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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
13.対峙1
しおりを挟む数代前の屋敷のような、古ぼけてみすぼらしい洋館が見えてくる。
その姿を見て、ブラックは歯を噛み締め眉間に深く険しい皺を刻んだ。
(チッ……。よくもまあ、こんなチンケなねぐらでツカサ君を飼おうと思ったもんだ。なあ、ガストンとやら)
高い壁とおざなりな防護柵。こんなもの、名のある曜術師、しかも四級にも満たない者でもすぐに破壊出来てしまうほどの陳腐さだった。弱い、あまりにもみすぼらしくて脆弱だ。自分よりも遥かに劣っているではないか。そんな館しか住めないような存在が、塀の向こう側に居る。
そんな相手が、ツカサを勝手に“自分の物”にした。
(何も知らないで。ツカサ君の事なんて、何も知らない癖に……!)
考えれば考えるほど、はらわたが煮えくり返る。
これほどまでに臓腑を焼くような怒りを覚えたのは久しぶりだった。
ツカサをどうこうされても一向に構わないと思っていたが、それでもブラックにだって譲れない所は有る。それが不測の事態によって齎されていたと言う事と、その偶然にありついた男がいる事が、どうしても許せなかったのだ。
(黒狼館とはまた大きな名前を付けたもんだな。この国で『黒』の名を使うなんて、大馬鹿者か道化か、それかよっぽどの気狂いだけだっていうのに。この街じゃあ学が無い奴ばっかりだからって、高をくくってるのか。それとも、喧嘩を売ってるのか)
心の中のどす黒い感情が、外観を見ただけでも噴出する。
何もかもが憎らしくて、今すぐに炎で燃やし尽くしてやろうかと右手が疼く。もしまだ左腕が無事だったのなら、自分は間違いなく剣を抜いてこの煉瓦の壁を破壊し、ガストンとやらの臓物を焼き切るために炎を手に宿していたかも知れない。
怒りは、最早抑えられないほどに体を焼いている。
体の内から沸き上がる衝動は、支配していたはずの力をも暴走させそうになって、ブラックはその衝動を必死に抑えながら、中に入るには門を目指すか壁を飛び越えるべきかと考えようと努めていた。
(こんな事なら、聞かなければ良かった……!)
だが、後悔しても遅い。
自分は、あの二人から聞いてしまった。知ってしまったのだ。
ディルムから落下したツカサがどうなって、どこへ連れて行かれたのか。そして、自分は今みっともなく激怒している。みっともない。解っている。解ってはいるが、最早この衝動はどうしようもなかった。
簡単に着火した火は、簡単に消える事は無いのだから。
(ツカサ君……)
今は、その名を呼んでも先程の話が頭の中に蘇ってしまい、未だ見ぬ男に怒りが湧くだけだった。
あの愛玩用奴隷達から聞いた話は、こうだ。
――――数週間前。ガストンと言う男が、愛玩用奴隷達の主と共に、新たな奴隷を仕入れるために出かけて行った。その際、運悪く盗賊団に襲われて、ガストンだけが助かったのだと言う。その時に連れ帰ったのが、左腕に酷く醜い火傷の痕を持ち、黒い髪を隠す事も無く平気で見せていた“ツカサ”だった。
彼らもツカサの仔細は詳しく知らないらしいが、そのツカサに初めて接近した際、彼はそのガストンという男を非常に信頼しており、奴隷達の目にはツカサがその男に好意を持っていたように見えたと言う。その感覚を裏付けたのが、ガストンと言う男の稚拙な策略と、その後の奴隷に接する者の態度とは思えない必死さだった。
ガストンという男は、自分でツカサを突き放したくせに、危険に曝されると血相を変えて外に飛び出していったのだと言う。その態度は、自分達の女将に対する主人の態度のようだったと無知な奴隷達は語った。
――――それだけなら、ブラックも「またツカサ君の“おせっかい”が出たんだな」としか思わなかっただろう。だが、二人が女将から聞いたと言う「うわさばなし」を語った瞬間から、ブラックは我を忘れるほどの怒りに囚われてしまったのだ。
そのガストンという男が、ツカサを手放したという話を聞いて。
(手放した。ツカサ君を手放しただと!? ふざけるな、ふざけるなクソッ!!)
ツカサを騙していたと言うのか。相思相愛と誤解されるほどにツカサを傍に置いていたのに、それもただの嘘だったと言うのか。
ツカサは、そんな……
そんな最低な男に、手を繋ぐこともそばに居る事も、許したと言うのか。
(許さない、許さない許さない許さない絶対に楽には死なせない、苦しめながら生き地獄を味わわせてやる……!!)
