異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編

9.楽園とかいう場所にはロクな思い出が無い

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 なんだか最近モヤモヤする。

 よく解んないんだけど、イライラするのとはまた違って、物事に身が入らないって言うか、妙に足を動かしちまうって言うか……。

 なんかこう、歩いてる時でも妙に股間の収まりが気になったりして、ズボンが尻に張り付いてたりするとなんか嫌で一々直しちゃって、ここ数日は本当に訳の解らない悶々とした気持ちを味わい続けていた。

 寝不足って訳でもないし、食事だってきちんと取っている。
 クロウが毎日新鮮な肉を持って来てくれるから、リオート・リングにはだいぶ肉が増えて来たし、何より小さな村で食料を補給して卵なんかも買ったから、栄養面はバッチリだ。足だってまだ筋肉痛にはなってないし、ブラックとクロウの関係も最近は何故か良好で、俺がモヤモヤするような事は何もなかった。

 ……いや、まあ、クロウのお仕置きについては色々思う事があったが、アレは俺が悪い部分もあったんだし、寧ろ今クロウにベタベタ抱き着かれたり、定期的に岩の陰とか木の陰でメシを食わせ……ってそれはどうでもいい!!

 とにかく、あれだ。雨降って地固まると言うか、そう言う感じで俺もブラック達も、あれからは特に不満も無く旅を続けている……わけなんだけど……。

 なのに、どうして俺だけ変に悶々としてるのか……。

 男にもホルモンの関係で生理が起こるという話を聞いた事があるが、もしや今になってその生理とやらがやって来たのだろうか。
 聞きかじりだけど、そう言うのになると男でも変にイライラするんだよな? って事は、ムラムラしたって何も変じゃないワケで、この期間をじっと耐えていれば何も問題は無いんだろうけど。しかし、どうして俺の場合はモヤモヤしてるのか。
 スケベだから? 俺がスケベだからなのか?

 なんにせよこのままでは困る。
 下半身にばっかり意識が集中してたら、モンスターが来た時に対処しきれないし、そのうえ、その……なんか……実を言うと、股間の収まりより尻の方が気になるっていうか……。ああもう本当に俺どうしちまったんだろう。

 ブラックに毎日軽いセクハラ受けてたり、クロウに定期的に食べさせてるから?
 でも、そんなの旅をしてる途中だとよくある事だったし……この感覚は、一体どういう事なんだか……。

「あ、ほら、ツカサ君。あそこみて」
「え? あっ、アソコ?!」
「岩の上に村とは……あれがフォキス村か」

 ……あ、なんだ。その「あそこ」ね…………。

 ホッとしたけど間違ったのが恥ずかしくて、ゴホンと咳をする。
 気を取り直してブラックが指をさした方向を見やると、そこには巨大な岩が幾つか並び立っており、その中でもひときわ高い五階建てのビルのような巨岩の上には、苔のように生える緑と屋根のような物がぽつぽつと見えていた。
 もしかしてアレが今回の補給地点の村なのだろうか。

「地図上では、穴ぼこの中に村が有るように見えたんだけど……」
「まあ仕方ないよ、地図を作る奴はすべからく絵心があるって訳じゃないからね。大方おおかた、元の地図を作った奴が遠近感とか解らない奴だったんだろう」
「そのまま書き写す人もどうかと思うぅ……」

 マッパーなのに、現地調査とかしないんだろうか。いやまあ、俺達みたいな旅人は滅多に裏街道を使わないって言うから、こんなもんで良いやと思って修正されなかったのかもしれないな。この道を日常的に使う人達は、地図なんて必要ないだろうし。

 裏街道とは言っても、獣道じゃなくてちゃんとした道なんだ。道を外れずに歩いて行けば何も問題は無いんだもんな。裏街道沿いの村人は地図なんて見ないだろう。
 ……しかし、それで良いのかこの世界の地図製作者……。

 まあでも俺の世界の中世の地図だって、縮尺ナニソレなファンタジー溢れる地図が沢山あった訳だし。入り組んだ街なんて滅多にない時代だから、地図も大らかで良かったのかもしれない。現代基準で考えちゃいかんな。うん。

