異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

37.イスタ火山―明暗―

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 ※また遅れて申し訳ない……_| ̄|○






 
 
 
   ◆



 ツカサが駄熊と謎の通路に落ちてから、半刻。

 マグマが滞留する部屋の調査を続けていたブラックだったが、調べる内に妙な事に気付いてからは、悶々としながらマグマの池を見つめていた。

「……やっぱり変だよな……」

 ひとり呟くも、その問いに「どうして」と相槌を打ってくれる者はいない。
 だがその事を気にするでもなく、ブラックはあごに手を当てて時折泡を吹く真紅の池をじいっと見つめていた。

(このマグマの熱が隣の人工池の水を温めている可能性はあるけど、それなら配管か何かを作って地底に流せば済む事だろうし、あのキュウマという男がそうしないハズは無いだろう。この部屋も“そうする必要がある”から作ったはずだ)

 あの遺跡であの男の話を聞いた時、随分ずいぶんと直球な物言いをするものだと思った。
 ツカサが遠慮しがちなだけかもしれないが、しかしあの男の言い分は明快であり、無駄な事を嫌うような雰囲気だったのは間違いない。

 遺跡を再利用していると言っていたが、それでも無駄な物が少なく、生活圏のみを整えていた事から、あの男は最低限の要素で上手く物事を回すのを重要視していたと考えられる。……とすれば、この妙な部屋にも何らかの意図が有るはずなのだが。

「…………」

 そこがはっきりと分からず、ブラックを悩ませる。

 ツカサとあの駄熊が転がり落ちた場所は、浮島に接する岩壁の一部分。内部は緩い坂道だった。その道が罠などの意図が無い物だとしたら、考えられる用途は二つ。
 一つは、純粋に通路として活用される場所。
 そしてもう一つは――――マグマを排出するための道だ。

「緩い坂道……恐らく傾斜も計算されているだろう。ツカサ君は“炎の曜気が少ない”と言っていたから、炎の曜気に対する何らかの術式が掛かっている可能性がある……もし、あの通路がマグマを安全に流すための道だとしたら……」

 この場所は、マグマが全て消えることで初めて真の姿を現すのかも知れない。
 術師の最高位である“限定解除”の自分であれば、この部屋に流れ込むマグマをどうにか出来るだろう。だが、マグマを退けるだけでは意味が無い。曜術はその場にある存在を消すことは出来ないのだ。

 それに、この場には炎の曜気が充満している。炎の曜術だけを使い、マグマを強引に動かそうとしても、恐らくは発火し術が崩れてしまうだろう。
 炎の曜術でマグマを操る事は出来ても、既に溜まり切ったマグマを消す事など出来はしないのだ。最早、普通の策など無い。
 だが、普通ではない策であれば…………――

「…………使える、かな……」

 己の手を見て、握る。

 視界を赤い砂嵐で覆われたのかと思うほどの、尋常ではない炎の曜気。
 少し意識しただけで視界の曜気は歪み渦巻き紋様を成し始める。誰に支配された訳でも無い自然の気は、ブラックの念じたとおりに圧縮され、拡散した。
 この場にある“赤”はすべて、ブラックと言う支配者に従っているのだ。
 ……だが、それを扱うことは、今のブラックにとっては恐ろしい事でしかない。

 万が一手を滑らせて、ツカサが転がり落ちた道へとマグマが流れ込んだらと思うと――いや、自分の力が暴走するのではと思うと、汗が噴き出すようだった。

(もう二度と、はならないと思っていた……。そんな風に思っていたから、油断してあのザマだ。……僕は…………)

 そこまで考えて、首を振る。
 何がどう在ろうが、今この状況を動かせるのは自分自身しかいないのだ。

 だとすれば、自分はやり遂げなければならない。失敗することなく、完璧に。それを悩んで躊躇ちゅうちょしているままでは、ツカサを救う事など出来はしない。
 ブラックは周囲を見て誰も居ない事を確認すると、意を決して、不自然にあの通路に流れが引かれている最奥のマグマだまりの前に立った。

「……誰も見ていない。誰も、僕の事を知らない、何も……心配する事は、ない」

 息を吸って、片手を伸ばす。
 己が内の力をてのひらに込める。周囲の曜気を取り込み、喰らい、意識を集中させ……そうして。

「……我が……――――」

 口が、動く。
 とうに忘れ果てた詠唱を使い、望むものを闇に閉ざす。

 目の前の赤が侵食されて黒に蝕まれていくのを、ただ見ている。それだけだというのに、体中から冷たい汗が噴き出し、体が震えそうになった。
 絶望的な飢餓感、なにもない感覚。いっそ何らかの手ごたえが有ればまだ恐れる事も出来ただろうに、忌まわしい存在はそれほどまでに全てをさいなむ。

