異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
877 / 1,264
世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

29.一世一代の意図せぬ言葉

しおりを挟む
 
 
 心臓がすごくバクバク言ってる。

 こんなの、学校で劇をやらされた時以来だ。
 だけど「冷静な自分」を演じると言う意味では、劇と同じなのかも知れない。

 俺がブラックにすがって許しをうには、俺の中のガキの部分をどれだけ抑えられるかにかかっている。こんな事を言うと、今から起こす「誠実な行動」が欺瞞ぎまんに見えるかもしれないけど、俺にとってはウソじゃない。
 ちゃんと話したいと思うからこそ、冷静な自分の仮面を被りたいんだ。

 本当の俺は泣いてわめき散らしたいくらい動揺してるけど、でも、それじゃ何も解決しない。そう思うくらいの理性と大人らしさは俺にだってあるんだ。
 だから、ちゃんとブラックと話し合いたかったから、仮面を付けた。
 ブラックと、このままのつらい状態で居たくなかったから。

「…………」

 深く息を吸いながら、ドアを閉めてゆっくりと部屋に入って行く。
 ドア側からみると、壁の角の向こうにベッドから伸びる長い足が見えた。

 ……ベッドに腰掛けてるのかな。

 ぎこちないながらも足を進めると、俺の予想通りブラックはベッドに座っていた。
 ただし、リラックスした状態では無く、仏頂面で気難しそうに腕を組んで。

「…………そこ、立って」

 あごをしゃくって、ブラックは俺の立ち位置を指定する。それは、自分の目の前だ。
 なんだか前にもこんな事が有ったような気がしたけど、仮に覚えていてもこの状況にはどれだけ経っても慣れないだろう。
 動揺しないようにと勤めながらブラックの前に立つと、相手は息を吐いた。

 ……それだけで、体が震えそうになる。
 だけど、ここで折れてしまう訳にはいかない。

「で……? なにしにきたの」

 冷えた声に、心臓が痛くなる。
 まるで……クロウの事でブラックを怒らせてしまったあの時みたいだ。
 だけど、今の俺はあの時とは違う。
 俺は今一度のどにぐっと力を入れてから、口を開いた。

「……ごめん、ブラック。お前の気持ちも考えずに、あんなこと言って……本当に、申し訳なかった」

 頭を下げたって、相手の顔が見えなくなるだけだ。
 じっと目の前の不機嫌な大人を見つめると、相手は片眉をぐっと寄せた。

「本当にそう思ってる? 何が悪かったのか、解ってるっての?」

 …………やっぱり、信用してくれてない……。
 そりゃそうだよな。言葉だけじゃ何とでも言えるんだ。それに、今までの俺ならきっと何が悪かったかも理解していなかっただろう。
 でも、だからこそ、ちゃんと伝えなければ。

 俺はブラックの問いに、拳を握って強く頷いた。

「ブラックの気持ちを考えないで……好きにしたらいいって、言ったこと……」
「……ほう?」
「ごめん、ブラック……あんなの、アンタがどうでも良いって言ってるようなもんだよな。だけど俺、それがアンタの為になるんじゃないかって思ってたんだ。だから……あんな事を言っちまった……」
「は? 何が僕のためだって?」

 ああ、やっぱり怒ってる。でも仕方ない。怒るような事を言ったんだから。
 俺の勝手な思い込みだったんだから、話せば当然ブラックだって怒るだろう。
 でも不機嫌な声を出されたからって怯えて口を閉じたら、またブラックを失望させてしまう。ちゃんと、話さなきゃ。
 どんな事になったって、まずは自分の気持ちを伝えなければ。

 俺は顔を上げたまま、強張って痙攣けいれんして来る顔を必死に抑えて続けた。

「俺とするだけじゃ、満足してないんじゃないかって思ったんだ。……だって、俺、すぐに失神しちまうし、アンタ三回じゃ治まらないってよく言ってたし……。でも、曜気を勝手に吸っちゃう今の状態じゃあ、何度も出来ない……だろ……? だから、つらい思いをさせるくらいなら……俺が、我慢して……好きにして貰った方が良いんじゃないのかなって、思って……」
「ツカサ君……」

 呆れたような声と表情が見える。
 もう目をそらしてしまいたい。眉間が痛くて、抑えているのに顔が歪んでくるのが解ってしまう。こんなはずじゃなかったのに。ブラックのいつもとは全然違う冷たい顔を見ていると、胸が痛くて自然とシャツの胸元を握ってしまった。

