異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編

11.たった一つ、叶うなら

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「っ……あ゛、ぁ…………これ、が……死……。存外……あっけないですね……」

 引き抜いた先から、血が溢れだす。じきに喉にまで侵食するかもしれない。
 それを思うと今から手が震えたが、その手をブラックが覆ってくれた。
 剣は、まだ振り落せない。俺には見届ける義務が在ったから。

 だけど、クロッコはその見届ける「死」すらも、悔やんでいないようだった。

 ……本当に……本当に、憎むだけの人生だったんだろうか。
 神という存在に心酔して、父親とも言える神を愛して得られたものが、果てしない絶望だった。それは同情すべき事かも知れない。だけど、彼は多くの罪を犯した。
 ただ私欲の為に人を操り、陥れて殺し、たくさんの人を……巻き込んだんだ。

 その罪を、彼は自覚しないまま死んでいく。それで良いんだろうか。
 本当にそれが、クロッコに対しての罰になると言うのだろうか。

 考えて、俺は…………。

「もし、俺が神で……アンタを創造したのが俺だったら……どうなってたと思う?」

 自分でも思っても見ないような事を、聞いていた。
 そんな俺に、クロッコは最早意地を張る気すらも無くなったのか答えた。

「さて……どうしたでしょうね……。きみの、ことだから……私も猫かわいがり……してたん、でしょうか……」
「……そうかもな……」

 そう言うと……クロッコは何故か、笑った。

「はは……だとしたら、私は…………貴方の創造物に……生まれ、たかった……」

 その表情は……掛け値なしの、笑顔だ。
 死ぬ間際だから虚勢を張る必要もないと思っているのか、それとも意識が混濁しているのか。どちらかは判断が付かなかったけど……その言葉を、確かに聞いた。

 クロッコのその死の間際の笑顔を見て、何をすべきかと悟ったんだ。
 それからはもう、考える時間なんて無かった。

「つ、ツカサ君!?」

 ブラックが驚いたような声を出すが、今は見守っていてほしい。
 剣を捨て、四つん這いでクロッコの体に覆い被さり、少し高い場所から相手の顔を見下ろした。そうして、ギリギリまで顔を近付ける。
 金色の瞳に俺の顔が映っているのが見えたが、構わずに俺は口を開いた。

「本当に、俺の創造物に……こどもに、なりたかった?」

 聞くと、クロッコは目を細めて黙る。
 だけど俺は構わずに続けた。

「もし……俺がお前をこの世界に生み出していたら、俺はお前を自分の子供みたいに大切にしただろうな」
「…………」
「悪い事は悪いって言って、でもちょっとだけ悪い事は許したりして、贔屓して、怒って、身勝手に愛したり突き放したり……普通の親と同じくらいに、お前を愛して見守った。だけど取り返しのつかない悪い事だけは、命を賭けて『絶対にやるな』って、諭したと思うよ。それが……アンタの為だから」

 微笑んで、そう言ってやる。
 もし、自分に子供が出来たとしたら、何か一つだけ命を「神」として作り出せるとしたら……本当に、そうしてやりたい。
 婆ちゃんが、母さんが、父さんがしてくれたみたいに、俺も自分が造り出した存在を自分なりに精一杯愛してやりたいと思ったんだ。

 そんな俺に対して…………初めて、クロッコが苦しげに顔を歪めた。

「…………死ぬ前に、そんなことをいうんですか……」

 ああ、そうだな。アンタにとっては聞きたくない言葉だ。拷問だろう。

 お前の本当の想像主は、お前を愛してはくれなかった。
 ナトラはお前の母ではなく、絶望して失ったものは再び手に入らなかったんだ。
 だけど俺は、もし「お前が俺の子供として生まれていたら」という話をしている。
 今まで散々な目に遭わせて来た相手なのに……それでも俺は、クロッコに対して「もしもお前が俺の子供なら」という話をしているんだ。

 俺の事を「お人好し」と言ったクロッコにとって、俺の肯定は喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。……だって本当は……クロッコも、自分を愛して抱き締めてくれる誰かの手が欲しかったはずなんだから。

 ……だけど、俺はクロッコに触れることなく、優しく微笑んでみせた。

「そうでなくても……もし俺がメスとしてお前を産み直す事が出来たら、絶対にお前を愛してやれたよ。お前がただの人形でも、子供として凄く可愛がった。親ばかって言われるくらい愛したと思う。でもお前は俺が創った存在じゃない。だから許さないし、お前に最後まで悪事を突き付ける。アンタは、愛されなかった人だって」
「キミは……ひどいひとだ……本当に酷い……」

 笑いながら、クロッコが泣いている。
 ……辛いだろう。苦しいんだろう。だけど、許すわけにはいかない。
 最後の最後まで悔やんで、まだ死にたくないんだと思ってくれなければ……本当の罰には、ならないんだから。

