異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

35.起こり得ないことが起こったとして

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   ◆



 そんなこんなで、俺達はまんじりともせず朝を迎えたワケだが……まんじりって、どんな意味なんだろうか。いやらしい意味ではないだろうが、それにしてもなんか動きにくそうだ。だったらいやらしい意味の方が良いな。いやらしい事起きないかな。
 せっかく可愛い女性と一緒に居るんだから、不意に抱き着かれちゃうとかそういうラッキースケベとか起こっても良かったんじゃないかなあ。

 ……ああいかん。緊張しっぱなしで徹夜をしたもんだから、思考がおかしな方向に行ってしまっている。違う、そうじゃない。
 とにかく、俺達はなんとか夜を過ごして、今日の朝日を拝む事が出来たのだ。

 幸い、あの後は霧も現れなかったのだが……それにしても疲れた。
 久しぶりに野営のような事をしたせいなのか、ここ最近怒涛どとうの勢いで色々とあったせいで疲弊ひへいしているのか、とにかく体がだるい。

 寝不足になると動きが緩慢かんまんになると言うが、元々運動音痴な俺が更に動きを緩慢にしてしまったら、カメにも負けてしまうんじゃなかろうか。
 そもそもカメって意外と素早く動く生き物だしなあ……。

「ツカサ君、ツカサ君。大丈夫?」
「え゛あ゛。う、うん、大丈夫……」

 隣にいるブラックから問いかけられて、ハッと我に返る。
 ああ、そうか、今はもう朝だった。朝で、俺達はとりあえずバリーウッドさんの所に行く前に朝食を取ろうという事になって、スープとパンを頂いていて……。

「いやツカサ君大丈夫じゃないじゃん。目がうつろじゃん」
「大丈夫、平気だかズズーッ」
「カップに顔突っ込んでるよツカサ君やけどするよツカサ君」
「眠いなら無理せず寝た方が良い。余計に疲れるぞ」

 ええいうるさい、大丈夫と言ったら大丈夫なんだ。
 今のはちょっと油断しただけで、スープの熱さで眠気なんかふっとんだわい。
 だから、もう平気だ。大丈夫だっての。スープも美味しいし!

「もっかい顔を洗えば大丈夫だ。それより……エーリカさんは?」
「あのメイドなら、先に周囲を確認して来るって外に出たよ。もう心配はないだろうけど、念のため自分が確認して来るって」

 さらっと言いながら、ブラックはコッペパンほどの大きさのパン……この世界では白パンと呼ばれているお高めのパン……を頬張る。
 好物の白パンはモリモリ食べる姿はだいぶ子供っぽいが、まあいつもの事なので放っておく。今は無精髭についたパンくずよりエーリカさんの無事だ。

「一人で行くなんて大丈夫かな……」
「あのメイドこそ平気でしょ。勝手知ったる自分の職場だし、肉弾戦ならこの熊公と良い勝負するくらいは強いだろうし」
「え……そんなに……」

 あんなに細くて女性らしいすらりとした腕なのに、クロウと取っ組み合いをしてもそこそこいい勝負になってしまうのか。う、うう、歴戦の戦士って言うのは解ってたけどそんなの想像したくない。女の子なのに、可愛い女の子なのに……。

「力が半減したこのままの状態なら、確かにいい勝負になりそうだな。ここではなく地上であれば、確実にオレが勝つだろうが」

 クロウ、ちょっとムッとしてるな。
 熊耳の毛が少し膨らんでいる所からして、ブラックの見立てが気に入らなかったんだろうか。いやこれは「本当の実力はそんなものじゃない」って憤慨ふんがいしてるんだな。

 言わずとも解ってしまうクロウの様子が微笑ましくて思わずニヤリとしてしまったが、本人にしてみれば深刻な問題だから笑っちゃ駄目だ。
 顔を抑えつつ、健康に良さそうなハーブと塩の味がする野菜スープを飲んでいると、エーリカさんがいつものメイド服を着て食堂に戻ってきた。どうやら、周囲に目立った危険は無かったらしい。