 こんなんじゃ駄目だ。
 ちゃんと、最後まで言わないと。

「でも、そ、そんなの……ブラック自身が考える事で、俺が考える事じゃなかったんだよな……。それに、俺……ブラックの気持ちを考えもしないで、ブラックに言われたら一番嫌な事を、自分で言っちゃったって、やっと気付いて……」
「…………」
「謝っても許されることじゃないって解ってる。だけど……だけど、俺……ワガママを言って、アンタに……嫌われたくなかったんだ……」

 ブラックの目が、思っても見ない事を言われたと言わんばかりに丸くなる。
 許してくれたのかどうかはまだ判らない。もしかしたら、何を言ってるんだと呆れたのかも……。だけど、今更口をつぐむ事も出来なくて、俺は続けた。
 ……もう、顔を見る事が辛くて、目は背けてしまったけど。

「俺……男、だし……エメロードさんみたいに、胸もないし、アンタを喜ばせる方法すらも知らないし……それに……いつも、我慢させてばっかりで……。だから、我慢させたくなくて、いっそブラックが良いと思うなら、女を求めたって……仕方ないんじゃないかって……そう、思ってたんだ……」
「ツカサ君……」

 この声音はなんだろう。呆れか、憐みか、それとも失望だったのか。
 判らない。知りたいと思っても、解りたいと思っても、やっぱり俺には相手の気持ちなんて察する事が出来ない。それがくやしくて拳を強く握った。
 てのひらに爪が食い込むほどの強さで握っても、こらえるのに足りない。だけど、もう、言ってしまった以上、止まれなかった。

「だから、俺、そういうつもりで……言ったんだけど……。……ごめん、ブラックがどう思ってるか、ちゃんと聞けばよかったんだよな……。今更言ったって遅いけど、でも、俺、このまま黙ってるのも、アンタに謝らずにいてもっと嫌われるのも、どうしても、嫌で」
「ちょ、ちょっと待ってツカサ君」
「こんなんじゃ許されないって解ってるけど、でも、ブラックの事傷付けたんなら、どうしても謝りたくて、許されるならなんでも、土下座だって殴られるのだって……!」
「つ、ツカサ君たらっ!」

 視界の端で、ブラックが足をもたつかせながら走る音が聞こえる。
 だけど、俺はまだ肝心な事を言ってない。言わないままで終わる訳にはいかない。ブラックに一蹴されるかもしれないけど、でも、どうせなら言って終わりたい。
 そう、俺が口を開こうとすると。

「ッ……!」

 いきなり肩に強い衝撃が走って、体が傾く。だけど倒れ込む事は無くて、俺はその衝撃に思わず正面を向いてしまった。そこには、至近距離で俺を見つめる、ブラックの困惑を含んだような言い表せない表情が有って。

 思わず息を呑んでしまったが……まだ、俺の肩を掴む程度には近い存在だと思ってくれている事に、俺は……涙が出て来そうになるのを感じて、ぐっとこらえた。
 間に合うだろうか。まだ、言っていいんだろうか。
 期待してしまう自分を浅ましいと思いながらも、俺は今以上の勇気は持てないと思って――――ブラックに、告げた。

「だ、けど……もし、まだ……ブラックが、俺のこと、許してくれるなら……俺……いい、から」

 ブラックの顔が、強張こわばる。
 俺が何を言おうとしているのかを察しているのか、それとも俺と同じように、思い違いをして顔を強張らせたのか。どちらにせよ、俺にはもう迷いはなかった。

「こんな事、いうの……お前にとっては嫌かも知れないけど、でも……俺……アンタと離れるの、やだよ……。俺、やっと……今更、気付いたんだ……。アンタのことが、そのくらい好きだって、やっと……」
「つ、かさく……」

 目の前にある綺麗な菫色すみれいろの瞳が、揺れている。
 肩を掴んでいる指が痛いくらいに肉にめり込んできて辛かったけど、俺はブラックの顔を一心に見上げて、精一杯の声で伝えた。

「俺、アンタと離れたくない、ずっと一緒にいたいよ……っ! だから……だから、もし、俺の事を許してくれるなら…………だ、いて……抱いて……お願い……っ」

 大きく見開かれた眼が、ぶれる。
 今までに見た事も無いくらいの顔で、ブラックがどう思っているのか解らない。
 真顔にも見えて、怒っているようにも見えて、虚を突かれたようにも見える。だけど、俺が考えたって解らない。だからもう、考えずに、俺はブラックだけを見て繰り返した。

「俺……ずっと……ずっと前から、ブラックが、いつか俺に飽きちまうんじゃないかって思って、怖くて……っ、だからっ……だから素直になれなくて、アンタが望んでた事も、うまくいえなくて……! だけど、俺、やだよ、ブラックに嫌われるの、嫌だ……アンタと、一緒に居たいよ……!」
「っ……」
「もう遅いかも知れないけど、でも、俺……っ」