「お前の意識が閉じるまで、ずっと言い続ける。お前は悪いことをした、だから本当なら裁かれなければいけない。こんな風に惨めに死ななければならない。でもそんなこと、俺がお前を生んでたら絶対にさせなかったよ。……きっとな」
「わかって、います……あぁ……でも……かな、しい……あなた、の……あなた、が、神として……わたしを……うんで、ほしかった……」

 泣き出す相手に、俺は無意識に手が出る。
 だけどそれはクロッコを痛めつけるのではなく……その、紫色を含んだ綺麗な銀髪を撫でるために、動いていた。

 まるで、慰めるように。
 愛情があるんだとでも言うように。

「……そうだな。俺も、アンタを救えたのかもしれない。でも、この結末を選んだのはお前だ。……お前自身が、全てを捨てて、人を不当な理由で殺して、世界すら拒否しようとして……この結末に、辿り着いたんだ」
「……そう…………で……ね」

 撫でる手に、クロッコが懐いて来る。
 まるで、大人の感じがしない。その姿は大人なのに……子供のようだった。

 …………可哀想、とは、思ってはいけない。
 それだけの罪をこの男は犯した。死ななくても良かったラトテップさんを、こんな争いに巻き込んで殺してしまったんだ。俺に罪が無いとは言わないが、その事実だけは一生許せない。あの人を巻き込んだ事を悔やませるためにも……今ここで同情してしまうわけにはいかなかった。

 だから、俺は心を殺してクロッコに呟いた。
 呪詛を吐きかけるような声を努めながら、静かに。

「……お前がその罪を忘れないように、最後の最後まで苦しむように……目を閉じるまで、俺はずっと言い続けるからな」
「っ……はは…………」
「なんで笑うんだよ」

 意味が解らない。
 段々と冷たくなってきたクロッコの頬が、俺の手に触れる。
 だけど相手はもう動かす気力もないようで、ただ瞼を震わせていた。

「…………」

 この感覚は、知っている。
 もう二度と感じたくなかった感覚だ。

 あの人と同じように死ぬことが、なんだか憎らしく悲しかった。

 だけどクロッコは笑っている。笑って、涙を流して――――微かに、呟いた。

「や……は…………あなた、の……こ、ども……なり……たか……た……な……」


 ――――あなたのこどもに、なりたかったな。


「…………」

 今さっきまで感じられたものが、なくなった。
 冷たい頬は、まだ柔らかい。血も溢れ出ている。だけど、もう、感じない。
 その手は動かないし、頬も手に擦り寄る事は無い。

 最期の言葉が、どういう思いから零された言葉なのか……もう知るすべもない。
 だけど、その切実な最期の言葉の意味を思うと。その、涙をみると、胸が痛くて。
 許してはいけない相手だと解っているのに、どうしても堪えられなかった。

「…………っ」

 解っていた事だ。俺が選んで、覚悟を決めて、実行した。
 殺す事は覚悟していた事だ。けれど…………――

 目の前で命が消えていくのは、誰であろうが……どうしようもなく、悲しかった。

「ツカサ君……」
「もし…………もし、この世界に、転生が……あるんなら……」

 俺の子供として、生まれていいよ。アンタを殺した罪のある俺に全てをぶつけて、理不尽に泣き喚いても……俺が全部背負うから。
 今のアンタの罪も含めて、今度こそ幸せにするから。

 ……そんな事、言えなかったけど。敵に同情する事なんて、言えるはずも無かったけど。でも……やっぱり俺は、アンタを憎み切れなかった。
 最後まで俺は情けない奴だったんだ。
 許せないのに、涙が溢れてしまう。誰にも愛されなかったと思い続けて狂ったんだと思えば、どうして救えなかったんだろうと思ってしまう。
 同情することなんて出来ないって、思っていたはずなのに。

「……ツカサ君、もう終わったんだ。終わったんだよ。……よく、頑張ったね」
「っ……う……」

 俺を掬い上げて、ブラックがあやすように抱き締める。
 その簡単さに、俺はやっぱり成長してないんだなと思うと辛い所も有ったけど……でも、ブラックが俺を慰めてくれる事が嬉しかった。

 例え自分で決めた事でも、つらい事はつらい。
 それを理解してくれる存在が隣にいてくれるのは、幸せな事なんだ。

 泣き腫らした顔を押し付ける胸の呼吸を感じる度に、そう思って……自分の幸福さとそれに対する申し訳なさで、暫く泣き続ける事しか出来なかった。

『…………全て、終わったんだな……』
「……」

 声が、聞こえる。
 もう消え入りそうなくらいに微かな声が。

 ……そうだ。キュウマ。キュウマがいたんだ。

「っ……ぐ……」
「大丈夫? ツカサ君……」
「う、うん……大丈夫……」

 目を擦って涙をのみ込み、嗚咽を堪える。
 まだ、冷静じゃないかも知れない。解っているけど、もう時間が無い。
 俺は自分の頬を叩いて息を吸い込むと、ブラックと一緒にキュウマに近付いた。














 
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