 それなら大丈夫だという事で、朝食と身支度を済ませた俺達は、まず最初にシアンさんが軟禁されている守護の泉の“鳥籠”に向かう事にした。
 いくら危険が無かったとは言っても、やっぱり心配な物は心配だからな。

 バタバタと見知らぬエルフ達が行き交う廊下を歩いて泉の見える場所へと出ると、俺達は再び籠の番をしている兵士達に許可を貰い部屋の中に入った。

「シアンさん」
「あら、みんな……昨日はなんだか大変だったみたいね」

 朝から机に向かって大量の書類を処理していたシアンさんが、席を立ってこちらへ向かって来る。今日も若々しく麗しいクールビューティー美女の姿だが、その心配の仕方はやっぱりお婆ちゃんだ。
 そのギャップに不覚にもキュンキュンしながら、俺は昨晩起こった出来事をシアンさんにもすべて話した。

「そんな事があったの……。それは確かに変ねえ」
「迷宮を使うエルフは本当にそんな事はしないのか?」

 疑り深いブラックが、再度シアンさんに言う。しかし答えは同じだった。
 やっぱり“迷宮”は「侵入者」をライムライトさんが認識して「侵入者にだけ」迷宮が発動するわけで、仮に不特定多数に術を掛けたとしても、王宮全体に霧を発生させたりすることは出来ないのだそうな。

「出来ない、と言うよりは……そんな事をしたら、丸二日ぐらいは使い物にならないほど疲れてしまうから、禁じているのよね」
「そうなんですか?」

 これはエーリカさんも知らなかったようで、眼鏡の奥のつぶらな目を丸くする。
 シアンさんはそれに頷き、頬に手を当て「困ったわ」と言わんばかりに、思わしげな表情を浮かべて息を吐いた。

「だけどライムライトは無事みたいだし……となるとこれは、外部の者がやった事かそれとも……この王宮の中の誰かが犯人ってことになるわね」
「は、犯人ですか」
「ええ。どんな理由が有っても、王宮の平和を乱したものは重罪だもの。誰かに罰を与えるなんてこと、ここ数百年全くなかったけれど……女王陛下に危険が及ぶような事態を作ったら、さすがに糾弾きゅうだんして罰さなければ悪しき前例を生むでしょう?」

 そりゃまあ、そうだよな。
 もしこれが「危害を加えるつもりはない行為」で、それを身内の優しさで許したとしたら、次にこの事を悪用してもっと酷い事をする奴が出て来るかも知れない。

 そうなったら、この国の人達は最悪の場合王を失う事にもなりかねないし、バリーウッドさんやシアンさんみたいな重鎮を暗殺されてしまって混乱する可能性もある。いくら身内でも、引き締める所は引き締めないと行けないのだ。
 ……でなければ、数千年以上エルフが栄える訳もないよな。

「だけど、犯人って言っても目星も付けられないんだろう?」
「そうなのよねえ……もしここにも霧が来ていたら、私の力で霧を辿たどって、発生元を特定することも出来たのだけど……役に立とうと思っても、なかなか上手くいかない物ねぇ……」
「霧の元をたどるって、そんな事も出来るんですか」

 「私の力」とは恐らくグリモアの力の事だよな。
 シアンさんは人族の大陸では“水麗候すいれいこう”と呼ばれている通り、その通り水のグリモアをその身に宿しているんだ。
 俺はシアンさんが曜術を使う所を全く見た事が無いから解らないけど、良く考えてみれば霧って水分なんだから、そりゃ水を操れる人ならその流れも読めるよな。

 そっか、俺もそうすれば……いや、俺は今曜術が使えないんだったな……。

 嫌な事に気付いて落ち込む俺に、シアンさんは優しく答えてくれた。

「ええ。私だけしか使えないけれど、触れれば大まかな源泉を知ることが出来るわ。自然の物ならある程度は操ることも可能よ。けれど、それがもし他人の発動した曜術なら、操ることは出来ないけど……」
「シアンさんの所に霧が来なくて良かったけど、それを聞くとなんというか……もどかしいですね……」
「うふふ、ありがとうツカサ君」