 とりあえず、今日は宿で休む事が出来そうだ。
 しかし……あんな岩の上にある村なんて、どうやって登ればいいんだろうか。

「ブラック、あのフォキス村にはどうやって行くか知ってる……?」

 知の泉たるブラックにおうかがいを立ててみると、相手は腕を組んでうなった。

「えーと……名前はどっかで見た記憶が有るんだけど……。ああ、そうそう。確か、あの村には“曜術でしか開かない扉”があって、そこから階段を登って行くらしいよ。唯一の入り口がそんな感じだから、モンスターに襲われずに平和に暮らしているって紀行文か何かの本に書いてあったな」
「へー……曜術でしか開かないって、曜具みたいなもんなのかな」

 フォキス村の巨岩に近付きながら問いかけると、ブラックは難しそうな顔をして、ポリポリと頬を掻く。

「曜具……うーん……僕が読んだ本の話では、似て非なる物って感じだったけどな。扉を開けるための鍵は毎日変化して、五つの属性を不規則に設定してるらしいし……なにより、岩の扉の形状はラッタディアの地下水道遺跡に近い物っぽかったよ」

 地下水道遺跡って……アレか、あの巨大な扉か。

「と言う事は、曜具みたいなもんじゃなくて、失われた技術……【空白の国】の残骸みたいなモンって事なのか?」
「おそらくね」

 なるほど……。最近そのテの話とは縁遠かったから思いつかなかったな。
 金の曜術師の作る「曜具」とは違う技術だとしたら、そんな精巧な造りなのに岩の扉にしか見えないって事も納得が行く。

 そういえば「曜具」って金属性のモノが多かったし、もしかしたら自然物には術を付加できないのかも知れない。まあ、そこら辺の事は説明が面倒臭くなりそうだったので、ヒマになったらブラックに教えて貰おう。
 とにかく今日はベッドの上でお休みしたい。

 まずはその扉を確認してみようと言う事で、俺達は一路フォキス村へと急いだ。

「そういえば……空白の国とは、人族の大陸の未踏破地域の事だったか?」

 今までずっと大人しかったクロウが、フォキス村の巨岩が近付いて来るにつれて、俺達に問いかけて来る。
 どうやらクロウは【空白の国】関連の話はあまり詳しくないらしい。
 獣人の国には、そういう名称が……というか、失われた時代の遺跡という物が無いようだ。国土の事はある程度把握されているらしい。

 やはり大陸によって色々と違うんだなと思いつつ、俺達は丁寧に説明した。

 【空白の国】とは、この人族の大陸に散らばる、どの国の歴史にも記されていない遺跡や、地図上に存在していない謎の区域の事だ。

 それらは大陸の各地に散らばっており、大抵の【空白の国】には、失われた文明の遺跡や人々が見た事もない動物や自然、そしてお宝が存在する。しかしこの遺跡などには必ずと言っていいほどモンスターが出没しており、普通の人々は近付く事が出来ない。そのため、冒険者たちが日々探検をしているのである。

 因みに、冒険者達を束ねる【冒険者ギルド】は、元々はお金持ちな商人や位の高い人達が、この未踏破地域のお宝や新たな知恵を得ようと考えて作った組織で、最初は【空白の国】の探査のみを行っていたらしい。
 しかし、色々有って今は一般の依頼も受け付けるようになったのだとか。

「私設の調査団が元か……なるほど、荒くれ者ばかりなのも頷けるな」

 俺達の講義を聞きつつ熱心に頷いていたクロウに、ブラックは呆れたような声を出して肩を竦めた。

「まあ、今は社会不適合者の日雇い派遣所みたいな所だし、冒険者と言うよりもガラの悪い傭兵ばっかりになっちゃったけどね」
「地図も無い危険な所に行くより、世間の小さな依頼とかモンスター退治をチマチマ受けてる方が安全だもんな……」

 この世界にはモンスターが居るから「冒険者」という職業が成立しているけれど、モンスターが存在して居なかったら本当にただの日雇い職業安定所だ。
 どこの世界もファンタジー要素が無くなると途端に世知辛いな。

