異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

20.それで幸せだったのなら

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   ◆



「おう、なんだツカサ。今日はバカにやつれてんじゃねーか」

 朝食を済ませて波止場に再び出向いた俺に、朝のジョギングをしていた健康的な男――こと、ナルラトさんが声を掛けて来る。
 俺は低い声でうなりながらも、力なくハイと答えた。

 ああ、そりゃ疲れますよ。
 昨日は狭いベッドでオッサンとぎゅうぎゅうになって眠るわ、俺が寝るまでずっと体を撫で回されるセクハラを受けるわ、起きたら起きたでブラックの身支度を一通りさせられてその最中もキスとかされまくるわで、本当に朝から色々されたからな……。

 そりゃ朝から疲れますともさ、ええ。

「何だなんだ、朝からシケたツラみせやがって。しゃきっとせんね!」
「いひゃひゃやへれくらはい」

 あああっ、ほっぺ引っ張らないでくださいっ!!

 思わず学級文庫と言いたくなるが、ぐっとこらえて手を剥がそうと躍起になる。
 しかしナルラトさんはネズミっぽい顔に相応ふさわしく少々悪戯好きなようで、俺の困る顔を見て大層おもしろがっているらしい。全然離してくれない。

 くそっ、こんな時に限ってブラックの野郎は「朝のお通じ(はぁと)」とか言ってトイレに行ってるし、クロウもクロウで「朝食は沢山食べるのだ」とか腹ペコキャラみたいな事を言っちゃって来るの遅れてるしぃいいいい。

 肝心な時に一緒に居ないのは策略なのか、お前らなんかたくらんでんのかちくしょう。

「はっはっは、面白かなぁお前は。さすが兄貴が懸想してただけはあるわ」
「ひぇぐうう……ぶはっ、だ、だから、懸想ってなんですかっ! ラトテップさんは俺を助けてくれた恩人で、懸想って……」

 ……はて、どういう意味だろう。

 懸想って言うけど、別に変な意味じゃないよな。大事にしてたって事かな。
 確かに俺はたくさんラトテップさんに助けて貰ってたけど……。

「なんね、自覚もなかったとか。……ま、兄貴も宗教入っとる所があったからなあ」
「しゅ、宗教っすか」
「俺がプラクシディケ様の護衛として待機してた時に、戻って来たら兄貴ってば本当にお前の事を嬉しそうに話しててな。俺ぁてっきり春が来たもんだと思ったもんよ」
「いや……えっと……たぶんそう言うんじゃないと思いますけど……」

 春が来たって、恋をしたとかそう言う意味だろ?
 ラトテップさんは俺に対して凄く優しくしてくれたけど、ブラック達とかラスターみたいな事なんてして来なかったし……アレはただの優しさじゃないのかなあ。

 しかし、俺の考えている事を察したのかナルラトさんは頭をポリポリと掻く。

「んー……まあなぁ、そう見えるだろうけどな。兄貴はちょっと……まあ、いいか。お前に話したって、余計にお前を苦しませるだけだしな」
「な、なんすか。そこまで話されたら生殺しですって!」
「……じゃあ、供養のために聞いとくか?」
「う……。まあ、それが……ラトテップさんのためになるんなら……」

 供養になると言われたら、聞かない訳には行かないじゃないか。
 俺を見下ろしてじっと見つめて来るナルラトさんにうなずくと、相手は軽く溜息を吐いて海の方を見やった。

「兄貴はな、俺に対してお前の話をする時は、まるで神様に出会ったみたいな勢いで褒めちぎって崇拝するような事ばっかり言ってたんだよ。……まあ、普通はそんなん懸想なんて言わねえけど……兄貴はアレでちょっと変わっててな。あのトシで伴侶も居なかったし……そんだけちょっと変わった性格してたから、俺達兄弟じゃ無きゃあ気付く事もなかっただろうけど……でも、俺には解ったぞ。兄貴はお前の事を、命を賭けるぐらいに愛……いや、心酔してたんだってな……」
「しん、すい……」

 よく、分からない感情だ。
 でも「心酔」って、あんまりいい意味で使われる言葉じゃないんじゃないのかな。
 思わず眉に力を入れてしまったが、ナルラトさんはそんな俺の頭をポンと叩いて、わしゃわしゃと撫でまわした。

「そんな顔すんなって。兄貴も俺も別にお前を恨んでねーってば。……むしろさ、俺としては感謝してんだぜ」
「え……」

 ……俺は、ラトテップさんに何も出来てなかったのに?
 何も出来ずたくさん助けられたまま……あの人を、死なせてしまったのに……。

 そう思うと胸が痛くなったが、ナルラトさんは笑って俺の頭をポンと叩いた。

「……俺ら“根無し草”の鼠人そじん族は、闇から闇に消えるが定め。愛する相手なんざ生涯一人見つける事すらも絶望的な一族だ。暗殺、謀略、闇を這い平気でどぶに沈み、血をすすってまで生きるのが、本来の俺達の仕事なんだよ。……プラクシディケ様だけは、そんな俺と兄貴を買い上げて人族として扱ってくれたけどな」
「…………」
「だから、兄貴は幸せモンなんだ。……兄貴は全部、諦めていたからな。だけどよ、最後の最期に……自分を純粋に信じてくれる相手を、心からあがめる事が出来る相手を見つけて、そいつの為に英雄として死んで……想い人が、自分の事を永遠に忘れない存在として想ってくれるようになったんだ。…………俺は、兄貴がうらやましいよ」

