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出会うまで編
2.異世界なんてお呼びじゃない
しおりを挟む誰か聞いてくれ。
信じられない事が起きた。
神社の階段を上ってたらいきなり足元に穴があって、そのまま転げ落ちたらなんかすっごいファンタジーな場所にいたんだよ俺。
嘘じゃないって本当だって。嘘だったら俺こんな独り言叫んでたりしないって。
「はは……いや、本当……これマジ……?」
青い空、白い雲、目の前に広がる緑が輝かしい森に、そこで群れ遊ぶ毛玉たち。いや、待て、あれはケセランパサランとかいう妖怪かも知れない。
そう、妖怪だ。きっと妖怪だ。
妖怪が遊ぶ森に、今俺はいるのです。凄いよね日本って。こりゃあどこかに神様の入るお風呂屋さんとかがあってもおかしくないわ。あの映画信じるわ。
日本ってびっくりだよね本当。マジありえない。
そう考えて、正気に戻る。
「……いやちょっとまって、おかしい。色々おかしい」
俺はちょっと動揺しすぎているのかもしれない。
まずは気持ちを落ち着けなければ。
柔らかい草の上であぐらをかいて、熟考するためにそっと目を閉じてみる。
オーケー、一度整理しよう。
俺は、日本の住宅街に存在する、小さな神社にいた。オーケーオーケー。
そしたらいつの間にかだだっ広い森の中にいて、毛玉の妖怪を見つめていた。
オーケーオー……ケーなわけねえだろ!!
思わずセルフツッコミをして、俺は青ざめた顔で周囲を今一度確認する。
「えっと、ちょっとまて、ナニコレ? 珍しい風景レベルじゃないんですけど? っていうか、何? 俺テレポートでもしちゃった? 本当なにここ、どこ?」
まさか本当に異世界に来ちゃったわけじゃあるまいな。
そんなまさか。でも、だとしたら、ここが異世界だってどう証明する?
青くなったり白くなったりしながら、俺は必死でこの状況を説明しようと頭をフル回転させた。
いくらファンタジーな場所だとは言え、ここが俺の知ってる世界なら、あの毛玉だって何かの生物であるはずだ。生き物なら肉もあるし骨もある。血のようなものだって出るはずだ。なら、この世界は一応は俺のいた世界と言う事になる。
だから、足元に映えてるどどめ色の気味の悪い花も、樹に絡みついたツタから生えているニンジンも、絶対に分厚い百科事典に載ってるはずだ。
異世界じゃない、異世界じゃないったら異世界じゃない。
とにかく、確かめなければ。
ここが異世界であるかを確かめるなら、やはりあの毛玉になにかアクションを仕掛けてみるのが一番だ。腹を決めて、俺は毛玉の集団をじっと見つめた。
放っておくべきなのかもしれないが、やっぱりあの不可思議な毛玉の集団が気になってしょうがない。
あの毛玉が本当に動物なら、ここが地球か異世界かはっきりするはずだ。
でも、野生動物って無暗に触れたら殺されかねないよな。
いくら毛玉に見えるとは言え、動物ならばあれには大きな口が備わっているかもしれない。それに、今は俺に気付いていないようだが、気付いたら俺を襲う可能性もある。
慎重に判断しなければ。
「ええー……と……じゃあ、距離を取ってやってみるか」
とりあえず、俺は木に登って毛玉を観察する事にした。
毛玉達は相変わらず群れてぽいんぽいんと花畑の上で跳んでいるが、その場所から動く気配はない。跳躍力もそれほど高くないようだ。
ということは、俺の登った木の上には来られないはず。
俺は持ってきた小石を一度手の上で跳ねさせると、思いきり毛玉の一匹に投げつけた。
「ムンギャッ!」
毛玉らしからぬ気持ち悪い声を立てて、毛玉がはち切れる。
……いや、言い方がおかしかったかもしれない。ええと、タンポポのように、毛をまき散らして消えた。血とかは出ておらず、毛は霧散してそこらへんでふわふわと丸まっている。他の毛玉はと言うと、仲間が一人消えたのも気にせずぽいんぽいんと楽しそうに跳ねていた。
……あれはやっぱり、生き物じゃないのか?
肉も血も飛び散らなかったし、毛玉だけが残った。
じゃあ、あの毛玉はあんなに自由に動いてるのに、生き物じゃないって事になるわけで、ってことは、あの生物は地球の物ではありえない……。
じゃあ、まさか、本当に。
おいおい待ってくれよ、そんなバカな。だけど、あんな生き物、とてもじゃないが地球上の生物だと言えそうにもない。って、ことは。
この、世界って。
どんどん嫌な答えが脳内で近付いてきて、俺は必死に頭を振る。
「い、いや、あれは……あれだ。あの、アメリカの荒野とかでゴロゴローって流れてくる草の塊みたいなものなんだ、多分。西部劇とかの。そうだ、絶対そうなんだ間違いないッ! フゥーッ! ハッハー!!」
我ながらおかしくなっていると思うが、動揺してるんだからしょうがない。
まさか本当に異世界に来てしまっただなんて、思いたくなかった。
だって、だって、異世界なんかに来てしまったら、もう帰れないのが最近のトレンドなんだろ!? 俺小説とか漫画で見たことあるよ!
でもそんなの冗談じゃない!
俺はまだ日本に居たかったんだ、ゲームや漫画やエロ画像をもっともっと集めたかったんだ!
死んでもないし特別な力も貰ってないし神様にも出会ってないのに、唐突に異世界召喚だなんて、酷過ぎるにもほどがある……。
いや、俺があまりにも悲運に見舞われているから、神様が良かれと思ってしてくれたことかもしれないが、だからって突然異世界にお引越しはないでしょう神様。これどちらかというと罰ゲームですよ。
自分の現状があまりに酷すぎて、なんだか現実逃避したくなってくる。
「ああ……俺のお宝、大丈夫かな……母さんに見つかってないかな……。父さんはちゃんと俺の秘密の本棚にエロ漫画返してくれたかな……」
父さん、俺は知ってるぞ。父さんが俺の持ってるエロ描写がどギツイ青年漫画をこっそりと持って行ってる事を。
家族の嫌だった行動すら今となっては懐かしい。
だが、何度嘆いても俺はもう日本には帰れないのだ。
がっくりと肩を落として、俺はようやくこの世界を受け入れることにした。
この世界――――ファンタジー溢れる、異世界を。
「はあ……とにかく、どうにかして人を見つけなきゃな……こんなヘンな森の中で暮らせるわけないし、食べ物だってどれが毒かすら分かんないもんな。能力ゼロの俺じゃすぐ死にそう。それに、異世界ならモンスターがいてもおかしくないし……毒食う前に俺が食われちゃったりして」
ホント、考えるだけで恐ろしすぎて足がすくむ。
自分の言葉に自分でゾッとしてりゃ世話はない。
だけど、異世界ならばクマ以上に恐ろしい魔物と鉢合わせる機会が頻繁にあるはずだ。怖くても、その事は考えなければいけない。死んでしまったら元も子もないのだ。
レベル1どころか筋力ステータスすら最低値だろう俺には、逃げるしか選択肢はないだろう。とにかく、日が暮れる前に森を脱出しなければ。
森の中にいても、ただ死ぬだけだ。
でも、森を脱出できたとしても、そこで人に出会える保証はないんだよな。
「……この世界で人間は俺一人……とかだったらどうしよう」
一瞬絶望的な考えが頭をよぎったが、考えても仕方のない事だと必死に自分に言い聞かせ、俺はのろのろと木を下りて歩き始めたのだった。
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