 そう言って、また“前にブラックが望んでいた事”を言おうとしたと、同時。
 俺の肩を痛いくらいに掴んでいた手が、急に俺の脇に差し込まれて、俺はそのまま乱暴にベッドへと放り投げられた。

 何が起こったのか解らなくて起き上がろうとするけど、すぐにブラックが俺の上に乗っかって来て、逃げ場が無くなる。
 思わず息を呑んだ俺に、目を見開いたままのブラックが顔を近付けて来た。

「でも俺……なに?」
「え……」
「ツカサ君、なんて言いたいの?」

 怒ってる……?
 そうなのかな、怒ってたらどうしよう。やっぱりもう、ダメなのかな。自己弁護しようとして媚を売ったように見えたんだろうか。それなら、もう……俺、ブラックに……。

「う……」

 やっぱり、嫌われたのかな。
 もうダメなのかな。やだ。やだよ。まだ、何も言えてないじゃないか。
 ブラックに土下座すらしてない、ブラックの気持ちも聞いてないのに。
 そうじゃない。いやだ。俺、本当はそんなことなんてどうだっていいんだ。ただ、ブラックに、離れて行って欲しくない。もう二度とブラックに抱き締めて貰えなくなるなんて、いやだ。一人はいやだよ。
 だから、嫌われずに済むなら、なんだってやる。だから。

「なんて言ったの。もう一回、言ってごらん。なにを……お願いしたいの?」

 ねっとりした声。怒ってるのかどうか解らない。
 だけど、黙っていればきっと更にブラックを怒らせてしまう。
 だから俺は、何故か声がうまく出ない口で――必死に、ブラックに請うた。

「っ、ぅ……だ、いて……っ。ブラック、に……抱い、て……ほしい……っ」

 もう、メスでもいい。男じゃ無くなってもいいから。
 だから、もう一度。

「なに? ちゃんと言って……」

 声が、低い。お腹の奥に響いて、じんじんする。
 心臓は痛いくらいに鼓動を打ってて苦しいのに、ブラックが俺を許してくれたかのように髪を梳いて頭を撫でてくれるのに、涙があふれて来て。
 許してくれるんだろうか。まだ、何かを言っても良いのだろうか。

 ブラックに、を言っても許されるのだろうか。

「ツカサ君、ほら……」

 優しいような、どこか怖いような声。
 涙でにじんで見えづらいブラックの顔は、口だけ笑っているようにも見える。
 ……笑ってくれているんだろうか?

 わからない。解らない、けど。

「えっち……して……。
 お願い…………俺の、こと……抱いて……下さい……っ」

 胸が痛い。
 自分が言った言葉なのに、恥ずかしくて情けなくて、涙が止まらない。
 心がバラバラになったような気がして、だけど体が軽くなったような感じもして、何を感じ取ったらいいのか混乱して解らなくなる。
 悲しくて、痛くて、気が楽になって、緊張して、恥ずかしくて、つらくて、怖い。

 今すぐ逃げ出したいくらい顔が痛くなって、体は嗚咽おえつで震えているのに、なのに。

「は……はは……ははは……」

 目の前の恋人は、顔に陰を掛けたまま笑って、俺を離してはくれない。
 ただ笑うだけで、俺の言葉に返答をしてくれない相手を見上げると。

「はははっ、あはっ、はっ、あははははは! あはははははははは!!」

 ブラックは、体を上に逸らして狂ったように笑うと――――
 狂気をはらんで瞠目どうもくした目で、俺をじっと凝視して来た。

「はっ、はははっ、はぁっ、は、つ、……ツカサ君……ははっ、ははは……」
「ぶ……ブラック……?」

 恐る恐る呼ぶ相手は、声を聴いているのか解らないような顔で、にたりと笑い。
 そうして……低い声で、こう言った。

「ははっ、は、じゃ……じゃあ……ちゃんと、言ってくれないとぉ……」
「え……」
「ドコにナニを挿れて欲しいのか……い、言えるっ、よね……? 僕に、許して……だ、抱いて、抱いて欲しいっ、ん、だもんねぇ……?」

 あざけるような声に聞こえる。
 だけど、もしもそれがブラックの戯れだったとしても、俺に拒否権はない。
 何をしてでも許して貰うって、決めたんだ。
 覚悟して、なげうったんだ。だから。

「…………」

 俺は、ぎこちなくブラックに頷きを返したのだった。










 
しおりを挟む
感想 1,346

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...