 そう言いながら、少し悲しそうにナルラトさんは微笑む。
 だけど、それを俺は喜んで良いんだろうか。

 結局の所、俺はラトテップさんを見殺しにしたに過ぎない。そんなに俺の事を大事に想ってくれたのなら、俺があの時にどうにかして助けて、もっとラトテップさんを幸せに出来る未来も有ったんじゃないのかな。

 俺をそこまで大事に想ってくれていたのだと知ると、余計に心苦しくなってくる。あの時に自分の異常な体質の事を理解出来ていたら、助けられたのにと。
 我慢しようと思っても、その事を思うと顔が痛くなってくる。歪みそうになって、必死に我慢しようとするんだけど、でも眉根が動くのがどうにも出来なかった。

 そんな俺にナルラトさんは何故か苦笑して、俺の眉間に親指の腹を当て引き延ばすようにぐいぐいと揉んできた。

「ナルラトさん……」
「んな顔すんなって。……どうも、俺達“根無し草の鼠人そじん族”はお前らと少し価値観が違うみたいでな。名誉ある死が最高の夢って奴なんだ。……闇に沈む俺達一族では、本来なら絶対に手に入れられない物……それが、俺達の悲願であり最上の死なのさ」
「ぅ…………」

 俺の眉間を伸ばしていたナルラトさんの手が、優しく俺の頬に滑り落ちる。
 ほとんど触れた事は無かったけど……この手は、ラトテップさんに似ていた。

「お前からすれば、解らない感覚だろうがよ。……でも、兄貴は間違いなく満足して死んだんだ。俺達一族にとって、最上の栄光……愛する者が惜しんでくれる死を手に入れた。お前が生きている事が、兄貴の名誉の証だ。……だから、もう苦しむなよ。どうせなら……そうだな……いつか、俺達の一族のさとにでも墓参りに来てくれよ」
「ラトテップさんの、さと……?」
「ああ。人族どころか……王サマ一族すら入った事がねーってぐらい辺境の廃れたさとだがな。……けれど、お前なら一族の奴らも歓迎してくれるだろう。なんせお前は、俺達に可能性を示してくれたし……あの“常闇の砦の廃王子”すらなついたんだからな」
「……?」

 常闇の砦の廃王子?
 なんだその中二病極まる名前は。俺はそんな奴知らんぞ。
 よく分からなくてしばしナルラトさんと見つめ合っていると、遠くから「うぐっ」とか言う変な声が聞こえてきた。あれっ、この声聞いた事が有るぞ。

「マグナ?」

 ナルラトさんから離れて声がした方を見やると、そこには目を見開き硬直しているマグナの姿が……って、これ昨日も見た気がするんですけども。デジャブか。
 あっ、ちょっと待って。これ誤解されてない!?

「ちっ、違うぞ! マグナこれは違うからな!! 話してただけだから!!」
「はっ話をするのにほおを触る必要があるのか!?」
「ええ!? えっ、えっと、知らんけど有る事なんじゃない!?」

 そういえばどうなんだろう。
 俺の周囲には変態かスキンシップ過多な奴が多かったのですっかり麻痺していたが、よくよく考えたらおかしい気もする。
 やべえ、慣らされてる。ヤバいぞこれ。

「マグナ誤解だ! これは俺が意図してない奴だから!!」
「いっ意図せず頬を触られても良いのかお前はっ!」
「えぇ!?」

 何を言ってるんだ。つーか何の話してるんだコレ。
 どうしようマグナがこの前から何かおかしい。やっぱりアレか、近付き過ぎたせいで距離感がおかしくなってしまっているのか。
 どうしよう、このままじゃ十メートル離れないと話が出来なくなるかもしれん。

「はー……。なーにやってんだかなぁ、坊ちゃんも……」

 背後でナルラトさんの呆れたような声が聞こえるが、坊ちゃんってもしやマグナの事だろうか。プラクシディケ……シディさんの側に居た人には、マグナは坊ちゃんって呼ばれてたのかな? ちょっと面白いかも。
 彼女はマグナのお師匠様だって言うし、普段からそんな感じだったのかもな。

 そんな事を思っていると、不意にマグナが少し不機嫌そうな顔をして、何か言おうと口を開いたのだが、それと同時に声が聞こえてきた。

「クィーッ」
「ん? ……この声は……イカちゃん!?」

 ハッとして波止場から海を見ると、そこにはなんとっ、あの可愛いイカちゃんが俺に向かって短くて小さなゲソでぴちぴちと手を振っているではないか!
 あーっ! 可愛い! ちょっと可愛すぎるんですけどおお!

「イカちゃん帰って来てくれたの!」
「クィ~! クィイー」

 イカちゃんはすいすいと円を描いて泳いでみせると、スミで一生懸命に海面に何かを書き始めた。何をしたいのかと、俺のみならず冷静になったマグナとナルラトさんとでその光景を見つめていると、なんとイカちゃんは矢印を描いたではないか。
 まさか……昨日頼んだ事の答えってことなのか……?

「やだ……イカちゃん可愛かわかしこいすぎ……!?」
「かわいかしこいってなんだ」
「クィッ!」

 ちゃぷちゃぷしながらお手手代わりのゲソ二本を動かすイカちゃんに、最早抵抗も出来ずハートを引き絞られてしまう。ああもう本当たまらんなあ!

「おーいツカサ君ー」
「なんだ、どうした」

 あ、今更オッサンどもがやってきやがった……。
 この野郎、人が居て欲しい時には全く居ないんだからまったくもう。
 ……でも、イカちゃんが帰って来たって事は……敵の本拠地が解ったって事だよな。だとすると、もう悠長にしている暇もないって事で……。

「クィ~?」

 イカちゃんが帰って来てくれて嬉しいはずなのに、何故か背中がゾクリとした。














 
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