 まあ、この世界の人にとっては普通に世知辛いんだろうけども……。

 とかなんとか言っている内に、俺達はフォキス村の巨岩に辿り着いた。
 当たり前だけど、目の前一面が岩壁で何も見えない。どこに扉が有るんだろうかと手分けして探した結果、道のある場所とは反対の方向にそれらしい物を見つける事が出来た。

 フォキス村への扉は、一見するとそれと解らない。
 なにせ、切れ目が無く、綺麗な文様が施されたドアの形を彫っただけのものだ。普通はただのフェイクかと思って通り過ぎてしまう。
 しかし、クロウが言うにはここから風が吹いて来ているらしいのだ。

 どういう原理かは全く判らないが、この岩を彫っただけの偽物のドアは、ちゃんと扉として向こう側の空間を塞いでいるのである。
 マジで不可解な扉だなあ……【空白の国】の技術って言われるのも納得だわ。
 でも、コレをどうやって開けるんだろう。不思議に思っていると、クロウが「お」と声を出して、扉の真ん中にある掌の形に掘られた場所に手を当てた。

「どうした、クロウ」
「この扉、土の曜気が循環している。……普通、土の曜気は大地に散って流れているから、こんな風に掴みやすく滞留している事は滅多にないのに……」
「じゃあ……今日の鍵は、土の曜気ってことか」

 ブラックの言葉に頷いて、クロウは扉を見つめると気合を入れた。

「……ッ」

 曜術で開く、と言う事だったが、この感じだと「曜術を発動するように力を籠めると開く」って事なんだろうか。
 息を呑んでクロウの背中を見つめていると――急に、目の前の扉の形をした文様が「ガコン」と奇妙な音を立てて奥の方へと動いた。

「ッ!?」

 何事か、と三人で目を見張ったと同時、扉は轟音を立てながらそのまま奥の方へと移動して行き、地中に埋まってしまった。
 扉の形にぽっかりと開いた中には……岩を掘って作られた精巧な階段が、遥か上の方まで続いている光景が見える。中に入って上を見上げると、結構な高さまで岩壁に沿って階段が続いており、天井からは日差しが降り注いでいた。

「はぁあ……こんな風に開くんだ……」
「ちょっと予想外の開き方だったね……」
「まあ、こういう事も有るだろう。さあ上に登るぞ」

 自分の曜術で扉が開いたのが嬉しかったのか、驚く俺達とは対照的にクロウは耳をピコピコとせわしなく動かして、楽しそうに階段を登って行く。
 熊耳が相変わらず可愛いが、あれかな、土の曜術が大活躍した事が嬉しかったんだろうか。クロウの場合は違うけど、土の曜術師て基本的に不遇職だからなあ。

 クロウの喜びようにほっこりしつつ、ヒイコラ言いながら必死に階段を登りきり、やっとの事で最上階へと辿りつくと……そこには、驚くべき風景が広がっていた。

「おお……こ、これは……」

 目の前に広がるのは、生命力に満ち溢れた木々と色とりどりの花が敷き詰められた地面。とても岩の上の風景とは思えないお伽話とぎばなしの国のような風景に、俺達は戸惑ってしまって、思わず周囲を見渡した。

 しかし、見えるのはたわわに果実が実る木々と、南国を思わせる蔦。そして、花に埋もれた地面を裂く、煉瓦敷きの古い一本の道だけだ。
 恐らく、この先に村が有るのだろうが……。

「思った景色と違うものが現れると、妙に戸惑っちゃうね……」
「同感だ。誰も岩の上にこんな楽園のような場所が有るとは思わんだろう」
「うーん……確かに……。ここまで来ると、ちょっと出来すぎな気もするし……まあとにかく、気を抜かずに進む事にするか」

 モンスターが出てくる……とは思えないが、警戒するに越したことはない。
 なんせ、【天国のような村】という単語には苦い思い出があるからな……。

 俺達は互いに頷くと、古い道の先へと慎重に足を進める事にした。











 
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