異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

  失われた歴史を語るもの 2

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 我らの知る所でない「第一の創世」と呼ばれた時代――神は我々の暮らす豊かな国を望み、白き肌と鮮やかな金の髪を持つ我らの始祖を作った。

 我々はその地を楽園と呼び、神によりもたらされた様々な恩恵を享受し、堅牢な壁が無くとも、豪奢な服が無くとも、ただ幸せに浸り生きていたという。

 しかし神はいつしか変容し、“モンスター”という異形を創り地上に遣わして、我々に苦難を与えるようになったのだ。

 その「世界」の乱世に、我が一族の始祖は立ち上がったと言う。

 創世の神が愛した金の髪を靡せ、傍らに美しい漆黒の髪を持つ少女を従えた、我々の先祖。その雄々しい姿と、悪神を思わせる黒髪の美しい少女を従えた勇士に世界は沸き、彼のもとには乱世を生き残った多くの英雄が集った。

 悪に支配された心は彼の“神の御業”によって浄化され、世界は平穏を取り戻し――――長き戦いの末、悪神は遂にこの世を去った。

 その雄々しき始祖の男はやがて「勇者」と讃えられるようになり、それ以来このライクネス王国では、「勇者」と呼ばれる気高く素晴らしい存在を、我らが神と共に讃たたえるようになったと言う。



「――これが、我が国の建国神話の一部だ。今となってはもうと……かの英雄の始祖であるオレオール家、それに数人の貴族しか覚えておらぬ話だがな。ハルカ・イナドウラは、この聖戦にて後の勇者を支えた聖女だ。……この国の国王とエルフ神族の長のみが知る“歴史”には、彼女が神の力を行使しサウザー・オレオールに【浄波術】という法術を授け、我が始祖直系の血筋にも“秘法”をもたらしたとある」

 異様な空間の中でルガール国王が語る話は、にわかには信じられない話だった。
 だって、ハルカという女性が、ラスターの御先祖である英雄サウザーに【法術】を授け、そして彼と共に邪神を打ち倒した……なんて昔話……というか、建国神話なんだぜ? 突拍子もない話すぎて、聞いてると逆に冷静になってくるよ。

 だけど、そんなトンデモ話も今はありがたい。
 俺は少しだけ平常心を取り戻して、ゆっくりと息を吐いた。

 まだ心臓は激しく脈打って苦しかったけど、でも、耐えられる。
 目の前に鳥居が祭られているのは驚いたが、この世界に異世界人が現れているって話は前から知ってたんだ。だから、建国神話に少女漫画ばりの異世界転移をした女の子が居たって驚くもんか。

 勇者を支えた……なんて要素も、いかにもありがちな話だしな。
 過去に主人公以外の異世界人が存在して、そいつが英雄になっていた……なんて話は、今時の小説じゃ当たり前すぎてどうしようもないね。
 異世界チート小説で予習完璧だったし、平気平気。
 そう思い込もうとするけど、でも、「へえ」と気楽に言う事すら出来なくて。

 どうにも言い返せず、国王の話は続いた。

「かつてのライクネスは【茜の王国】と言われ、熟れた果実のような豊かな土壌と神からの祝福によって繁栄した地だった。楽園から国に身を落とした第三の世であっても、我々は最後まで抵抗し続ける誇り高き最古の王国だ。故に、神を信じて異形にあらがって来た。……まあ、その信仰していた神が邪神と化した状態での、哀れなもがきではあったがな。しかし、聖女と勇者が現れた事で、戦況は一気に変化した。まさに彼女は異界より来たる神の使いだったのだよ」

 ふう、と一息ついて腕を組む国王に、俺はやっとの事で言葉を絞り出した。

「……あの……質問良いでしょうか」
「なんだ」
「どうして、彼女が神の使者だって解ったんです? それに、その事を俺に話してどうするつもりなんですか。俺が異世界人である証拠は何もないんですよ」

 そう。俺が別の世界から来た事は、ブラックとクロウ、それにシアンさんと彼女の御付おつきであるエルフ達しか知らない。御付の人数も、十人にも満たないのだ。
 彼らが迂闊うかつに話を漏らしたなんて事は絶対にないだろうし、ブラックやクロウも俺の立場を危うくすることは絶対に喋らない。それは今までで充分理解していた。
 だから、証明のしようがない……はずだ。

 視界の片隅でラスターが珍しく心配そうな顔で俺を見ていたが、視線を合わせてやる事が出来ない。一度でも信頼できる相手に顔を向けてしまえば、もうあの黄金の目をしっかりと見返す事など出来なくなりそうだったから。

 国王はそんな俺の虚勢を不敵に笑い、今まで組んでいた腕を解いた。
 何をするのかと思っていると、小さな長方形の冊子のような物を取り出す。距離が在ったので、最初はそれが何か分からなかったが……すぐに気付いて、俺は絶句した。

「あっ……!!」

 それは、俺の……生徒手帳……!?

