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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編
12.己の能力を知る者は幸運だ
しおりを挟むよし、もう完全に感覚でしかないが、なんとかイケる気がする。
アドニスは、俺の頭痛や吐き気の原因を「感知する範囲を決めずに術を使った事で、膨大な量の情報が入り込んできて、頭が処理できなくなったから」だと教えてくれたっけ。
ベイシェールで試した時は、範囲を指定したにも関わらず滅茶苦茶気持ち悪くなってしまったが、あれは認識する範囲が広かったせいだ。
ということは、ギリギリの所まで陸地に近付いて範囲を狭めれば、のた打ち回るほどの感覚にはならないはず……!
だけど、あくまでも慎重に。気付かれないように距離を詰めなければ。
「…………」
そろりと足を進める間にも、目の前では目まぐるしく状況が変化していく。
一匹を沼に沈めたと思ったら三匹が飛び出し、背後を狙われるもブラックは軽く飛び退いて躱し、クロウは倒木で牽制しカエル達を倒していく。
だが気を緩める暇も無く次々に歩兵が上陸して来て、ブラック達は動けない。
相手もこちらの力を見極め始めているのか、物量で押し切ろうとしていた。
狭い陸地を利用して、身動きが出来なくなるほど歩兵を送る。
まさに捨て駒ありきの戦法だ。操ったカエル達の命を何とも思っていない。その冷淡さこそがボスと呼ばれる所以なのだろうか。
なんにせよ、これ以上戦って無駄に命を奪うわけには行かない。
クラッパーフロッグ達の目は……いや、ブルーパイパーフロッグの目は、今確実にブラック達「だけ」を見ている。その警戒域に俺はいないだろう。
腐り沼にギリギリまで近付く……なんてことは出来ない。あくまでも逃げられる距離で、且つ俺がすぐに動けそうな範囲を見極めて動かなければ。
だが、意外と広い陸地と腐り沼の事を考えると、俺は少なくとも五メートル程度の距離しか離れられない。腐り沼の色に染まっていない地点ながらも、陸地との距離で言えばかなりの近さだった。
こんな所で手を水に浸して、気付かれないだろうか。そうは思ったが……。
「今の俺に出来るのは、早く軍曹蛙を見つける事だ……!」
遠距離から曜術で援護しても、敵に気付かれてまずい事になる。
どうせ気付かれるのなら、相手の居場所を突きとめてからの方がいい。
「……よし、やるぞ……!」
ゆっくりと、片手を浸す。
そうして深呼吸をしながら前方を見据え、脳内でしっかりと腐り沼の範囲を術の範囲に捕えた。最早時間が惜しい。覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「邪な流れに潜む、真の敵を示せ――――【アクア・レクス】……!」
範囲、目的、意識。充分じゃないかも知れない。だけど、俺が唯一出来る事……ブラック達を助けられる事がこれしかないなら、慣れるしかないんだ。
だから、やるしかない――――!
「――――ッ!!」
耳の奥で、ぱき、と、音がした。刹那。
目の前が二つにぶれて、意識に凄まじい量の情報が入って来た。
「い゛ぎっ、ぃ……! い゛、ぃっ……あぐ……ッ……!!」
頭が割れそうに痛い。
腐り沼の情報が入って来るたびに吐き気に襲われる。
沼の淀み、内部で積み上がった死体、遥か昔に食われ骨となった存在、それらを内包する水の流れの邪悪さ、嫌悪感、触れた物の意識を内部から操る麻薬のような水の危険性が、脳内に文字か感覚かも判らない異様な「事実」として書き込まれていく。だが、それだけではない。術は俺の視覚を増やし、暗黒の闇に設計図のような線の羅列を紡いでいく。
陸地を避け、もう一つの黒い視界に表された沼の全景に、ある、影。
それをみたと同時、俺の頭は今度こそ完全にショートした。
「っあ゛ぁ!!」
バチン、と、古いテレビがいきなり消えるような音が耳を劈いたと思うと、一気に体が弛緩して地面に倒れ込む。
自分でも思った以上に体力が削られていて、すぐに立ち上がる事が出来ない。
荒い息を繰り返しながら必死に手を動かし、何とか座り込んで、俺は顔から滴り落ちる汗を拭った。
「はぁっ……はっ……な……なんだよ、これ……海の時より数倍感覚が酷い……。もしかして、汚れた水だったからなのか……?」
推測でしかないが、水が汚れていた事によって情報量が増え、いつもより余計に負荷が掛かってしまったんだろう。今までは、混じりっけのある水に手を浸す機会なんて殆どなかったから、解らなかったけど……ベイシェールでのことと合わせて考えると、それ以外に考えられない。
今後は良く考えて使わないとな……。
だけど、おかげではっきり解った。
ブルーパイパーフロッグの居場所が……!