 えへ、え、えへへ……シアンさんに微笑まれちゃった……。

「ツカサ君なにテレテレしてるのかな?」
「こらブラック、嫉妬も行き過ぎると鬱陶うっとうしいわよ? 前にも『もうちょっと大人になりなさい』と言ったでしょう」
「ぐっ、ぐぬぬ……」

 ふふふ、シアンさんの前だとブラックもかたなしだなあ。
 やっぱりブラックもブラックなりにシアンさんの事をお母さんみたいな感じで見てるんだろうなあ。微笑ましくてニコニコしてしまうぞ。

「とにかく、無事なんだな! お前んとこは何もなかったんだな!!」
「あらあらすぐに顔を真っ赤にして怒って。そんなんじゃ、子供みたいだってツカサ君に笑われるわよ?」
「じゃかあしいわ! 他に何もないなら帰るからな!!」

 プンスカするブラックに、シアンさんは穏やかな微笑を浮かべていたが、ちょっと待ってとブラックのそでを引いた。

「申し訳ないのだけど、頼まれごとを引き受けてくれないかしら」
「頼まれごとですか」

 俺が言うと、シアンさんは俺を見て少し深刻そうな表情で頷いた。

「エネがもう帰って来てるはずなのだけど、姿が見えないの。もし帰って来ていたら、お師匠様か女王陛下がご存知のはずよ。だから、確認して来てくれないかしら」
「エネさん戻って来たんですか!」
「ええ。だけど……なんだか嫌な予感がするのよね」

 その言葉に、先程まで怒っていたブラックが顔を引き締めて眉根を寄せた。

「もしかしたら、昨日の霧が関係しているかも知れないって?」
「……関係ないといいのだけれど」

 みなまで言わずとも、ブラックはシアンさんの考えている事を解っていたらしい。
 俺にはまだよく分からなかったが、ブラックは頷くとエーリカさんに向き直った。

「今から僕達が謁見しても構わないか?」
「え、ええ、ブラック様がご一緒なら陛下もお会いになられるかと……。バリーウッド様も真宮しんぐうにいらっしゃると思うので、御二方に会うのは簡単ですが……しかし今は混乱しているかもしれないので、話せるかどうかは……」
「万が一あの毒舌女に何かあったら、シアンの求めていた情報までおじゃんだ。とにかく会いに行くしかない」

 そうだよな。エネさんは確か、ギアルギンがどこへ行ったかを探っていた。
 ならば、重要な証拠を掴んで持ってきた可能性もあるのだ。シアンさんが鳥籠から解放されるには、彼女の情報が必要不可欠なのである。

 ブラックの言う「万が一」が起こったとしたら、シアンさんの容疑も何時まで経っても晴れる事は無い。もしエネさんが何かのアクシデントに見舞われているのなら、早く助け出さないと彼女の身も危ないかも。

「では参りましょう。私も……エネが心配ですから」

 彼女と兄弟筋で親しいと言っていたエーリカさんも、今の話を聞いてやはり心配になったようで、どこか深刻そうな顔をして言う。
 やっぱり親しい人が危ないかもって言われたら心配だよな……。
 よし、早くエメロードさんの所へと向かおう。

 俺達はシアンさんに挨拶あいさつをして鳥籠から離れると、脇目も振らずに真宮へと向かう事にした。

 ……それにしても、さっきから廊下を凄い人数が行ったり来たりしてるな。
 昨日まではすれ違う人すら珍しいくらい閑散かんさんとしていたのに、やっぱり昨晩の霧の浸食は相当な予想外の事態だったらしい。
 だけど、俺達が自由に歩いている事も気にしないだなんて……かなりテンパってるんだろうな……。平和が続いているとこういう時に大変だよなあ。

