異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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出会うまで編

 捜索

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 ――――しくじった。



 豊かに波打つ赤髪を風に靡かせ、男は失意に肩を震わせた。
 
 何と言う事だろう。情報を受け取って置いて、むざむざ黒曜こくようの使者を逃してしまうとは。だが、これには理由がある。自分だけが責められる謂れはなかった。
 そう、この失態は決して赤髪の男だけが犯したものでは無いのだ。

 まず、あの男に貰った情報が不確かだった。
 男から教えられた情報は、ただ【捕食者の森】の奥にある花畑に出現するという言葉だけ。時刻の推定もないそんな不確かな情報で相手が捕まるのなら、暗殺者も苦労はしないだろう。
 それに、場所が【捕食者の森】というのも手を焼いた大きな原因だ。
 この捕食者の森、見た目は普通の森と変わらないが、『術』を使えない者が踏み入れば数分の内に骨になってしまうくらいの恐ろしい森なのだ。
 腕に覚えのある者ですら、滅多に近付こうとはしない。
 そんな森でなるべく戦わないように隠密行動をするとなれば、時間がかかってしまうのも仕方のない事だった。
 
 なんたって、ここには恐ろしいモンスターが数多く生息しているのだから。
 
 巨大な捕食植物である『アンプネペント』や、その毛は上質な素材だが触れるだけで崩壊し衝撃波を放つ毛玉のモンスター『ゴッサム』、それに加えて、弱毒を持つ程度の雑魚だが異様に数が多くて鬱陶しい、小さな蛇のモンスター『ダハ』……この他にも人間殺しの要素は多々ある。
 要するに、捕食者の森はあまりにも危険な場所なのだ。
 そんな所に黒曜の使者が降り立つなんて、どう考えてもおかしい。

 他人を寄せ付けない為か、それとも何か理由があるのか。
 災厄を齎すと言うのだから、この森のモンスター程度で黒曜の使者が死ぬわけもなかろうが、それにしたって疑問は残る。
 降臨するのであれば、こんな辺境の危険地帯よりも、人類にとって重要な場所に降りる方が都合がいいはずだ。
 そうでないと言う事は、ここに降りねばならない訳があったに違いない。
 このあたりは人口も少なく曜気ようきも多いから、それを狙っていたのだろうか。

 何にせよ、黒曜の使者を逃してしまった事には変わりない。
 こんな事になるのなら、最初から力を開放して森を突っ切ればよかった。
 相手に敵だと思われても、始末できれば問題はないのだ。
 この場所なら力を制御する必要もなかったのに。
 今となっては後の祭りな事を思いつつ、赤髪の男は嘆息した。
 
 ……赤髪の男は、自分の腕にそれなりの自信を持っている。
 この森に棲む程度のモンスターなら、簡単に蹴散らせた。
 だが、今回はそうはいかなかったのだ。
 なにせ相手は災厄の象徴、みだりに術を使って相手に敵と認識されれば面倒だ。だから、今回はなるべく力を使わず隠密行動をしようと思っていた。出来るだけ力を制御していたのである。
 だがそうやって危険地帯を動くとなれば、やはりそれなりに時間を要す。
 今回は己の力を封じ隠密行動をする事を徹底していたせいで、捕食者の森を進むのに時間を食ってしまったのだ。
 今更そんな弁解をしても仕方ないが。
 
「しかし……やはり【黒】の名を頂くだけあって、森のモンスター程度など相手にもならなかったようだな」

 ゴッサムの花畑に向かう途中、赤髪の男はアンプネペントがたおされているのを目撃している。それだけではない、花畑でもゴッサムの綿毛がそこかしこに散乱しているのを見た。
 素材がそのまま残されており、尚且つ森の中を『査術さじゅつ』で探っても死体が見つからないので、これは間違いなく黒曜の使者の仕業と断定できる。

 ゴッサムならまだ一般人でも勝機はあるが、アンプネペントはまず間違いなく無理だ。それを軽々と倒している上に、森に入ればすぐさま飛びかかってくる数百のダハを蹴散らして外に出たなんて、普通では考えられない。
 術の心得がある者なら別だが――果たして、黒曜の使者にはそのような能力があるのかどうか。単に、超級の身体能力を持ったものという場合もあるが、手がかりがなければ推測のしようもない。

 赤髪の男は胸元まである髭をしごいて、深く溜息をついた。

「ここにいないとなれば……街に向かった可能性が有るな」

 全知全能の存在であれ、無力であれ、人はまず情報を得るために人の多い場所へと向かう。黒曜の使者が人間であれば、例外はないだろう。
 災厄を齎す存在ならば尚更だ。
 なにせ相手は、この世界を破滅させるための……
 人類を殺すための、存在なのだから。

「一番近い街は……交易都市【ラクシズ】か」

 この辺境の地域では、黒髪の種族なんてまず見かけない。
 ならば、見つけるのは容易いことだ。

「網を張って……始末する」

 
 黒曜の使者が人間らしい感情の持ち主だったなら哀れに思うが、しかし、世界の安寧には変えられない。
 赤髪の男は踵を返し、ゆっくりと歩き出した。
 
 
 罪のない人を殺しても、最早何も感じなくなってしまった身。
 それでもそんな自分が肯定される道があるのなら、喜んで刃を持つ。他人を救う事で自分の業が浄化されるわけではないが、赤髪の男にとって、それが正気を保つ唯一つの術だった。


 
 数多くの血を啜り長い時間を生き過ぎた自分も、もしかしたら黒曜の使者と同じ存在なのかもしれない。

 
 


 
 【人類に、災厄を齎す】――――。
 それは、自分自身の称号にも……言える事なのだから。






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