異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

1.乗馬の旅、オッサンといっしょ

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 晴れた空、そよぐ風。歌いたいほど今日は天気が良い。
 だが、俺はそんな天気にはしゃぐ気にはなれなかった。
 
 今からすごーく危ない男と旅行に行くのに、気持ちよく送り出されてしまっては悲しくもなる。
 その上、女将さんに「あんたウチに来てから休みなしで頑張ってくれたんだ、少しは骨休めしてきな。その間にあの金持ちをガッチリ掴んでおくんだよ」と言われ、娼姫さん達には「美容に良い軟膏があるらしいからお土産で買ってきて!」と笑顔で言われたのだ。
 誰も俺の貞操の心配をしてない。それどころか一発掴んで来いと言われる始末。
 これに泣かない男はいない。
 
 そりゃ、俺は一応春を売る人、お金貰って突っ込まれる人だ。
 でも、当たり前のように男とウマに二人乗りするなんて、気持ちよく見送れる姿じゃないでしょう……。なんでみんな笑顔で見送ってくれたの。

「どう考えてもこの姿、恥ずかしすぎるんだけど」
「それ言うの何度目かなあ。だから、男同士でもこれが普通だって何度も言ってるじゃない」

 だからと言われても俺は慣れないの!
 オッサンに背中にぴったり密着されてタンデムするのを楽しめる男がいるというのなら、俺の目の前に出してほしいもんだ。いや、待って、この世界にはいるんだろうけどそれは考えたくない。

「でも乗馬は楽しいだろう? 馬車と違って風も感じられるし」
「うー……」

 確かに、あの牙の生えた黒い馬に乗ってぱっからぱっから走るのは楽しいけど、出来れば自分で乗りたかった。乗馬習ってないから無理だけど。
 背中にオッサンの体温とか息遣いとかも感じたくなかった。拷問。

「キュキュー」
「ロクは楽しいか?」
「キュー!」

 ロクショウは普段は森の中にいたからか、ダイレクトに風を受けて疾走するのが嬉しいらしく、俺の懐から顔を出してニコニコしている。
 この旅で唯一の癒しだ。
 ありがたいなあと頭を撫でつつ、俺は手綱を操るブラックに問いかけた。

「で、そのゴシキ温泉郷っていうのは何日位かかるの?」
「そう遠くはないよ。ほら、道の正面に赤茶色の火山が見えるだろう。あの山の中腹にある。馬を休みナシで走らせれば一日で行けるけど……君はあまり馬に乗った事がないようだから、一泊野宿をしてゆっくり行こう」
「悪ぅござんしたね」
「いや、一緒に乗れる時間が長くなるから僕は嬉しいけど」

 そう言って、ブラックはいつの間に手綱を離したのか、片手で俺のケツを撫でる。

「ギャーッ! ケツ触るな降ろせーっ!!」
「あいたひゃひゃ、ごめんごめん」

 慌てて相手の頬を引っ張るが、相変わらずにやけた笑みで痛がってる素振りすらみせやがらない。
 っていうか、無精ひげ剃れよ。頬つねるこっちがチクチクするんだけど。

「それより……今更だけど、本当にそこではローブ取ってていいのか?」
「うん、大丈夫。ゴシキ温泉郷はね、この国では珍しい色んな人種や種族が入り混じってる場所なんだ。だから、君の髪の色だってまず珍しがられないよ。滞在中は温泉に入ってゆっくりするといい」
「温泉かあ……そりゃ嬉しいけどさあ……」

 でも、金持ちでスケベなおっさんと温泉旅行って……もう嫌な予感しかしない。
 エロ漫画じゃなくてもお決まりの展開だ。温泉宿なんて、ありとあらゆる場所が危険に満ちている。ここは日本じゃないけど、布団が一つならぬベッドが一つとか充分にあり得る話だ。もしそんな宿だったら逃げよう。自由になろう。女将さんごめんなさい。
 ていうかその前に野宿とかで変な事になる可能性も高いじゃないか。
 だめだ。どんなシチュエーションでもオッサンといるとヤらしくなる。
 俺がエロ脳なのが悪いんじゃないって。このオッサンが悪いんだって。