 体内から言い知れぬ衝動が込み上げ、やがて、その底が見えて――

「――――ッ!!」

 慌てて、手を引いた。

「っ、う゛……うぅ……!」

 手を抑えて必死に堪える。強烈な衝動が襲ってくるようで、全身の毛が逆立った。
 体が寒い。こんなこと、今までなかった。
 手が別の物を欲しがって、また、黒い……

「ゥ……グ……ッ!!」

 皮膚の下で蛇がのたうつような衝撃に腕を抑えつけ、必死に、必死に堪える。

(うまく、いった……ッ、上手く行った、上手く行ったんだッ! 抑えろ、絶対、こら、えろ……!)

 言い聞かせて、抑え込んで、守るために必死でうずくまった。
 今この場所にはいない愛しい存在を喰らい尽くしてしまう事を思い、恐れて、自分を必死に閉じ込める。二度と、ああはならないように。

「……っ、ぅ……ぐ……」

 周囲の気が荒れ、自分に流れ込んでくる。
 その勢いに体が発火しそうな程の熱を持ったが、ブラックはどうにか堪え切った。
 炎の曜気であれば、自分の領分であれば、どうにかなる。
 荒い息を吐き、吸い込んでゆっくりと立ち上がった。

「…………はぁ、はっ……は、はは……ヤバいな、こりゃ……」

 先程まで砂嵐の如く渦巻き荒れ狂っていた室内の曜気が、霧散している。
 チラチラと雪のように赤い光が舞う程度で、気温も急激に低下していた。

 見れば、自分の周囲のマグマは黒く変色し固まっており、流れをせき止めている。結果的には、何もかもが上手く行ったらしい。

(……だけど、もう、これっきりだ……。これで満足しただろう? もう、いいよな。もう二度と、あんな事にはならないよな……)

 汗を拭って、ゆっくりと立ち上がる。
 息は上がっていたが、もう先程のような動悸も汗も怒らなかった。

 その事に心底安堵あんどし、ブラックはゆっくりとマグマの消えた場所を覗き込む。
 すると、そこには池の向こう側に行くための飛び石が見えた。どうやら、ツカサ達が転げ落ちた道にマグマを流す事で、通れるようになる道だったようだ。

 固まったマグマを越えて新しいものが乗り込んでこない内に、道を渡る。
 そうして向こう側の壁へと辿り着くと。

「…………ん……?」

 遠くからではわからなかったが、道が示す正面に切れ目が見える。
 その切れ目は赤い光を放っており、明らかに扉のような形をしていた。

「…………これは……炎の曜術師にしか開けられない扉か」

 書物に、そういう扉が存在すると聞いた事が有る。
 特定の属性を扱う高位の術者が触れると、自動的に開く扉が在ると。

 あまりにも高度な術式を使用するため、東の地方の貴族でしかお目にかかれない物だと言われていたが、古代の遺跡ではそんな事など関係ないのだろう。

「さて……何がいるのかな……」

 炎の曜気を纏った手で触れる。
 その熱さは、先程の冷たい自分の手とは全く違う。

 壁はブラックの意思に呼応するように紅く光り、その形を眩さの中に取り込んだ。
 まるで、扉が開いたかのように。



   ◆



 この場所には、とりあえず危険なモンスターの気配は感じない。

 クロウがそう太鼓判を押してくれたので、俺達は時間を短縮するためにペコリア達に手伝って貰い、三つ又の道の調査を手伝って貰うことにした。

 危ないことが無ければ、俺の可愛い友達を呼び出しても安心だ。罠が有るかも知れないので十分注意してねと約束したが、ペコリアは元々体重が軽くて罠が発動しないのか、俺の心配は杞憂きゆうなようだった。

 ペコリアちゃん達ったら本当可愛いだけじゃなくて有能なんだから……!
 思わずメロメロになっていると、左の道に移動していたグループが「上の方に何かあったよ」と教えてくれた。他の道には何もない……というか、道が狭まっていて、俺達が入れるようなところは無かったらしいので、とにかくそこに行くしかない。

 ペコリア達を集合させて一度戻って貰い、クロウとその場所に行ってみると。

「…………ほんとに穴がある……」
梯子はしごもあるな。もしかしたら、上には人が歩く通路が有るかも知れない」
「だよな……ハシゴがあるってことは、そう言う事だろうし……」

 他の道には何も無くて、上に繋がる梯子が有るって事は、この通路はやっぱり誰かが降りて来て何かをする為の場所だったんだろう。
 ということは、上に登ればこの道の正体がわかるかな。

