異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

51.何がそうさせた

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「ツカサ君、馬!! 移動してあいつらに曜気を供給して!」

 背後から、ブラックの声が聞こえる。

 馬。……そ、そうか、藍鉄あいてつなら俺の足が遅かろうが曜術が使えなかろうが、素早く動いてくれる。それに藍鉄はとても頭がいい。俺よりも活躍してくれるはずだ。
 ブラックナイス! というか今大変なのにごめん!!

「藍鉄出て来て!」

 胸ポケットから群青に染まった召喚珠を握り、藍鉄を呼び出す。
 すると、再び目の前に白煙が現れ、そこから青毛の馬が出現した。黒い一本角と鉤爪かぎづめが生えた普通の馬とは一線をかくす姿……。うーん、相変わらず格好いい……じゃなくて。早くしないとトライデンスが動き出してしまう。

 俺は抱き抱えたクロウを座らせると、足を曲げて少し乗り易くしてくれた藍鉄に手を掛けた。

「クロウ動ける!? 馬に乗れる?!」
「すまん……今は、無理だ……。オレは……置いて、行け」
「だ、だけど」
「自分の身は、自分で守れる……それより、早くあのモンスターを……!」

 う、うう……でも、クロウめっちゃ体力消耗してるし、このままここに置き去りにしたらあのモンスターに目を付けられるかも知れない……なんとか、トンネル通路の所に連れて行けないだろうか。でも藍鉄に乗れないなら引き摺って行くしか……。
 考えあぐねて去るかどうかを迷っていた俺に、ペコリア達が、くいくいとズボンのすそを引っ張ってアピールしてきた。

「もしかして、ペコリア達が連れて行ってくれるのか?」
「ククゥ!」
「クゥ!」

 まかせて、と言わんばかりに小さな手でモフッと己の胸を叩くペコリアだが、小さな二匹だけでクロウを運べるのだろうか。と、思っていたら、ペコリア達は体をぶるぶると震わせて体毛をぶわっと膨らませた。
 どうやら、この状態でクロウの手を引いて連れて行ってくれるらしい。

 確かに体積は増した感があるが……いや、心配している場合では無い。時は一刻を争うんだ。とにかく今は俺一人では何もできない。黒曜の使者の力を使うとしても頭が混乱している今の状態では発動出来ないからな……。
 まずはラスターとアドニスを助けて、トライデンスを一緒に倒して貰わなければ。

「じゃあ、頼んだぞ!」
「ツカサ、充分に気を付けるんだぞ……」
「クロウもな!」

 こうなった以上迷っている暇はない。俺は藍鉄にワタワタと乗り込むと、ラスター達が跪いている場所に一気に向かった。

「――――!!」

 途端、トライデンスが虚空を裂くような咆哮を上げた。
 咄嗟とっさに振り向くと、三つの首が俺を凝視している。だが、俺は恐怖を感じるよりも先に、よかったと思った。クロウとペコリアの方に目を向けられたら、そっちに攻撃が行っちまうからな。でも、藍鉄なら気軽に避けられる。

 それに、こんな黒籠石こくろうせきがゴロゴロ転がってる走り辛い場所でも、爪のついた特殊なひづめは物ともしない。山間部や崖の多い所に住むという山羊のような性質を持っている藍鉄だからこそ、この石ころだらけの道も平気なんだろうな。普通の馬だったら怪我が心配で召喚できなかった。本当にありがたいモンスターだ……。

「よーし藍鉄、二人の所まで頼むぞ!」
「ブルルルルッ」

 任せなさいと言わんばかりに藍鉄は口を鳴らして答え、ぐんと速度を増した。
 だが、トライデンスは俺達の動きを察知したのか、三つの首それぞれが口を開け俺に向かって攻撃を仕掛けようとして来る。
 ヤバい。そう思った瞬間に、青、赤、橙の光が三つ首から吐き出された。

「うわあああ!!」

 叫んで首にしがみ付いたと同時、体が思いっきり浮いた。
 だがそれにおののくく暇も無く、鼓膜を叩く程の音を立てながら周囲に三つのクレーターが出来上がる。左右に体が大きく揺られて振り落されそうになったが、なんとか首を離さずに耐えて、俺は背後のクレーターを振り返った。

「ッ……う、うわ……」

 一つは炎に焼かれたように焦げており、もう一つは湿って土が散乱している。最後の一つは……えぐれてる、のかな。

 あの攻撃が属性攻撃だとしたら、ひたいの宝石の色の通りって事になるけど……もしかして、あの宝石を壊したら再生できなくなるとかない……かな。いやでも転がってる首は完全に宝石が付いてたよな……と思いながら首が転がっていた方向を見るが、そこには体液だけが飛び散っており、何も無かった。

「え……!?」

 溶けた?! い、いやまさか……。

「ヒヒンッ」
「うおおぉ!! 不意打ちはやめてえええ!!」

 考えている途中に、また体が左右に振り回されて浮き上がる。
 うおおビーム第二弾!! 人が考えてる時に攻撃してくるの頼むからやめてえ!

