異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

6.不思議な種族と鳥の歌

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「えっ……あ……」

 俺が想像していた「雑貨屋の親父さん」っていうのは、粗野な中年だった。
 だけど、俺達の目の前でほうきを持って立っている相手は……粗野な中年と言えばその通りなんだけど……その……人間じゃ、なかった。

 全身ふっさふさの毛……いや、毛のように見える羽毛に覆われた筋肉質の体躯に、猫より太い色のついた眉の毛。それに、下からの牙が生えたような龍の口に似たくちばし。ここだけでも俺達とは違う種族だと判るが、辛うじて同じかと思われた髪も、なんだか妙だった。

 確かに髪は生えてるんだけど、ライオンや馬のようなたてがみっぽく首の付け根までしっかり生えていて、俺達とは「髪」というものの意味が全く違う感じだ。
 解っていた事だけど、人間と言うより鳥類に近い。

 それに服もちょっと独特だ。
 彼は背中が大きく開いた前掛けみたいな服を着ていて、下半身は裸だ。いや、毛で覆われてるし、途中から爬虫類みたいな足になってるから、下半身がマッパでも全然変じゃないんだけどね。

 たぶん、お尻から生えてる鳥の尾羽を考えての事だろうな。
 もしくは彼らにとって下半身の露出は恥ずかしいものでは無いのかも……じゃなくて、親父さん完全に人族じゃないじゃん。あの、あれ、もしかして獣人なのか?

「ああ、お前達が“特別な人族”か。ようこそ【シルヴァ・ラゴメラ】へ」

 初見はいかついコワモテの鳥さんなんだが、話してみると結構気さくなオジサンだ。
 ちょっと安心して俺は親父さんに近付いた。

「初めまして、俺はツカサって言います。こっちの赤いのはブラックで、こっちが熊の獣人のクロウです。しばらく御厄介になりますが、よろしくお願いします」

 軽くお辞儀すると、雑貨屋の親父さんは驚いたように目を丸くして、栗毛に覆われた太い指でぼりぼりと頭を掻いた。

「お、おう。随分ずいぶんと礼儀正しいな……貴族かなんかか? まあ、そういうのは嫌いじゃねえぜ。こっちこそよろしくな。……んで、何しに来たんだ?」
「えっと……必要な食料品が有ったら、雑貨屋の親父さんに頼んでみろってナサリオさんから言われまして。どんな食料までなら頼めるのかなと思って、挨拶あいさつがてら聞きに来たんです」
「お、そうか。お前達は人族だもんな。ナサリオ達からも“特別な人族”を世話してやってくれって頼まれてんだ。何でも言ってくれ……と言ってやりたいんだが、ここは見ての通り高山地帯でな……何でもって訳には行かねえんだ。すまんな。兵士用に作った表があるから、これを見て確認してくれ」

 そう言いながら親父さんが出して来たのは、結構古めの紙。
 質が良いのでまだ現役ではあるのだが、端が結構ボロボロになってて昔の宝の地図みたいな事になってしまっている。
 ……この品目表、もしかしてかなり昔に書かれたものなんだろうか……?

 となると親父さんの年齢が気になったが、そこは聞かずに目を通す。

 一通り確認したところによると、どうやらこの高山地帯には主に“日持ちのする物”が運ばれてくるらしく、生鮮食品はほとんど持ち込めないようだった。
 とは言え、彼らが食べている物のいくつかは人族も食べられる野菜であるとの事だったので、野菜はなんとかなりそうだ。

 肉に関しては、草原で放牧している獣を潰す時ぐらいしか出ないらしい。どうしても欲しかったら、岩山に潜んでいるモンスターを狩る必要があるんだって。
 まあ……肉もなんとかなるって事だな!
 幸い生活必需品なんかは雑貨店に置いてあったので、食料以外はこのお店で事足りそうだ。ほっとしたぜ。

「欲しいモンはあるか? 今注文すれば明日の朝には届くぞ」
「じゃあとりあえず……小麦粉と根菜と……」

 せっかくの長期滞在なので、どうせなら色々と料理してみたい。
 品目の中に有る見慣れない野菜なども含めて注文してお金を払うと、親父さんは「ちょっと待ってろ」と言い、何故だか外に出た。
 何をするつもりなのかと思って付いて行くと、親父さんは石橋の方へと進んで行き、落下防止用の石の柵に手を掛けながら……鳥のような声でさえずり出した。