 しかし、この調子だと真宮は大丈夫なんだろうか。
 真宮には、女王陛下であるエメロードさんと、従者であるラセットやクロッコさんと言った少数精鋭の人達が住んでいるらしいが、しかしここまでバタついてると真宮にも何かあったんじゃないかと考えてしまう。

 エーリカさんの情報では大丈夫だったらしいけど……こんだけ混乱してたら、エメロードさんも流石に不安なんじゃないのかな……。
 だってディルムはずっと平和な所だったんだし、狙われるとしたら国の象徴である彼女が第一候補じゃないか。そりゃこんな事が起こったら不安だよ。
 ラセットがどうにか彼女を支えていたらいいんだけどな……。

 そんな事を思いながら、真宮へ向かう橋が見える廊下に差し掛かると、橋の前に門番のように立ちはだかるエルフ達が見えた。
 やはりこちらも寝ずに警戒していたのか、どことなく目がギラギラしている。
 美形にそんな顔をされると正直怖かったが、そんな事も言っていられないので俺達は事情を話してエメロードさん達に謁見したいと話をしてみたのだが。

「駄目だ駄目だ! さっさと館に戻れ!」
「下等な人族など何をするか解らん、ここへは二度と近付くな!」

 そんな事を言いながら、門番っぽいイケメンエルフ二人は長い槍をお互いに組み、バッテンを作って俺達を通すまいとする。
 しかし俺達もここでへこたれる訳には行かない。

「あの、じゃあ、エーリカさんだけでも真宮に入れて頂けませんか」

 そう言いながらエーリカさんを押しだすと、二人は目を丸くしてあごを引いた。

「うぐっ、しょっ、将佐どの……!!」
「しょうさ?」

 思わず問いかけると、エーリカさんは俺の目の前に立つように一歩前に出た。

「今は給仕のエーリカです。……その事は言っておいたはずですよね?」
「ヒッ、も、申し訳ありません!!」
「おおおお許しをっ」

 エーリカさんの背中しか見えないので彼女がどんな顔をしているのか解らないが、しかしイケメン二人が青ざめて鼻水を出すくらい怖がっている所からして、見ない方が良い表情をしているのだろうなと確信した。

 いや、うん、可愛い女性が鬼神も泣くほどの剛腕戦士ってのはままあるキャラ付けだけども、実際にその様子を見ると対峙した人が哀れでならないな。
 きっと色々泣きたくなるような厳しい訓練とかさせられたんだろうなあ……。

「とにかく、私だけでも通して下さい。バリーウッド様にも用事があるんです」
「はっ、はい、ショッ、えっ、エーリカ様でしたら喜んで!」
「見知った給仕係が居た方が陛下も御心が休まるかと!!」

 なんとも力技だなあと思っていたら、橋の向こうから誰かが渡って来た。

「おお、エーリカと御三方。どうなされましたかな」
「あれっ、バリーウッドさん」

 白尽くめの人が近付いて来るなあと思っていたが、バリーウッドさんだったとは。
 思わず驚く俺達を見て、相手はどんな状況なのかを察したのか、震えあがっている門番二人の肩を叩いて優しくこう言った。

「全て儂に任せなさい。この四人は信頼して良いものだ。通しても構わん」
「ば、ばりーうっどさま……」
「う、ううう」

 泣くっておい、どんだけエーリカさん怖かったんですか。
 色々と気にはなったが、そこを追及しても仕方がないので、俺達は素直にバリーウッドさんについて行くことにした。
 まあ、混ぜっ返したら今度は俺達がエーリカさんに怒られそうだしな……。

 色々と思う所が有りつつ、空中に掛かる橋を五人でぞろぞろと渡る。
 するとその途中で、バリーウッドさんが俺達に振り返りながら笑った。

「いやしかし丁度良かった。こちらから招こうと思っておったのですよ」
「え……ここにですか?」
「ええ。少しお話したい事がありましたのでな。陛下もお待ちです」

 その言葉に、俺達は顔を見合わせる。
 陛下って……やっぱりエメロードさんの事だよな。

 だけど、待ってたってどういう事だろう?












※また遅延発生で申し訳ないです…
 
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