 だけど敵は俺達を排除しようとしてるんだから、こんな事言っても仕方ない。
 とにかくラスター達の所に行かなければ。二人ともぐったりして声すら出ないみたいだし……マジで一刻も早く曜気を渡さないとヤバいかも。

「藍鉄、出来るだけ敵をひきつけながらみんなに当たらないように、あの二人の所にまで行ける!? む、無茶な事言ってごめんね!?」

 そう。無茶な事を言っているのは解ってるんだが、しかし被害は少ない方が良い。だが藍鉄ならやってくれるのではないかと、ダメもとで頼んでみる。
 すると藍鉄は何故か目を輝かせて、任せろと言わんばかりに嘶いた。

 うう、ごめんね藍鉄。俺が不甲斐ないばっかりに……。
 でも藍鉄が快く引き受けてくれたから、俺もちょっとだけ余裕が出て来たぞ。
 い、いまは首に捕まるのが精一杯だが、降りたら何とかしてあいつの気を引かないと……いや、そのまえに黒籠石をどうにかしなければ、っていうかビームの二波三波がしつこく迫って来て、そんなの考えてる場合じゃないんですけどおおお。

 あっ、あとすこしっ、もう少しで二人の所に到着すんぞ!!

「うっ、うおおおっ! ラスター、アドニスっ!!」

 藍鉄から転がるように降りて二人に近付くと、背後からどっこんと地面が抉れる音が聞こえてきた。どうやら藍鉄がトライデンスを引き付けて牽制してくれているらしく、大きな声で嘶きながら注目を集めていた。

 二人を助けるなら今しかない。
 俺は出来るだけ二人の周囲に散らばっている黒籠石を遠くに投げると、それぞれの背中に交互に手をやって、交互に木の曜気を与えた。
 ラスターは「日の曜術師」で二つの術を使えるらしいんだけど、良く考えたらもう一つの属性がよく分かんないからな……。

「う……うぅ……」
「くっ……すまん、ツカサ……」

 俺が曜気を与えると、ようやく二人は声を発した。どうやら少し元気になってくれたらしい。だけど、二人の調子は未だに良くないみたいだ。

「何故か急に、体が動かなくなりまして……」
「この水晶が関係してるのかは判らんが、かなり気を消耗してしまってな……」
「大地の気も流しとこうか?」
「ああ、頼む……」

 なんか一杯やってく? みたいな軽めの言い方をしてしまったが、まあ深刻な事を言うよりマシだろう。余計なことは置いといて、大地の気を送ると二人はホッと息を吐いたようだった。大地の気は自己治癒能力を促進するみたいだから、必要が無くてもあった方が良いよな。そもそも、二人ともトライデンスに掛かりきりで体力も消耗してたし。

 木の曜気と大地の気を交互に二人に与えると、ようやく二人とも立てるようになってきた。何だか自分がガソリンスタンドにでもなった気分だ。

「さすがは俺の嫁だなツカサ。もうここまで自在に黒曜の使者の力を操る事が出来るとは。木の曜気だけではまだ曜術は使えんが、これならなんとか戦えるぞ」
「私も楽になりました。ありがとうツカサ君」
「へへ、そんな礼なんて良いって。つーか俺嫁じゃないからね! ……じゃなくてさ、二人とも戦闘に復帰できる? 今は藍鉄が引き付けてくれてるけど、さすがに限界になってきてるし、ブラックはレッドの相手で対応できないんだ」

 そう言うと、ラスターとアドニスは不機嫌そうに少し顔を曇らせた。

「ほう? あのクズ中年がいないと俺がモンスターを斃せないとでも?」
「やれやれ……ツカサ君も見くびってくれますねえ。属性攻撃が得意なデカブツが何だと言うんです。植物の力を舐めないでいただきたい」

 あっ、あれ、二人ともなんでそんな挑戦的なの。
 いや殺る気マンマンなのは嬉しいんだけどさ。

「じゃ、二人にトライデンス任せちゃって良い? ギアルギンの事があるし、俺、クロウの所に行きたいんだ。変な術を掛けられて呪いとか受けてないか心配で……」
「それは構いませんが……一人で大丈夫ですか?」

 俺に戦闘を手伝わせる事なんで微塵も考えていないのか、二人は俺が離れる時の事を不安そうに問いかける。
 かーっ、俺の事を子ども扱いしやがって……いや大人の二人から見れば子供かも知れないけどさ。でも俺だって一人で出来るんだからな! 色々!

