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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
8.季節感がそろそろ合わない
しおりを挟む早速俺は部屋から出ると、周囲にメイドさんか執事さんがいないか探し始めた。
ちゃんと家主がいる人様の家の台所を扱おうってんだから、使っていいか聞かないとな。中には使っちゃ駄目だって言う所もあるだろうし……なにより、俺はこの家の人じゃない。警戒して拒否するってのも当然の話だ。
だもんで、メイドさん達の部屋に直接行くのも失礼だし、うろちょろと客人が歩ける範囲を動いていると、ちょうど前からメイド長らしき人が歩いて来るのが見えた。
あの人にお願いすれば台所を使わせてくれるかな。
これはしめたと思い、簡単に説明して台所を借りたいとお願いすると、メイド長であるという中年の美しいおばさまはびっくりしていたが、俺がやりたい事を快くオーケーしてくれた。
普段はそんな事は許可しないんですが、と苦笑しながら教えてくれたメイド長さんだったが、俺に台所を使う事を許してくれた一番の理由は、俺が少年だったからだと言った。……多分、俺とゼターがだいたい同年代だったからそういう理由で許したんだろうな。
……メイド長さん達は、俺達がゼターを追い込んだ事は知らない。
だからこうも朗らかに話してくれているんだろうけど……その事を知ったら、もう友好的に接してくれないだろうな。
彼女達にとっては、ゼターは自分の子供のように可愛かったに違いない。
ゼター自身は誰にも認められなかったと思っているだろうけど……メイドさん達や執事はきっと彼の事を気遣っていたんだろうな。でも、ゼターにとってはそれすらもまやかしに見えたんだろう。
従者に慕われていても、「自分がちやほやされるのは、有能な両親の息子だから」とか「自分が貴族だから」って思いが捨てきれなかった。だって、彼のお父さんは【勇者】で、お母さんはハイスペック領主だもんな。その中で認められることも無く籠の鳥だったんだから、歪んだって仕方がないだろう。犯罪自体は褒められる事じゃないけど……でも、悲しい。
そんな悲しい相手だと理解すればするほど、何か他に出来る事があったんじゃないだろうかと考えてしまう。そんなの俺の自惚れだって解ってるけど、内情を知って、こんな風にゼターを知っている人と話すと、彼の事を考えずにはいられなかった。
…………そんなこと考えたって、今となってはどうしようもないんだけどな。
「それにしても……この屋敷に御客人が何度も来るのも久しぶりですわね」
台所に向かいながら嬉しそうに言うメイド長さんに、俺は首を傾げる。
「そうなんですか? ヒルダさんは凄い人だし、ひっきりなしに人が来てるのかと」
「ふふ、確かにヒルダ様は素晴らしいお方ですが、それとこれとは別ですのよ。……だけど、バルクート様が生きておられた頃は本当にひっきりなしで、お屋敷の明かりが消える事も無く……毎日が忙しかったのですがね……。バルクート様が不慮の事故でお亡くなりになって、それからは灯が消えたように……」
「…………」
「あ、ああ、申し訳ありません。こんなこと……」
「いえ……バルクート様も、ヒルダさんと同じくらい凄い人だったんですね」
少し話題を変えようとバルクートさんの話に移ると、メイド長さんはすぐに表情を明るくして、嬉しそうに俺に語った。
「ええ、それはもう! なんといってもライクネスの誉れである【勇者】に選ばれたほどの才覚と、真っ直ぐな心根をお持ちでいらして……誰もが尊敬する方でしたわ。ヒルダ様との仲も他人がうらやむほどでした」
「へぇ~……やっぱりその……恋愛結婚とかで……?」
「勿論ですとも! 舞踏会で、バルクート様がヒルダ様の装飾品を直してあげた事が始まりだったとか……。バルクート様は炎の曜術師であり、その腕は冒険者達が言う所の“限定解除級”という最高位だったので、そのような事が出来たのです。ですが、ヒルダ様はその力ではなく、バルクート様の優しさに心を打たれたのですよ」
「ほぉお……なんというか……羨ましい…………」
良いなあ、そんなの本当に物語の中の世界で巻き起こる話みたいじゃないか。
舞踏会で出会った美女に優しくしたら惚れられて、しかもその美女は国でも屈指の貴族のご令嬢だったなんて。そんなのめっちゃ憧れのシチュエーションじゃん。
金の曜術師じゃなくて炎の曜術師だったバルクートさんがどう装飾品を直したのかは謎だけど、でもそういうのは大人の男が持つ応用力って奴なんだろうなあ。
ううむ……俺に出来るかどうかってのは置いといて、そういう風にスマートに人を助けるって言うのは格好いいな……そりゃ女が惚れても仕方ないか……。
「ああ、ここが台所です。何か御入用のものは有りますか?」
「えっあっ、すみませんありがとうございます」
色々と物思いに耽っていたら、いつの間にか台所に到着していたらしい。
メイド長さんの体の向こうに見える台所は、何台ものかまどが有って、流し台なども二三台はある広い……台所と言うか、寧ろ厨房と言っていいくらいの場所だった。壁はレンガだしそこはかとなくオールドスタイルな感じだけど、調理器具は一通り揃っているし、なにより広くて動きやすそうだ。