「遠乗りは初心者には結構辛いから、途中で休憩も挟もうね」

 今はまともな事を言ってるけど、夜になるとどうなるやら。
 気を付けて行こう。
 俺は気合を入れ直して、暫しブラックとの地獄の乗馬を甘受する事にした。
 馬に乗るのって大変で、どうしたってケツが痛くなるんだけども、今は我慢しないとしょうがない。ヘタに休憩して日数が伸びたら困るのは俺だし。
 
 ――そんなこんなで数時間馬に乗り続けて、ぽつりぽつりと話をしながら気を紛らわせてていると、目の前になにやら看板が見えて来た。
 通り過ぎるのが早くて読み取れなかったけど、なんて書いてあったんだろう。
 後ろを気にする俺に、ブラックが答えを言う。

「ゴシキ温泉郷まであと半分だってさ。……このあたりで少し馬を休ませようか。昼食を食べるのにちょうどいい河原があるから」
「よくそんな事知ってるな。温泉郷には何度か来たことあるのか?」
「まあね。ゴシキは冒険者が必ず立ち寄る場所だし……なにより、曜術師にはとても良い所だから。……っとここで降りよう」

 まばらに生えた木々の向こうにキラキラと光る水面が見える。どうやらそこが休憩場所の河原らしい。当たり前だけど、こういう風景は俺の世界とあまり変わらない。えっちらおっちら馬を下りてブラックを見上げると、相手は中年の体とは思えない身のこなしで馬から飛び降りた。
 ……中年に負ける俺の運動神経ってどうなのよ。
 わりと傷ついている俺を知ってか知らずか、馬を木の幹に繋ぎつつブラックは話を続ける。

「ゴシキ温泉郷はね、珍しい事に五つの曜気が揃ってるんだ。だから、その力を取り込んで更に力を得ようとする者や、精神を癒そうと訪れる曜術師が多いんだよ」
「ヨウキって……ナニ?」

 初めて聞いた単語だ。
 首を傾げる俺に、ブラックは相変わらず人懐こい笑みで笑いながら頬を掻いた。

「平たく言えば、この世界に満ちる力……みたいな物かな。水には水の曜気があって、火には火の曜気があるんだけど……」
「ああ~、そういう奴か。じゃあもしかして、曜術師ってその力を使って術を発動させたりすんの? その力がないと術が出せなかったり」
「ツカサ君、キミ、色々物知らずなのにそういう事は知ってるんだね」

 カチンと来たがまあいい許そう。
 今の説明でこの世界の魔法使いのタイプが分かった。
 曜気とは、要するに自然界のエネルギーのこと。そのエネルギーを取り込んで、魔法に変換し発動出来る人が曜術師と呼ばれるのだ。自分自身の力を使って魔法を発動するんじゃなくて、自然の力を借りて魔法を使うタイプ。ファンタジーでも結構面倒な設定の方だよな。
 
 けど、そういう事なら、木の曜術師しか回復薬が作れないなんて言われた理由も少しわかる。
 曜術師は植物が持ってる力を引き出して使えるんだから、どんなに適当に作っても失敗するはずないよな。一般人じゃほとんど成功しないって理由は、そういうていでレシピ本も適当に書いてあるからかもしれない。
 だって、俺が見た本は作り方適当だったし。
 ちょっとずるい気もするけど、それも能力のうちだし仕方ないか。

「あ、じゃあ、自分の周りに水とか火がないと術が使えないんだ?」
「そうでもないよ。曜気を閉じ込めた結晶を加工して武器なんかに付ければ、周囲に自分の使う力がなくても発動できる。ただ、その武器は後で補給が必要となるし、自然から直接取り込む方が数段威力が違うから短所はあるけど」

 属性付きのクリスタルなんかもあるのか。うわー、どんなんだろう。
 やっぱ杖なのかな? 加工によっては剣とかに付けられそうだけど。
 ゴシキって所に行ったら見られるかな。そう考えるとちょっとワクワクしてきた。