「大丈夫! 藍鉄も居るし、ギアルギンに何かされそうになったら逃げるから。……というか、アイツなんでか今回は全然手を出してこないから……」
「それも不安なんですよね……あの男、一体何を考えてるんでしょうか。我々を殺したいのなら、こんな回りくどい方法を取るよりも、あの【紅炎のグリモア】で広場を一気に焼き尽くせばいいのに……それもやらないで、こんなモンスターを出してきて、件のグリモアは一人に掛かりきりだなんて」

 言われてみれば確かに妙だ。
 あれからギアルギンは動いていない……というか、完全に傍観している。
 ラスターとアドニスが回復した事に関しても、何も焦ってはいないようだ。ただ、俺達を見てニヤニヤしているだけだった。
 何かの意図が有るのは間違いないし、クロウに対して酷いことをしたのも事実だ。黒籠石の水晶をばらまいて俺達をピンチに陥らせようともした。

 でも……なんのために?
 本当に、俺達を殺したいだけなら広範囲の曜術で牽制すれば済むだろう。
 ここには木の曜気も水の曜気も無い。だから、ラスターとアドニスは俺に頼らざるを得なくなるし、クロウだって何度も土の曜術を使う訳にはいかないだろう。となれば、圧倒的に有利なのはレッドの方だ。

 なのに、レッドは曜術を使いもせず、ブラックに対して剣を振るうだけなんて。
 いくら敵だと思っている相手が目の前に居ても、ギアルギンとつるんでいる以上はあの男の命令を聞かなければいけないはず。なのに、ブラックだけしか足止め出来ない方法をやり続けてるなんて……。
 やっぱり、何かおかしい。クロウを元の姿に戻した術も、何かあるのかも。

「ごめん二人とも、ここは頼む!」
「構わんが、早めにここに戻って来てくれ。いまの量では長く持たないかもしれん」
「わかった! 藍鉄ー!」

 俺が呼ぶと、藍鉄は踵を返してこちらへ走って来る。
 だが当然トライデンスもこちらの動きに気付き、ビームを打とうと口を開ける。
 しかし、相手が口を開けるよりも早く、アドニスが種を空中に飛ばし木の曜術を発動させた。

「かの怨敵を戒めよ――【グロウ・レイン】!」

 指で弾き飛ばされた三つの種が、一気に発芽し太く長い蔓となって三匹の元へと向かう。だが相手もそれを察知したのか、近付かせまいと空に向けて息を吐いた。

「そこだ!!」

 視界が空へと逸れた一瞬を狙い、ラスターが首の根元を切りつける。
 巨木のように太い首がゆえに、クロウのように一発で切り捨てるという事は出来なかったが、しかしあと二度ほど切りつければきっと首は取れるだろう。
 曜気を奪われて辛いのではないかと思ったが、これなら少し離れても平気だ。

 トライデンスは二人に任せて、俺はクロウの様子を見に戻ろう。
 そして、双方が大丈夫だと解ったら、ブラックに粘着しているレッドを引き剥がして、ブラックも助けないと……。いくらなんでも、長期戦過ぎる。ギアルギンがまた何かの企みを実行する前に、二人の戦いもどうにかして決着を付けさせないと。

 ブラックには俺の助けなんて必要ないだろうけど、でも、相手の隙を作るくらいなら手伝えるはずだ。力では無理だけど、注意を逸らすくらいは出来る。
 そうとなれば、早くクロウの所へ行かなければ。

 俺は素早くやって来てくれた藍鉄に乗りこんで、再びクロウの元へと向かった。
 俺達がトライデンスを引き付けていたお蔭で、クロウは随分と距離を稼いでいる。
 目的地は、トライデンスがいる地点とは反対側にある、トンネルのようになった通路だろう。ペコリア達が一生懸命クロウを支えつつ、トンネルへと近付いていた。

 よし、あそこに入ればクロウも一息つけるぞ。あとは土の壁なりなんなり作れば完璧だな。その為にもクロウにも土の曜気を渡さなければ。
 そう思って、トンネルのようになっている通路を見ると……トンネルの中に人がいるらしい事に気付いた。あれは……ヒルダさんか?

 よかった、ヒルダさん見かけないと思ってたけど、ちゃんと避難してたんだな。
 クロウが一緒にいてくれればきっとヒルダさんも安全だ。今のこの状況では、二人で離れていた方が良い。クロウも彼女に気付いたのか、耳を上げる。

 ヒルダさんはそんなクロウが心配なのかどうか、遠くて表情が見えないが、クロウの方へと駆けだした。ああ、やっぱり優しい人だ。クロウの様子を見て、すぐに走り出して介抱しようとするなんて。
 そう思い、ヒルダさんを呼ぼうと大きく口を開けた、俺の目の前で。

「え……――――」

 ヒルダさんはナイフを取り出し、駆け寄ったクロウめがけて、
 
 それを、突き刺した。











 
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