 でも、どうやって登ろう……俺ぜんぜん身長が足りないんだけど……。
 ジャンプしてもぜんぜん背が届かないし。いや背じゃない。手だ。

「ツカサ、オレが抱き上げてやる」
「う……あ、ありがと……」

 情けない。自力で登れないなんて情けないにもほどがあるぞ。
 だけど、実際に出来ないんだから仕方がない。ここは素直にクロウの厚意に甘えた方が良いだろう。抱え上げられて、必死に梯子に手を伸ばす。
 梯子は鉄製なのかとても冷たく、熱かったダンジョンが嘘みたいだった。

 だけど、その……。

「ご、ごめんクロウ……肩に足のっけてもいい?」
「いいぞ」

 そう言うなり、クロウは俺の体を簡単に持ち上げて、太腿を掴んで固定する。そうして俺を膝立ちさせるようにして、肩に乗せてしまった。
 いつも思う事だけど、凄い腕力だよなクロウ……。
 しかしこの体勢、ちょっと恥ずかしいぞ。今は斜めになってるから大丈夫だけど、俺が背を反らせたらクロウの顔に尻が当たるって言うか、その。

「よ、よし、自力で上がるぞ……!」
「持ち上げた方が良いか?」
「ひゃぁあっ!?」

 ひっ、いっ、息っ、熱い息が尻に掛かるんですけど!!
 まってまってこれめっちゃ近くない!?

 良く考えたら俺クロウの顔の前で尻向けて開脚してる訳で、肩に足を乗せてるから逃げる事なんて出来な……ああぁああ早くっ、はっ、早く上がらなければ!!

「ツカサ、あまり焦るな」
「あっ、わっ、わかってる……解ってる、けどっ」

 梯子に登ろうとして力を入れると、クロウが掴んでいる自分の太腿にまで意識が行ってしまって、体がゾクゾクする。
 今はそんな場合じゃないのに、どうしてかクロウが掴んでいる足から変な甘い感覚が昇って来るようで、俺は背筋を撫でるような続々とした感覚に耐えながら、必死に背を伸ばして梯子にぶら下がろうと頑張った。

「っ、ぅ……ん……っ」

 尻だけじゃなくて、股間の所にまで、クロウの熱い息が当たってる気がする。
 それが恥ずかしくて体が熱くなってきて、俺は震えそうになる腕を抑えながら、足が掛かるようになるまで腕の力だけで必死に梯子を上った。

 なんで、こうなるんだろう。
 クロウに息を掛けられてるだけなのに、そんな場合じゃないのに、体が変になる。
 掴まれている足が震えて、息が掛かっている部分が疼くみたいで。そんな事なんて全然考えてなかったはずなのに、体が酷く熱くてたまらなくなっていった。

 俺、変だ。こんなの絶対おかしい。
 なんだこれ、俺、もしかして敏感になり過ぎてるのか……?

 ハッ、もしかしてさっきまで術を使ったりしてたから、その副作用とか。
 いやでも、今までそんな風になったコト無いよな?
 しかしそれぐらいしか理由が考えられないしなぁ……。俺だって理性は有るつもりだし、今はえっちな気分になってる場合じゃないって解ってるんだからな。こんなの変だもん、絶対おかしいもん。

 よ、よし、副作用だ。副作用のせいに違いない。今はそう言う事にしておこう。
 そうとなったら早く梯子をのぼる事に集中せねば!

「クロウごめん、ちょっと肩に足を乗せるね!」
「ウム」

 クロウはいつもと変わりない。相変わらずの調子だ。
 自分一人が変な事になっているのが分かると、余計に恥ずかしい。
 だけど恥ずかしさで気が急いたせいか、俺は先程までのグダグダが嘘のように梯子になんとか足を掛けて登る事が出来た。

 少し登ると、梯子が軽く揺れる。
 なにごとかと下を見ると、クロウが俺と同じように梯子を上って来ていた。

 ……さ、さすが身体能力が凄い獣人族……でも、俺も脚力強化の術であるラピッドを使ってたはずなんだけどな。それなのにどうしてジャンプ力は上がらなかったんでしょう……。色々と悲しくなってしまったが、俺はクロウを待たせないように黙々と梯子を登り続けた。

 数分経つと、穴の様子が少し変わってくる。
 先程まで手掘りのトンネルみたいなごつごつ感が有ったんだが、上の方はどうやら綺麗に整備されているらしく、岩は綺麗に削られていた。

「…………ん?」

 ふと上の方を見ると、円形の光の線が見える。
 光の線……いや、あれたぶん蓋の間から外の光が漏れてるんだ。

 という事は、あそこから出られるって事なのかな?









 
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