 まさか、なんで。
 俺の学生服は奴隷にされた時に奴隷商のおっちゃんに全没収されたはず。
 生徒手帳は学生証がついてるから、いざと言う時に必要だと思って、面倒だけどいつも胸ポケットに入れてて……だから、多分、鞄が消えててもポケットに入って――でも、どうしてそれがここに。

 再び緊張する俺に、国王はどこか勝ち誇ったように口を歪めて目を細める。

「蛇――という名の店を、お前は覚えておるか?」

 蛇。ヘビって、確か……。
 少し考えて、俺はハッとする。
 そうだ、「蛇」という名の店と言ったら、蛮人街に在ったあの違法な毒物の店じゃないか。ロクを監禁していた馬鹿野郎の店……確か、あそこは兵士達が捜査に入って潰れたはず。もしかして、その時にどこかで俺の服を手に入れたってのか。

「ラクシズの蛮人街にある違法商店に立ち入らせた際に、他の店もあらためたのよ。そこで、違法古物商がお前の服を隠していたのでな。服は余の権限で『異国の品』と偽って保管している。だが、これが無くとも、お前が異世界からの使者である事は一目で見分ける事が出来ただろう。……あのトリイと台座を見せれば一目でな」
「…………ッ!」

 そう、か。
 俺をここに連れて来たのは、俺が異世界の人間であるかを確かめるため……日本人なら絶対に見た事のある鳥居を見せるためだったんだ。

 国王は名前とあの学生証を見て、俺がそのハルカという女性と同じ国の出身かも知れないと目星を付けていたはず。いや、十中八九日本人だと解っていただろう。恐らく相手は異世界人に関する情報をまだ持っているはずだ。その中には日本人の情報も有るのかも知れない。
 なにせ、この国の王は――聖女様に秘術を授かった人間の子孫なのだから。

 だとしたら、俺には初めから逃げ場など無かったわけだ。
 写真付きの学生手帳なんて、そりゃ手配書も同じだしな……。
 こんな重要そうな場所に連れて来るんだから、確信があって当然だわ。

「……だけど、だから何なんだって言うんですか? 俺は異世界人かも知れない。けれど、俺は何も悪い事なんてしてませんよ。それに、ゼターを捕まえたのだってラスターの功績だし、俺達は手伝っただけです」
「ラスターの力を一瞬で蘇らせるほどの異能を使ったのに、か?」

 鋭い相手の言葉に、俺が喉を詰まらせたと同時に隣の陰が動く。
 ……そうだ、ラスターは王の側近……前にも俺の事を王様に報告するとか言ってたな。とすると、俺の力の事はラスターの報告によって知られている訳で。

「ラスターはコレでも騎士だからな。異変や脅威が有れば、余に指示を仰がざるを得んのだ。……まあ、国を思うのと同時に、余を信頼して話したが故の事だ。そいつを恨むでないぞ」

 もちろん恨む気なんてないよ。ラスターは自分の使命を全うしただけだし。
 ……万事休す、か。

 心を落ち着けるために深く息を吐いて、俺は国王に短く問うた。

「…………異能の力を持っていたら、牢屋に入るべきですか?」
「そうは言っておらんよ。お前は信頼した相手以外にはそうもつっけんどんに返すのか? 聞いていた話と違うぞラスター」

 結論を急いだ俺の発言に笑う国王に、ラスターが頭を下げた。

「もっ、申し訳ありません陛下! ですがツカサは……」
「ああ解っておる、冗談だ。仲間以外の人物……それも、己の重大な秘密を握っておる相手ともなれば警戒もするだろう。……まあ、いとけなく震える声で問いかけられても、怖いどころかもっと虐めてやりたいと思われるだけだろうがな」
「へ、陛下!」

 ……やっぱ嫌いだ、この国王嫌いだ。
 こっちは心臓どくどく言いながら必死に耐えてんのに……!