中世西洋の厨房ってこんな感じだったのかなあ。
屋敷の外装は凄く新しくて綺麗な感じだったけど、内部は昔のままで残してあるのかな。何にせよ、白亜の豪邸というには実にクラシックだった。
まあ、野外でクッキングしてる俺にはありがたい充実っぷりだったけどな。
メイド長さんが「何か必要ですか」というのでかまどの火を焚いて貰い、一人分のご飯が入る程度の、お椀になっている器を用意して貰った。
蓋付きだとなおいいと言ったら、まさにそんな感じの物を出してきてくれたのだが、貴族の屋敷ってのは本当に色々と用意が良いんだなあ。
「あとは何か?」
「あ、じゃあ……白パンを用意して貰えますか。あと小鍋も」
貴族の屋敷には、柔らかい白パンが常備されている。
メイド長さんに小さいバケット型の白パンを貰い、ガワを剥いで白く柔らかい部分だけを取り出すと、それを適度な大きさに切る。
切り終わると、かまどに小鍋をかけて、俺が【リオート・リング】に保存していたグロブスタマンドラのお乳を鍋にたっぷり投入し、その中にパンを入れる。
パンがとろりとした状態になったら器に移して、柘榴がくれた蜂蜜を適量加えたら、美味しいパン粥の出来上がりだ。
タマ乳が甘目だから蜂蜜は控えめにしたけど、お粥と言うよりはお腹に優しい流動食というか、そんな感じでわりと美味い。良い材料ばかりを使っているからかもしれないが。まあとにかく、上手く出来たようだ。
念のためメイド長さんにも味見して貰ったけど、美味しく出来たようで好評をいただいた。とりあえず失敗せずにすんだようで安心したよ。
夜だからお腹に優しい物が良いかなと思って、母さんが前に作った事が有るパン粥を思い出しながら作ってみたんだけど、うろ覚えでも結構やれるもんだな。
まあ簡単だから覚えてたってだけなんだけどね!
とにかく冷めない内に持って行こうと思い、お粥と水をおぼんに載せて、メイド長さんと一緒に執務室へと向かった。
執務室は一階なので、そこまで意気込む必要も無かったかもだが。
「ヒルダ様、お夜食を持ってまいりました」
ノックをしながら伺うメイド長さんに、少し時間を置いて中から「入って」と声が帰ってくる。その言葉にメイド長さんはドアを開けて、俺を招いてくれた。
「ヒルダ様、今日の御夜食は特別な方が用意して下さいましたよ」
そう言いながら、メイド長さんはニコニコして俺を先に行かせる。
おぼんを持ちながら部屋に入って、恐る恐るヒルダさんの顔を見やると――相手は驚いたように目を見開いて、ぱちぱちと瞬きをしていた。
「あ……あなたが……?」
あああ、やっぱり驚いていらっしゃる……。
余計な事だったかなあ。でも、何か疲れてたし大変そうだったし……。
「え、えっと……ご迷惑かなとは思ったんですけど……ヒルダさんの体が心配で……それに、その……俺、蜂蜜持ってたから、蜂蜜なら疲れに効くかなって……」
やっぱりだめかなと思ったんだけど、相手は俺が何をしたかったのか察してくれたのか、苦笑しながら構わないと首を振った。
「まったく……貴方は本当に人の事ばかり気遣って……。でも、せっかくですから、このお料理は頂きますね。……ありがとう、ツカサさん」
ヒルダさんがそう言うと、メイド長さんが執務机まで料理を持って行ってくれる。
中身をみてヒルダさんは不思議そうに首を傾げていたが、躊躇することなくパン粥を口に運んでくれた。と、すぐに、また目を丸くして彼女は口に手を添える。
「あら……なんて優しい味なのかしら……それに、食べやすくていいわね。パンを口に入れるのが億劫な時は、こう言う風にしてもいいものねえ……」
「パン粥って言うんです。動物のお乳で煮込んだものだから、お腹に優しいかと」
「へえ、動物の母乳はこんなに優しい味がするのねえ……バロメッツの乳ですら流通が難しいから、こんな風にぜいたくに使うなんて考えても見なかったわ」
アッ。そ、そうだった……この世界では、牛……いや、バロ乳などの乳製品はすぐ腐っちゃうから、こうして料理に使えるのは一部の人達だけだったんだっけ……。
うっかり忘れてふんだんに使っちゃったけど、ま、まあ……ヒルダさんも気にしてないみたいだし……別にいっか! こ、今度、今度気を付ければいいんだよな!
「ありがとう、ツカサさん。お腹が落ち着いて元気が出たわ」
半分も食べてくれれば御の字だなと思っていたら、なんとヒルダさんは全部綺麗に食べてくれて、それから感謝するように俺に微笑んでくれた。
余計なおせっかいかと思ってたけど……喜んで貰えて本当に良かった。
「あの俺……もし調査が長引いて、ゴシキ温泉郷に何度か戻ってくる事になったら、その時には俺にも手伝えることが有ったら手伝いますから……その……」
「ツカサさん……」
呼びかけられてふっとヒルダさんを見ると……彼女は少し眉を寄せて、悲しそうに微笑みながら、そっと目尻を指で拭った。
「ありがとう…………本当に……」
そのお礼の言葉には、何か言い知れないほどに重い感情がこもっているような気がしたが……俺は、その言葉にただ頷く事ぐらいしか出来なかった。
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