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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
6.気持ちに流されるな
しおりを挟む工場の中は、どうやら直線の通路が組み重なって出来ているようだ。
食堂に行く際にいくつか道を曲がったが、曲線の通路は見当たらない。たぶん死角を失くすためなんだろうが、それにしても厄介な場所だ。
地下にある場所でギアルギンの手のものばかりで、しかも同じような部屋と通路が続いていて、一見しただけではどんな場所なのか見分けられない。
記憶力の良いブラックみたいな奴なら、どれがどんな扉かっていうのを覚えていられるだろうけど、俺にはまず無理だな……。
ああ、自分の赤点スレスレな脳みそが憎らしい。
だけど、泣き言を言ってはいられない。何とかして、この時間で脱出の手がかりを探さなければ。そう、俺は頑張らないといけないのだ。
レッドに足を雑に縄で縛られて、釣り上げられた魚のような状態でお姫様抱っこで運ばれていても、恥ずかしがっては居られない。
もちろん、兵士達と何度すれ違っても悶えてはいけない。
どんなに恥ずかしくとも、口を噤んで我慢しなければだめなのである。
「……ツカサ、その……やはり恥ずかしいか?」
「うぐぐ……だいじょうぶでぷ」
喋らせんといて、喋ったら一気に我慢してたものが色々溢れだすから。
ちくしょう、ブラックに抱っこされるのも恥ずかしかったけど、レッドにこうして抱っこされるのは、それとは全く違う恥ずかしさだ。
なんというか、屈辱な感じがする。ブラックにはこんな事感じなかったのに、今になって、自分のプライドが踏みにじられているような感覚に陥るというか……。
こう思うのは、俺がレッドに対して嫌悪の感情を持ってるからなんだろうか。
……正直、レッドとは仲良くしたいという気持ちも有る。こういう風に利用して、騙して悪いなっていう気持ちも有るんだ。
だけど……やっぱり、許せない。
自分勝手に人を犯人だと思い込んで、調べもせずに俺達を巻き込んで、俺だけじゃ無くブラックとクロウまで酷い目に遭わせるなんて。本当に、許せなかった。
しかし、そうは思っても……憎み切れない部分も有って。
誰かを殺したいほど憎んだ事なんて無いけど、でも、俺だって自分勝手に思い込む事もあったし、不注意のせいで他人を巻き込んだことだってある。
程度は違うけど、俺はレッドを全面的に罵れるほどの善人じゃないんだ。
そう思うからこそ、レッドがもしまだ踏み止まれる位置にいるなら、レッドと和解が出来ないだろうかと思う事も有って……。
何だかもう、自分でもどうしたらいいのか解らない。
許せないけど、解りたい。でも、今のままじゃ、俺はきっとレッドに対して辛辣な事しか言えないような気がして何も言えないんだ。そんな状態がもどかしくてしょうがなかった。
……こんな事を考えてる場合じゃないってのは、解ってるんだけどな。
だって、今のレッドはなんだかおかしいし、ギアルギンが何をしようとしているか解らない状態だし、逃げ出すにしてもブラックとクロウの居場所が解らないし……色々と問題が山積み過ぎて、冷静に考えられない。
結局、まずは最重要の事柄を解決しようという事になる。
だから、とにかくまずは、ブラック達の安否を確認しないと……。
「なあ、レッド……食堂ってまだなのか?」
わりと歩いたと思うのだが、食堂はまだ遠いのだろうか。
まあ、遠ければ遠いほど観察できていいのだが。
そんな事を思いながらレッドを見上げると、相手は口角を上げた。
「もうすぐだ。不自由を強いてしまって申し訳ないが……我慢してくれ」
「う、うん……」
俺に対しては優しいのが、またなんかこう……ううむ……。
いや、絆されてはいけない。それとこれとは別なんだ。むしろ今の俺は、レッドに特別扱いして貰わないと何一つ探れやしない。
胃がキリキリ痛むが、我慢しなければ。
「ああ、ほら、向こうを見てみろツカサ。通路のドアの上に、黄色くて丸い明かりが埋め込まれているのが見えるだろう? あの場所の三つ目のドアが食堂だ」
レッドに言われて前方を見て見ると、確かに通路のある一画にはそれぞれのドアの上に丸い明かりが灯っており、黄色く光っていた。パトランプみたいだなアレ。
だけど、どうして三つ目のドアだって解るんだろう。
「なんで三つ目って解るんだ?」
「それはまあ、覚えているからだが……まあ、いいか。この施設の扉には、ある記号が彫ってあってな。ほら、例えばこの扉には逆三角が彫られているだろう?」
一番近くにある扉をレッドが指さす。
すると、確かにそこにはドアの中心に小さく逆三角形が刻まれていた。
もしかして、この記号が扉を識別してるのかな?