「まあそう赤くなるなツカサよ。何度も言っているが、余はお前をどうこうする気は無い。……むしろ、我々はお前に請わねばならん事がある」
「……?」

 そりゃどういうことだ。
 眉根を寄せる俺に、国王は溜息をふうと吐いて、こちらに近付いて来た。

「ツカサ、お前……オーデルで世界樹を生やしたな」
「っ……」
「正直に話せ。この事はどうせ誰にも話す気はない。信用出来んなら、書面でも作ってあとで国璽こくじでも押してやる。このルガールに二言は無い」

 宝石のように細かい光が煌めく金の瞳に至近距離で見つめられ、俺は息を呑む。
 思わずラスターを見ると、相手は俺の肩を優しく叩いて頷いた。
 ……ラスターがそうも頷くのなら…………。

「…………はい。不可抗力、でしたけど……」
「やはりな。そうなるとお前の力は低くとも聖女の下位互換か……あるいは同等の可能性もある。そのひ弱そうな体で、今までよく囚われ利用されなかったものだ」
「う……」

 ぶっちゃけた話、アドニスには利用されましたけどねしっかり……。
 でもまあ、アイツも悪い奴じゃなかったし、結局は丸く収まったから、囚われてないと言えば囚われてないんだけども。

「口惜しい事ですが、ツカサの隣にはあの男がいますから。ブックス一族の能力の高さは、末端の者であっても軽く一級を越える……その上、あいつは……」
「ああ。ブラック・ヴァイオレット・ブックスか……まさか、かの邪龍王の蛮勇にここでまみえようとは思っても居なかったがな……」

 ん……? なんか、ブラックの名前に変なのが混じってたような。
 ブラックは、ブラック・ブックスって名前じゃないのか?
 まさか嘘は言ってないと思うけど……でも、あいつの事だから、俺に知られたくないと思って、名前の「ヴァイオレット」って部分や「邪龍王の蛮勇」とか言う変な二つ名を隠してたって可能性はあるかも。
 その二つは、あいつの“言いたくない過去”に関係してるんだろうか……。

「……なんだ、お前は知らんかったのか」

 国王の少し呆れたような言葉に、俺は慌てて顔を上げると頷いた。

「その……ブラックが言ってくれるまで、聞かないようにしてたので……」
「はっ…………。あの男にこれほど献身的な存在が出来ようとは……本当に人とは解らぬものだな、ラスター」
「…………」

 ラスターに話を振るのやめて下さい。今めっちゃ肩掴まれたんですけど。
 本人多分意識してないだろうけど、かなり痛かったんですけど!!

「そ、それはともかく! だから、俺をここに連れて来た理由はなんなんですか! さっさと教えて下さい、俺は早く戻らなきゃいけないんだから!」

 何かもう色々と情報が出過ぎてて良く解らなくなって来たけど、これだけは確かだ。国王は、異世界人の俺に用事が有って、わざわざこの場所に連れて来た。
 俺でなければいけない何かを、国王は求めているんだ。

 国璽こくじ……というのが判らんが、多分アレだろ、福岡で見つかったっていう、古代の王様が使ってた金ピカの印鑑みたいなもんだろう?
 そんな重要そうなモノで身の安全を約束して、なおかつ俺に好意的なラスターを一緒に連れて来てくれてるんだから、悪い事にはならないはずだ。
 ……とは言え、俺が叶えられるかどうかは怪しい所だけど。

 でもこれ以上グダグダ話してても仕方ないんだから、もう単刀直入に聞いた方が良いよな。ちょっと無礼だけど、ラスターの態度からすればもうこれで良いだろ。
 案の定国王サマも怒ってないみたいだしな。てかニヤニヤしてるしな……。

「ほう? それほどあの男が恋しいか。中々に熱愛だな」
「だっ……! ち、違います! 見張り役がいないから何をしでかすか判らないし、他の人が危害を加えられてないか心配なだけです!!」
「クックック……! なるほど、お前が惚れるわけだなラスター。めとればこれほどに心強い妻はおらんだろうて……!」
「陛下! 良いから早くお話を!!」