だが、その怒りは「ツカサを売ったこと」ではない。
ブラックが真に激昂していた訳は――――
ツカサが、相思相愛に見えるかのような行動を許していたからだった。
……奴隷なんてどうでもいい。誰がツカサを捕まえようが、どうだっていい。金貨一枚分の話の何もかもが、ブラックにとってはどうでもいい事だった。だが、ツカサが「相手を好いていた」となると話は違う。
さっきは冷静にやっていたつもりなくせして、そのたった一言で抑えていた感情が膨張し、結果、こうして憤りに支配されてしまっていた。
……ツカサが、自分の知らない誰かに「相思相愛」に見えるほど懐いた。
それが、その事実が、ブラックにとっては何よりも許せなかったのだ。
「……ああもう、いいや。こうなったら一気に館を……」
壊してしまおうか。そう考えて右手を動かそうとすると、不意に「びぃっ」と言う珍妙な鳴き声が聞こえて、マントの中から何かが目の前に飛び出してきた。
「ビビッ、ビィイ!!」
これは、蜂だ。ツカサの守護獣の不可解な子供の蜂だ。
邪魔をするのかと睨みつけたが、しかし相手は自分を止めようとしてか小さな手足を使い、目いっぱいに広げる。それは、いかにもツカサがやりそうな手段だった。
そんな事をしたって、止められないのに。
体格が違い過ぎると言うのに。
「ビビィッ、ビッ、ビィィ……」
必死に「壊すな」と言っているように聞こえる。
そうして、一本の足で空を指さしながら、何やら円を描くような動きをする。
その姿を何回か見やって、「あ」と声を出した。
「そうか。夜闇に乗じて行けと言うんだな」
「ビィッ」
正解だとでも言わんばかりに腰に手を当てて「えっへん」と息を吹かす変な子蜂に、ブラックは何故か怒りが少し治まったのを感じた。
……まあ、確かに、言われてみればそうかもしれない。
そのガストンという男は、恐らく他の悪党ともつながりを持っている。
あの頭の悪そうな奴隷達が名前を覚えているような人物で、しかもこの建物も他の物と比べるとかなり大きな部類だと言うのに、先ほども言ったように警備は手薄だ。盗みを働こうと周囲を探る不届き者の姿すらない。この壁も、強盗や悪漢などに襲撃されたような痕は微塵も無かった。
という事は、少なくともそのガストンと言う男には「襲うには危険が多すぎる」という何らかの要素がある事になる。
こんな悪党だらけの街で、ずっと襲われなかったなんて事はありえない。
間違いなく、そのガストンという男には「なにか」があるのだ。
激情に呑まれて考えなしに突撃するには、危ない相手だった。
普通の市民などならまだ殴りようもあろうが、その相手が上層部との繋がりがあるとすれば、不利なのはこちらの方かも知れない。
だからこの蜂は、ブラックを冷静にしようとしたのか。
いや、ただ単に「怒りに任せて行動するな」と言いたかっただけかもしれないが。
しかし、自分の今の状態は、モンスターに諭されるくらいに見ていられない状態だったという事は確かだ。それを考えると、目の前に飛び出してきたこの子蜂を押し退ける事など出来なかった。
「…………」
「ビィ……」
「……ああ、すまなかった。僕が悪かったよ。すっかり冷静になったから落ち着け。もうそんな風にしなくても大丈夫だ。……侵入は夜だな。作戦を立て直そう」
「ビビビッ!」
暴走気味だったブラックを止めたのは、間違いなくこの子蜂だ。
なのに相手はその事で偉ぶるでも無く、助けるのが当たり前だとでも言うように話を切り替えて、夜の事に参加する気満々になっているのだ。
その小さな姿を見ていると、何だかツカサが重なって見えたような気がして、妙に心が落ち着いて行った。
(まあ、いい。夜の方が探す手間も省けるし……なにより、闇討ちと言う言葉があるくらいだからな……)
夜になれば、必ず人は灯りをともす。その灯りの位置を把握すれば、どこに標的がいるのか解り易い。こんな壁で満足しているような男だ、今のところ罠の気配も無いし、きっと思い通りに動いてくれるに違いない。
ツカサの所在を知るためにも、怒ってはならない。驕ってもならない。
ただ見て、考えて、聞くべきだ。
(襲撃は夜までお預けだな。相手が面倒な奴なら、手間が掛かってもバレにくい方法で接近した方が良い。……そんなこと、僕だって解ってたはずなんだけどな)
冷静でいたつもりだったのに、やはり自分はツカサが誰かに懸想していると考えると、我を忘れてしまうらしい。
(…………ツカサ君……)
何故、そんな酷い男にそこまで心を開いてしまったのだろうか。
どうして、自分の事を話してくれていなかったのだろうか。
考えるだけで気が狂いそうになる。
だが、今は考えてはいけない。冷静にならなければいけない。
解ってはいるが、心の中ではまだどす黒い靄が漂っていた。
→
※次ちょっとブラックが酷い、というかどっちが悪人か判んないです注意…
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