「その逆三角は、兵士の部屋という意味だ。食堂の扉には、逆三角形が三つ並んでいる。つまり、兵士が集まる所という意味になるんだ」
「へぇ……兵士の記号が三つで集まる場所って事になるのか」
レッドはそれ以上は話してくれなかったが、でもこれで扉の見分け方が少しだけ解ったぞ。これからはドアの記号に注目すればいいんだ。
よし、そうと決まれば帰りは更に周囲を観察せねば。
そう思いつつ、レッドに連れられて俺は食堂の前へとやって来た。
「あ、そういえばランプの色は?」
「重要度、かな。緑は兵士以下の労働者も出入りする区域で、黄色は兵士のみ、赤は俺達でも許可が無ければ入ってはいけない場所になっている。お前が今日連れて行かれたあそこは、赤だな」
「あぁ……」
そうだね、大地の気をエネルギーに変換するぞマシーンと似た機械があったんだもんね、そら最重要地帯に認定されますわ。
しかし……本当なんなんだろうな、アレ……。今色々と聞けば警戒されそうだし、後でそれとなく聞き出してみるか。
レッドは俺を抱えたまま食堂のドアを開けて、中に入る。と――長机が三列ずつに並べられ、背凭れも何もない質素な椅子がずらっとならんだ、まるで俺の世界の簡素な社員食堂みたいな光景が広がっていた
お洒落さの欠片も無いのは、やっぱりそう言う場所じゃないからなんだろうな。
にしても、殺風景な食堂だ……花とか飾れよせめて。
「ツカサ、何が食べたい? 白パンやスープがあるが……パン以外はあまり美味くないから、無難に肉でも選んだ方が良いかもしれんぞ」
「そ、そうなのか……。でも良く解らないから、レッドに任せるよ」
「解った。申し訳ないが、ここで座って待っていてくれ」
椅子の上に優しく降ろされて、レッドが離れる。
足をぐるぐるに縛られたままでは逃げる事も出来ないので、ここは下手な真似はせずに素直に待とう。
でも……手持無沙汰だな。
「食事ってどんくらいで出来るんだろう」
独り言をつぶやきながら周囲を見渡す。
兵士の食堂、というからにはやはり他の席には兵士が居るようで、それぞれ好きな場所でスープをまずそうに啜ったり、肉をまずそうに齧ったりしている。
酒は流石にないみたいだけど、料理をエールで流し込んでいるような人も多かった。……ううむ……さすがはライクネスに続くメシマズ国家プレイン……。
リンゴイモはジャガイモそのままの味で美味しいのに、どうして調理すると素材の美味しさが消滅してしまうんだろうか……。
食べずに談笑だけしてる兵士も数人いるし、まったく由々しき事態だな。というか貰って来た料理がマズかったらどうしよう。作ってくれた手前食べない訳にもいかないし、そもそも人の料理にマズいと言うのはちょっと憚られるし。
なんでこう、作ってる人が近くにいると「マズい」とか言えなくなるんだろうな。
相手が料理を舐めきってる奴なら素直に言えるんだが、給食のおばちゃんとか一生懸命ラーメン作ってる店主の親父さんとかだとムリだ。言えない。
せめて舐めきってる奴であってくれ、ああもう、調理場こっから見えないのかな。
レッドが頼みに行った方向に体を捻ろうとする、と。
「……ん?」
兵士達がじっと俺を見つめているのが目に入って、俺は眉を顰めた。
なんで全員こっちを向いてんだ。変だな、食堂に入って来た時には注目なんてされなかったのに、今になって凝視されるとは……ハッ、まさかこの格好が珍妙に見えるとかそう言う事か!?
そりゃまあ、俺は腰から下をガチガチに縛られてますし、珍妙な格好には違いないけども、大勢でじっと見つめられると流石に俺も居た堪れないというか……。
気にした方が良いのか、それとも愛想を振りまいて笑った方が良いのか。
迷っていると、兵士の一人が席を立って、こちらへ向かって来た。それにつられてか、他の談笑していた兵士も、俺を見つめながらゆっくりと立ち上がる。
なんだろう。何かこちらに用事があるのだろうか。
首を傾げながら、こちらへ歩いて来る兵士を見つめていると。
「ツカサ、食事を貰って来たぞ…………って、どうした?」
「えっ? あ、ああ、何でもない」
やべえ、レッドが来た事に気付かなかった……。
食事を受け取って、ちらりと兵士達を盗み見ると、彼等はそそくさとドアの方へと向かって、出て行ってしまった。
……俺の方に向かって来たと思ったのは、思い違いだったんだろうか。
それはそれで嫌だな。俺が自意識過剰みたいじゃん……。
「この食堂でも食える方の料理を貰って来たつもりだが……口に合わなかったら、遠慮なく言うんだぞ。後で俺が果物か何か上から貰って来るから」
「う、うん……。あり、がと……」
相手に良い感情を抱いて無くても、やっぱり良くして貰うと感謝してしまう。
こんなんじゃ駄目なのに、非情にならなきゃ相手を利用しきれないって言うのは解っているのに、優しくされるとどうしても抗いきれない。
やっぱり、俺もこんな場所に一人で来て不安になってるんだろうか……。
「…………リンゴイモのスープと、肉と白パンか……」
俺が前に、ブラックとクロウに作った料理に似てる。
……ブラック、クロウ、ちゃんとご飯食べてるかな。お腹空いてないかな。
酷い事されて、衰弱したりしてないだろうか。
「ツカサ、傷が痛むのか……? すまない……こんな怪我を負わせて……」
レッドの謝罪に、俺は首を振る。
今のこの感情は、レッドのせいじゃない。レッドは俺のこの程度の怪我を心配してくれるけど……ブラック達の事を思うと、こんな傷程度で心配されている自分が情けなくて、俺は口の中をぎゅっと噛んで衝動に耐えた。
本当に、情けない。こんな怪我程度で、痛いなんて思うなんて。
そんな事よりも、早くブラック達を探さなきゃ。
痛い事をされたって、俺は恵まれてる。暖かい部屋もベッドも貰えてるんだ。
もしブラック達が冷たくて暗い牢屋に繋がれているのなら、そんな状況で蹲って泣いている訳にはいかない。少しでも良い状況に居る俺が、なんとかして二人を助けないといけないんだ。だから。
「…………なんでも、ないよ」
不味い料理だって腹いっぱいに食べて、力を付けないと。
利用できる物は、なんだって利用しないと。
例えレッドに思う所が有っても、その感情で弱みを見せてはいけないんだ。
だって、ここには…………
俺が信頼できる人は、存在しないんだから。
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