「さて、お昼にしようか。火を起こすから、ツカサ君は水を汲んできてくれ」
「あいよー」

 昼食は、女将さん達に作って貰ったサンドイッチ……のようなものだ。
 ようなものというのは、この世界ではそれはサンドイッチと呼ばれていないからで、具材を挟むのもパンだけじゃないから。
 
 この世界でのサンドイッチはオープンサンドが一般的らしく、上にパンは乗せない。代わりに、具材とパンを離さないように長い菜っ葉を巻いてある。
 美味しいかどうかはさておき、野菜もパンも一気に頂けるので、娼館ではかなりの頻度でコレが出されていた。まかないみたいなものなので名前は付いてないらしいけど、やっぱサンドイッチだって思ってしまう。

「いや、でもあの形なら寿司とかのほうが近いのか……?」

 オープンサンド、すなわち西洋版スシ説。
 なんて下らない事を考えつつ、俺は大きな皮袋に川の水を入れる。
 ファンタジーではよく皮袋に水やワインを入れて旅をしてるけど、実際触ってみると皮袋はやけに臭う。この世界では別に水筒が有って本当によかった。
 皮袋の水は、消火用だとか煮沸して料理などに使うのが一般的だとか。

「キュー」
「ん? どうした、ロク」

 皮袋にたっぷり水を入れ終えた所に、ロクが俺と林の方を交互に見ながら何かを訴えようとして来る。焦ってはいないから、モンスターが来たって事じゃなさそうだけど。何か見つけたのかな。
 ロクが見ている方向へと行ってみると、馬を止めた林のすぐそばの木に、どこかで見たようなものが数本絡まっていた。
 こ、この長細い逆三角形の形……紛う事なき橙色は……!!

「つ、ツタニンジン! ロク、でかしたぞー!」
「キュキュー!」

 俺が美味しいと言ったのを覚えてたのか、ロクも嬉しそうにくねくねしている。
 そうそう、この世界の果物って実際そんなに甘い奴ばっかりじゃなかったから、街に連れて来られてからというもの、このツタニンジンが恋しかったんだよなあ。
 大喜びで数本もぎ取って、俺は河原へと戻った。

「オッサン、ロクがイイもんみつけたぞー!」

 すでに火を焚いていたオッサンにツタニンジンを見せてやると、相手は目を丸くした。

「こ、これ、パシビーじゃないか!」
「は? パシリ?」
「パシビー! 森の甘露って言われるくらい美味しい果実だよ……これ、近くにあったのかい? 珍しいね、店で買うとかなりの値段がするほど貴重なのに」
「そうなの?」

 ロクがいた森ではうんざりするぐらい見たけど、そんなにありがたいものなのか。

「この実は乱獲され過ぎて数が減っていてね、野生のものはもう見つけにくくなってる。有ったとしても、モンスターのいる場所くらいにしかないだろうって程だ。でもこのあたりあるなんて……ここで降りる者も少ないから、残ってたのかな」

 確かにそこらへんの果実よりうまいし、乱獲されちゃうのは解るかも。
 ただ、形は完全にニンジンなので、俺には未だに奇妙な果実にしか見えない。

「それ、ロクが見つけてくれたんだぜ」
「キュキュー!」
「そうか……やっぱりロクショウ君は頭がいい。ダハのいる森は人が踏み入らないから、木の曜気が溢れていたし……もしかしたらパシビーも沢山生えてて、ダハはそれも食べていたのかもね」
「木の曜気かあ……」
 
 あの森でそれらしい気なんて感じた事もなかったなあ。
 やっぱり、俺には魔法使いの才能はないって事なんだろうか。
 こういうのって、集中したらなんか自然と力を感じられるものって言うし。ラノベにはそう書いてあったし。でも、何かを感じ取ろうとしても、力を入れた眉間が痛くなるだけで何も変わらない。
 俺ってやっぱり一般人なのか。いや、立場的には一般人ではないけどさ。

「さ、食べようか。ツカサ君」

 ……もし俺に曜術師の素質がなかったら、コイツなんて言うんだろう。
 どんな反応でも別にいいけれど、舌打ちされるのだけはムカツクな。
 呑気に食べ物を広げるオッサンを見つめ、俺はひっそりと溜息をついたのだった。






 
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