異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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出会うまで編

3.森の触手にご用心

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 俺がこの森に落ちて来たのはどうやら朝の時間帯だったらしく、木々の隙間から空を見ると真上に太陽が鎮座していた。
 何も持っていない状態でこの場所に来たから正確な時間は解らないが、この世界も俺の世界と同じような時間の進み方をしているらしい。
 
 ゲームとかだったら数分で一日が終わるもんだけど、どうやらここはゲームの世界というのでもないようだ。ちぇっ、ゲームの世界だったら俺もチートで無双できたかもしれないのに。
 まあ仮にゲームの世界だったとしても、ステータス画面すら見られない俺には何もできませんけどね!
 ちくしょう悲しくなってきた!
 
 涙を拭いつつ、それでも俺は歩いた。
 巨大な木の根に足を取られて何度もつまずきそうになっても、必死に歩き続けた。
 だけど、一向に森の出口は見えない。一応途中で木に登ってみたけれど、枝が絡まって木の上には行くことが出来なかった。つまり、見晴らしのいい所から遠方を見るのもムリなのだ。
 方角だって解らないし、正直完全に詰んでる。
 戻ろうと思ったって、毛玉の群れの場所すらもう解らない。
 あの場所でじっとしていた方が良かっただろうか、と考えたが、何故かそれはやってはならないような気がして、あそこには留まれなかった。
 
 なんていうか、野生のカンというものなのだろうか。
 何一つわからない世界だけど、何故かあの場所に長居をしてはいけないという事だけは、俺にはハッキリと解っていたんだ。
 今となってはその予感すら疑わしいんだけどな。

「うーん……そろそろハラも減ったし本当ヤバいぞ……こうなったら、そこらへんに生えてるツタニンジンを食べてみるしかないが……」
 
 何故だか知らないが、この森にはツタから生えてるニンジンが沢山実っている。危険はないかと枝でツンツンしてみたが、固さは普通にニンジンで、爆発する様子もない。
 匂いはしないが、食べられるものだとすれば、なぜ小動物たちがこれを食べている様子がないのか。
 毒だから誰も食べない……とか?

「毒に当たったら一発アウトだし、食べない方がいいのかなあ」

 でも食べないとどっちみち死ぬわけだし。
 どうすべきか、と悩んでいると。

「…………ん? なんか、良い匂いが……」

 くん、と鼻を動かすと、左の方からなんだか美味しそうな匂いが漂ってきていた。これは明らかに料理の匂いだ。なんか、シチューみたいな!
 もしかしたら、近くに人がいるかもしれない。

「でかした俺の鼻ッ!」

 匂いが漂ってくるということは、相手はそんなに遠くないはず。きっと昼食の用意をしているんだろう。これは幸先良いぞ、夕方前に人に会えそうだ。
 俺は空腹も忘れて、一直線にその場所へ向かった!
 が、それからすぐ、木々の隙間からその「匂い」の正体を間近でみて、俺の体は硬直する事になる。
 何故なら。

「ひ……ひとじゃ……ないだと……」
 
 そう、あの美味しそうな匂いを発していたのは、人ではなかった。
 それどころか……

「生き物ですらねーよやっぱなぁ――っ!!」

 泣き叫ぶ俺の目の前にあったのは、生き物ですらない存在。
 そいつは壺のような形のどでかい植物だった。
 ああもうハイハイ、異世界確定要素其の二。
 嬉しさあまって突っ込まなくて良かったと思いつつも、俺は自分にクールになれと言い聞かせて、そっと木陰から匂いの元のその植物を眺めた。
 
 どでかい二枚の葉っぱの上に、瓜みたいな壺が斜めに付いている。ってことは、食虫植物なんだろうか。葉っぱの下でなにかがうぞうぞと蠢いているけど、虫とかじゃないと思いたい。
 それにあの植物、木々のないひらけた空間にいるけど、周囲にはなぎ倒された木が散乱しているし、あいつが移動できる可能性も考えた方がいいかも。

 ああ、俺に『鑑定』スキルがあったらこんな事色々考えなくて済んだのに。
 いやいや、悩んでも仕方ない。こうなったらポジティブにいかねば。
 とりあえず危険な物には近付かないでおこう。
 そう思い、俺は遠巻きに植物を見ながら退却しようとした、が。

「キューッ、キューィ!」

 ……あ。あーんな所に触手に捕まっているヘビさんが。
 青大将か何かかな? でもヘビってキューって鳴かないよなあ。
 なんて考えている間にも、キューキュー鳴いてる蛇は壺に引き寄せられていく。どうやらあの葉っぱの下で蠢いていたのは触手らしく、蛇を大人しくさせる為か長々と伸び、蛇に幾つも絡みついていた。
 おいっ、自分の触手ほどもない小さな蛇にそんな数の暴力は卑怯だろう!
 教室で女子全員にシメられた記憶がぶり返すからやめろ!!

 思わず自分の境遇に重ねて息をのんだ俺に気付いたのか、蛇はうるんだ目でこちらにキューと鳴いて見せた。
 うっ、蛇って実は目がまんまるでかわ……いい……?
 そんな目で見つめられたら逃げるに逃げられないじゃないか!!

「えー、えー、で、でもどう助けたら……」

 髪の毛を掻き乱しながら、俺は必死に蛇を助ける方法を探す。
 確か食人植物って、獲物を触手でシメて弱らせてから、ああいう壺の中に取り込んでじわじわと殺すんだよな。
 中に消化液が入ってるから、触手で弄ばれてトロトロになった獲物は、中で抵抗も出来ず徐々にドロドロになる……ってエロ漫画でいってた!
 いや別に俺はそういう趣味じゃないぞ! 悪友から借りた漫画に載ってただけで別に好きじゃないぞ! 本当だぞ! 仮に好きだとしてもエロの一分類ってだけでそれが主体で好きなわけじゃないからなって何言ってんだ俺!
 とにかく、あの植物もそんな構造なら、壺の一部を壊してしまえば消化液が漏れて植物自体が活動出来なくなるかもしれない。
 触手に近付くのは危ないから、蛇を助けるとしたらその手段しかないだろう。
 
「突き破る……そうだ、ぶっとい木の枝とかで突き破ればっ!」

 俺はなるべく先端のとがった木の枝を見つけると、植物めがけて走り出した。
 あの壺がどのくらいの分厚さか判らないけど、図体からしてきっとそう防御力は高くないはず。

「ヘビを離せぇえええ!」

 ツボ植物よ、世界は常に弱肉強食だしお前がやっている事は悪くない!
 だけど、助けを求められて逃げたんじゃ男が廃るんだ。恨むなよ!
 俺は思い切り勢いをつけて、完全に油断していたツボ植物のどてっ腹に思いっきり尖った木を突き刺した。
 ザクッという、リンゴを切った時のような音がして、枝が食い込む。

「やった…!」
 
 そう思ったが、やっぱり、物事はそう上手くはいかなかった。

 ずる、と何かが蠢いて、蛇の拘束が解ける。
 手の空いた触手が何を求めて動いたのかなんて、バカな俺でも十分わかりきった事だった。
 触手は、ターゲットを俺に変えたのだ。



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