「っ……ぐ……!」
震える足で立ち上がり、不快感で頭が回らなくなりながらも、必死に意識を集中させて両手をカエルまみれの陸地へと向ける。
「出来るだけ……出来るだけ、多くのカエルを…………!」
両手に木の曜気を纏わせ、照準を合わせる。
ブラック達の邪魔をする気はない、だけど、少しでも話す時間を。
そのために、もう一度術をかける。
「悪しき敵を戒めよ……【グロウ・レイン】!!」
植物を育てるための【グロウ】と、その場に存在する植物を操る【レイン】は、本来このように使える術ではない。
だが、俺なら……黒曜の使者の力を持つ俺ならば、その場に存在しない植物を発生させて操る事が出来る!
「いっけぇええええ!!」
俺のその叫び声とともに、陸地に数十本の太い蔓が出現する。
それらは俺の意思に従ってすぐさま身をくねらせると、すぐそばでブラック達を襲おうとしていたカエル達に巻き付いて彼らを捕えた。
「うわっ! つ、ツカサ君!?」
俺の攻撃に気付いたのか、ブラックとクロウは上手く立ち回りながらも驚いてこっちを見つめて来る。
良かった、まだ二人は無傷みたいだ。
今の内に伝えなければと思い、俺は出来るだけ大声を張り上げた。
「軍曹蛙は沼の中の穴倉に隠れてる! 警笛の音が聞こえたのは、岸のどっかに空気穴が開いててそこから聞こえたからだ! 沼の中にはまだ沢山のカエルがいる、早くしないと増える一方だぞ!!」
そう、索敵は地下の存在を感知できない。
だからブラックの索敵が凄くても相手を探せなかったし、相手の気配も感じられなかったんだ。それに、もし仮に沼の中を確認できたとしても、水中には数多くの歩兵が潜んでおりその中から大将を見つけるのは至難の業だ。
何十人もの歩兵に守られた水中の洞窟の中に籠られていては、誰だって攻めあぐねてしまうだろう。
その事実を聞いて、ブラックとクロウは瞠目していたが、俺の言葉を信じてくれたらしく深く頷いて、至近距離に居たカエルを切り捨てると何事かを話し始めた。この距離では何を話しているのかは解らなかったが……クロウはブラックの言葉に頷くと……何故かその場にシンジュの樹を置いた。
「えっ!?」
「ツカサ、そっちに行く!」
そう叫んだかと思うと、クロウは一気に跳躍して数秒と待たずに俺の目の前にやって来た。あまりの速さについてけず目を白黒させる俺だったが、クロウは構わずに俺を抱え上げ、もう二三歩陸地から離れた。
な、なに。何がどうなってるの。
「ツカサ、オレに力をくれ」
「えぇ!? な、なにどういうこと」
「説明している暇はない、勝手に貰うぞ……!」
「ぅあぁあ!?」
首を噛まれて、まだ気分の悪さも治っていないのに急に体をゾクゾクとした衝撃が這い上ってきた。がむしゃらに首に噛みつかれ、舌で首筋を舐められて、思わず体が反応してしまう。そんな場合じゃないと解っているのに、意識が混濁している状態ではどうしようもなく、俺はクロウに縋るしかなかった。
「っ、あ、あぁあ……ッ! く、ろう……っ」
「クッ……生殺しだな…………。ツカサ、ありがとう、後は休んでいろ」
片腕だけで俺を抱えたままそう言い、クロウは俺の頬に口付ける。
かすかに血の臭いがする相手に何故か胸が苦しくなるが、黙って胸に頭を預けるしかなかった。
何か策が有るんだ。ブラックを一人残して力を補給しに来たと言う事は、二人は穴倉に潜むブルーパイパーフロッグを退治する方法を思いついたに違いない。
そう思ったと同時、クロウが詠唱しながら地面に片手を付いた。
「深き水底に眠る我が同胞よ……悪しき血を遮り強固な城壁と成れ。
我が血に応えろ――――【トーラス】!!」
刹那、俺とクロウを包み込むように膨大な量の橙色の光が湧き上がる。
まばゆい光に包まれたと思った瞬間、腐り沼を隔離するように、巨大な土の壁が俺達の視界を遮って出現した。
「あ……っ、え……く、クロウ、ブラックが……!」
「安心しろ。それより、このままでは俺達も危険だ。離れるぞ」
そう言いながら、クロウは俺を抱えて土の壁から更に離れる。
だけど、俺は壁の向こうに取り残されたブラックの事が心配で気が気ではない。
アイツはこのくらいじゃ死なないだろうし、これはブラックが考えた作戦だって解ってるけど、でも、心配な気持ちはどうしようもない。
クロウの肩越しに高い土の壁に囲まれた沼を見て、思わずブラックの名前を呼びそうになったと、同時。
「――――――!!」
土の壁の向こうを全て焼き尽くすような炎が、天高く噴き上がった。
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