異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

1.最初からうまくいくとは限らないもので

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「ったく、なんでこう上陸したハナッから面倒な事になるのかな!!」

 ジャングルのように多種多様な樹木が生い茂り、鬱蒼としている森の中。
 その木々の幹に起用に降り立って、ブラックは猿のように腰を屈めると、枝を震わせんばかりの勢いでその場から飛び立った。

 息を飲むその呼吸が終わるのを待つまでも無く、風が動き、俺達の目の前に立ちはだかっていた奇妙な存在をブラックの宝剣が一刀両断する。
 血も無く肉も飛び散る事のないソレは、一気に生命力を失くしてその場に溶けた。

「なんだこのモンスターは……切っても血も肉もないモンスターなどいるのか?」

 草が生い茂る獣道を歩きながら、クロウも目の前にいる形容しがたい化け物を爪で切り裂く。既に何十体も倒しているはずなのに、その手は全く汚れていなかった。
 だけど、俺達の周りには草木の中に倒れたバラバラの死体が有る。

 まるでハリボテみたいな、奇妙な死体だ。それが徐々に溶けて消えていく。
 雪で作られたオブジェなんじゃないのかと錯覚するほど、その消え方は異常としか言いようがなかった。そのせいで、ジェラード艦長も付いて来た兵士六人も恐慌状態に陥っていて、まるで戦えるような状態じゃ無かった。

 俺の世界では「こういう敵も居る」というのを漫画や小説で見る事もあるから、こうやってリアルでそんなモンスターに出遭ってもいずれは冷静になれるけど、この世界の事しか知らない兵士達はそうもいかない。

 通常、モンスターは自分達と同じく何かの液体を噴き出し、質量も消える事は無いと理解しているからこそ、今のこの状況が理解出来なくて混乱しているんだ。それも仕方のない事だった。俺だってスライムがめっちゃ強いのにびっくりしたしな。

 なので、上陸して森に入った初っ端から異質なモンスターが現れてビビるのも解るんだけども……先ほどから先陣を切ってザクザクと異形を斃しているブラックとクロウからしてみれば、そう納得も行かない訳で。

「ああもうっ、そこのザコどもは本当に役に立つのか!? いい加減小物くらいは相手して欲しいんだけどね!!」
「いくら汚れんと言っても、こうも連戦続きでは疲れて来るしな」

 そう言いながらも、ブラックは突進してきたモンスターを切り捨て、クロウは斜め横からジリジリと近付いてきた敵を殴り伏せる。疲れたと言っているのに凄まじい反応速度だ。でも、さっきから俺も植物を操る曜術の【レイン】で周囲の植物を操りながら、なるべく視界にいるモンスター達を寄せ付けないよう頑張ってるんですけどね……!

「ツカサ、無理はするなよ」
「う、うん」

 隣で俺を守ってくれているマグナは、何故か持ち手が槍のように長いハンマーを持って、こちらに向かって来ようとするモンスターを牽制している。
 ブラック達のみならず、非戦闘員のはずのマグナまで頑張ってくれているんだから、俺も頑張らない訳には行かない。だけど正直な話、すくみ上っている六人に気を遣いながら集中するのはキツかった。

 まさか、上陸早々こんな大変な事になるなんて思わなかった……。






 ぶっちゃけた話、俺達もピルグリムの前情報を聞いて「まあそこまで危険な島でも無いだろう」と高をくくっていた。

 ――古き神々が心穏やかに過ごす事が出来る唯一の島、ピルグリム。
 尖塔のような鋭い岩が周囲を鉄壁のように取り囲み、ワイングラスのような特殊な形になっている島は、見た目からして普通ではない事が解る。島の生態系も完全に特殊で、生物もモンスターとは異なるものが存在していた。

 それゆえ、という事でもないのだろうが、この島は昔から「神の島」と言い伝えられてきたのだと言う。確かに、海上から見るその姿は普通の人間には入る事すら出来ない特異さを感じさせていた。

 だけど、ジェラード艦長とマグナの話によると、この島にはモンスターと呼べるような生物はいなかった。不可解な所が有るとは言われていたが、それでも危険は無いと信じ込んでいたのである。

 だから、ジェラード艦長率いる海上騎兵隊の精鋭六人と、俺達三人、それと道案内役のマグナ十人で小舟を操り唯一島に近付ける潮の流れに乗って、ワイングラスの底と呼ばれる岩場に降り立った時も、俺は何も心配していなかった。

 岩場の影に有った洞窟から不可解なルートを辿って島の上部に辿り着いた時も、「わぁこれは【異空間結合】みたいな術を使っているのかな!?」とか「島の上部はジャングルみたいだな」なんて思ったりして、俺は呑気にはしゃいでたんだ。