 おお、ラスターが真っ赤になってる……。
 やっぱヒーロー系の正統派イケメンはズルいよなあ、こういう時も女の子にはキュンとかされちゃうんだろうし、俺だって見てて悪い気はしないし。
 はぁ、俺も一度でいいから女子にキュンてされてみたい……。

「まあそう怒るな。……では、二人に悪いので単刀直入に言おう。ツカサ、お前に望む事は一つだ」

 そう前置きして、国王はニヤリと微笑んだ。

「プレイン共和国へと赴き、ある遺跡に遺されているだろう【聖遺物】を……その目で異世界のものかどうか、確認して来て欲しい」
「え…………」

 プレイン共和国の、遺跡?
 そこって確か……曜具が作られている金の曜術師ばかりの国だよな。それに、獣人とかの異種族が沢山いる平等な国とかいう触れ込みの……。
 そこの遺跡の【聖遺物】って、どういうことだ。つーかそれって外交問題とかにならない? 俺が行っても大丈夫な所なの?

 色々な疑問が浮かんで眉をぎゅっと顰める俺に、国王はハハハと笑った。

「まあ、それは別の部屋で話そう。ここは寒いし、椅子もないからな。それに……お前の騎士が、お前が狼狽うろたえているのを物凄く気にしているようだし。お前達にはまず温かい茶と椅子が必要だ。そうだろう?」
「っ……!」

 ああまたラスターが俺の肩を……。
 国王サマの前だからヘタに激昂できないのは解るけど、だからって俺に当たるのは止めて下さいませんか美形様。傲慢ごうまんプレイできない鬱憤うっぷんを俺で晴らさないで。
 こうなったらもう腹をくくって話を聞くしかない。
 つーか早くラスターの肩への攻撃から逃れたい。

 その一心で、俺は国王陛下に頷き素直に後に続く事にした。

 ――――まだ色々と整理できてない事があるけど、とりあえず話を聞こう。
 俺が異世界人だと認識してくれてるなら、用件を話した後でハルカって人の話や、別の異世界人の話がもっと聞けるかも知れない。
 あと、生徒手帳や制服も返してほしい。とにかくまずは一息つく事だな。

 素直に部屋を出て、再び国王が扉を閉じる。
 そのあとで、ふとある事を思い付いて、俺は国王に問いかけた。

「あの、ちなみに……この部屋はなんなんですか?」

 俺を異世界人かどうか確かめるためにココに連れて来たのは解ったけど、肝心のこの部屋の役割については何も判っちゃいない。
 答えられる事なら教えて欲しいなと思って質問すると、国王はニヤリと笑って俺を見た。

「ここは、神聖なる秘術の間…………かつて、聖女に【神聖授与】という【法術】を与えられ、それを代々受け継いできた国王達が……護国の勇者を再び選び、その勇者に新たな力を授けるための部屋だ。なあ、ラスター」

 国王がそう言うと、ラスターは俺をじっと見ながら、軽く頷く。
 その頷きがどういう意味なのか一瞬判らなかったが……ややあって、理解した。

「えっ……もしかして、ラスター……勇者になって、あの部屋で……?!」

 新たな【法術】を貰ったって言うのか!?
 じゃあ、ラスターも今は【法術】を使えるのか!

 うわ物凄い見てみたい。ラスターだったら「見せて!」ってお願いしやすいし、こりゃいい時に帰って来たぞ!
 つーかマジで勇者になってたんかいラスター!

「ツカサ……言っておくが、【法術】は強力過ぎておいそれとは使えんぞ」
「ええー!?」
「それに……その……あまり、お前には見せたくない。残酷な術だからな……」

 残酷な術。あの英雄サウザーの【浄波術】も俺的には相当恐ろしい術だったんだけど、アレよりも怖い法術があるんだろうか。
 ブラックの地獄の業火レベルの曜術や、クロウのトンデモ曜術を見てるから、敵の体が引き千切れる的なグロい術でもない限りは怖いとは思わないけどなあ。

 ラスターってこう言う所が意外と優しいっていうか、臆病なんだよな。
 傲慢自己中も嫌いじゃないけど、こう言う所をもっと出していけば、今まで以上に色んな人にモテるようになるのになあ。

 そう思いながら見つめると、ラスターは何故か口をもごつかせて頬を赤らめた。











 
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