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ジャズの面影とたこ焼き屋
12.いつもの物がないだけで1
しおりを挟む「え……あの人、弟なの? なんだか最近佐世保に来たような事を言ってたけど」
「ああ……弟は、今まで違う所に住んどったけんね。僕とは違ごうて訛っとらんやったやろ? 最近帰って来たとさ」
「ああ……それで……でも、雰囲気は結構な違いね。あの人、なんだか都会の人っぽくて、ハルユキさんよりちょっと取っ付き辛かったし」
クスクスと笑うチヨに、ハルユキは困ったような笑みを見せて苦笑した。
「いやぁ……アハハ……。ま、まあ、弟はちょっと変わりもんやけんね。それより、チヨちゃんは弟に意地悪されんかったね?」
「ううん。良い弟さんだったわよ」
そう言うと、ハルユキはどこかホッとしたように息を吐いた。
何だかよく分からないが、彼は丈牙のことを弟として扱うつもりらしい。しかし、そうなると妙な点がいくつか出てくる。
もしこの時代に丈牙が居たとしたら、和祁達の時代に居る丈牙はおかしなことになる。
何故あの男は老けていないのだろうか。妖怪の類だったとしたら不思議はないのだが、そんな物が人間であるハルユキの弟であるはずがない。
しかし、彼ははっきりと「弟だ」と言い切った。
と言う事は……。
(店長って、幽霊か何か……? それとも、萱谷木さんみたいな霊能力者で、特殊な力で老けないとかそう言う事なんだろうか……)
だとしても、幽霊なら幽霊で自己紹介するのではないだろうか。
そもそも、丈牙の正体は全く判らないのだ。グレイブスの唯一の馴染み客である妖狐の美女・イナマキですら、彼の正体に言及した事はない。ということは、幽霊などのよくある存在ではないと言う事なのではないだろうか。
しかし、そうなると余計にハルユキの言葉が引っ掛かるわけで。
「カズキ、どういうことだ? 本当に弟なのか?」
和祁のすぐそばで丸まっていた速来が、首をかしげてヒゲをぴんぴんと動かす。
妖怪である速来なら、同じ妖怪であれば多少鼻が利くと思うのだが、彼も疑問に苛まれていると言う事はそういう類でもないのだろう。
ならばなんなのか。本当によく分からなくて、和祁は混乱して来てしまった。
『俺もよく分かんないけど……ハルユキさんは嘘をついてるって感じじゃないし、言ってる事は本当なんだと思う。でも、店長とその弟が同一人物か怪しいよなあ』
「ムゥ……。あの男、オレもよく分からんのだ。同じ妖怪ならニオイで解る。鬼でも、人間の魂なら美味そうなニオイして解る。だけど、そういうニオイがしないのだ」
鬼、というのは、中国の方で幽霊や亡霊のことを表すらしく、日本のオニとは意味が違うものらしい。となると、丈牙は人間の魂でもないわけで。
(……半妖とかって物語とかにはよく出てくるけど、そんな感じだったりしないかな)
だとすれば、誰もが口を噤んでいる事にも納得が出来るのだが。
しかし丈牙が語らない事をここで悩んでいても仕方がない。第一、プライパシーの問題だ。丈牙が言わないと言うのなら、和祁が考えるべきではない事なのだろう。
とはいえ、バイト先の店長であるのに素性が全く見えないと言うのも何か納得がいかないような気もするのだが。
「む、女が帰るぞ」
『えっ!? し、しまった、考え込んでて会話見逃した!!』
目の前のハルユキではなく丈牙の事を考えている内に、チヨもすっかりたこ焼きを食べ終えてしまったらしい。
慌てて二人に目を向けると、チヨはすでにレジの前で感情を済ませていた。
「今日もたこ焼きありがとうね、チヨちゃん」
お釣りを手渡しながら優しく微笑むハルユキに、チヨは薄らと頬を染めて手を振る。
「い、いつものことじゃない、気にしなくって良いのよ! ……それよりハルユキさん、今日は曲、かかってなかったのね」
「え?」
「だってほら、いつもならゆったりした曲が掛かってたでしょ? なのに、今日は何も掛けてないんだなって思って……」
遠慮がちにチヨがそう言うと、ハルユキは驚いたような顔を緩んだ笑みに変えて、アハハと笑いながらもじゃついた黒髪を掻いた。
「いやあ、実は蓄音器が壊れて……。僕んところはまだレコードだけん、ソレを修理に出すと何も掛ける物がなくってさあ」
「カセットとかは持ってないの?」
よく分からない単語を問いかけるチヨに、ハルユキは面目ないと頬を掻いた。
「ははは……僕はちょっと、今の流行には疎くて……。昨日から修理に持って行って貰っとるけん、戻ってくるにはしばらく掛かるやろうね」
「そっかぁ……私、あの曲好きだったんだけどなあ。ほら、何て言ったっけ……」
「テネシーワルツ?」
「いえ、ええと……なんだっけ……ハルユキさんが好きなのかなって曲」
「んー……?」
チヨに言われて思わず考え込んでしまうハルユキに、チヨはまたポッと赤くなると、わたわたと踵を返した。
「あ、明日思い出しとくわね! じゃあ、また!」
「ああ……」
ハルユキが考えている間に、チヨはそのまま店を出て行ってしまった。
後には、和祁と速来とハルユキの三人しかいない。
時計を見れば、もう閉店時間だ。となると、このまま店を閉めて終わりだろうか。
(ああ……。まあでも、店の雰囲気とかはバッチリ記憶したし、収穫が無いワケでも無かった……かな? とりあえず、チヨさんがいつもここでタコ焼きを食べてるってのは確認出来た訳だし、一度戻って店長に確認を……)
などと思い、ふわりと浮きあがった和祁の視界の中で、ハルユキがこちらにゆっくり歩いてきた。店を閉める前に掃除道具でも取りに行くのだろうかと思って見ていると……何やら、ハルユキと異様に目が合う事に気付いた。
天井にシミでも見つけたのだろうかと振り返ろうとすると。
「君、ずっとこん猫君と一緒に店ん中にいたやろう?」
『え……』
「今まで無視とってごめん。……僕、少しは君ごたんモンが“視える”けん……。あ、でも、周りには言っとらんけんね、安心して」
これは予想外だった。
まさか、自分が漂っているのを見つけられてしまうとは。
霊能力者であるチヨですら自分達には気付かなかったから、ハルユキも気付いていないとばかり思っていたのに。
(少しって言うけど……まさかこの人、萱谷木さんより強い人なんじゃ……)
だとしたら、謎の霊能力者パワーで蹴散らされてしまわないだろうか。
思わず青ざめた和祁に、ハルユキは慌てて手を振った。
「あっ、あ、ち、違う、落ち着いて! とにかく話ばしゆうで! なっ!」
丈牙の顔で、慌てながら手を振る。
その姿が何だか妙な感じに見えてしまい、和祁は尚更怯えてしまった。
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