「えっ」
「な、なんだ? 頭でもおかしくなったのか?」
「鳥っぽいとは思ってたが、まさかさえずるとは思わなかったな」

 おいコラオッサン達め失礼だろ、とは思うが、俺もどういう事なのかよく解らなくて反論しようがない。親父さんは石橋の向こう側に向けて鳴き声を発しているみたいだけど、一体どういう事なんだろうか。
 しばしその姿を見ていると、親父さんはふと鳴くのを止めた。
 すると……朝がすみに揺らいで消えていた向こう側から、親父さんと同じような音の鳴き声が聞こえて来たのだ。

「あれ……向こう側から……やまびこ?」
「いや、音が違うね。多分向こう側にも同じような奴が居るんだろう。もしくは……口笛か何かなんじゃないのかな?」

 確かに、ブラックの言う通り、親父さんの声とはちょっと違うっぽい。
 非常に似ているけど……なんか、言われてみると口笛のような気もして来た。

 親父さんとその口笛は暫し会話のようなやり取りを行っていたが、話が終わったのか親父さんがこちらにやって来た。

「テイデの連絡係に話したら、明日には下に届くらしい。俺が持って来てやるから、またこの時間に来てくれ。その頃には用意できてると思うからよ」
「あ、ありがとうございます。……あの……今のって、何だったんですか?」
「ん? ああ、そうか、人族は普通はこんな事やらねえんだったな。今さっきのは、このシルヴァ・ラゴメラに住む俺達【禽竜きんりゅう族】のみが使える“エルシルボ”っつう言語で、俺達は昔はこれで会話してたんだ。人族の言葉よりこっちのが楽だったからな。んで、さっきのはテイデの方に居る人族に連絡を取ってたんだよ。この谷は何故だか俺達の言語だけはよく通すからな」

 あれは鳴き声じゃなくて言語だったのか。
 考えて見りゃそうだな。俺の世界でもカラスは独自の言語で喋っているって話があったし、種族が違えば喋り方だってそら違ったりするだろう。
 でも今までは獣人族の人達も全員共通言語だったから、ちょっと驚いてしまった。

 それはクロウもブラックも同じだったようで、目を丸くして改めて親父さんを上から下まで観察していた。中でもクロウは不思議そうに目をちょっと見開きながら、熊耳を少し動かして親父さんに問いかける。

「しかし、禽竜族とは聞いた事のない種族だ……失礼な事を聞いているのであったら申し訳ないが、獣人族とは異なる種族と言う事で良いのか?」

 クロウの問いに、親父さんは嫌がる事無く頷く。

「ああ、俺達はどちらかと言うと魔族に近いな。厳密に言えば違うんだが、分類上は魔族だと思ってくれりゃあ大丈夫だぜ」
「魔族? まさか、人族の大陸のこんな場所に魔族が暮らしてたなんて……」

 これにはブラックも驚きだったのか、ぽかんと口を開けて呟く。
 確か、人族の大陸には滅多に魔族が来る事は無いって話だったよな。その理由は俺にはよく解らないけど、この大陸ではメジャーな話のはず。
 なのに、親父さん達はかなり昔からこのラゴメラに住んでいたって感じなんだから、そりゃ誰だって驚くわな。居ないはずの存在が居たんだもん。

 しかも、彼らは独自の言語を持っている。
 と言う事は、少なくとも彼らは人間と同じ言葉を喋る前からここで独自の暮らしをして来たって事だ。その後で人と遭遇しなきゃ、こんな特殊な言語が残っているはずがない。でも……それならよく人間と一緒に暮らすようになったな。
 なんか魔族って人間と離れて暮らすイメージなんだけど……。

 いやまあ、それを言うとリオル達はどうなのって話になるけどさ。

「あの、人族とは仲が良い……んですよね?」

 思わず変な聞き方をしてしまったが、親父さんはガハハと笑って俺の髪をガシガシと掻き回した。アーッ種族が違ってもオッサンがやる事は変わんねえ!

「ハッハッハ! 仲が良くて当たり前よぉ、なんたってテイデとシルヴァは“永遠の愛の橋”でガッチリ結ばれてんだからな!」
「え……えいえんの、あいのはし……?」

 なんだかまたとんでもない名前が出て来たが、こっちが聞いた手前聞かない訳にも行くまい。何故か非常に嫌な予感を覚えたが、俺はその気持ちを押し込めて親父さんが語り始めた話を拝聴する事にしたのだった。












※なんかまだらぶらぶしてないですが次はやっとします…
 前置きが長い…!:(;゙゚'ω゚'):
 
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