 ……それがまさか、たった数メートル歩いただけでこんな事になるなんて……。

「んぐっ……!!」

 ぐい、と、モンスターから蔓を引っ張られる感覚がする。とてつもない衝撃だ。
 だけど、負けていられない。汗を垂らしながら必死に数十体のモンスターらしき異形を押し留めるけど、意識が分散して上手く集中力を保てなくなっている。
 【レイン】の発動から既に数十分経っていて、いつ術が解けるかって状態だった。

 でも、こいつらを近付けさせたくない。
 だって俺達を今襲っているモンスターは、明らかに「普通」じゃなかったんだから。

「こいつら、いったいなんなんだよ……っ」

 襲ってくる妙なモンスターは、どいつもこいつも異形としか言いようがない。

 まるで色んなモンスターの部位を細かく縫い付けたかのような、コラージュされた絵と同じ不気味な違和感を感じさせる容姿。
 触手のない獣に歪に触手を貼り付け、虫の複眼を無数の獣の目で繕い、人型の足であるはずの部位には、虫の節足が蛆のように無数に湧いて蠢いている。

 ……あまりにも、生き物と言う存在を無視した姿だ。

 だけど、それでもまだ、相手が「生きているんだ」と思えればその違和感も「そういう生き物なんだな」と思えたかもしれない。でもそうじゃなかった。
 俺達を襲ってくる「異形」は……明らかに、生きている動物ではなかったんだ。

 うまく言えないけど……でも、これはブラック達も感じた事だ。
 異形達には命や感情の動きが感じられなかった。ただロボットのように、俺達を襲う命令を受けたと言わんばかりの無機質な動きで襲ってきたんだ。

 何度もモンスターと戦って来たからこそ解る。視界が俺達を捕えておらず、それでも俺達を乱暴な身振り手振りで襲って来るんだから、そりゃ心が無いって思うよな。

 しかも相手は斃したら血も出さず肉も残さず溶けて消えてしまうんだ。
 こんなのどう考えたって普通じゃない。
 だからこそ、俺達は今困惑して、兵士達もテンパッているのだが……。

「チッ……お前らツカサ君に傷一つでも付けたらぶっ殺してやるからな!!」

 もう何匹かも解らない様々な偉業を斬り倒しながら、ブラックはこちらを見る。
 その明らかに「殺す」と言わんばかりの視線に射抜かれて、背後の兵士達が「ヒィッ」と声を上げる。怖がらせるんじゃないよとツッコミたいけど、そんな悠長な事をしている場合でも無い。

 頼むから更に兵士達を追い詰めないでくれと思っていると……ひときわ大きな異形を拳一つで粉砕したクロウが、ゆらりと立ち上がってこちらを見る。
 そうして……ボソリと呟いた。

「そのまま怯えて動かぬままなら……兵士の恥として、オレがお前らを喰う……」

 飢えた獣のような目と、相当怒っている声音。
 思わず俺ですらも「ヒッ」と声を出してしまいそうな威嚇だったが、兵士達はその比では無かったようで。

「うっ、うあっうわぁあ!」
「あああっとっ突撃っ突撃ー!」

 まだ声を張る程度には気合が残っていたらしい兵士が次々に声を出し、背後で剣を抜く音がする。己を鼓舞するような声すら震えているのが解ったけど、敵の足止めで手一杯の俺には、彼らを振り返る余裕は無かった。

 ど、どうなったんだろう。怖さのあまり気絶とかしてないよね?
 思わず心配になったが、ブラックとクロウの叱咤激励のお蔭か、俺の視界の端から兵士が次々に飛び出して……俺が足止めしている異形達に駆けて行ってくれた。

 よ……良かった……これでちょっとは俺も休めるかも……。

「しかし、このままだと体力を消耗してしまうな……」
「ど、どこかにみんなが休める場所がないかな」

 兵士達が立ち向かいやすいように、モンスター達の足を捕える蔓を更に強くして、ぐっと締め付ける。これでなんとか倒してくれれば良いんだがと思っていると、マグナが「そうだ」と小さく呟いた。

「ここから少し進んだ所に、国が作った監視小屋が有る。そこなら何とか休めるぞ」
「ほっ、ほんと?!」
「ああ……占領されていないという保証は無いが、奪還することが出来れば森の中よりも安全なはずだ」
「よしっ、と、とにかくそこに行ってみよう!」

 どうなっているかは解らないけど、俺達は先に進まなければならない。
 正直今どういう状況なのか俺達ですら呑み込めていない訳だし、とにかく数分でも休める場所に行って態勢を整えなければ。

 兵士達も、今ならきっと動ける。このチャンスを逃す訳には行かないよな!

「ブラック、クロウ!」

 今一番戦ってくれている二人の名前を呼んで、俺はマグナの言った事を伝えた。












 
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