
「ほう? じゃあそうまでしてこのド田舎の【異界】に来てまで何がしたかったんだ」

 挑戦的な言葉を放つ丈牙に、神奈はツカツカカウンターに近寄ると、肩に宗源火を乗せたままで不機嫌そうな薄笑いを浮かべる丈牙を睨み付けた。

「話したら、協力してくれるってわけ?」
「さてね。だが、話してみない事にはお前達が信用できるかどうかも解らない」

 なんとも情のない言い方をする丈牙に、さすがに和祁も心配になって来た。
 元から人でなしだとは思っていたが、しかし女子に対してまでそうも大人げない言葉をポンポン放つとは正気の沙汰ではない。
 丈牙のつっけんどんな言い方には、さすがの速来も呆れ顔だ。

「このままだと話がこじれるな」
「う、うぅ……」

 そうなってしまっては、神奈達に申し訳ない。

(ど、どうした俺、こんなときにサッと入ってやるのが男ってもんだろ、だ、だ、だったら、なんとかしなくちゃ、店長にビシッと言わなくちゃ……!)

 ついさっきロクに話せない自分に落ち込んだばかりではないか。
 だったら、挽回しなくてどうする。そうでなければ、一生このままだ。
 和祁は痛いくらいに真っ赤になる頬と胸が破けそうになるくらいに脈打つ心臓に苦しめられながらも、必死に足を一歩踏み出して――口を開いた。

「っ、あっ! あっ、の……っ!!」

 頼むから、話を聞いて。
 そう、言おうとして震える足でもう一歩踏み出そうとした刹那。

「あっ!」
「かっ、和祁!」
「――ッ!」

 つまづいて、和祁はその場に盛大に倒れてしまった。

(~~~~~ッ!! う、うあぁああ……っ)

 なんだこれは。恥ずかしい以外の何物でもないではないか。
 痛いくらいに熱くなった頬が余計に熱くなり、和祁は顔を上げる事も出来なくてただそのばに突っ伏してしまう。
 だが。

「奥城君、大丈夫!?」

 神奈が慌てて和祁に近付き、力の抜けた和祁を起こしてくれた。
 情けない顔が見えてしまったのではないかと思わず息を呑む和祁に、神奈は目を瞬かせると……困ったように微笑んだ。

「……そうよね、ごめんなさい。私達、ちょっと焦ってたわね……」
「え……」
「ごめんね、困らせるつもりじゃなかったの。……マスターも、ごめんなさい」

 丈牙を振り返って謝る神奈に、丈牙は意外そうに片眉を上げたが、何かに納得したのか、溜息を吐いて肩を竦めた。

「まあ……和祁が招いた客だ。それなりにもてなしはさせてもらうよ」
「ありがたい……感謝いたします」

 深く頭を下げる宗源火に、丈牙は肩を軽く上げるだけの返事を返した。

「あ……え……」
「許してくれたみたいね……奥城君も、速来ちゃんも一緒に座ろ。ね?」

 そう言いながら立ち上がるのを助けてくれる神奈に、和祁は戸惑ったが……これだけは言わねばならないと思い、意を決して口を開いた。

「あ……」
「ん?」

 顔が熱い。喉が震えて、声が出なくなりそうだ。
 だけど、言わなければ何も変わらない。ぐっと拳を握って、息を吸って――
 和祁は、目の前の神奈に震える小さな声で呟いた。

「あ……あり……がと……」

 そう、言うと。

「ふふっ……。どういたしまして!」

 笑ってくれた神奈に、和祁は初めての嬉しさを感じたような気がした。



   ◆



「なるほどね。祖母の元気を取り戻すために、かつての記憶を探してこの街に……か……。しかし、ずいぶんと思い切った事をしたな。三十年以上前の事で、しかも移動販売のタコ焼き屋台だろう? そんなもの探せると思うかね」

 呆れたように言いつつコーヒーをカップに注ぐ丈牙に、宗源火はカウンターにふわふわと浮きながら目を伏せる。

「それでも、我らは探さねばならなかったのです……。カンナの祖母は、私の大事な命の恩人でもある。例え定めが近いとしても、笑って逝くのとうれえて逝くのでは全く違うのではないだろうかと……」
「…………まあ、それは解るけど……。正攻法で行っても無理だったんだろう?」

 丈牙の呆れたような声の横で、和祁はエプロンをつけて神奈達のために、ヤマモモのジュースをミキサーで作っている。
 砂糖を入れほんの少しだけ蜂蜜を加えて、一味違う仕上がりになっている。

 冷たくしたレトロなガラスコップに注げば、ちょっとした飲み物に見えてくる。
 店側で作るとなると、何だか家で作っている物とあまり変わらなく思えて、「これでお金を取っていいのだろうか」と心配になってしまうが、個人の喫茶店はむしろその家庭的な部分もあるほうが親しみやすいのだという。

 それも丈牙の詭弁きべんではなかろうかと思ったが、ツッコミを入れると「じゃあ完璧なお店の味とやらを作って貰おうか」などと言われて虐められかねないので、和祁もこれで良いのだと思うようにしている。

 厨房側に入って初めてわかるが、実際、料理と言う物は家庭でも見せても手作りにこだわればあまり変わりが無いものだ。

「は、はい……お、おまたせ……いたしました……」

 バイトになると多少は恥ずかしさの抑えも聞くようで、和祁も何となく話せるようになってきた。しかしまだ人間相手と言うのは慣れず、赤面しながら神奈にヤマモモのジュースを差し出すと、相手は苦笑しながら礼を言って受け取ってくれた。

(ま、まだまだだな……やっぱちゃんと話せるように頑張らないと……)

 そんな事を思っている和祁を余所に、宗源火と丈牙は話を進めていく。

「調べても、やはり“移動販売のタコ焼き屋”は見つかりませんでした。……なので、もしかしたらこの街の【異界】には、何か情報があるのではないかと……」
「……本当に、それだけ?」

 金色の瞳が、ぎらりと光る。
 その様子を見やって、神奈が気を引き締めたように顔を強張らせた。

「…………だ、駄目。ゲンさん、この人には隠し事が通用しないよ……。ゲンさんだって解ってるよね?」
「む、ムゥ……」
「ちゃんと言おうよ。……丈牙さん、すみませんでした。本当は私達……この街の【異界】に存在するって言う、特殊な門を探して来たんです。そこなら……私達の願いを叶えてくれるんじゃないかと思って……」
「ほう?」

 丈牙の声が、また低くなる。
 だが、今度は黙り込む事無く丈牙が先に答えを発した。

「この街の【時限門】のことか」

 その言葉に、神奈と宗源火は弾かれたように顔を上げて丈牙を見る。
 だが、丈牙は表情を一つも動かすことなく続けた。

「……その情報…………誰から聞いた?」

 何故かその声は、恐ろしさを覚えるような低く冷たい声だった。










※次回は木曜夜更新
 
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